養殖と天然の顔合わせ
俺は今、危機的状況にある。
眼の前には銀色の髪を肩甲骨ほどまで伸ばした端正な顔をした少女。
どちらかというと可愛いよりな顔をしており、笑えばきっと花が咲いたようであろう。
身長は150cmを超えたぐらいであり、小動物のような可愛さもあるかもしれない。
ただ一つ、彼女には欠点がある。
それは――――――
「ん」
――――――――彼女が無口であるということである。
俺の今世の名前は黒川 雫、冴えないおっさんが転生した小動物系美少女合法TSロリである。
前世の名前とか過去とかはどうでもいいだろうから詳しくは言わないが、俺は昔からTSモノと無口ヒロインが好きであった。
だから前世を思い出したときは、親がビビる程のガッツポーズをし(誤魔化した)、自分の理想を叶えるために無口少女のロールプレイを小学生から続けてきた。
その結果、友達は数えるほどしか出来ず、ロールプレイの副作用で何故か表情筋も退化してしまったが必要経費である。
そんな、俺も今年で15歳を迎え高校生になった。身長は140cmをまわったぐらいで成長が止まってしまったが、これはこれで需要があるのでOKである。
桜吹雪が舞う校門を抜け、下駄箱前のドアに貼ってあるクラス表を見ると見知った名前があった。
「おはよう雫!」
「んぶ……、おはよ美月」
俺に抱きついてきたデカパイポニテ少女は桜井 美月、俺の数少ない親友の一人であり、小学生からずっと一緒である幼馴染である。
「今日もちっこくて可愛いね〜雫は、あっ!今年は同じクラスじゃん!中学は一回も同じクラスに慣れなかったから嬉しいよ〜!」
「……小さいは余計」
一緒のクラスになれて嬉しいのは俺も同感であるが(話す相手的な意味で)、俺の脇を抱えて回るのはやめてほしい。目が回ってきもちわる……
「ゔ…………」
「あっ!ごめん雫!すぐ下ろすから!」
数分後、地に降り立った俺はなんとか乙女の尊厳を死守し、美月と一緒に教室に向かうことにした。
「1のAは……、あっここだ!雫も早くこっちおいで!」
「……教室は逃げない」
「だってワクワクするじゃん!新しい友だちと会えるかもしれないって考えたらもう我慢の限界だよ
!」
そう言って美月が勢いよくドアを開けると、クラス中の視線が私たち2人に集まった。
うっ、突き刺さる視線が痛い。俺が美少女(自称)だからって見すぎだろ、美月の影に隠れてやり過ごそ。
「おはよう!私は桜井美月って言います、1年間よろしく!ほら、雫も隠れてないでみんなに挨拶しよ?」
無理やり美月にみんなの前に引っ張り出された俺は、美月のことを恨めしく思いながらも無口美少女の仮面を被ってクラスメイトに挨拶する。
「……黒川雫、よろしく」
いつも通り表情筋は全くもって動かないが、それもまた無口ヒロインっぽくてグッド。『計算取り、完璧〜♪』である。
周りからは「よろしくー!」や「かわいい!」とか「ちくわ大明神」などのコールをもらいながら、黒板に書かれている自分の座席に向かう。あと、誰だ最後のやつ。
席につくと、鞄を机の横のフックにかけて中から読みかけの本を取り出す。
スマホを触るのではなく、本を読むのはそっちの方が無口ヒロインっぽいからである。なお、本はライトノベルである。俺は根っからのオタクであるぞ、小難しい本なんか読めないね。
席が近かったなら美月とお喋り(一方的)をするのも良かったが、残念ながら美月との席は近くはないので、休み時間以外はぼっち確定だろう。くそ、退屈な授業中の遊び相手が……!
