第7話:忍び寄る視線と呪いの正体
濃厚なカスタードプリンを平らげたセシルは、満足げに喉を鳴らしてソファの上で丸くなっていた。
半人半獣の姿のまま、無防備に寝息を立てるその姿は、かつて王宮の奥深くで近寄りがたいオーラを放っていた聖女と同一人物とは到底思えない。
「……ふにゃ、もう……たべられない、わよ……無礼者……」
寝言でまで俺を罵倒しつつ、口元には幸せそうな緩みがある。
そのギャップに、俺は思わず苦笑を漏らした。
「はいはい、おやすみなさいませ、聖女様」
俺は彼女の身体にブランケットをかけ、表情を引き締める。
今は安らかな寝顔だが、彼女の腹部には未だ禍々しい『呪いの刻印』が張り付いている。
特訓で魔力制御が向上したとはいえ、根本的な解決には至っていない。
俺は作業机から『解析用単眼鏡』を取り出し、装着した。
レンズ越しに視る世界は、魔力の流れが可視化された青白い空間へと変わる。
「さて、少し失礼するぞ」
眠るセシルの腹部に手をかざし、刻印の深層構造を覗き込む。
これまでは緊急の対処療法に追われていたが、彼女の状態が安定している今なら、より深く解析できるはずだ。
レンズのピントを合わせ、複雑に絡み合った呪いの術式を解きほぐすように視線を走らせる。
数分後、俺の背筋に冷たいものが走った。
「……なんだ、これは」
自然発生した呪いでも、魔物による単純な汚染でもない。
その構造はあまりにも幾何学的で、作為的だった。
まるで、特定の条件を満たすまで対象を生かし、かつ逃がさないようにするための『枷』。
「人造の呪い……。誰かが意図して、セシルにこれを埋め込んだのか?」
聖女が呪いを受けて死んだ、という表向きの話の裏に、どす黒い陰謀が渦巻いている。
俺は単眼鏡を外し、眉間を揉んだ。
これは、俺が考えていたよりも遥かに厄介な案件かもしれない。
その時だった。
不意に、首筋がチリつくような感覚を覚えた。
殺気ではない。
もっと薄汚く、粘着質な『視線』だ。
俺は素早く立ち上がり、窓の隙間から外の闇を窺う。
「……気のせい、か?」
路地裏には野良猫一匹いない静寂が広がっているだけだ。
だが、俺の前世で鍛え上げられた勘が告げている。
この平穏な隠れ家は、もう安全圏ではないのかもしれない、と。
同時刻、魔道具店『歯車と鍋』の向かいにある建物の屋根の上。
夜闇に溶け込むような黒衣を纏った人影が、静かに佇んでいた。
その顔は白い仮面で覆われており、表情は伺い知れない。
人物の手元には、微弱な光の残滓を捉える水晶があった。
「……感あり。波長、聖女セシル・フォン・エスティアと合致」
仮面の人物は、抑揚のない機械的な声で呟く。
「標的を発見。これより『教会』へ座標を通達する」
影は一瞬にしてその場から掻き消えた。
後に残されたのは、風に揺れる看板の軋む音だけ。
王都の片隅でささやかに始まった俺と猫の同居生活に、逃れられぬ過去の因縁が、音もなく忍び寄っていた。
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【登場人物】
- 仮面の監視者: 謎の組織の斥候。聖女の魔力を感知し、アレンの店を特定した敵対者。
【場所】
- 店の向かいの屋根: アレンの店を見下ろせる位置にある建物の屋上。監視者が潜んでいた場所。
【アイテム・用語】
- 解析用単眼鏡: アレンが使用する魔道具。魔力の流れや術式の構造を視覚化し、解析することができる片眼鏡。
- 人造の呪い: セシルの体に刻まれた呪いの正体。自然発生的なものではなく、何者かが明確な意図を持って組み込んだ人工的な術式。
- 教会: 仮面の監視者が連絡を取ろうとした組織。セシルの失踪に関与している可能性が高い。




