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なろうっぽい小説

あくまで神の遣いです

作者: 伽藍

男爵家庶子の聖女に王国の貴族令息たちが次々に惑わされ、ついに王太子は婚約者である公爵令嬢を追放した。そのあとの、神に仕える聖女のお話。

 聖女の神託を受けたセアラ・チェノウェスという男爵令嬢は、ほとんど病的に魅力的な少女だった。


 もとは男爵家の庶子だったらしく、幼い頃から教育を受けている令嬢たちとは異なる幼げな仕草は令息たちにはひどく可愛らしく映るらしい。あっという間に、幾人もの令息たちを魅了した。

 その中に王太子やその側近である高位貴族の令息たちがいるのが不味かった。他の貴族の令息令嬢たちは何も言えなくなり、セアラの行いを誰も咎めることができないのだった。


 文句を言っていたのは王太子の婚約者であるユーイング公爵令嬢アーサラだけだ。けれど、その行いは王太子にとって不愉快なものだったらしい。アーサラと王太子の仲はどんどん悪化していった。


 そうして、若い貴族たちの集まる王立学園で、ついに王太子はアーサラに対して婚約破棄を突きつけたのだった。しかも、聖女であるセアラを虐げたからという理由で、アーサラに対して国外追放まで言い渡した。

 セアラには大神官の子どもである侯爵令息や公爵家の跡継ぎであるアーサラの弟までもが味方についていて、アーサラは憤りを覚えながらも国から退去せざるを得なかった。


 そのアーサラが婚約者を亡くしたばかりである隣国の皇太子と出会い、皇太子に見初められるのは、また別のお話である――。


***


 さて、首尾良く王太子の婚約者に収まったセアラであるが、周囲の予測に反して、セアラは優秀な少女だった。あっという間に作法も教養も身につけ、辺境に現れた強大な魔獣の討伐に貢献さえした。

 けれどその優秀さに反して、セアラは実に悪辣だった。国の上層にいる男たちを次々と虜にし、弱みを掴んでのし上がっていったのだ。


 低い身分の出身でありながら王太子の愛を受けた少女として、セアラは民衆から高い支持を受けた。少女の花の咲いたような笑顔は、以前の王太子の婚約者だったアーサラよりも民衆にとっては親しみやすいものだったのだ。


 そうして今日も、セアラは民衆に対してにこやかに手を振っている。細くて美しい手で隠した口元ではほくそ笑みながら。


 セアラはいまの状況を楽しんでいた。貴族の女性たちの憎々しげな感情は実に心地が良かったし、自分を慕っている民衆たちが裏切られた瞬間にどんな風に手のひらを返すだろうかと想像するだけで心が躍った。

 なぜならセアラは悪魔だったので、人間たちの醜い感情こそが彼女にとっては何よりのご馳走だったのだった。


「首尾はよろしくてよ、かみさま」


 夜明け前の大聖堂で、たった一人で神に跪きながら、セアラはそう呟いた。


 セアラは悪魔だった。そうして同時に、セアラは聖女だった。

 人びとを惑わせるために、セアラは聖女として神に遣わされたのだった。


 そもそもの発端は、二十年ほど前に遡る。この国の王家は、より大きな国である皇国の第二皇女との婚約を結びたいからという理由で、当時の王太子と公爵令嬢の間で結ばれていた婚約を一方的に破棄したのだ。

 単に婚約を解消するだけならば、それほど問題にはならなかっただろう。けれど王家は、嫉妬深い第二皇女のご機嫌を取るためだけに、元婚約者である公爵令嬢にありもしない罪を着せて死罪にしたのだった。


