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解析しか持たない俺が、クラスごと異世界に召喚された結果、魔王討伐がほぼ無理ゲーだと気づいてしまった件  作者: いちじく


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第5話 訓練強化通達と、閉ざされた楽園


 王国は、静かに方針を変えた。

 先日の王宮地下で起きた大爆発は――

「魔法開発中の事故」

 そう公表され、城下でもそれ以上の噂は広がらなかった。

 誰も深く追及しない。

 追及できない空気が、最初から用意されていたみたいに。

 だが――。

(……変わった)

 相沢純也だけは、訓練場に立った瞬間、そう感じていた。

 《解析》。

 具体的な文字情報が浮かぶわけではない。

 けれど、兵士たち、騎士たち、従者たち。

 すれ違う人間すべての内側に、同じ“匂い”がある。

 ――焦燥。

 ――時間がない。

(あの爆発を境に……歯車が、ずれた)

 確信はない。

 それでも胸の奥が、嫌な音を立てて引っかかり続けている。

 数日後。

 騎士団に正式な通達が下された。

「訓練内容を全面的に改定する」

「今後は実戦想定。生存を最優先とする」

 ゴードン団長の声は、いつも以上に低く重い。

「甘えは捨てろ。ここは守られた場所ではない」

「戦場に立つための準備をする場所だ」

 騎士たちの空気が、張り詰める。

 同時に、逃げ場が消えた気もした。

 そして相沢の訓練は、さらに苛烈になった。

 連続模擬戦。

 複数相手。

 疲労状態での判断と反応。

 倒れれば、そこで終了。

 立ち上がれなければ――「死」。

 冗談の言い回しじゃない。

 そう言外に突きつけられる訓練だった。

 それでも――。

(……今の踏み込み、違う)

 《解析》が、ほんのわずかな差を拾ってくれる。

 剣筋。

 間合い。

 呼吸。

 相手の重心。自分の癖。次に来る手の予兆。

 派手な力はない。

 けれど、“生き延びるための最善手”だけが少しずつ見えてくる。

「ここ、少し休みましょう」

 訓練の合間、リーナが水筒を差し出した。

「……ありがとう」

 相沢が受け取ると、彼女は自然に隣へ腰を下ろす。

 以前なら必要最低限の距離を保っていた。

 だが今は、剣が触れそうなほど近い。

「純也様」

「ん?」

「最近、無理をしすぎです」

 淡々とした口調。

 けれど視線は、相沢の手の震えを見逃さない。

「……大丈夫」

「大丈夫な方ほど、無理をしているものです」

 そう言って、包帯を取り出す。

「ここ。昨日、少し切れています」

 指先が、そっと触れた。

 一瞬、心臓が跳ねる。

(……近い)

 だがリーナは気づいた様子もなく、黙々と処置を続けていく。

「……ありがとうございます」

「従者の務めですから」

 沈黙。

 でも居心地は悪くない。

 ふと、相沢は口を開いた。

「そういえば……リーナに家族はいないのか?」

 リーナの手が、一瞬だけ止まった。

「この戦争で、皆死にました。私の家は騎士の一族でしたから」

「……すまん。辛いこと聞いちゃったな」

「いえ」

 短く返し、彼女は包帯を巻き直す。

 その耳が、ほんの少し赤いのを相沢は見た。

 そして――見なかったふりをした。

 この距離が壊れるのが怖かった。

 ――その夜。

 王城では、勇者たちのためのパーティーが開かれていた。

 大広間。豪奢な料理。音楽。光。

 橘美咲は、喧騒の中でふと違和感を覚える。

(……あれ?)

