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公爵令嬢、辺境の地にて神に敗れし者と出会う

作者: kkk

 数百年前、神が作りし試練を踏破し、神に挑んだ最強のパーティーがあった。しかし、彼らは敗れさり神の罰を受け、歴史の闇へと消えた——。


 ◇


 それから百年後。アリービア王国の王宮内では現在、一人の男性を巡って二人の女性がいがみ合いを繰り広げていた。


 「この泥棒猫が!アレンティア王子を誑かし、何を狙っている!」


 強い口調で話すのは雪の様に白い髪とは対照的な黒いドレスに身を包んだ女性。アリービア王国の公爵の位を持つヴァルトレア家の一人娘、マリディア。


 その鋭い目付きの中から光る赤い瞳を持った彼女はもう一人の女性を睨みつけた。


 「わ、私はそんな誑かしてもいませんし、何も狙ってはいません!」


 マリディアとは反対に怯えた口調で話すのは、ボロボロな身なりにボサボサな茶色い髪とそんな見た目には不相応な蒼い瞳を持った平民出の女性、アイラは懸命に否定していた。


 「黙れ!誑かしてないなら王子がお前の様な奴を!」


 更に強い口調で叫びながらマリディアはアイラに掴み掛かろうとした。


 「そこまでだ!」

 「「王子!」」


 しかし、それを青い髪を短めに刈り揃え、黄金に輝く黄色の瞳と整った容姿を持つ男性、アリービア王国第一王子アレンティアが声を上げて止めた。


 「いい加減にするんだマリディア!」

 「お、王子!?」


 アレンティアはアイラの側に行き、彼女を抱いた。

 

 「な、何をしているのですか王子!?」

 「私は彼女と共にこれからを生きていく!それを今日、この場で宣言する為に私はこの会合を開いた!」


 アレンティアの言葉に会場中がざわついた。それはアレンティアの父親であるこの国の王と王妃も例外ではなかった。


 「ま、待って下さい王子!!そ、そんな事が許されるとでも思っているのですか!貴方はこの国の未来を担うお方、それをこんな平民に託すと言うのですか!」

 「うるさい黙れ!」

 「あぐっ!!」


 突然、鈍い痛みが走りマリディアは近くの机にぶつかり倒れ込んだ。

 侍女や執事が駆け寄り彼女の安否をすぐに確認しようとするが彼女はそれを振り切り、アレンティアの前に立った。


 「王子・・・何で」


 掠れるような声だった。彼女は今にも泣きそうな目で彼を見た。しかし、アレンティアは何も変わらない真っ直ぐな瞳でマリディアを睨みつけた。


 「・・・そういうわけだ。マリディア君とは結婚出来ない。俺の事は忘れるんだな」

 「私は貴方の為に、この身も、心も全て捧げてきたと言うのに・・・」

 「そんなの君の勝手だろ?俺には関係ない」


 そう一言言い残し、後ろを振り返ってアイラと共に去ろうとするアレンティアを見て、マリディアは拳を握りしめた。

 そして―

 

 「ふざけるなぁぁぁ!」


 大粒の涙を流しながら、アレンティアを思い切り殴りつけた。


 ◇

 

 「お嬢様はおバカでありますか?いえ、大バカ者ですね」

 「う、」


 婚約破棄を発表したあの会合から一週間が経った。その間、様々な事が私に起こった。


 まず、王子の婚約破棄の件は、流石の王も了承する事が出来ず保留となった。次にあの場で王子を殴った私の処罰についてだ。

 

 「いくらヴァルトレア家が代々、王国に仕えてきた公爵家だとしても、今回の事は流石に看過できん。何よりもそれでは王の面子が立たん」


 父はそう言った。そして私は罰として、ヴァルトレア家の分家筋に当たる家がある街「灰被りの街」に無期限で住むことになった。

 事実上の勘当を喰らったようなものだ。今はその街に馬車で向かっていた。


 「お嬢様、聞いておられますか?」

 「あ、あぁ聞いているぞ」

 「はぁーもういいです。それよりもうじきつきますのでご準備をお願いいたします」

 「分かった」


 彼女の名前はイタリバ。五歳年上のメイドで私が幼少期の頃からヴァルトレア家に仕えている。今は私の身の回りの世話をしてくれている女性だ。


 「ところでイタリバ。「灰被りの街」ってどんな所なの?」

 「はい。商業が盛んで街も非常に賑わう場所でございます。その為、移住してくる人も多い場所なんですよ」

 「そうなの。まぁ気分転換には丁度いいかしらね」


 無期限と言っても私はヴァルトレア家の一人娘だ。こんな辺境に送ってもいずれは家の為には必要な存在となる。ならばしばらくの間、心の傷を癒やし、帰るように命じられたら帰ればいいだろう。

 そしていつかあの女から王子を助け出す。窓を眺める私の瞳の奥には復讐の炎が立ち昇っていた。


 「まぁ表向きは、何ですけどね」

 「どうゆう意味よ?」

 「表向きは長き繁栄が築き上げられた国とされていますが、その裏では様々な場所から売られた奴隷達が売られ、地下で働かせられている奴隷の国としての側面も持っているんです」