仕方なく、しばらく本(転生系のラノベ)を読んでいるとドアの開く音がし、教室の中が一気に静かとなった。
ドアが開く度にこの現象は数秒起こるので、最初は気にせず本を読み続けていたが、今回はいつもより長い気がする。
何があったのかと美月の方を見てみると、彼女は私の方、正確には私の右隣の席を見ており、よく見ると教室中の人みながその方向を見ていた。
一体全体俺の隣には何があるんだと恐る恐る右の席を見るとそこには―――
―――『銀色の妖精』がいた。
肩甲骨付近まで伸ばされたミスリルのような銀色の髪を窓から桜と共に入ってくる春の風が靡かせる。
神様が右手で本気を出して描いたと思うほどに均整のとれた顔は、可愛さの中に美しさも存在し、どこかこの世の思えない雰囲気を醸し出している。
身長は低めであるが、それが彼女の足枷となることはないだろう。むしろ、可愛さを上乗せしているまである。
スタイルは下品に胸が大きかったり、太っているわけではなく、一種の芸術品のような姿をしている。
あぁ、これは皆が彼女を見て声を出すことの出来ない理由もよく分かる。だって、この自分大好きナルシストの代表みたいな俺でさえ見惚れるほどなのである。他の人なら尚更だろう。
彼女の一挙手一投足に目を離すことの出来ない俺たちは、止まった時間の中を彼女だけが動くことができるように、ホームルームのチャイムが鳴るまで動くことが出来なかった。
「すごかったね、あの子。何ていうか、神々しさ?みたいな雰囲気があって、………全く喋らないし」
入学式も終わり、明日から始まる学校生活の連絡なども終わったので、俺と美月は帰路に着いていた。
「ん…キャラ被り」
そう、彼女は何を聞かれても「ん」とか「そう」とか「へぇ」とかしか返ってこず、何か喋ったと思ったら、単語でしか喋らず何を言っているのかよく分からないのだ。
見た目から外国人であるからという可能性も考えたが、本人曰く生まれも育ちも日本であり、ただコミュニケーション能力に難があるだけらしい。なお、髪色はロシア人であった祖父の先祖返りらしい。
それはそれとして、今の問題はそう、『キャラ被り』である。しかも、彼女は養殖産である俺とは違って、天然ものである。容姿も俺より良いとなれば、それはもう唯の俺の上位互換である。
ぐぬぬぬ
「そんなことはないよ〜、ユキちゃんは雫ちゃんと違って表情は豊かだもん」
「ん、心外。私にも表情ぐらいある」
そう言って渾身の笑顔を美月に向けてみる。
へっ、喰らえ美少女(自称)スマイル。
「…………雫ちゃん、口角が少し上がってるだけでいつもとあんまり変わらないよ。なんなら、いつもよりも怖い」
「………ん」
くそっ、効果は今ひとつか……!
「ご、ごめん!でも雫ちゃんは普段通りのほうが可愛いよ!それに、ユキちゃんとは違った可愛いさがあるし!……あとちょろ可愛いし(ボソッ)」
そうだろう、そうだろう!俺は可愛いだろう!………ん?なんか今変な言葉もくっついていた気もするがきっと気のせいだろう、そうに違いない。
そんな会話をしているともう家についてしまった。
「また明日ね!雫ちゃん!」
「ん、また明日」
美月と玄関先で分かれると、俺は家の中に入り、自分の部屋に戻ってキャラ被りである少女染谷 雪に対するスタンスを考える。
彼女は天然物の無口少女である、対抗しても勝てるわけがないのだ。ならばどうするか、それは決まっている―――
「彼女と友達になって仲間にする」
なお、俺は9年間で友達が片手で数えられるほどの雑魚、そして相手は容姿極振りのコミュニケーション能力皆無の娘である。
「ん、そうと決まったら計画を練る」
そうして、俺の1日は計画を練るだけで溶けていった。
翌日、朝の尾教室にて俺は作戦を決行した。
作戦はシンプル、彼女に好きな食べ物や、映画などを質問し、そこから会話を広げるのである。
さぁ、俺の会話テクニックにひれ伏せ!!
「ん、私、黒川雫、染谷さん、好きな食べ物、なに?」
さぁ、どうでる……?
「…………ん」
……………………ん?何?何か今の言葉に返答あったか?俺が聞き取れ無かっただけかもしれない、もう一回聞いてみよう。
「ん、ごめん、聞き取れなかった、もう一回、いい?」
「…………………ん」
…………拝啓昔の自分へ、やっぱり養殖は天然には勝てないかもしれません。やっぱり、無口の格が養殖物の俺とは違うようです。
星や感想くれ〜!!(承認欲求モンスター)