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解析しか持たない俺が、クラスごと異世界に召喚された結果、魔王討伐がほぼ無理ゲーだと気づいてしまった件  作者: いちじく


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第10話 補給拠点目前の攻防



 前衛が見えた瞬間、相沢純也の胸の奥で、張り詰めていた糸が一本だけ緩んだ。

 ――合流できる。

 それだけで、呼吸が戻る気がした。


 だが、現実は容赦がない。


 前衛は確かにそこにいた。ゴードン・ヴァルハルトが率いた新編前衛――削られながらも隊列を保ち、街道の“最後の関門”に食らいついている。

 ダンク副長が本隊を引っ張り上げ、後衛を置き去りにしない速度で合流させた。

 左右の翼はすでにない。だからこそ、合流さえできれば、隊列は一本になる。


 そして実際、本隊と後衛の損害は少なかった。

 左翼と右翼が、命で稼いだ時間があったからだ。


 ――だからこそ、なおさら分かる。


 今、ここで止まれば。

 その死を、全部無駄にする。


 合流した瞬間、前から押し寄せる魔物の群れが見えた。

 補給拠点はもう目の前だ。城壁というほど高くはないが、街道を締めるように柵と石塁が組まれ、防御陣の奥に強固な鉄門が一つだけ。 

 その“門”まで、数百メートル。


 たったそれだけ。

 たったそれだけが、やたら遠い。

 