 奴隷の国、別になんて事はないどこに行ったとしても奴隷はいる。そんな事で驚きはしない。


 「そう・・・」

 「その為、使用人なども奴隷から調達せよとのお話です」

 「面倒ね」


 ヴァルトレア家には数多くの使用人がいる。そこから少しくらい分けてくれてもいいと思うのだが、相変わらず世間体を気にする気の小さい男だ。


 「ま、いいわ。下手な使用人なんかよりも従順でしょう」

 「お嬢様、到着したようです」


 私は窓の外を覗いた。建物が多く並び、街道には店がひしめいている。

 通りを行き交う人々は、身なりが整い活気にあふれていた。馬車はしばらく進み、大きなお屋敷の前で止まった。


 「到着しました。こちらが今日からお嬢様が住むことになる屋敷となります」

 「まぁまぁな所ね。不満があるとしたら前の屋敷よりは一回り小さいくらいね」


 扉を開け屋敷に入ると一人の男性が後ろを向きながら立っていた。

 その男はこちらが入ってきたことに気がつくと振り返り手を振ってきた。


 「お待ちしておりました!貴方がマリディア様ですね?お初にお目にかかります。私が「灰被りの街」当主、テイルッシュ・パルトと言います」


 黄色い髪に黒い目をしたまだ年若そうな男は頭を少し下げた後、こちらを向いて笑いかけながら握手を求めてきた。

 私はそれを無視してそのまま部屋に上がっていった。


 「おや、嫌われましたかね?」

 「さぁ?私は知りません」

 「イタリバ!早く来なさい!」

 「ただいま」


 イタリバもそそくさとテイルッシュの横を通り、マリディアの元へと歩いて行った。

 屋敷の内装は上品だが、以前の屋敷に比べるとこぢんまりとしている。家具も一級品なのだが、やはり違いは感じてしまう。


 「まぁ住むなら問題ないわね」

 「お嬢様の部屋はこちらになります」

 「分かったわ」

 「私は色々な手続きがありますのでしばらくお待ち下さい」


 部屋には椅子と机、必要最低限な家具が置かれているだけだった。

 部屋で一人になり天井を見上げる。


 私は一体どこで間違えたのだろうか?


 本来ならこんな所にはおらず、王子と婚約発表をして今頃結婚しているはずだった。

 それが今はどうだ。繁栄していると言っても極東の田舎街。そんな場所に追いやられている。


 「ふざけるな・・・」


 冗談ではない。何で私がこんな目に遭わないといけないのだろうか?

 全てはあの女のせいだ。王子を誑かし私から全てを奪った。許せない。許さない。


 「お嬢様?」


 トントンと扉を叩く音と共にイタリバの声が聞こえ扉を開ける。

 開けた先には心配そうな顔をしたイタリバと変わらず笑顔なままのテイルッシュが立っていた。


 「どうかしたの?」

 「いえ。何も・・・。それよりも準備が整いましたので早速市場の方へと向かいましょう」

 「市場?」

 「はい。奴隷市場です」


 ◇


 目的の場所は屋敷を出て、馬車で三十分くらい進んだ場所にあった。

 イタリバの手を借りて馬車から降りた。目的地の場所はなんて事のない民家で辺りにも特段特別な何かがあるわけでもなさそうだった。


 「ささ、こちらが入口になりますよ」

 「ここ普通の家じゃない」

 「まぁまぁ、入ってからのお楽しみですよ」


 テイルッシュに言われた通り中に入る事にした。民家の中は活気付いていた表通りとは異なり、埃がそこら中に溜まっており、蜘蛛の巣がはっていた。


 「汚いところね」

 「ナベ爺、いるかい?」

 「おやおや、これはこれはテイルッシュ坊ちゃんではありませんか。今日はどんなご予定で?」


 部屋の奥にあった扉から出てきたのは腰を九十度に曲げ、杖をついた老人だった。

 

 「久しぶりだねナベ爺。今日は何人か奴隷が欲しくてね?地下施設の奴隷市場まで案内頼むよ」

 「ふぇっふぇっ、そこのお嬢さん方が買うのかい?」

 「ええ、その通りよ。何か文句でもあるのかしら?」

 「気が強くて結構!ささ、こちらですよ」


 ナベ爺に案内され、私達は地下へと階段で降りて行った。暗い通路を進んでいくと巨大な空洞に辿り着いた。そこは鎖に繋がれ、ボロボロな身なりをした痩せ細った人々が老若男女、働かされていた。


 「これは何をしているのかしら?」

 「何ってこの街の繁栄の礎になって貰っているんですよ?これは一部の貴族達しか知らない事実なので内緒ですよ?」


 何人か倒れている人もちらほらいるがそんなことお構いなしに奴隷達はみんな必死に働いていた。

 別にこの街に限ったことではない光景だ。どこであっても奴隷の扱いは変わらない。


 他人なんて構っていられない。そんなものに構っていては自分の負担になるし同じ姿になる。


 「許せないですか?」

 「いえ、別に。先に行きましょ」


 その後、しばらく進んだ場所にあった部屋でナベ爺から奴隷のリストを貰い眺めていた。


 「イタリバ、貴方はどう思う?」

 「私は誰でも。仕事を真面目にやってくれれば文句はありません」

 「貴方ならそう言うわね。なら倒れてた人の中から厳選して五人よこしなさい」

 「おや、あんなので良いのですか?貴方は上客ですから、おすすめのをリストアップしといたのですが」

 

