第1話 修学旅行の朝と、終わりの始まり
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第1話 修学旅行の朝と、終わりの始まり
修学旅行の朝というのは、どうしてこうも騒がしいのだろう。
「相沢、まだ寝てんのかよ」
布団を乱暴に引き剥がされ、俺――相沢 純也は半分眠ったまま上体を起こした。
見下ろしているのは田中。
剣道部の補欠で、実力はさておき声量だけは一軍級にうるさい男だ。
「……起きてるって。まだ集合まで時間あるだろ」
「朝だから起こしてんだよ。ほら、私服姿の橘さん、もうロビー行ってるぞ」
その名前が出た瞬間、部屋の空気がわずかに変わったのが分かった。
クラスの男子で、橘 美咲の私服姿を見たくない者など存在しない。
栗色のボブカットに、清楚で柔らかな雰囲気。
整いすぎていないのに、目を引く顔立ちと自然な笑顔。
かわいい、という言葉だけでは足りない。
男子のほとんどが一度は密かに夢を見て、
そして彼女の何気ない優しさに勘違いし、
静かに現実へと戻されてきた――そんな存在だ。
「マジかよ……」
「急げって。隼人たち、もう下で騒いでる」
神崎 隼人。
剣道部主将。
背が高く、声が通り、立っているだけで周囲を引きつける男。
正義感が強く、行動力があり、教師受けもいい。
橘のことが好きなのは公然の秘密で、事あるごとに絡もうとする。
このクラスの“中心”は、疑いようもなくあいつだった。
そして俺は、その中心から一歩外れた場所にいる。
目立たず、問題も起こさず、可もなく不可もない。
気づけばそこにいるが、いなくなっても困られない――そんな立ち位置。
ロビーは、予想通りの騒がしさだった。
「隼人、バスの座席どうする?」
「一条さん、集合場所こっちだよ!」
神崎を中心に、自然と人が集まっている。
そこに並ぶのは、クラス委員の一条 玲奈。
成績トップ、容姿端麗。
どこか近寄りがたい雰囲気を持ちながら、不思議と人を惹きつける存在。
橘と並び、このクラスの二大美少女と呼ばれている。
「……相沢くん、おはよう」
控えめな声で呼び止められた。
振り向くと、そこに立っていたのは橘だった。
「おはよう。ちゃんと眠れた?」
「う、うん……ちょっとだけ」
それだけの会話なのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
朝から橘と話せる。
それだけで今日はいい一日になる――本気で、そう思ってしまった。
この、何でもない朝。
当たり前のやり取り。
――それが、最後になるとは思いもしなかった。
バスに乗り込む直前、足元が光った。
「……え?」
淡い光が床から広がり、瞬く間に視界を覆い尽くす。
浮遊感。
体が、現実から引き剥がされていくような感覚。
「なにこれ!?」
「隼人! 見えねえ!」
叫び声が遠ざかり、世界が白に沈んだ。
次に意識を取り戻した時、俺は“何もない空間”に立っていた。
上下左右の感覚が曖昧で、
星屑のような光が、静かに漂っている。
その中心に、ひとりの女性がいた。
白銀の髪。
人を超えた、美しさ。
理解するよりも先に、直感が告げる。
――女神だ。
『勇者たちよ』
その声は、耳ではなく頭に直接響いた。
『世界は滅びの淵にある。魔王を討ち、救ってほしい』
それだけ。
説明も、猶予もない。
女神は、ふいにこちらを見る。
一瞬だけ、視線が交差した。
胸の奥が、ざわりと揺れた。
――何かが、噛み合っていない。
だが考える間もなく、光が弾けた。
「うわっ!?」
硬い床に足を取られ、よろめく。
気づけば俺たちは、豪奢な玉座の間に立っていた。
赤い絨毯。
高い天井。
整列する兵士と、値踏みするような視線を向ける貴族たち。
玉座に座る、威厳ある王。
「勇者様方、ようこそおいでくださいました」
拍手と歓声。
困惑するクラスメイトをよそに、
王国側は驚くほど慣れた様子だった。
「これより状況説明を行います。皆様は我が国の“勇者召喚の儀”によってお呼びしました」
淡々とした口調。
「女神の祝福として、各自にスキルが付与されています。今から確認を」
水晶が光り、名前と能力が次々に表示されていく。
「一条 玲奈。《無限魔力》《万能魔術》……」
「田中 恒一。《無双剣術》《身体強化》……」
チート級の能力に、どよめきが走る。
貴族たちの視線は、期待に満ちていた。
そして――
「相沢 純也。《解析》《剣術(一般)》のみ」
一瞬、空気が止まった。
だがすぐに、誰も興味を失ったように視線を逸らす。
「……以上です」
説明は滞りなく進み、配置と待遇の話へ移っていく。
まるで――
何度も繰り返してきた作業であるかのように。