 前方――魔物の壁。

 後方――両翼を喰い尽くした“同じ数”が、森と街道の影から迫ってくる。


 挟撃。


 相沢の喉が鳴った。自分は外側の人間の命の上に守られている。

 その事実が、胃の奥を冷たくした。


「隊列、維持! 前衛に圧を集中させる!」

 ダンクの声が飛ぶ。怒鳴り声ではない。なのに通る。

 疲労で崩れかけた兵の背骨を、声だけで一本に戻していく。


 ゴードンが合流地点で振り返り、短く言い捨てた。


「残存、二千程度か」


 淡々とした数字。だが、その裏には五千が六割以上削れた現実がある。

 ゴードンは視線を前へ戻す。


「突破する」

「止まれば、後ろに喰われる。前を割るしかない」

「ダンク!」

「ここからは私が先頭を押す。お前は列を保て」


「承知しました、団長」


 その返答だけで、二人の役割が決まった。

 ゴードンは“道を作る”。

 ダンクは“列を崩さない”。


 そして、その間で――相沢たちは生き残る。


 前衛が突撃を開始する。


 盾が当たり、槍が沈み、黒い血が跳ねる。

 魔法攻撃はは中央に集中させる。

 魔物は犬型だけじゃない。六脚の獣、硬い甲殻の魔物、群れで跳ぶ小型、そして体躯の大きい猪型。

 形は違っても、共通しているのは“止まらない”ことだ。数が減る前に、次が詰めてくる。


「引くな!押せ!前の敵を倒せ!」

 ゴードンの声が飛ぶ。

「魔物を倒して進め!」


 その瞬間、ゴードンの剣が“鳴った”。


 派手な光ではない。

 だが、刃が空気を裂く音が違う。重い。

 そしてまるで剣が伸びたかのように前方の敵を切り刻んでいく。


 ――スキル《剣撃》。


 振り下ろしではない。

 斬り払いでもない。

 剣を振った衝撃波で魔物の皮を裂き、骨の継ぎ目を割り、動きを止める部分だけを潰す。


 まるでドミノのように魔物が倒れていく。

 剣撃により道が微かに見える。


 その横で、ダンクが片手を上げた。


「風魔法――中位。ウィンドカッター」


 空気が一段、重くなる。

 次の瞬間、突風嫌これもまた空気の刃が走った。


 道を塞ごうとする魔物の群れの胴体が切れていく。ゴードンの開けた道を広げる。しかしまだ道というには細い。


「今だ! 隙を広げろ!」

 ダンクの声が、即座に続く。


 ――なのに。壁が、割れない。


 割ったと思っても、次の群れが埋める。

 削っても削っても、前が“空間”にならない。

 補給拠点が見えているのに、距離が縮まない感覚。


 焦燥が走る。

 新兵が泣き声を漏らす。

 だが泣いている暇などない。


 背後――後衛から悲鳴が上がった。


「後ろだ!」

「来たぞ、来たぞォ!」


 相沢は振り向きかけて、思い出す。

 ダンクの命令――左右を見るな。

 だが、今の悲鳴は左右ではない。背だ。


 ダンクが振り返らずに叫ぶ。


「後衛、陣形を組め! 時間を稼げ!」


 後衛部隊の指揮位置に、ひときわ大柄な男が立っていた。

 第三副団長――カール。

 これまで名を出さなかった最後の副団長。補給と撤退の地獄を何度も経験し、それでも生き残った男。


 カールの声が低く響く。


「防御陣形! 隙間を作るな、面で受けろ!」

「盾を重ねろ! 槍は短く持て! 刺すな、止めろ!時間を稼げ!」


 後衛が、“止まる”。

 止まることは死だ。だが今は違う。

 止まらなければ、本隊が背を喰われる。


 相沢の《解析》が嫌な答えを吐き出す。

 ――後方、接触。

 ――後衛、損耗開始。

 ――時間、短い。

 ――前を割れなければ、挟まれる。


(前を……割らないと……)