 リストにあった者達も確かに悪くはない。だが、私は自分の目で見たものを信じたい。何よりも誰からも助けて貰えず、見捨てられたその姿が自分と重なって見えてしまった。


 「貴方と境遇が似てるからですか?」

 「ええ勿論。私と同じ見捨てられた者なら上手く扱える、そう思っただけよ」

 「そうゆう事にしておきましょうか。では手配致しますね。時間がかかりますのでナベ爺、あそこに案内してあげてください」

 「ふぇっふぇっ、こちらですよ」


 席を立ち、ナベ爺の後ろをついてイタリバと共に歩いていくと更に地下に降りて行った。

 しばらく降りた場所には重厚な扉が設置された部屋があった。

 ナベ爺がそれを開けると大きな歓声と熱い熱気が立ち込めた人々が中央にある柵で囲まれた場所に注目している部屋へと着いた。


 「ここは?」

 「地下闘技場じゃよ。ここで奴隷共を戦わせておるんじゃ」

 「何故、そんなことを」

 「貴族達の娯楽じゃよ。この街は平和じゃからな、こうした争いに飢えとる者達がおるんじゃよ」


 中央では丁度試合の真っ最中のようで二人の男が戦っていた。


 一人は筋肉質で茶色い肌をした男性で手には鉄でできた武器を装着していた。

 会場中から聞こえてくる声によるとその男の名はブライアンと言うらしい。


 もう一人の方はブライアンより一回り大きく、彼よりも一回り大きくガタイの良い体つきに長くボサボサとした髪を腰まで伸ばし、両手には鎖で繋がれた手枷をはめられていた。


 「オラっ!オラっ!どうした、どうした?その程度かよ!」

 「うぐっ!」


 手枷で繋がれているせいか、ブライアンの拳が一方的に男を殴っており男は何の抵抗もせず、それを受けていた。


 「ふぇっふぇっ、相変わらずだな"非力な巨人"は」

 「"非力な巨人"?何それは?」

 「あの手枷をつけたままの男ですよ。あの巨体に似合わず、全く力と体力がなくて奴隷共の足しか引っ張っていない事からそう揶揄されておるのですよ」

 「そう」


 非力な巨人は今も反撃をする事なく殴られていた。見ていた者達からは真面目にやれと抗議の嵐が飛び交っていたが、それでもその男は何もせずにただ殴られているだけだった。


 「あの男、何で手枷をはめたままなの?」

 「アレは我々の物じゃありませんのじゃ。奴隷としてここに来た時からあやつがつけておってのぉ。取ろうとしてもとれんのですよ」

 「お待たせしました。奴隷の方を回収して今準備が整いました」


 手枷をはめた男の事を聞いていると後ろからテイルッシュが声をかけてきた。


 「分かった」

 「ただ、一つ問題がありましてね」

 「何?」

 「実は倒れていた者の何人かはもう死んでいましてね、四人しか集まらなくて」

 「別にいいわ。なら代わりにあの男をちょうだい?」


 そう言ってマリディアは立ち上がり部屋をイタリバと共に出て行った。

 

 「お嬢様、失礼ながらあんな適当に決めてよろしかったのですか?」

 「構わないわ。どの道、王国に戻るまでの間だけだもの真面目に選ぶのは損よ」

 「ですが、あの非力な巨人と呼ばれていた男まで」

 「仕方ないでしょ、あんな薄汚い場所からとっとと出て行きたかったのよ」


 だから偶々目に入ったあの男を最後に選んだ。ただそれ以外にも理由はある。

 それはあの男の目だ。あの男の目からは微かにだが力強い何かが感じとれた。

 そうあれはあの時、馬車を走る窓を除いた時に見た私の瞳と同じだった。


 「マリディア様〜!」

 「何かようかしら?」


 イタリバと二人で歩いていると後ろからテイルッシュが声をかけながら走ってきた。


 「本当にあの非力な巨人でいいのかい?こういっちゃ何だが、彼は本当に役立たずですよ?」

 「構わないわ」

 「いやですが、」

 「お嬢様はいいと言っているのです。これ以上何か文句があると?」


 マリディアが煩わしく思ったのを察したのかイタリバは二人の間に無理やり割り込んできた。

 

 「いや、実はあの男は奴隷達の都合のいいサンドバックになるんですよ。ですから、彼がいなくなったらちょっとまずいと思いまして、その、考え直すのは」

 「ヴァルトレア家時期当主が構わないって言っているのだけれど、まだ何か?」


 マリディアは睨み付けるようにテイルッシュを見た。その目を見たテイルッシュは説得は無理だと判断し、ため息をつきながら両手を上げた。


 「分かったのならいいわ。屋敷に戻るから直ぐに奴隷達を準備しなさい」

 「かしこまりましたよ」


 二人が地上へ戻った後、テイルッシュは一人地下の部屋に戻り机に足を乗せて椅子に座り込んだ。


 「殺気に気がつくとは面倒な相手だね、アレは」

 「それでも命令は絶対ですよテイルッシュさん?」


 薄暗い部屋の中で自分以外の声が聞こえて、テイルッシュは背筋を強張らせた。


 「貴方がやらないのなら僕がやりますけど?」

 「い、いや、貴方にやられてはこの街が滅んでしまう。彼女を殺すだけなら私がこの手で終わらせますよ」

 「では任せますね。駄目でしたら僕がやりますよ」


 ◇


 二人が地上に戻ってから数十分後、テイルッシュは五人の奴隷を引き連れて現れた。


 「いやぁ、お待たせしました」

 「遅い。お嬢様をどれだけ待たせるのですか」

 「いやぁ申し訳ない。お嬢様の家に行くのですからね、非力な巨人君がボロボロではダメでしょう?最低限身なりを整えていたのですよ」


 ややきつい口調で咎めたイタリバに対して、テイルッシュは軽い口調で笑ってそう流した。


 「さて、お嬢様。今日から貴方の屋敷の奴隷となる彼らを軽く紹介しておくよ?」

 「いやいいわ。リストで覚えたから。直ぐに帰るわよ」

 「なるほど。流石ですね」


 その後、屋敷に戻りテイルッシュが帰った後で改めて買った奴隷達を自室に連れてきた。


 「私が今日から貴方達の主人となるマリディア・ヴァルトレアよ。隣にいるのがイタリバ、貴方達の直接の上司になるわ」

 「「「「「はい」」」」」

 「次は貴方達よ。右から名前だけ言いなさい」

 「はい!わだしの名前はアイとようじます!いっじょうけんめい働ぎます!」


 一番右端に立っているのはショートカットに切り揃えた髪と欠けている歯が特徴的な少女だった。


 「私はマリッサと言います」


 その隣には茶色い髪を長く伸ばし、お淑やかなイメージを持たせる雰囲気を持った女性だった。


 「わ、わしはガイジと言うものじゃ。こんなおいぼれを買ってくださりありがとうございますじゃ」


 更にその隣はナベ爺程ではないが腰を曲げ、体をふるふると震わせている糸目の老人だった。


 「ぼ、僕はライと言います。が、頑張ります」


 四人目は何の取り柄も無さそうな何処にでもいそうな黒い髪に平凡な顔をした少年だった。


 「それで?貴方の名前は"非力な巨人"さん?」

 「俺の名は・・・レイゼル」


 そうこの目だ。死んだ魚のような生気が宿っていないこの瞳の奥に微かにだが宿る復讐心。

 ああ、やはりこの男は同類だ。


 「そう。じゃあ後はイタリバ、貴方に任せるわ」

 「かしこまりました。では皆様はこちらへ仕事を教えます」


 その日からイタリバの怒鳴り声が屋敷中を響き渡る日々が始まった。


 「アイさん!何度言えばわかるのですか!?貴方はまだ子供なのですから無理せずに働いて下さい!」

 「ゲホッゲホッご、ごめんなざい、こんな事でからだこわじてごてんなざい」


 アイはどうやら体が弱いらしく直ぐに体調を崩していた。私もイタリバもそんな子を無理に働かせる程、腐ってはいないのだが、それでも彼女は無理して命令以上のことを常にやろうとしていた。


