表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
路地裏の猫を助けたら、実は前世で俺を振った聖女様だったので、今度こそ餌付けして手懐けようと思います  作者: 無響室の告白


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

第5話:静寂の時計塔と真夜中のサンドイッチ

店内に漂う焦げ臭い匂いが、つい先ほどまでの戦闘の余韻を物語っていた。


影食い(シャドウ・イーター)の残骸が黒い霧となって消滅していくのを見届け、アレンはふぅと息を吐きながら『衝撃変換レンチ』を腰のベルトに戻した。


「……助かった、わ」


へたり込んだままのセシルが、震える声で礼を口にする。


猫耳が力なく垂れ下がり、白い肌は恐怖で青ざめていた。


だが、アレンは安易な慰めの言葉をかけることはしなかった。


ここで甘やかしては、彼女が置かれている『致命的な状況』を理解させられないからだ。


「礼を言うのはまだ早いぞ、元聖女様。ここにはもう居られない。ついて来い」


「え? ちょ、ちょっと! 私、足が……!」


腰が抜けて立てないセシルを見て、アレンは溜息交じりに彼女を横抱きにした。


軽すぎる体躯。


かつては高貴な法衣に包まれ、騎士の自分が触れることすら許されなかった存在が、今はバスタオル一枚で腕の中に収まっている。


その事実に奇妙な高揚感を覚えつつ、アレンは店の裏口から夜の街へと踏み出した。


目指したのは、店のすぐ裏手にそびえ立つ『静寂の時計塔』だ。


かつては王都の時を告げていたが、今は廃墟となり、誰も寄り付かない場所である。


「な、何処へ連れて行くつもりなのよ……!」


「いいから黙って見てろ」


アレンは文句を言うセシルを抱えたまま、崩れかけた螺旋階段を軽々と駆け上がる。


頂上の展望台に辿り着くと、眼下には眠らない街、王都の全景が広がっていた。


王城を中心とした上層区は魔法灯の光で煌びやかに輝いている。


だが、アレンたちが暮らす下層区や貧民街は深い闇に沈んでいた。


「綺麗……」


思わず呟くセシルに、アレンは冷ややかな声で告げる。


「ただの夜景じゃない。目を凝らして、あの『黒い靄』を見てみろ」


アレンが指差したのは、光と闇の境界線、路地裏の至る所に澱む不気味な揺らぎだった。


セシルがチョーカーを通じてアレンの魔力を得ている今なら、それが見えるはずだ。


「あれは……何? まるで、さっきの魔物と同じ気配が……」


「正解だ。あれは『呪いの瘴気』。


王都の繁栄の影で垂れ流された汚泥だよ。


そしてお前の身体にある呪いは、あの瘴気を極上の餌として呼び寄せるビーコンになっている」


セシルが息を呑む。


アレンはさらに言葉を重ねた。


「さっきの影食いはほんの序の口だ。お前がこの街にいる限り、世界中の闇がお前を喰らおうと集まってくる。俺の側を離れれば、お前は一晩も持たずに骨までしゃぶり尽くされるだろうな」


世界の広さと、そこに潜む悪意の深さ。


それを突きつけられ、セシルの身体が小刻みに震えだした。


聖女として崇められていた頃には決して見えなかった、世界の裏側だ。


「そんな……私、どうすれば……」


絶望に染まる金色の瞳。


アレンは満足げに口角を上げると、ポケットから包みを取り出した。


「だから、俺が飼ってやるって言ってるだろ。ほら、食え」


差し出されたのは、店を出る時にとっさに掴んできた『厚切りハムのサンドイッチ』だ。


全粒粉のパンに、蜂蜜とマスタードを塗った厚切りのローストハム、そして新鮮なレタスが挟まっている。


「……え?」


「腹が減ってちゃ、恐怖にも勝てないぞ。特製のハニーマスタードソースだ。絶品だぞ」


セシルはおずおずとサンドイッチを受け取ると、小さな口で一口齧り付いた。


その瞬間、彼女の猫耳がピクリと反応し、瞳が見開かれる。


「……っ! おいしい……!」


ジューシーなハムの塩気と蜂蜜の甘み、マスタードの酸味が絶妙なバランスで口の中に広がる。


恐怖で冷え切っていた身体に、食事がもたらす熱が染み渡っていく。


「ふん、現金な猫だ。もっと味わって食えよ」


「う、うるさいわね! ……でも、ありがとう」


夜風に吹かれながら、サンドイッチを頬張る元聖女。


その姿を見下ろしながら、アレンは確信した。


この広大で危険な世界において、彼女の居場所は自分の腕の中と、美味しい食事の前だけなのだと。



-------------------------------------------------------------------------------------


【場所】

- 静寂の時計塔: アレンの店の裏手にある廃墟。螺旋階段を登った先にある展望台からは王都の下層区を一望でき、魔力の流れや瘴気の溜まり場を観測するのに適している。


【アイテム・用語】

- 厚切りハムのサンドイッチ: アレンが夜食用に作っていた軽食。全粒粉のパンに厚切りのローストハムを挟み、特製のハニーマスタードソースで味付けしたもの。


- 呪いの瘴気: 王都の光の当たらない場所に溜まる魔力の澱み。セシルの呪いに引き寄せられる性質を持ち、魔物発生の温床となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