義姉弟は告白する
それまで会場を包んでいた混沌とした空気は一変し、奇妙な静寂が訪れていた。
「ほうほう。やっぱりこの断罪劇、全部あなたのでっち上げだったわけね」
「うん……」
「ブランシュ様をストーキングしてたら、黒鳥湖で偶然二コラと会ったのを見て。魔術の練習をする二人を見ているうちに、計画を思いついたと」
「うん……」
「あの写真、合成でしょ?」
「あれは……ふらついたブランシュ様のピンボケ写真を裏界隈の魔術師に依頼して、抱き合っているように微調整させたんだ……」
恍惚の表情で銀の盆――自分の顔を見つめながら。
メイド――エリーゼに促されるまま、ザハリヤが頷く。
いきなり自供をはじめた断罪劇の発起人に、観衆は戸惑いつつも耳をそばだて、なりゆきを見守った。
「この件で二コラを引きずり下ろし、代わりに自分が殿下の親友の座に収まる。そしていつか、婚約破棄された傷心のブランシュ様を迎えに行く……。でも今はそんなのどーでもいいよね? 自分が一番すきだもんね~?」
「そう……僕が一番すき……」
「それと招待状がないから、盗んだメイド服で変装して潜りこんだのよね。次は古典的悪役令嬢ドレスを着てみたら? きっと似合うわよ~(処刑が)」
「メイドの僕、ドレス姿の僕……誰よりも美しい……」
「うんうん。なんならもっと記帳しちゃう? 自分の名前が最高に尊いよね?」
「たっとい……書く……」
「そら、たーんとお書き。ゲストブックを埋め尽くす勢いで」
「嗚呼……この微妙にクセのある字も愛おしい……」
「……なんだこれ? 結局あいつの言う事は全部嘘だった、ってことでいいのか??」
だいたいの自白が終わった頃。当惑しきったレオンハルトがぽつりと呟く。
それを合図に、会場がさっきまでとは別種のざわめきを取り戻した。
「やっぱり冤罪か~」
「二コラ様が殿下を裏切るはずがないと思っていましたわ」
「お二人を陥れようと、何もかもザハリヤが仕組んでたって話だよな。……これ退学程度じゃ済まないだろ」
「あんなにスルスルと自白させるなんて。あのメイド、何者?」
「う~ん。あの顔、どこかで見たような……」
それまで金縛りにあったように固まっていた二コラが動いた。
ルシアンにマイク(とイベント進行表)を押しつけ、まっすぐエリーゼのもとへ走る。
「……あ。二コ……」
脱いだジャケットを素早くエリーゼの腰に巻きつけると。
振り向いた彼女の手をとり、ホールの入口目指して駆けだした。
「えー……。それでは皆さま。断罪イベントの後始末はスタッフに任せて、引き続き聖誕祭をお楽しみください」
二人の姿がメインホールから完全に消えたあと。
あっけにとられる観衆へ、ルシアンが営業スマイルを向けた。
~*~*~*~
「…………」
「…………」
「……えと、二コラ。あのね……」
「話はあとにしよう」
「ふぁい……」
沈黙するタクシー内。空気と化した運転手もどことなく気まずそうだ。
手をとりあって会場をとびだし、カントリーハウスを出て庭園を抜け。(ウィッグは外してのじゃロリ(?)がいたあたりの木の枝にひっかけた。)
二コラが呼んだタクシーに乗りこみ。ずっとこの状態が続いている。
(もしかして怒ってる? ……そりゃそうか。聖誕祭に不法侵入からの、断罪劇に乗りこみ魔術道具使って事態をひっかき回し。いくら二コラを助けるためとはいえ、冷静になってみるといろいろヤバい行動しかしてないわ…………でも)
ちら、とシートに視線を落とす。
エリーゼの片手は二コラにしっかりと握りしめられていた。メインホールで駆け出した時から一度も離されていない。
窓の外を見る横顔と視線は合わない。だが手から伝わるあたたかさが、じんわりと安心感を与えてくれる。
(たぶん、大丈夫)
(あとで謝ろう。それから世界で一番大好きって伝えよう。……好きな人がいるのに、姉からこんなこと言われたら困るかな?)