 「あ、も、申し訳ございません!皿が、て、手が滑って・・・」

 「何度言えばいいんですか!!渡した手袋をつけてください!それをつければ滑りませんから!」

 「そ、そんな高価なもの無価値な私がつけるなんておこがましくて」

 「つけないと皿が割れるんですよ!!」


 マリッサは超がつく程、ドジで何かをやる度に物を壊していた。更に奴隷時代に相当罵られたからか、自分を卑屈に捉える癖までついてしまっている。

 

 「ガイジさん・・・わ、私は庭の草木の手入れをして下さいとお願いしたのですが?」

 「じゃからしたじゃろ?」

 「確かにしましたが・・・誰が草木で女性のヌードを作れた命じましたか!!」

 「芸術じゃ!」

 「いらん!切れ!」


 ガイジは昔、芸術家だったらしく、奴隷の時もこうして岩を草木の女性のヌードに変えていたらしい。


 「い、イタリバさん!部屋の掃除終わりました。後お風呂の掃除と窓拭きも」

 「貴方は・・・普通すぎてつまりませんね」

 「え、ええ・・・」

 

 ライは普通だった。これ以上言葉が出てこないくらい普通だった。

 そして肝心のレイゼルはと言うと。


 「レイゼルさん貴方、想像以上に使えませんね」

 「はぁ…はぁ…も、申し訳ございま、せん」


 彼は私達が想像していた以上に非力で体力が無かった。今夕食の準備が整い、私の元に食事が運ばれてきたがそれを運んできただけでこの男は息切れを起こしていた。


 「私の目は節穴だったのかしら・・・」


 そう思わせる程、この男は何もできず、子供であるアイでさえやれる事をまるで命を削ってやったかのような姿にまでなっていた。


 「はい!マリディア様!」

 「よくやったわありがとう。アイ」

 「へへ!うん!わーい、マリッサさん褒められちゃったー!」

 「よかったわね」


 どうやら彼女達はあの地下で働かされていた頃からの仲らしく、アイの分の仕事をマリッサはやって倒れていたらしい。

 夕食後、私は部屋でイタリバと共にお茶を飲んでいた。


 「彼らはどうかしら?」

 「使用人としてはまだまだですね。正直に言って使えなさすぎです。今ガイジさんとライさんに買い物を行かせていますがしっかりと役目を果たせるかどうか・・・」

 「でしょうね。まぁそれでも王国へ帰るまでの辛抱よ。お願いね?」

 「かしこまりました」


 肩を落として力のない返事をしたイタリバを初めて見た。どうやら想像以上に彼らの教育は大変なのだろう。しかし、イタリバは直ぐに姿勢を正した。


 「お嬢様」

 「何かしら?」


 イタリバはこちらを真剣な眼差しで見つめてきた。


 「本当に王国へ帰るおつもりですか?」

 「ええ、そうよ?」

 「お言葉ですが、今戻った所でお嬢様には、」

 「やめなさい」


 イタリバが言おうとしていた言葉を私はそこで辞めさせた。イタリバが言わんとする事が分かっていたからだ。


 「戻る以外に私に選択肢はないのよ・・・。だってそれしか私にはないのだもの」

 「お嬢様・・・」


 幼少期から王子の妃となるように私は育てられてきた。王子が好きな物、嫌いな物を徹底的に教え込まれ、王子の理想の妻となるべく仕込まれた。

 それについて私も特に何も思わなかった。王子を愛していたからだ。初めて出会った時からずっと彼が好きだった。だから、王子を誑かすものには容赦しなかったし、そう教えられてきた。

 王子もそんな私を愛してくれていたと思っていた。


 「すまない。今日はもう一人にしてくれ」

 「かしこまりました。では失礼します」


 イタリバは私の気持ちを感じ取ってくれたのか、何も言わずに部屋を後にしてくれた。

 

 「はぁ・・・」


 あの女は突然現れたのだ。ある日、王子が衛生にいって帰ってきた時にあの女は現れた。

 平民の癖に妙に王子と距離が近く、王子もそんな彼女に対して私には見せることのない表情をしていた。

 許せなかった。ポッと出てきた女が私の努力を踏み躙っているようだった。

 

 「何で今頃・・・」


 背もたれにもたれかかり窓の外を見てみると庭園にある椅子に座って星空を眺めているレイゼルが目に入った。


 ◇


 「失礼、隣いいかしら?」 

 「お嬢様?も、申し訳ございません」

 

 自室から庭まできた私は歩いて彼の元を訪れた。レイゼルは驚いた様子で直ぐに立ち上がり先を譲った。


 「いいわ。貴方も座りなさい」


 席に座り、隣の空いた場所を叩いた。レイゼルは少し戸惑ったが主人の命令ということもあり大人しく座った。

 

