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義姉は断罪する


『ニコラ先輩を断罪!? 悪い噂なんて一度も聞いたことないぞ』

『あの方。高等部1年のザハリヤ・マントゥール様よね?』


 静まり返っていた祝い客たちが、さざ波のようにざわめきはじめる。

 会場全体をぐるりと映し、カメラが二コラに指をつきつける少年へ戻った。


「……ああーっ!! こいつ、あの時の違反ダッシュ野郎!!」


 エリーゼはモニターを見上げたまま叫んだ。

 少年は、数日前に白鳥湖の近くで衝突しかけた男子生徒だった。


(二コラを断罪ですってぇ!? 品行方正清廉潔白、優等生歴10年越えのうちの弟に、いったいどんな罪があるってのよ!!)


 拳を握りしめ、歯ぎしりしながら画面を睨みつける。

 今すぐメインホールに引き返したくなったが、この姿で二コラの傍へ行けば不法侵入がバレてしまう。ひとまずここで事態を見守ることにした。


 口の端を上げて笑う少年――ザハリヤを、二コラは黙って見すえている。


『余興のつもりにしては、あまりにも空気を読めていないな。少なくともこの場にふさわしい題材だとは思えないね。殿下は心の広いお方だ。今すぐ非礼を詫び、立ち去るならお許しいただけるだろう』


『この場を選んだのは他ならぬレオンハルト殿下を裏切る者達を、多くの立会人のもとで裁くため。それを邪魔する貴様こそ不忠ではないか?』


 二コラの隣に進み出てきたルシアンが牽制する。それを鼻で笑い、ザハリヤはホールの中央へと歩みを進めた。


『いいぜ、やりたいならやれよ。ただし内容によっては、いくら大海原の心を持つ俺でもそれなりの処断を下すことになるが。当然覚悟の上だよな』


 近付いてくる少年に目をすがめ、レオンハルトが許可をだすと、観衆がいっそうざわついた。

 緊迫した空気のなか。二コラの正面に立ち、ザハリヤが再び指をつきつける。


『ニコラ・ノトルダム。お前は殿下の親友を名乗りながら、あろうことか婚約者であるブランシュ・ルナール嬢と密会を重ねていたな!!不義密通の裏切者め!!』


 言葉と同時に、会場に大量の紙が舞った。どうやら彼の手下らしき者たちが、密会現場の載ったビラをまいているようだ。

 観衆がビラと二コラを交互に見ては近くの者と囁きあう。

 手下の一人からビラを受け取ったレオンハルトも、驚き目をみはった。


「っっみっっかい!!? ぶ、ブランシュ様ああぁ!!?」


(っうえ!? まさか私、勘違いしてた?? 禁断の恋の相手は殿下じゃなくて、殿下の婚約者!??)

(――って違う! 違反野郎に騙されてはだめよ!! 二コラがそんな裏切りをするわけない……よね??)


 押し黙ったままの二コラ。レオンハルトの隣でかすかに震え、蒼白になるブランシュ。

 それらを満足げに眺め、ザハリヤが声をたてて笑う。


『どうしたニコラ・ノトルダム。黙っているということは、罪を認めるんだな?』

『いいえ。僕とブランシュ様はなんの関係もありません。たしかに二人でお会いしたこともありますが、それは同じ学院に通う生徒として、勉学に関する会話をしたにすぎません』

『そんな言い訳が通ると思っているのか? ならばその勉学を語り合う場所に、なぜ“黒鳥湖”を選んだ? 後ろ暗いところがないのなら、皆の目につく場所で堂々と会えばいいものを』

『…………』


「黒鳥湖……」


 ちょうど画面にビラの内容が大写しになった。

 黒鳥湖のほとりで寄り添う二人。もたれかかるブランシュの細い肩を、二コラがしっかりと支えている。誰が見ても、ただのお勉強会には見えない。


「二コラ……本当に、ブランシュ様と……」


 その時、いきなりエリーゼは思い出した。

 初等部の頃。レオンハルトとすっかり仲良くなった二コラは、ブランシュと顔を合わせる機会も増えた。ある日エリーゼがなにげなく、


「ブランシュ様、上流魔族の中でも別格の美少女よね。まるで妖精みたいな、どこか儚い美しさで……。二コラ、お話しする時ドキドキしちゃうでしょ~!?」


 からかいまじりに言うと、妙に冷めた視線が返ってくる。


「ああ……、なんか姉さん好みな感じだよね。物語の中のお姫様みたいな」

「なっ!? い、いやまぁその通りではあるけどー」

「とても素敵な方だと思う。でも僕は、もっと……理解不能な理由で一生懸命になったり、時々おっさんみたいな素の性格がはみだしてたり、ちょっと思い込みが暴走ぎみだけど、優しい……そ、そういうひとが好きだから!!」