それでもきっと、今日は言わずにいられなくなる。そんな予感がした。
(どこへ向かっているのかしら。屋敷の方向じゃないみたいだけど)
窓の外は見慣れない景色が続いていたが、しばらく走るうちにだんだん見覚えのあるものが増えていった。
黙って景色を眺めていると、ふいにタクシーが停車する。
そこは通い慣れた学院の裏門前だった。
~*~*~*~
タクシーを降り、もう一度手を繋ぎなおして歩きだすと、裏門が自動で開いた。
驚くエリーゼに二コラが説明する。
「今日は祝日だけど、中へ入れるように申請しておいたんだ。聖誕祭に関わることで施設内を利用したいと言ったら、あっさり許可が下りたよ。こういう時“第三王子の親友”って有り難いと思うよね」
「へ、へぇ……」
(なんか好きな人との仲の良さを語るにしては、冷淡すぎるような……)
(禁断の想い人は殿下じゃないのかしら。私の知らない人?)
(……まぁ誰だっていいか)
一人でいたらまたモヤモヤと悩んでいたかもしれない。
だがこの学院ではずっと疎遠なフリをしていた二コラと、手を繋ぎ並んで歩く。
ただそれだけで飽きるほど見た景色が、まるで初めてきた場所のようで。エリーゼは考えるのをやめ、新鮮なときめきを味わうのに集中した。
(二コラ、いつもよりちょっと表情が硬くて。なんだか知らない男の人みたい)
こっそり見上げた横顔はどこか緊張ぎみで、普段より大人びて見えた。
壁際に追い詰められた時と似ている。だけど今日は怖いと思わなかった。
(どうしよう。うちの弟、世界一かっこいい……)
(あ、これもうだめだ。禁断の恋をせざるをえない。こんなひとに手なんて握られたら、ニシキワニだって恋に落ちるしかないわ。禁断の魔術書には二コラの作り方だけ載せておけば万事解決よ)
少々ぶっとんだ身内贔屓も含みつつ。
恋を自覚したエリーゼは、歩きながらうっとりと何度も隣を盗み見た。
裏門のすぐ先には白鳥湖がある。
それを素通りし、二コラのナビ魔術でサクサク森を進むと。やがて鬱蒼とした木々に隠された、宝石のように美しい湖が現れた。黒鳥湖だ。
「今日はここで姉さんに見せたいものがあるんだ。……そのための練習が、あんな奴のたくらみに利用されるなんて。ブランシュ様にもご迷惑をおかけしてしまった。こんな格好悪い流れになって、悔しいけどね」
エリーゼは驚いた。まさか黒鳥湖に通っていた理由が自分のためだったとは。
「そんなの気にしなくていいのよ。悪いのは全部あいつなんだから」
「うん……。助けてくれてありがとう」
「えへへ……どういたしまして」
「だけどあの本の内容は違法性の高いものが多いから、もう使っちゃだめだよ。あと不法侵入も」
「(やっぱバレてた)……ごめんなさい」
例の魔術書は誰かが図書室にリクエストしたらしいが、問題のある内容ではないかという話になり、教師と成績上位の一部生徒で精査することになった。それで今は二コラの番が回ってきていたのだそうだ。
ちなみにブランシュがここへ通っていたのは、“ちょっとワケありの友人”と魔術で遠隔地からお喋りを楽しむためだったらしい。
レオンハルトにも今は内緒にしている友人のようだが、偶然知ってしまった二コラはその秘密を守るかわり、天才的な魔術の才能を持つブランシュの教えを受けていたのだった。
「それじゃあ改めて……。姉さん、誕生日おめでとう」
エリーゼに言ったあと、湖へ向き直った二コラが意識を集中させる。
水面が静かに波立った。波紋が広がり、にわかにあたりが薄暗くなる。
すると輝きをたたえる湖の上に、一羽の美しい黒鳥が現れた。
頭には黒のダイヤモンドが散りばめられたティアラをつけている。
ティアラをつけた黒鳥のまわりに次々と黒鳥たちが出現した。それらが湖の上を、ダンスをするように優美に泳ぐ。
いつの間にか景色は夜に変わり、空には満月とまたたく星々、神秘的なオーロラが黒鳥の舞踏会を彩っていた。
(……すごい……!!)