 ―二人の間にしばしの沈黙が流れる。


 「貴方、何者なの?」

 「えっ?」


 最初に声を上げたのはマリディアだった。興味があったのだ。あの地獄のような場所でも自分と変わらない同じ目をした人間であるレイゼルのことが。


 「俺は、俺は昔、冒険者をやっていました」

 「まぁそうよね。そのガタイだとそれくらいしかないわよね」

 「多くの苦難を仲間と共に助け合って潜り抜けてきました。だけどあの日、全てを失ったのです」

 「あの日?」

 「この世界には昔、十二個のダンジョンがあったのを知っていますか?」

 「?そうなの?」


 そんな事は初耳だった。そもそもな話、私は幼少期の頃より多くを学んで方が全てというわけではない。

 私が習ってきたのは最低限の教養と王妃として生きていく為の知識を教え込まれた。それに関係がない事、つまりダンジョンやギルドといったものは名前だけしか知らないのだ。


 「昔はあったのです。人々はそれを十二の試練と呼び、多くの冒険者が挑み、そして命を散らしていったのです」

 「貴方もそれを?」

 「ええ。俺は仲間達と共にその試練を次々と踏破していっていました」

 「そんなに凄い貴方が何故こんな所で奴隷生活を送っていたの?」

 「・・・その試練の最後に現れたのは神でした。俺たちは神に敗北し、この手枷をかけられ、仲間も本来の力も全てを失い、流れに流れてこの街に来たという事です」


 レイゼルは両拳を握りしめながら忌々しげに私に話してくれた。

 突然、突拍子もないことを言われた私は戸惑ってしまった。しかし、彼の目を見て嘘はついていないと思えた。


 「それで貴方は、」

 「お嬢様ー!!」


 その時だった。イタリバの声が聞こえてきた。どうやら私を探している様だったので、私は話を切り上げてレイザルに別れを告げ、イタリバの元に向かった。


 「どうかしたの?」

 「あ、お嬢様。実はテイルッシュ様が屋敷に訪れておりまして」

 「こんな時間に?」


 イタリバと共に玄関まで赴くと笑顔で待っていたテイルッシュがいた。


 「何のようかしら?」

 「実はですね。ナベ爺が死にました」

 「それがどうかしたのかしら?悪いんだけどあの人に感謝なんて一ミリもしてないわ。むしろ年齢を考えると、」

 「殺されたんですよ。私にね!」

 「お嬢様!」


 テイルッシュは剣を抜き、私に向かって斬りかかってきた。しかし、それを同じく剣を使ってイタリバが受け止めた。


 「くっ、何のつもりですか?」

 「何のつもり?そんなの決まっているでしょう?彼女を殺せば莫大な金が手に入るんですよ!!」


 剣を振り抜きイタリバを後退させたテイルッシュは更に追い討ちをかけるように彼女に剣を振り続けた。


 「誰の差し金ですか!」

 「さぁねぇ!教えるとッ!思ってッ!いるのかいッ!!」

 「そうですか、ならいいです」

 「へっ?」


 イタリバは防戦一方だった状態からほんの少し重心をずらす事によってテイルッシュの体勢を崩させた。そしてその隙に両腕を斬り落とした。


 「ひ、ひぎゃゃゃゃゃゃ!!?」

 「チェックメイトです。お嬢様、お怪我はありませんでしたか?」

 「え、ええ。どうなって、」


 次の瞬間だった。「灰被りの街」の方から爆発音が聞こえ、窓から外を見てみると黒い煙と真っ赤に燃える炎が立ち昇っていた。


 「何が起こってるの火事!?」

 「いやどう考えてもそんな規模ではありません」


 二人が窓の外を見てみると、庭園に数人の人影が見えた。


 「お嬢様・・・どうやらこの街で何かよからぬことが起きたようです」

 「え?」

 「こちらへ!!」


 強引にイタリバに手を掴まれ、私は見ていた窓とは反対方向にある扉から屋敷を出ていった。


 「ッ!?くそ・・・囲まれてましたか」

 「さっきから一体なに、をってアレは何?」


 アレというのは適切な表現だった。最初はただの人だと思った。しかし、目を凝らして見てみるとそれは人と呼んでいいのか疑問に思うものだった。


 「何よアレ・・・何でアレで生きてるよ!?」


 頭から斧が突き刺さった者がいれば、腕がない者、胴体が血だらけな者、腹から腸が飛び出ている者などおおよそ生きているはずがない者達だった。


 「 食屍鬼(グール)という人を喰らう生物です。ですが何故、 食屍鬼(グール)がこんな所に?」

 「ゔゔゔ・・・ゔあぁぁぁ!!」

 「この数、厄介ですね。お嬢様!上に行きますよ!」


  食屍鬼(グール)は私を見た途端、皆一斉に走り出し屋敷に入ってきた。

 私はイタリバに手を握られたまま二階へと上がっていき自室へと入った。


 「はぁ…はぁ…イタリバ」

 「この様子では恐らく街にも大量の 食屍鬼(グール)がはびこっていますね・・・。ご安心下さいお嬢様、貴方は私が守ります」

 「ガァァァッ!!」

 「失礼!」


 扉を突き破り 食屍鬼(グール)と化した人間達が部屋へと詰め寄ってきた。

 イタリバは私を抱き抱え、窓を破壊してニ階から飛び出し、近くにあった木に剣を突き刺し、下まで降りそのまま走り出した。


 「お嬢様!こちらです!」

 「ッ!待ってイタリバ!」


 声を上げた私に驚いたイタリバは言われた通り立ち止まった。

 二人の目の前に写る光景は凄惨な物となっていた。


 「・・・ライ、マリッサ・・・」


 曲がるはずのない方向に曲がった腕、食い千切られた首、引き裂かれた体の中身や髪、皮膚が辺りに飛び散り、目は抉られ、二人の遺体はマリッサがライを守るようにして死んでいた。