 視線を巡らせる。

 神崎隼人。

 一条玲奈。

 早乙女剣也。

 ――でも。

「……相沢くん?」

 いない。

 胸の奥が、少しざわついた。

 橘は皿を取り、料理を少しずつ集め始める。

「美咲?」

 声をかけてきたのは、隼人だった。

「どこ行くんだよ。こっち、王女様も出てくるぞ?」

「……相沢くん、呼ばれてないみたいだから」

「は?」

 隼人が眉をひそめる。

「そんな雑魚、放っとけよ。今は楽しむ場だろ?」

「……」

 橘は、はっきり首を振った。

「放っておけない」

 一瞬、隼人の表情が歪む。

「なあ美咲。俺たち、もう違う世界に来たんだぜ?」

「相沢なんてほっとけよ。……それよりさ」

 声が、妙に甘くなる。

「戦場での連携強化のために、俺の部屋に後で来ないか?」

 下心が透ける誘い。

 橘は、迷いの間もなく首を振った。

「ごめん。私、もう部屋に帰るね」

 そう言って、足早に会場を後にする。

 ――兵舎。

 相沢とリーナが、特別配給の甘味を分けていた時。

 ノックが響いた。

「……相沢くん?」

「橘さん!?」

 扉の向こうに立っていたのは、着飾った橘美咲だった。

「パーティーにいないから……これ」

 料理の皿を差し出す。

「ありがとう!」

 相沢は受け取りながら、胸が妙に高鳴るのを抑えられない。

 綺麗だ。

 いつもよりずっと、遠い場所の人に見える。

 その様子を、リーナが少し不機嫌そうに見守っていた。

「こちらは……?」

「従者のリーナです」

「橘美咲です。よろしくお願いします」

 二人は軽く頭を下げ合う。

 その瞬間。

 リーナの胸に、ほんの小さな違和感が生まれた。

(……この方が)

 相沢を見る橘の視線。

 心配と、安堵と、親しみ。

 ――それは“特別”の色をしている。

(……大切な人)

 胸の奥が、きゅっと痛む。

 理由はまだ、言葉にならない。

 一方で橘も動揺していた。

(なんで相沢くんが、女の人と二人っきりで……?)

 親密そうに見える。

 それが、胸をじわりと刺す。

 でも――相沢のいる空気は、落ち着く。

(……変だよね)

 ここは異世界で。

 豪華なパーティーがあって。

 王女の婚約だって出てくるのに。

 自分が安心してしまうのは、兵舎のこの狭い部屋なのだ。

 ――一方、王城大広間。

 音楽が止み、扉が開いた。

 現れたのは、第二王女セレナ。

 白磁のような肌。

 月光を溶かしたような銀髪。

 宝石のような蒼い瞳。

 ただ立っているだけで、空気が支配される。

「……女神かよ」

 誰かが呟き、場がざわついた。

「初めまして、勇者の皆様。第二王女のセレナです」

 セレナは微笑んだ。

 慈愛に満ちた姫の表情――けれど、その瞳は冷静だった。

「少しでも皆様が過ごしやすいよう、手を尽くします。何なりとご希望はお申し付けください」

 そして王が高らかに宣言する。

「魔王を討伐した暁には――功績ある勇者に、第二王女セレナとの婚約を認めよう!」

 歓声が爆発した。

 男子たちの士気は一気に跳ね上がり、女子たちは呆れたように溜息をつく。

 その喧騒の中で。

 セレナは一瞬だけ、視線を走らせた。

 ――勇者の席。

 ――中心の男たち。

 ――そして。

(いない)

 相沢純也の不在を確認した瞬間、セレナの微笑は変わらないまま、目だけが鋭く細まった。

 周囲に気づかれない角度で、王を静かに睨む。

 まるで「約束が違う」と言うように。

 ――その夜。

 相沢純也は、兵舎で剣を磨きながら思う。

 豪華な宴。

 甘い約束。

 そして、隣で静かに食器を片付けるリーナ。

(……俺は)

 どちらの世界にも、完全には属していない。

 勇者でもない。

 貴族でもない。

 ただの“騎士扱い”の召喚者だ。

 だが――。

 この小さな日常だけは、確かにここにあった。

 そして《解析》は、まだ何も教えてくれない。

 けれど相沢は感じていた。

 この平穏は――長くは続かない。

 誰かが、すでに“次の手”を打っている。

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