これらは本物ではない。幻を生みだすイリュージョン魔術だ。
ここまで鮮やかで臨場感のある映像を、映画のようになめらかに動かすのは並大抵のことではない。周辺の魔力を利用し完成度を上げるのも高度なテクニックだ。
もともと才能のある二コラだが、相当練習を重ねたのがわかった。
やがて胸元に勲章の飾りをつけた、一羽の白鳥が湖に舞いおりた。
白鳥がティアラの黒鳥へ近付いていく。
はじめは戸惑い距離をとっていたが、恭しく礼をする白鳥と見つめ合い――少しずつ黒鳥が近付いていくと、二羽は優雅なダンスを始めた。
だが惹かれ合う二羽と黒鳥たちに、カラスの軍団が襲いかかる。
彼らは悪の魔術師の力で魔物と化し、黒鳥の王国を侵略にきたのだ。
黒鳥たちは魔術で石にされ、ティアラの黒鳥は連れ去られ、最後まで抵抗した白鳥は怪我を負って湖のほとりに倒れた。
カラスたちが去ってしばらくすると、森を抜けてきた不思議な動物たちが顔をだす。最後に一人の少女が現れた。
少女と動物たちは傷付いた白鳥を助け、魔術師のフクロウに頼んで石に変えられた黒鳥たちをもとに戻す。
そして彼らは力を合わせてカラスの王を撃退し、無事、ティアラの黒鳥を助けだしたのだった。
再び湖で華やかなダンスを披露する鳥たちのフィナーレに感動で瞳を潤ませ、エリーゼが盛大な拍手を送った。
「素晴らしいわ……!!『ハッピーのすてきな家族』第4巻、黒鳥姫と白鳥王子のエピソード。私の大大大好きな話!!」
大魔術を終え、息を整えてから二コラが微笑みを返す。
「彼らだけは、ハッピーの大事な友達になっても、一緒に旅をする絆結びの家族にはならなかったんだよね」
「そうそう! この二羽は、これから結婚して家族になるから!! 黒鳥と白鳥の国を治める王と王妃にもなるんだものね」
「作者は詳しいプロフィールを公開してないけど。多分、ここの卒業生だと思うんだ」
「えっまじで!? 作者様って魔族なの!?」
「昔、実際にこの湖で黒鳥や白鳥とカラスの群れが争っていたことがあったそうだよ。当時はまだこのあたりの魔力が安定していなくて、影響を受けた動物がおかしな行動をとる事例もあったらしい。この話はそれにインスピレーションを得たんじゃないかな」
「はう~~……あんな愛にあふれた物語を魔族が書いたってことよね。ますます感動的……!!」
興奮冷めやらぬエリーゼに向きあい、二コラがまた緊張した表情になった。
今度はそれをうっとり眺め、(うちの弟は宇宙一。目が合うだけで宇宙人すら禁断の恋に……)と心で賛美を繰り広げていると。
「エリーゼ。僕と結婚してください」
「――――…… け っこ ん??????」
処理能力が限界を越え脳内でビッグバンを起こし、呆然と呟く。
頭の中が宇宙になって放心するエリーゼを、二コラが真剣な瞳で見つめた。
「君が好きだ。“家族愛”ではなく、一人の男として」
そう言うと、少し表情を緩めて照れ笑いになる。
「もちろん家族愛も続けたいな。できれば夫婦という関係で」
脳内で銀河を形成しながら、エリーゼはとりあえず浮かんだ疑問を投げた。
「二コラさん……あなたレオンハルト殿下がお好きなのでは……?」
「……うそ。本気で言ってる? ……あー、それであの万年筆……」
事情を察して肩を落とす二コラに、まだ信じきれないエリーゼが言いつのる。
「だってだって! 昔言ってた好みの人にもなんとなく当てはまるし!(失礼)」
「いや本当に失礼。……あれが全部当てはまるのは姉さんくらいだよ」
「だだだってそれじゃ、そんなに前から、私のこと……っ!?」
「そうだよ」
「アホの子だと!!?」
「…………それも、うん」
「え、ひど!! ひどい!!」
笑っていた二コラが真面目な顔に戻し、動揺と混乱で頬を染めるエリーゼの手をとった。
それを口元へ寄せると手の甲に軽く触れ、まっすぐ視線を合わせる。
