第4話:深夜の来訪者と、魔道具師のお手並み拝見
「……な、なによその目。じろじろ見ないでよ!」
バスタオル一枚で身を包んだセシルが、頭上の猫耳をピコピコと震わせながら抗議の声を上げる。
湯気立つ肌と、不釣り合いなほど頑丈な金属製のチョーカー。
その姿は背徳的でありながら、どこか庇護欲を掻き立てるものだった。
「いや、随分と人間らしくなったものだと感心していただけだ。だが、油断はするなよ。その身体はまだ不安定だ」
俺が作業台に腰掛け、彼女の様子を観察していたその時だった。
ガタガタッ――!
店の入り口のシャッターが、何者かに叩かれたかのように激しく揺れた。
風ではない。
もっと重く、湿った気配。
「ひっ……!?」
セシルの顔色が青ざめる。
彼女の猫耳が伏せられ、尻尾がタオルの下で怯えたように丸まったのが分かった。
「アレン……何かが、来る。すごく嫌な、腐った臭いがする……!」
「ああ、気付いたか。さすが元聖女、腐っても勘だけは鋭い」
俺はため息をつきながら、手近な工具箱から一本の『レンチ』を取り出した。
ただのレンチではない。
柄の部分に魔石を埋め込んだ、護身用の魔道具だ。
店の窓ガラスを突き破り、黒い霧のようなものが店内に侵入してくる。
霧は瞬く間に凝縮し、四足獣の形をとった。
『影食い(シャドウ・イーター)』
魔力の淀みや呪いの気配に引き寄せられる、下級の魔物だ。
通常、王都の結界内に入り込むことはないはずだが。
「……やっぱり、お前の『呪い』がビーコンになってやがったか」
「私の、せい……?」
セシルが震える手で、胸の前で聖印を結ぼうとする。
「聖なる光よ、邪悪を討て――『ホーリー・アロー』!」
彼女の指先から淡い光の矢が放たれた。
だが、それは影食いに届く前に霧散し、逆にセシルが激しく咳き込んで膝をつく。
「かはっ、ぁ……!」
「馬鹿かお前は。魔力回路がボロボロの状態で魔法なんか使うな。自殺志願者か?」
影食いが弱った獲物を見定め、牙を剥いてセシルへと跳躍する。
「きゃあああっ!」
「チッ、世話の焼けるペットだ!」
俺は床を蹴り、セシルと魔物の間に割って入った。
飛びかかってきた影食いの顎を、レンチのヘッドで強打する。
ガギィンッ!!
「ギャアアアッ!?」
「俺の店で暴れるなら、修理費くらい置いていけよ!」
レンチのトリガーを引く。
内蔵された魔石が炸裂し、打撃の瞬間に衝撃波が発生した。
影食いの体が内側から弾け飛び、黒い霧となって四散する。
静寂が戻った店内には、オイルの匂いと、少しばかりの焦げ臭さが残った。
「……す、すごい。貴方、ただの魔道具屋じゃなかったの……?」
腰を抜かしたままのセシルが、呆然と俺を見上げている。
かつて近衛騎士として彼女を守っていた頃の剣技が、こんな形で役に立つとは皮肉な話だ。
「言っただろ、俺は優秀なんだよ。……いいかセシル、今のでお前も分かったはずだ」
俺はレンチを弄びながら、冷や汗を流す彼女に視線を落とす。
「お前の体にある呪いは、ああいう化け物を引き寄せる餌になる。俺の作ったそのチョーカーで魔力を偽装し、俺の側で守られていなければ、お前は三日と持たずに骨だけになるぞ」
それは半分脅しで、半分は事実だった。
セシルは唇を噛み締め、悔しそうに俯くが、反論はしなかった。
自身の無力さと、世界の過酷さを身を持って知ったからだ。
「……分かったわよ。貴方の言う通りにするわ。……だから、その……助けてくれて、あり、がと」
蚊の鳴くような声でお礼を言う元聖女様。
その頭を、俺は乱暴に撫で回した。
「よく出来ました。さて、運動して腹が減ったな。飯にするぞ」
恐怖で強張っていたセシルの腹が、タイミングよく「ぐぅ~」
と可愛らしい音を立てた。
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【登場人物】
- 影食い(シャドウ・イーター): 敵対生物(下級魔物)
【アイテム・用語】
- 衝撃変換レンチ: アレンが愛用する魔道具兼工具。柄に魔石が埋め込まれており、打撃の瞬間にトリガーを引くことで衝撃波を発生させ、威力を倍増させる。
- ホーリー・アロー: セシルが使用を試みた聖魔法。光の矢を放つ初歩的な攻撃魔法だが、現在のセシルの状態では発動できず霧散した。




