幕間 染谷雪は夢の中
これを書くにあたって、タグにシリアスを追加しました。
(あぁ…またこの夢だ…)
私は、これがいわゆる明晰夢であることに気付く。
この夢は、私が物心がついた時から何度も見ており、この後の展開もいつも決まって同じである。
夢の中の私は、現実の私とは違い黒い髪をたなびかせている。楽しそうに笑いながら公園を走る私は、振り返って誰かを呼ぶ。
「お兄ちゃん!こっち!」
振り返った先には高校生ぐらいの男性が苦笑いをしており、私の名前(?)を呼んだ。
「────、走ったら危ないぞ」
彼が呼んだ私の名前であろう言葉はノイズが走り聞こえなかったが、彼の声色は優しく、それだけで夢の中の私が彼に大切にされていることが分かった。
彼の顔はモザイクがかけられた様にはっきりとせず、なんとなくの顔立ちはわかるが、ちゃんとした彼の顔は把握できない。
この夢を見る度に、どうにかして彼の顔を見ようとするのだが、今回もどうやら見ることは叶わないようだった。
「────、桜綺麗だね!」
私のところまで追いついた彼に、私は満開になった桜を指差して言う。
「あぁ、そうだね…とても綺麗だ…」
彼は、満開の桜を背に笑う私を見て、眩しそうに笑う。
「…世界で一番綺麗だよ」
─────────────
舞台は移り、今度はボロいアパートが目に入る。
壁紙は剥がれ、畳も6畳ほどしかない。電気は点滅しており、いつ消えるか分かったものではない。
それでも、夢の中の私は笑っていた。
「わぁ…!ケーキだ!」
彼女の目に映るのは、小ぶりのショートケーキが1つ。その上には蝋燭が刺さっており、『誕生日おめでとう』のネームプレートも載せられていた。
「ねぇ!これ、私食べていいの!?」
私は目を輝かせながら彼に聞くと、彼は「もちろん」と言ったあと、「やっぱり、ちょっと待って」と言う。
私は「えぇー」なんて言いながらも、刺そうとしていたフォークを戻すと、彼は部屋の電気を消して、蝋燭に火をつけた。
「わっ、なにこれ?何が始まるの?」
私が驚いたように彼に聞くと、彼はごほんと一息着いて歌い始めた。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデー、ディア───。ハッピバースデートゥーユー。さぁ火を吹き消して」
彼が歌い終わると、私は辛坊たまらんといった風に火を吹き消した。
すると彼は満面の笑みを浮かべて、私にもう一度「おめでとう」と言った。
それに短く「ありがと」と言った夢の中の私は、もう耐えきれんとばかりにショートケーキにフォークを差して、一気に口に含む。
そんな食べ方をして、生クリームを口の周りにべったりと付ける私を見て再度彼は笑うのだった。
─────────────
視点がまた変わった。
今度はどうやら夏祭りみたいだ。
買ったばかりであろう新品の浴衣を身にまとって私は笑う。それをみて彼も、満足そうに笑う。
よく見ると、彼の姿は使い古された普通のTシャツに短パンで、私の横に立つと、その衣服の差が鮮明に浮き出る。
「お兄ちゃんも、浴衣着ればいいのに」
夢の中の私はそう言うが、彼は困ったように笑うだけであった。
「あっ!りんご飴!」
そう私が指を指す先にはりんご飴の屋台があった。売られているりんご飴は、祭りの光に照らされてキラキラと光っており、まるで宝石のようであった。
「あれ、欲しい!」
私がそう言うと、彼はポケットから財布を取り出し、私の手を引いて屋台の前までやってきた。
「りんご飴1つ下さいな」
そう言って彼は100円玉を4つと50円玉を2つ屋台のおっちゃんに手渡す。
おっちゃんはそれを受け取ると、私にりんご飴を1つ持たせてくれた。
「可愛い浴衣だなぁ嬢ちゃん」
そうおっちゃんが私に言うと、夢の中の私は自慢するように胸をはる。
「でしょ!お兄ちゃんが買ってくれたの!」
私がそう言うと、おっちゃんは彼の方を見てにっこり笑う。
「やるなぁ兄ちゃん!妹のために浴衣を買うなんてなかなか出来ねぇぞ!」
そうおっちゃんが言うと、彼は照れくさそうに頭の後ろをかいた。
「あっ!!!」
夢の中の私がいきなりそう叫ぶと、続いて、ドンッ!という重低音が聞こえてきた。