 その公爵令嬢は、貴族には向かない娘だった。心の優しい娘だった。その心の優しさを、神々に愛されていたのだ。

 神託を授けられたわけではないから、聖女などの称号を戴いているわけではなかった。誰も娘が神に愛されていることになど気づかなかった。

 けれど間違いなく、紛れもなく、娘は神の愛し子だった。神々の愛する娘に対して、人間たちは政治のためだけに毒を飲ませたのだった。


 神々は当然のように怒りを覚えた。けれど人間の都合もあるだろうからと、人びとを裁定することにした。

 その裁定のために遣わせたのが、セアラなのである。


 そうして遣わされたセアラは、悪魔に特有の身を滅ぼさせるような魅力でもって男たちに近づいた。男たちは呆気なくセアラに陥落し、本来の婚約者であるアーサラにありもしない罪を着せて追放までして見せた。


 二十年前に、人びとは政治のためという理由で、罪のない娘に罪を着せた。そうして今度は、人びとは情欲のために、やはり罪のない娘に罪を着せたのだ。

 つまり、人間とは、そういうものなのだろう。セアラは悪魔だったので、人間のそういう醜さは好ましいところだった。


 セアラはいま、着々と国内で力をつけている。人びとの悪意に晒されるのはそれなりに愉しいことだけれど、あまりにお仕事が簡単だったので少しばかり飽きてもいた。

 そのうちに戦争を起こしてやろう、と思った。人びとの怨嗟と悲鳴は、きっとセアラにとって心地よく聞こえるだろう。


 そうして、そうして。


「いつかいつか、この首を落としにおいで。アーサラ」


 ほとんど恋い慕うような調子で、セアラは呟いた。

 アーサラが流れていったのは隣の皇国だ。この国が戦争を吹っかけでもすれば、強大な皇国はすぐにでもこの国を制圧にかかるだろう。


 きっと、セアラの首は落とされる。この国を混乱させた、飛びきりの悪女として。

 断頭台に乗せられるセアラに対して、正義に酔った民衆たちが向ける憎悪は、さぞ美味だろう。


 そうしてその場所に、おそらくは皇太子妃となったアーサラも姿を見せるはずだった。


「んふふ」


 考えただけでも楽しくって、セアラは機嫌良く鼻歌を歌った。


 常に自分を律しているアーサラは、セアラにとっては面白くない相手であると同時に、ひどく魅力的な相手でもあった。いまの自分が聖女としての役割を戴いていなかったら、きっとアーサラに狙いを定めて近づいただろう、と思うくらいには。

 だからセアラは、楽しみにしている。自分の首が落とされるその直前に、アーサラがセアラのことをどんな眼で見るのか考えるだけで、七面倒くさいお役目にも気合いが入るくらいには、楽しみにしている。


 セアラの前で、アーサラはいつでも高潔な様子を崩さなかった。そんなアーサラが、セアラを断じるときには、どんな表情を浮かべるのだろうか。


「素敵な姿を見せてね、アーサラ」


 きっと飛びきり醜くて美しいだろう、と思った。人間が最も醜悪な姿を見せるのは、正義に酔った瞬間だと知っているからだ。

「悪魔な聖女がいたら面白いんじゃない?」っていう思いつきだけで書きました。ぺろっとぺろっと

どこぞの有名な執事漫画の決め台詞みたいなタイトルになっちゃいました。んふふ

思いついたから書いちゃったけれど、これ「聖女」という単語の強度が下がるのでまあたぶんこれっきりだと思います。こういう考え方もあるよね、ってやつ


「悪魔」という言葉もわりと「聖女」「魔女」「魔王」なんかと同じく便利に使いがちで作品によってころころ意味を変えたりするのですけれど、わたしの根本的な考え方の一つとして「悪魔も天使も同じく神の遣いである」というのがあります。異論は聞かん、わたしの信仰のお話だから良いんだよ


天使は試練を与え、ときにひとを導きます。

悪魔はひとを誘惑し、ときに力を与えます。

これらはどちらも、天秤の傾きを測るという意味合いでは同じことです。


【追記20250604】

活動報告を紐付けました! 何かありましたらこちらに

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3451769/

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