「エリーゼ、返事をいただけますか?」
恋に心を翻弄され、まだ少し取り乱した表情で。
愛しい人の胸のなかに、エリーゼは勢いよくとびこんだ。
「世界で一番大好きよ」
~*~*~*~
「母さんは今、父さんと円満離婚をする準備をすすめているんだ」
「……おおぅ……」
現実的な話は、家に帰ってからにしよう。
ということで屋敷に戻り、(服を着替えて、)二コラの部屋の二人掛けソファで仲良くケーキを味わったあと。
衝撃の事実を聞かされ、エリーゼは思わず呻いた。
「浮気や不仲だとかが理由じゃないよ。これはノトルダム家の問題で……」
おおむね平和なこの国にも、魔力の影響で狂暴化した動物や、魔物と呼ばれる生物が存在する。
ノトルダム家は古来、そうした魔物の駆除を主な生業として発展した家なのだが……。
「近頃は魔物相手であれ残酷な駆除方法を批判する声や、さまざまな生物との共生を理想とする考えもあるから」
「ああ、そういう話最近よく聞くわー」
世間の批判の目は魔物の排除を推し進めてきたノトルダム家にも向けられはじめ、当主である母の兄は、その問題に頭を抱えているという。
そのため有能な妹を呼び戻し、家のブランディング再構築への協力を求めてきたそうだ。新たにおこす予定の事業を任せる予定もあるらしい。
「まずは凶暴性の低い魔物を飼育展示する、魔物園を実験的にはじめるんだ。母さんの発案だよ」
「ほえ~……。ちょっと怖いけど、面白そう」
「だけど何せ未知の試み、それに魔物を扱うからリスクもある。リコルヌ家にはメリットもない話だし、少なくとも軌道に乗るまではノトルダムの関係者だけで運営した方がいいと、僕も母さんも考えているんだ」
納得したエリーゼが、座ったまま二コラに向き直った。
「それで二コラも、お母様と一緒にリコルヌ家を出るのね」
本当はリコルヌからノトルダムに籍を移した後、正式にプロポーズをするつもりでいたようだが。
ルシアンとの婚約の噂に焦り、少々フライング気味に告白を決意したのだった。
「……まぁ父さんの出方次第では、母さんが離婚できるとは限らないかな……。とにかく僕は一旦ノトルダムの養子になって、まずは母さんを手伝うよ。時間はかかるけど、なるべく早く迎えに行くから」
「うん、待ってる。……だけど本当に、婿養子でいいの?」
事業がある程度うまくいけば改めて、婿養子としてリコルヌ家に戻る気らしい。二コラが屈託なく笑う。
「父さんには育ててもらった恩があるからね。この家を継ぐつもりで、すでにいろいろ教わっているし」
「そんな義理堅く考えなくても~」
「べつにそういうわけじゃ……。ただ姉さんが本気でここから――“愛のない社会”から逃げたいのなら、さらっていくよ?」
二コラがエリーゼとの結婚にまわりくどい手段をとるのは、少しでも周囲の感情を穏便なものにするためでもある。
連れ子同士で結婚、それもどちらも浮気をした実の親持ち。多くの魔族から嫌悪の目を向けられるのは想像に難くない。
手塩にかけて育てた後継者を取り戻すため、実の娘と結婚させた。という筋書きに思わせれば、政略結婚だとみなされる。
だが何もかもかなぐり捨てて、どこかでただの庶民になって暮らしてもいい。その覚悟があるという二コラに、エリーゼはときめきで胸をいっぱいにしながら首を振った。
「ううん、二コラと一緒にいられるなら家なんてどこでもいいわ。誰に何を言われても平気」
「……エリーゼ。僕もだよ」
見つめあうと、自然に二人の顔が近付いた。
ゆっくり身を離し、甘やかな余韻に包まれて微笑みあう。
「でも魔物を恋に落としまくって、ハーレム作って戻ってくるのはやめてね」
「…………いったい僕を何だと思ってるの」
「ありとあらゆる生物を虜にする、存在自体が禁断のおと……――」
いかがわしい妄想にとりつかれて暴走をはじめたエリーゼの口を、もう一度二コラの唇がふさいだ。