第6話:聖女のプライドと猫の本能、そして深夜のプリン
時計塔での『教育』を終え、俺たちは住処である魔道具店『歯車と鍋』へと戻ってきた。
夜風に晒された体を温めるため、俺は工房のストーブに火を入れ、セシルを古びたソファに座らせる。
「さて、腹も満たされて落ち着いたところで……少し実験をしようか、元聖女様」
「……実験? まさか、変な薬を飲ませるつもりじゃないでしょうね」
セシルは警戒心を露わにし、ソファの上で体を小さく丸める。
猫耳がぺたりと伏せられているのは、恐怖というよりは不貞腐れているサインだ。
「人聞きが悪いな。お前が自分の身を守れるかどうかの確認だ。さっきの影食い戦、聖魔法が不発だっただろう?」
その指摘に、セシルは悔しげに唇を噛んだ。
「あれは……調子が悪かっただけよ。本気を出せば、あんな下級魔物なんて浄化の光で消し炭にできるわ」
「その『本気』が出せないのが現状だ。呪いの影響で魔力回路が乱れている上に、今の体は人間じゃない。今まで通りの詠唱やイメージじゃ魔法は発動しないぞ」
俺は作業台からガラクタの部品を拾い上げると、即席で組み立てた小さな球体を空中に放り投げた。
それは俺の魔力に反応して、ふわふわと部屋の中を飛び回る『浮遊標的機』だ。
「あれを撃ち落としてみろ。ただし、聖女としての祈りじゃなく、もっと直感的にだ」
「直感的……?」
「お前は今、半分猫だ。獲物を捕らえる感覚を思い出せ。チョーカーが魔力のパスを繋いでくれるはずだ」
セシルは半信半疑のまま、右手を宙に漂う標的に向ける。
「……高貴なる光よ、邪悪を討ち……」
「詠唱はいい。狙って、撃つ。それだけを考えろ」
俺の言葉に、セシルは眉をひそめたが、すぐに気を取り直して標的を睨みつけた。
彼女の瞳孔が、猫のようにきゅっと収縮する。
尻尾がゆらりと揺れ、獲物を見据えるハンターのそれに変わった。
(そうだ、その集中力だ)
彼女の首元のチョーカーが微かに青白く発光する。
俺が組み込んだ魔力循環機能が、彼女の乱れた魔力を強制的に整流し、指先へと送り出す。
「……そこっ!」
セシルの指先から、パチン! と弾けるような音と共に小さな光弾が放たれた。
かつての極太レーザーのような『ホーリー・アロー』には程遠いが、光弾は鋭い軌道を描いて浮遊標的機に直撃し、それを床に叩き落とした。
「あ……」
セシルは自分の手と、転がったガラクタを交互に見つめ、ぱあっと顔を輝かせた。
「や、やった……! 見た!? 私、ちゃんと魔法を使えたわ!」
ぴんと立った猫耳が嬉しそうにピクピクと動いている。
さっきまでの絶望に染まっていた表情とは大違いだ。
小さな成功体験だが、今の彼女には大きな一歩だろう。
「ああ、上出来だ。威力は豆鉄砲レベルだが、制御はできている。その感覚を忘れるなよ」
俺は内心での安堵を隠しつつ、ニヤリと笑って彼女の頭を撫でてやった。
いつもなら手を振り払うセシルだが、今は興奮と達成感でそれどころではないらしい。
ゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いだ。
「ふふん、当然よ! 私は選ばれし聖女なんだから、コツさえ掴めばこれくらい……っ、な、撫でないでよ!」
我に返ったセシルが慌てて俺の手から逃れる。
だが、その顔は赤らんでおり、満更でもなさそうだ。
俺は冷蔵庫から、とっておきのデザートを取り出した。
「よくやったご褒美だ。深夜だが、特別に許可してやる」
皿の上でぷるんと揺れるのは、黄金色の『特製カスタードプリン』だ。
たっぷりのバニラビーンズと、ほろ苦いカラメルソースが絡み合う至高の一品。
「そ、それは……!」
セシルの目が釘付けになる。
「戦術の幅が広がれば、生存率も上がる。……ほら、食っていいぞ」
「……貴方、私を太らせて食べるつもりじゃないでしょうね? ……いただきます!」
スプーンを口に運んだ瞬間、セシルの頬がとろりと緩んだ。
この小さな成功と甘い報酬が、彼女の心をまた一つ、俺の掌に繋ぎ止める鎖となるのだ。
(チョロいな、元聖女様)
俺はプリンを頬張る愛猫を見下ろしながら、サディスティックな満足感に浸るのだった。
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【アイテム・用語】
- 浮遊標的機: アレンがガラクタで作った即席の訓練用魔道具。使用者の魔力に反応して不規則に空中を浮遊する。
- 特製カスタードプリン: アレンの手作りデザート。濃厚な卵とバニラの香りが特徴で、ほろ苦いカラメルが味を引き締める。セシルへのご褒美として提供された。
- 光弾: セシルが猫の本能とチョーカーの補助によって放った、小さな聖魔法の弾丸。威力は低いが、制御が可能になった最初の一歩。