 「お嬢様・・・」

 「分かってるわ」


 二人の遺体の前を横切り走り去っていく。出会って数日。そこまで関係も深くわなかった私だが、あの二人の関係は他人同士でありながらまるで母子のようだと感じた。


 「くっ、ここまで来ていましたかッ!」

 「ぐぉぉぉ!!」


 私達の目の前に新たな 食屍鬼(グール)が何人も現れた走り出してこちらへ向かってきた。

 イタリバはそれを次々と斬りつけながら私を守って先に進んでいった。


 「イタリバ、貴方強かったのね・・・」

 「お嬢様を守る為に特訓を重ねてきましたからね」


  食屍鬼(グール)はそれでも休みなく私達を襲って来ていた。


 「まずいですね」

 「どうしたのイタリバ?」

 「逃げ道を着実に抑えられています。それにどんどん街の方へ追いやられてしまっています。まるで何者かが指示を出しているようです」


 冷静に話すイタリバだったが、その顔は言葉とは裏腹に焦りの表情を覗かせていた。

  食屍鬼(グール)を何十匹と倒しながら街を進んでいると奴隷市場の入口があった場所に着いた。

 通り過ぎる瞬間、ガイジらしき肉片があったのを見つけた。


 「ここもですか厄介ですね」

 「こんなに・・・」


 真っ直ぐ進み突き当たりを曲がった先にいたのは街にいる人々を貪る 食屍鬼(グール)の群れだった。


 「あれって?」


 その中には地下で働いていた奴隷達や闘技場でレイゼルを一方的に殴っていたブライアンの姿があった。


 「ここまでですね。お嬢様」

 「イタリバ?」

 「この 食屍鬼(グール)共は私が引きつけますので出来るだけ遠くへお逃げ下さい。森の方へ行けば逃げ延びた人々がいるかもしれません」

 「なッ!?何を言っているの!!」


 突然言われたそれに納得できなかった私は声を荒げてイタリバの両肩を強く掴んだ。

 そんな私にイタリバは少しせつなそうな表情を見せながら優しい笑顔で私の手を握った。


 「貴方様を支えて早十数年。最初は何てめんどくさい子なのだろうかと思っておりましたが、貴方は立派に成長してくださいました」

 「ふざけないで!貴方も共に逃げなさい!」

 「それは無理なのですお嬢様」

 「なん、」


 言おうとした時に初めて気がついた。イタリバの足から血が出ていたことに。


 「イタリバ足」

 「先程、逃げる時にやられてしまったみたいで」

 「い、いやよ!私だけ逃げるなんて!」

 「がぁっ!!ぐっ!?」


 物陰から忍び寄ってきた 食屍鬼(グール)の首を切り落としながらイタリバは私の顔を強く掴んだ。


 「お嬢様!貴方はヴァルトレア家を継ぐ者なのですよ!?ここでたかが使用人一人を見捨てれないでどうなさるおつもりですか!!」

 「ふ、ざけないで!貴方はたかが使用人なんかじゃない!!私の唯一の、」

 「お嬢様」


 私がその一言を言おうとした瞬間、イタリバは私の口を人差し指で優しく抑えた。


 「たかだか、使用人にはその言葉は過ぎたるものです。さぁ、早くお逃げください。私はしばしのお暇をさせていただくだけですから」

 「ッ、・・・ええ・・・分かったわ・・・ゆっくり休みなさい・・・」

 「はい」


 私は後ろを向いて走った。

 最後に見た彼女の笑顔を思い返しながら・・・。


 ◇


 イタリバがあいつらを引き連れてくれているからか、先程よりも数は減っていた。

 ずっと走っていたからか体力はもう底をつき、両足は悲鳴を上げていた。


 「はぁ…はぁ…」


 視界が眩む中、ただひたすら走り続けた。イタリバに助けて貰ったこの命を誰かに奪われたくないからだ。

 しばらく走っていると森の手前で薄っすらと人影が見えてきた。どうやら何人かは避難できていたらしい。

 私は限界が来ている足を動かしながらそこに辿り着いた。


 「ゔゔゔ・・・」

 「・・・そんな」


 だが、そんな筈はなかった。

 実際、避難した人はいたのだろう。荷物や馬車などが置いてあった。しかし、その全ては 食屍鬼(グール)へと姿を変えていた。

 逃げるために踵を返そうとした時だった。


 「ゔばぁ!!」

 

 草木の中から突然、 食屍鬼(グール)が現れ私は避けることもできず覆い被された。

 肉の腐った匂いに頭がくらみ、ずっと走っていたからか体に力が入らず抵抗が出来ない状態で襲われた。

 そして 食屍鬼(グール)が口を大きく開け私を喰らわんとした。


 「グガッァァァァ!!」

 「ぐっ!」

 「お嬢様!!」


 喰われる直前、私を呼ぶ声がして街の方を見ると 食屍鬼(グール)に向かって勢いよくレイゼルがタックルをかまして吹き飛ばした。


 「レイゼル」

 「良かった。お嬢様、ご無事だったのですね」

 「あ、貴方こそ、何で・・・」

 

 レイゼルの体には剣や斧といった武具が何本も突き刺さっており、何故これで生きているのか不思議でならなかったが、彼が街から来たので彼の両腕を掴んだ。


 「レイゼル、イタリバは?イタリバとは会ったの!!?」

 「ッ、イタリバ様とは・・・はい会いました。でも・・・」


 イタリバの名前を出した瞬間、彼の顔が曇った。それだけでイタリバがどうなったのかは察する事は容易だった。私は彼の両腕から手を放し地面についた。


 結局、幼少期の頃から彼女には貰ってばかりだった。今回も最後まで私の味方でいてくれた彼女に私は何かしてあげられていただろうか?

 

 「お嬢様・・・」


 レイゼルの手が私の肩に優しくそっと置かれた。


 「分かってるわ。今はここから離れないと。レイゼルついて来なさい」

 「はい」

 「あれ?男の方も生きていたんですか?」

 「誰!?」

 「僕ですよ、ライです」


  食屍鬼(グール)が貪っていた場所から声が聞こえ、後ろを向くと奴隷として買った一人のライが目の前に立っていた。


 「貴方も無事だったのね」

 「はい。お嬢様もよかったです。さぁ、ここから早く逃げましょう」


 ライから差し出された手を掴もうとした時だった。私の腕をレイゼルは掴み、それを止めた。


 「お待ちください。この者、何か変です」

 「どうゆう、」


 その時初めて気がついた。

 レイゼルや私は 食屍鬼(グール)に襲われたことによって、服はボロボロ、傷は至る所にあるはずなのに、ライにはそれが何一つ無かった。


 「あー・・・あはは、泥でもつけとけば良かったかな?」

 「お嬢様、お下がりを。こいつ何か変です」

 「はぁー、まさか"非力な巨人"まで生きてるとは思わなかったな。って言うかそれで何で生きてるの?」

 「お前何者だ?」


 レイゼルは私の前に守るように立ち、ライを睨みつけた。


 「僕ですか?僕は 死霊使い(ネクロマンサー)と言えば分かりますか?」

 「死霊使いが何故ここにいる」

 「非力な巨人さんは意外とお喋りなんですね!」


 笑顔でそう答えるライの姿に、私は不気味な何かを感じ取った。

 

 「僕の目的はお嬢様、貴方を殺す事です」

 「えっ?」

 「灰被りの街に追放された貴方を処分しろと王国から命を受けましてね?いやー最初はテイルッシュが受けた命だったんですけどね?あいつ役立たず過ぎたんで結局僕がやる羽目になっちゃったんですよ」


 瞬間、私の周りの空気が凍りついたのを感じた。

 今この男は何と言ったのだろうか?王国が私を?殺せと命じた?一体誰がそんなことを?