 相沢は剣を握り直し、歯を食いしばって前へ出た。

 前衛の“内側”、隊列のすぐ横。出すぎれば死ぬ。引きすぎれば役に立たない。

 生きる位置を取る。

 それが今の自分の戦い方だ。


「純也様、右!」

 リーナの声。


 相沢が反射で半歩ずれる。

 そこへ六脚が飛び込んできて、空を噛んだ。


 ――今、刺す。


 《解析》が示す薄い場所。

 相沢は深追いしない。勝とうとしない。

 “動きを止める”ための一撃を入れ、すぐに下がる。


 刃が肉に入る感触。

 まだ胃が嫌がる。身体が拒否する。

 だが、吐いている暇はない。吐けば呼吸が止まる。


「純也様。止めたら次」

 リーナはそう言いながら、相沢の横で剣を“置く”。


 美しい。

 その言葉は場違いなはずなのに、相沢の脳裏に浮かぶ。


 リーナの剣は大きく振れない。大きく振れば、隊列の中で味方に当たる。

 だから彼女は、狭い空間で最適な刃筋だけを通す。


 ひとつ、敵の喉元へ。

 ひとつ、関節の裏へ。

 ひとつ、目の横の柔らかい部分へ。


 動きは繊細で、迷いがない。

 刃は血に濡れているのに、所作はどこか静かで、冷たい。


 相沢が魔物を止め、リーナがその“止まった瞬間”を正確に切り取る。

 二人の間に、言葉が減っていく。必要がなくなる。

 動きが噛み合い始めている。リーナと微力だが相沢の奮闘が少しずつ前衛を押し上げ始める。


 だが――前の壁は、なお厚い。


「押し切れない……!」

 誰かが叫ぶ。


 ゴードンが叫び返す。


「押し切るんだ!」

「押し切れないなら、死ぬ気で削れ!」


 ダンクがウィンドカッターを連続で打つ。

 ゴードンが剣撃で更に広げる

 リーナと相沢そして精鋭部隊が微かに開けた道を押し広げる。

 相沢が《解析》で“死なない位置”を取り続ける。


 ――それでも、壁が崩れない。


 後ろの悲鳴が、また一段、濃くなった。


「後衛が……!」

「副団長が……!」


 相沢の心臓が跳ねる。

 だが振り向けない。振り向けば足が止まる。足が止まれば前も止まる。


 そして、その時。


 前方の魔物の壁が――ほんの少し、薄くなった。


 きっかけは小さい。

 ダンクの突風が、猪型の突進の角度をずらす。

 ずれた猪型が、道を埋めようとする魔物の列を乱す。

 その乱れに、ゴードンの《剣撃》が深く入る。


 “穴”が開く。


「今だ!」

 ダンクの声が鋭くなる。

「穴を広げろ! 列を崩すな! 穴だけを使え!全軍突撃!魔法、弓矢全て出せ!」


 相沢の《解析》が叫ぶ。

 ――ここ。

 ――ここなら死ににくい。

 ――踏み込め。

 ――深追いするな。

 ――抜けろ。


「純也様、行けます!」

 リーナが相沢の背を押すように言う。


 相沢は、剣を振った。

 恐怖で手が震える。

 でも、その震えごと押し込む。


 魔物が倒れる。

 倒れた体が道を塞ぐ前に、踏まずに避ける。

 踏めば転ぶ。転べば終わる。


 穴が、広がる。

 広がった穴に、騎士たちが流れ込む。

 流れ込む速度が上がる。


 ――突破。


 その瞬間だった。


 背後の空に、黄色い煙が上がった。


 一瞬、時間が止まる。


 黄の狼煙。

 副団長の心臓が止まった合図。


 カールが――死んだ。


 後ろを止めてくれた。

 背を喰われないように、後衛は最後まで動かず魔物の群れを受けた。

 止めたからこそ、前が割れた。


 相沢の喉が、また鳴った。

 自分は外側の人間の命の上に守られている。

 それを、今度は背後でも思い知らされる。


「走れ!」

 ダンクが叫ぶ。声が掠れている。

「残り数百だ! 振り向くな! 門へ!」


 騎士団が、全速力で駆け出す。

 隊列はもう“隊列”じゃない。

 走れる者が走り、転びそうな者を隣が引っ張り、置いていかないように必死で足を回す。


 相沢の視界が霞む。

 足の感覚が薄い。

 それでも走る。走るしかない。

 倒れそうになる。リーナが支える。


 補給拠点の守兵たちが門前で陣を組み、矢を放っているのが見える。

 守兵の誰かが叫んだ。


「開門! 急げ!」

「中へ入れ! 入れぇ!」


突然現れた魔物の群れに必死に防衛する守兵達の間を抜けて行く。


 門が開く。

 その開いた“狭さ”が、泣きたくなるほどありがたい。


 拠点内守兵が、入ってきた騎士を奥にと引きずり込む。

 転んだ者の鎧を掴み、髪を掴み、腕を掴み、とにかく中へ放り込む。

 後ろから防御陣を抜けた魔物が迫る。門前で噛みつかれる。守兵が槍で引き剥がす。


 相沢も引き込まれた。

 腕を掴まれ、転ぶように中へ滑り込む。

 リーナが相沢の背中を押し、最後に自分も飛び込む。


 防御陣で激戦が繰り広げられるなか防御陣に守兵の配備が終わると門が閉まる。

 重い鉄と鉄が噛み合う音がした。


 その音で、ようやく現実が途切れた気がした。


 地面に座り込む者が続出する。

 泣く者。笑う者。吐く者。声も出ない者。

 守兵が数を数え、青い顔で呟いた。


「……六百」

「入れたのは……六百だ」


 相沢は、息を吸おうとして、うまく吸えなかった。

 胸が痛い。肺が熱い。


 二千で突破を試みて、門をくぐれたのは六百。

 数字が意味するものは、考えなくても分かる。


 ダンクが壁にもたれ、目を閉じる。

 ゴードンは門の方を一度だけ見て、短く言った。


「……少ないな....想定外とはいえ損耗が激しすぎる。」


 想定外の損耗ーー

 補給拠点に着いた――それは“ゴール”ではなく、“次の地獄までの中継点”だ。


 相沢は剣を握り直した。

 握り直さなければ、自分が自分でなくなる気がした。


 門の外では、まだ魔物の声がしている。

 その音が、次の戦いがすぐそこにあると告げていた。

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