貼りにくいポスターの顛末
うちの店長の悪いところは、無理だと分かっていても、断り切れずに結局人の頼みを聞いてしまうところです。この前なんか――。
「頼むよ真樹さん、もう四軒断られてるんだ。五軒目もダメでした、なんて言われたら帰って女房にシメられる」
「ンなこと言われたって……ウチはもう貼るスペースがないんですよ」
酒屋のご主人の困り顔を前に、店長は昨日貼ったばかりの、近くの高校の学園祭のポスターを裏から指さしました。古本屋という手前、ガラス張りのサッシはいつも開けっ放し。そうなるとおのずと、貼れて人目に付く場所というのはほかのお店よりも限られてきます。
「あと二、三日早ければ、伊中あきみの歌謡ショーのポスターが来ずに済んだんですけど……。貼りたければ道路わきのトタン壁のところにしてください。あそこなら広いですよ。その代わり、両サイドはカトリックとお寺の月替わり箴言広告がありますが」
「……その真ん中にこれは貼りにくいなぁ」
そういって酒屋のご主人が広げたポスターに、店長も私もすっかり驚いてしまいました。神様と仏様の間にアマチュアポールダンスのレビュー告知を貼るのは相当な勇気がいります。
「古書の真珠堂の店長は年増好きの二十代……とか噂が立っちゃ、かわいそうだなぁ」
まったくその通りです。店長が好きなのはもっと若いコ……というのはまあ、いったん置いておくとして。
「どうするんですかぁ、場所がないのに引き受けちゃって」
「ほーんとに、弱っちゃったなぁ」
ひとまずポスターだけを預かることにした店長は、ちゃぶ台の上に広がるタワワなおばさまのお姿を毛虫でも見るような細い目でにらんでいます。
「場所がおかしくないところといったら、おもてのシャッターの表面だけだ。あんなとこに貼ったら、さぞかし奥さん怒るだろうなぁ」
「上げ下げして、しわくちゃになったポスターじゃとんだ物笑いですもんね」
「しょうがない。朝になったら表からそっとはがすようにしてやろう。それなら昼間にクソガ……悪いお子様方がスケベスケベとはやし立てずに済む」
こんな具合で次の日から、店長は閉店後、おろしたシャッターの表面へポスターをかけるようになったのでした。しかも、わざわざビニールでくるんで……。
「こんなのほんとに続けられるんですかぁ?」
「しょうがない、これもクソガキにわずらわ……いや、平和なご近所付き合いのためさ」
ところが、そんなしょうもない作業はたったの三日で幕を下ろしてしまいました。
なんと、熟女ものの広告専門のコソ泥が、表のポスターを盗んでいったのです。もっともその直後に、巡回中のお巡りさんによってあっけなくお縄となったのでしたが……。
「――弱ったことになったねえ。盗難品って、報道向けに公開されるのかい」
ひと段落ついたある午後、酒屋のご主人は深刻そうな顔で私たちを訪ねてきました。
「今度の犯人は、なかなかコレクションが豊富な御仁だったようですからね。それで、奥様なんと……?」
「真樹さんに対しては何も言ってないんですが、あっしにはもう、ひどいもんですよ。『あんたが頼みに行く場所をもうちょっと考えてたら中止にならずに済んだのに!』って、一晩中怒鳴られまして。今もかろうじて立ってます」
目を合わせるたびにちらつく、ご主人の盛大なクマに笑いをこらえつつ、店長はどこか後悔をにじませた口元をそっとのぞかせていたのでした。そんなことなら、最初からきちんと断ればよかったのに……。
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