 「まっ・・・て、誰が、まさか、そんなそんな筈がない!だって私は、」

 「そうですよ。貴方を殺せと命じたのはアレンティア王子ですよ?」

 「嘘をつくな!!そんな筈がないだろ!だって私は!王子の、王子の妃となる・・・」

 「違うでしょ?貴方は王子に選ばれなかった。だから今ここにいるのでしょ?」


 王子・・・何故?あの方がこんな事を?私を殺すなんて有り得ない!何で、わからない。

 頭が回らない。思考出来ない。目眩が強くなっていき、吐き気をもよおしてきた。


 「お前、裏ギルドの"奈落の手"か?」

 「おや?奴隷だった癖に詳しいですね?」

 「昔から暗殺や殺しを頼むなら相場は決まってる」

 「違う、そんなわけがない、私は、じゃあ何の為に・・・」

 「お嬢様?大丈夫ですか?お嬢様!」


 駄目だ。立っていられない。倒れそうになる体をレイゼルが受け止めてくれた。  


 「さて、無駄話はここまで、お嬢様?いやマリディア」


 それを合図に 食屍鬼(グール)達が一斉にこちらに向かってきた。

 

 「お嬢様!」


 レイゼルは私を守る為に 食屍鬼(グール)達に一人立ち向かった。


 「ぎゃぎがっ!」

 「ぐはっ!!」

 「ぎゃーす!」

「ごふっ!」


 しかし数の暴力に加えて、"非力な巨人"と揶揄されるレイゼルの力では相手にすらならず、彼は剣や弓を手にした食屍鬼(グール)達によって斬り裂かれ、矢を打たれ倒れ込んだ。


 「ぐふっ!」

 「やれやれ、君なんかで勝てるわけないでしょ?僕の魔術で作った食屍鬼(グール)は特別強力なんだからね?何せ、生前の力をそのまま扱えるからね」

 「お、じょ、うさま・・・お逃げ・・・ください」


 地面に血溜まりを作りながらも尚、彼は私の身を案じ少しでも私に向けられる 食屍鬼(グール)の数を減らす為に立ち上がろうとした。


 「君はもうお役御免だよ」

 「「「ぎぎぎっ!!」」」

 「がッ!?」

 「レイゼル!!」


 背を空に向けて倒れたレイゼルの上から 食屍鬼(グール)達が剣を突き刺しレイゼルは意識を失った。


 「そんな・・・」

 「最後の守り手も失ってしまいましたね?じゃあ終わりにしようか。最後は君にとって大切な人で終わらせてあげるよ」


 ライが手を叩くと地面からメイドの姿をした一人の女性が現れた。

 腕は骨でのみ繋がり、顎は外れ、綺麗だった肌はただれ、剣を持つ指は反対方向に曲がってはいるが私が間違える筈の無い彼女だった。


 「イタリバ・・・」

 「あ、あ、じゃ」

 「貴様ぁぁぁ!!!」


 私は怒りに満ちた声を上げてライに向かって殴りかかった。しかし、それをイタリバが剣の平を使って私を殴る事によって止め、私は木に頭をぶつけ、座り込んだ。


 「さぁて、最後に何か言い残す言葉はあるかい?」

 「・・・」


 もう何かに対抗する意思すら残ってなかった。イタリバは死に、王子には裏切られ、唯一生き残っていたレイゼルも倒れた。


 本当にどこで私は間違えたのだろうか?私が一体、何をしたと言うのだろうか?私はただ、王子と共に幸せになりたかっただけなのに。


 「あらら、もう生きる気力もないって感じだね」

 「ぐっ、お、嬢さま」

 「うえ、何でまだ生きてんのさ」


 既に死んでいてもおかしく無い程の傷を負いながらもレイゼルは私に向けて声をかけた。こんな状況でも彼の目には復讐の炎が燃えているように思えた。


 「あ、きらめて、はダメ、です・・・」

 「レイゼル・・・」

 「まだ、あきらめては、」

 「レイゼル!」


 遂に力尽きたのかレイゼルは顔を地面につけて目をつぶった。私はそんな彼の側に走って近づいて行った。それはもう一人になるのが怖かったからかもしれない。


 「レイゼル、レイゼル!目を開けなさい!貴方まで、私を置いて行くな!」

 「ぷぷっ、あって数日の男に頼るしか無いなんて落ちたもんですね?」

 

 悔しいがライの言う通りだった。今の私にはもうレイゼル以外頼る相手がいなかった。

 そんな彼だからこそ、ここで死んでほしくなかった。我ながら勝手だと思う。でも今だけはそれを許して欲しかった。


 「お願い、目を覚ましなさい。もう一人になるのは嫌なの」

 「だったら貴方の使用人でとどめ刺してあげるよ!元からそのつもりだったけどね!」


 イタリバが私に近づき剣を向けた。

 結局、誰かに言われるがままの人生だった。お父様が呼び戻すまで私はこの街から動こうともしてなかった。無理矢理にでも動いていればイタリバは死ななかったし、この街もこんな事にはならなかった筈だ。


 剣は上に上がり、そして私に向かって振り落とされた。私の頬を一筋の涙がつたって、レイゼルの手枷へとこぼれ落ちた。


 その瞬間だった。レイゼルの手枷が目を覆わねばならない程に眩しい光を放った。


 そして―


 「がぼっ!!」

 「へっ?」

 

