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夜間帰宅制度

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/19

死者が夜だけ帰宅する社会。人々はそれを受け入れ、制度として暮らしている。

だがその制度には、決して公表されない禁則があった。

――死者に、死因を知られてはならない。

静かな再会から始まる、制度社会サスペンス短編。

この街では、夜になると死者が帰宅する。

そして今夜、僕の部屋のドアがノックされた。


三回。規則正しく。


時計を見る。午後九時。

ちょうど「帰宅時刻」だった。


この現象が始まったのは二年前だ。


最初の夜、墓地から人が出てきた。

歩いて。普通に。

腐ってもいなければ、透けてもいない。生前の姿のまま。


彼らはそれぞれ自分の家へ帰った。

家族と話し、食事をし、テレビを見て、夜明け前にまた墓へ戻った。


パニックは三日で終わった。


一週間後にはニュース特集になり、

一か月後には観光資源になり、

半年後には制度になった。


政府発表名称――


夜間帰宅制度



ノックがまた鳴った。


僕はドアを開けた。


立っていたのは、祖父だった。


三年前に死んだはずの祖父。


「よう」


生きていた頃と同じ声だった。


「久しぶりだな」


僕はうなずいた。


死者と話すのは初めてじゃない。

この街じゃ珍しくもない。


「上がって」


祖父は靴を脱ぎ、居間へ入った。


「便利な世の中になったなあ。死んでも帰宅できるとは」


「期限あるけどね」


「知っとる。夜明けまでだろ」


祖父はちゃぶ台に座り、部屋を見回した。


「変わってないな」


「そりゃ二年だし」


「二年か」


祖父は少し考えた。


「……長いな」



しばらく昔話をした。


祖父の戦争の話。

僕の就職の話。

近所のスーパーが潰れた話。


不思議だった。

会話は普通なのに、相手は死んでいる。


やがて祖父が言った。


「ところで」


「うん」


「わしは、どうやって死んだんだ?」


箸が止まった。


「覚えてないの」


「死ぬ瞬間の記憶だけ、どうしても思い出せん」


祖父は頭をかいた。


「気づいたら墓の中でな。みんな普通にしてるから聞きそびれた」


僕は味噌汁を飲んだ。


少しぬるかった。


「……事故だよ」


「事故?」


「うん」


嘘だった。


祖父は事故じゃない。



そのとき、外からサイレンが聞こえた。


夜間パトロール車だ。


制度が始まってから作られた部署。

役目はひとつ。


死者の監視。


祖父が窓の外を見た。


「物々しいな」


「規則だから」


「規則?」


「死者は――」


言いかけてやめた。


祖父が振り向く。


「死者は?」


沈黙。


サイレンが遠ざかる。


僕は言った。


「……問題起こしちゃいけないって」


「ほう」


祖父はうなずいた。


「たとえば?」


僕は答えなかった。



実は。


制度には公表されていない条項がある。


死者は、生前の死亡原因を知ってはならない。


理由は簡単だ。


知った死者は必ず暴れる。



祖父は湯のみを置いた。


「なあ」


「なに」


「わしは本当に事故だったのか」


心臓が強く打った。


祖父の目は穏やかだった。

だが視線が逃げない。


「そうだよ」


僕は言った。


祖父は黙った。


そして、ゆっくり聞いた。


「……包丁は、事故で刺さるか?」


喉が凍った。


祖父は続けた。


「腹がな。深く」


呼吸が浅くなる。


「妙だと思ってな」


祖父は立ち上がった。


「どうしてわしの死亡届を書いた筆跡が――」


一歩。


「おまえの字なんだ?」



その瞬間。


外でブザーが鳴った。


甲高い警報音。


街中に響く声。


警告。記憶接触違反。

該当死者を回収します。


窓の外に、白いライトが集まってきた。


祖父は静かに言った。


「なるほど」


僕を見た。


「そういう制度か」


ドアの外で重い足音。


祖父は笑った。


「安心しろ」


「……え?」


「怒ってない」


足音が止まる。


祖父は最後に言った。


「ただな」


ノック。


外から声。


回収班です。


祖父はささやいた。


「次に帰ってくる夜は――」


扉が開いた。


光。


祖父の輪郭が溶ける。


「次は昼に来るかもしれんな」



翌朝。


ニュース速報。


昨夜、制度違反死者が1名消失

原因不明


そして小さく追記。


同時刻、市内で生者1名が死亡


名前が表示された。


僕だった。

人は死を恐れる。

だが本当に恐ろしいのは、死そのものではなく、

それを管理し始めた社会なのかもしれない。


もし亡くなった誰かが今夜帰ってきたら、

あなたは何を話すだろう。

そして――

何を隠すだろう。


読んでくださってありがとうございます。

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