私が興奮したように指差す先に彼が目を移すと、そこにはカラフルな花が空に咲いていた。
「花火だぁ!きれー!」
カラフルな花火を見て花柄の浴衣を振る私は、手に持っているりんご飴を忘れたようにはしゃいでいる。そんな私を見る彼は、桜が咲いていた日と同じ様に呟いた。
「あぁ本当に綺麗だ」
その呟きは、花火の音にかき消されて私の耳には届かなったけれど。
─────────────
視点が変わった。
でも、これまでとは決定的に違う。なぜなら、そこに私の姿はない。
そこあるのは黒い服を着て、写真を持ったいくらか老けた彼だけがいる。
その写真には、笑う私が映っている。相変わらず、夢の中だからなのか、写真の中の私の顔ははっきりとは分からない。
だけど、どこか現実の私に似ている気がした。
「―――、俺はどうすればいい…?」
夢の中で初めて聞いた彼の声には何も感情が込められていなかった。私が見る先にいる彼の顔にも、これまで見えたような笑みはない。ただ、そこに張り付いてあるのは『無』であった。
「俺は何を目的に生きていけば良い…?」
そう言って、彼は手の中の写真を撫でる。
それでも、返ってくるのは静寂のみ。
どれだけの時間彼はそうしていただろうか。ふと、彼は写真を撫でる手を止め写真から顔を上げると、誰もいない部屋に言葉を零した。
「そうだ、死ねばいいのか」
彼は天啓を得たとばかりに笑った。
「死ねば、もう一度会えるかもしれないもんな。きっと、あっちであいつも寂しがってるだろうし。この世に未練なんか無いんだ、さっさと死ねば良かった」
彼は光が灯っていない目を爛々とさせて狂ったように笑う。
「そうだよ、なんでそうしなかったんだ?なんで俺はこんなに気付くのかいつも遅いんだ?前回も今回も、遅いったらありゃしねぇ。そんなんだから大切なもんを腕から零れ落とすんだろ?」
妹のために買った鏡に映った自分の顔を見て、彼は憎たらしそうに言う。
「あー死のう死のう、時間の無駄だよ。こんな世界に生きる時間なんて1分1秒たりともいりやしねぇ。これならあの時に一緒に縄を絞めればよかったなぁ」
そう彼は自分を嘲るように言いながら笑うが、「あっ」と言って笑いを止める。
「でも、そうしたら彼奴等をやれなかったか」
そう言って彼は頭をかく。
「彼奴等が何事も無かったかのようにのうのうと生きる、そんな世界なんかクソ喰らえだからな。あの場で死ぬことは出来ねぇか」
彼は胸ポケットからタバコを取り出して、火を付ける。
「ス―…ゴホッゴホッ!かぁー!初めて吸ってみたがクソ不味いな、これを吸って美味いと言ってるやつの気が知れねぇ」
そう言いながら彼はタバコの火を揉み消す。
「よし、やってみたいことも終わったし、死ぬか」
そう言うと、彼は縄を取り出して天井に吊るす。
「これで俺もお前のとこに行けるかなぁ、それだけが不安だ」
彼は椅子から飛び降りると、そう言って目を瞑った。
─────────
「……ん、朝?」
目を覚ますと見慣れた天井が見えた。
そこは、紛れもなく私の自室であった、
「あっ…」
体を起こすと、目からは涙が滴り落ちており、寝間着や枕にシミがついていた。
「あの夢は一体……」
そう疑問に思うが、答えは分からない。でも、何か大事なことである気はした。
「彼は………」
頭の中にあるのは、最後きっと死んでしまった彼のこと。彼が一体なぜああなったのか。想像はつくが、それまでの過程が分からない。
うーんうーんと考えていると、セバスが部屋にやってきた。
「お嬢様、朝でございます。朝食が出来ましたので、広間にいらして下さい」
セバスは扉ごしにそう言う。それに私は返事をして、着替えを始めた。
着替えをしているうちに、夢のことは曖昧になり、広間につく頃にはもう夢のことは私の頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
それはまるで、誰かが思い出させないようにしているように、不自然に頭の中から消えていくのだった。
思いついたら書くしかないなと思いました。後悔はないです。
明日と明後日の更新はできないかも知れません。
ポイントや感想のほど、お待ちしております。