 イタリバがライの横を通り過ぎて後ろの木へと直撃した。


 「ご無事ですか?お嬢様」

 「レイ、ゼル?貴方・・・手枷は?」


 光が収まり、私が目を開けるとレイゼルに抱き抱えられていた。そして彼の両腕の自由を奪っていた筈の手枷は鎖を消していた。


 「ははっ、たかがその程度で何かが変わるわけないだろ?やれ」

 「「「ガッ!!」」」

 「お嬢様、お下がりください」

 「は、はい・・・」

 「すぅーーーはぁーーー」


 レイゼルは大きく息を吸い、そしてそれを吐いた。そして自由になった両腕を見て、少しだけ笑った。


 「「「あがぁぁぁぁッ!!!」」」


 そしてレイゼルは迫り来る 食屍鬼(グール)に向かって腕を一振りした。

 その衝撃は木々が大地から離れ宙を舞い、燃え盛る街の火を消し飛ばしながら 食屍鬼(グール)達を一撃で消し炭にした。


 「なッ、がッ?、あ?はあぁぁぁーッ!?」

 「お嬢様、お怪我はないですか?」

 「え、ええ・・・」


 私はレイゼルの体に守られ、ライは 食屍鬼(グール)が壁となって奇跡的に身を保っていた。


 「な、お前、どこが"非力な巨人"何だよ!!」


 ライは地面から次々と 食屍鬼(グール)を召喚し、それはまるで津波の様にレイゼルを襲った。

 しかし、そんなことを物ともせず、レイゼルは次々と拳を振り回して 食屍鬼(グール)を倒して行った。


 一度振れば、四、五人の 食屍鬼(グール)が破裂して辺りに飛び散り、迫り来る津波はたった一人の巨人によってせき止められてしまっていた。


 「な、何だよあれ・・・まるで巨じ、」


 そこまで言ったライは何かを思い出したかのように口を抑えて身体中を震わした。


 「お前、いやそんなわけない!で、でもまさか・・・お、お前は、数百年前にあった十二の試練を踏破した伝説のパーティー"巨人の足跡"のリーダー"神を捻り潰す者"レイゼル=エルカレッジか!?」

 「そうだ」


 最後に残っていた 食屍鬼(グール)の顔を手を叩いて潰したレイゼルは、それを放り捨ててライの目の前に立った。


 「そんな、バカな話があるかよ!?だってお前は!だとしたら、」

 「ただ、死に損なった。それだけだ」

 「ま、待て待て!くそっ!誰だよ!"非力な巨人"なんてバカにしてた奴!化け物じゃねーか!」

 「同僚のよしみだ。一撃で終わらせる」

 「待って!待って!俺はまだ死にたくない!お願いします!助けてぇぇぇぇ!」

 「" 神を砕く一撃(ギガントマキア)"」


 レイゼルは逃げようとしたライに向かった強烈な一撃を叩き込んだ。それは大気を震わせ、大地を割り、森を引き裂き、雲を吹き飛ばした。

 これを喰らったライはひとたまりもないだろう。死んだ事を確認する必要もないくらいの一撃だった。


 「終わりました。お嬢様」

 「そのようね・・・」


 ◇


 その後、朝日が昇るまで私とレイゼルの馬車の中で二人して寝てしまっていた。

 目を覚ました私は馬車を出て丘に座り込み、昨晩の事を思い返した。


 目まぐるしく時間は流れた。住む筈だった街は滅び、持ってきた全財産は消え去り、この世で唯一であった大切な友人が死んだ。


 「お嬢様、おはようございます」

 「ええ、おはよう」


 起きてきたレイゼルは挨拶をしながら私に毛布をかけてくれた。

 レイゼルの手首には昨晩消えた筈の鎖がついており、レイゼルは再び手枷に繋がれた"非力な巨人"へと戻ってしまっていた。

 

 本人曰く、「これは神による罰です。そうそう取れるような代物じゃありませんから」らしい。


 更に昨晩、何故力を取り戻せたのかを聞いても本人にも分からないらしい。

 ただ一つ言えることは私の涙がトリガーとなった事だけであった。


 「これからお嬢様はどうなされるおつもりですか?」

 「決まっているでしょう。王国に戻るのよ」

 「危険では」

 「それでも確認しなければならないの。本当に王子が命じて私の命を狙ったのかをね」


 今だに信じられなかった。いや信じたくなかった。だからこそ、確認しておきたいのだ。

 だから私は例え一人でも王国に行く。

 

 「貴方は?」

 「俺は貴方の奴隷ですから。貴方の進む道に一生ついていきます」


 レイゼルは微笑みながらそう答えた。しかし、彼には別の目的があった。

 神を倒す。その為にはまずはかつての仲間達の力が必要だった。人間とは違う種族である彼らは今も尚、この時代に生きている。

 そんな彼らを探すには手枷から解放できる彼女の力が必要だった。


 「そう。なら直ぐに経つわよ。準備をしなさい」

 「はい」


 レイゼルに準備をさせている間、私は別れの挨拶をする為にイタリバの遺体がある場所へと赴いた。

 昨晩の内にレイゼルにお願いをして森に埋めてもらい墓を作った。


 「イタリバ、私は行くわ。貴方の為にも私は必ず王子の真意を聞き出して見せる。その時は貴方の命の償いもしてもらうわ。それが終わった時、またここに戻って来るわね。今までありがとう。お疲れ様」


 言いたい事は言った。

 振り返り、レイゼルの元に帰ろうとしたその時だった。


 『いってらっしゃいませ。お嬢様』

 「ッ!」


 聞き間違いだと思う。風がたまたま吹いた時の音がそう聞こえただけだ。だが、それでも。


 「ええ・・・いってきます」


 その一言は自然と口から出てきた。


 「お嬢様!準備が出来ました!」

 「分かったわ。直ぐ行く」


 こうして私はかつて神に敗れた"非力な巨人"と共に王国へと続く長い道のりを歩んでいった。

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