「お、おう……(え、二コラの好みってなんか……アホの子??)」


(そうよ。好みはブランシュ様とはかけ離れた(アホの)ひと)

(これには何か事情があるんだわ。絶対そう。だから私は……二コラを信じる)


 覚悟を決めると、ここ最近エリーゼの頭に住みついていたモヤモヤが一気に晴れていった。

 妙にすっきりした気分で、普段の何倍もの速度で思考を巡らせる。


(写真なんて今時、少し腕のいい魔術師になら合成くらいできるし)


(……それにあいつ、ブランシュ様に横恋慕疑惑があったわよね。いっけん殿下への忠誠心から事を起こしたふうだけど。こんな内容で婚約破棄されたら、もうブランシュ様が次のお相手を見つけるのは絶望的)

(そうやって孤立した彼女を、ほとぼりが冷めた頃にしれっと“自分が引き取ってあげる”とかぁ~? いかにも悪党の考えそうなシナリオよねぇ?)


(脱ぎ捨てられた盗難メイド服……。奴は平均より華奢な体格……)


 次々浮かぶ推測に、エリーゼは不思議と自信が湧いてくるのを感じた。

 さらに考えを巡らせて、名案を思いつく。


「私のこの世で一番大切なひとに手を出したこと……後悔させてやるわ」


 エリーゼはうす暗い含み笑いをもらしながら、粛々と準備にとりかかった。



   ~*~*~*~



「……っあの、」

「やめとけトレイC。まだどっちの言い分が正しいのかわからない、ディスりたいなら決着がついてからにしろ」

「……ち、ちがっ……!」


 準優勝の男子生徒に手で口元を塞がれ、仮面をつけたままのトレイCがもがく。

 それにちらりと横目を向けてから、顔色は悪いもののブランシュが毅然とレオンハルトに向き直った。


「わたくしは不義密通などしておりません。あの方のおっしゃることはデタラメです。レオン様、この写真から漂う不自然な魔力をお感じになりませんか?」

「ん……。まー、なんとなく違和感がするとは思ったな」


 ザハリヤがわずかに顔をしかめる。


「……殿下、惑わされてはなりません。二人が黒鳥湖で逢引きするのを、僕はこの目ではっきり見ました。その写真のように抱き合い、ただならぬ雰囲気の様子を何度も目撃したんですよ」

「抱き合ってなどいません! 二コラ様は、ふらついたわたくしを支えてくださっただけです」

「残念です、ブランシュ嬢。そんな子どもじみた嘘で言い逃れをする方だとは思いませんでした」

「嘘などでは……!」

「ブランシュ様に非はありません」


 言い合う二人の間に、冷静な二コラの声が割って入る。それからレオンハルトと視線を合わせ、深々と頭を下げた。


「レオン様、申し訳ございません。このような誤解を招いたのは僕の責任です」

「黒鳥湖の魔力を利用した魔術の練習をしに行ったところ、偶然湖にいらしたブランシュ様にアドバイスをいただいておりました。しかし婚約されている方と、人目につかない場所で行うべきことではありませんでした。深く反省し、今後はブランシュ様、そして殿下のお目につかないよう、お傍を離れさせて――」


「失礼いたします」


 後半はレオンハルトだけでなく、会場全体へ宣言するように話していた二コラを遮り、一人のメイドがホールの入口に現れた。

 凛とした声に、観衆の視線が二コラからメイドへ移る。


「……あんなピンク髪のメイドいたっけ」

「なんかスカート短くないか?」

「すごい覇気だ……。さすが王室お抱えメイド、オーラが違うな……」

「かわいい」


「…………っな!!? ねっ……!!」


 振り返ってメイドを見た二コラが声を上げかけ、慌てて口を閉じた。

 混乱を必死に抑える様子に視線を向け、再び正面を見すえると。

 鮮やかなピンクの髪のメイドが、(なんか短い)スカートを優雅にひるがえし、衆目のなかをスタスタ進んでいく。


 そして眉をひそめるザハリヤの前まで来ると一礼し、持っていた銀の盆を差し出した。


「失礼ながら、お客様はゲストブックへのご記帳をお忘れのようです。こちらにご記入をお願いいたします」


 銀の盆の上には、本来は入口の受付に置かれているゲストブックが載っていた。

 ザハリヤがぽかんとしたあと、苛立たしげに手で払う仕草をする。


「はぁ?? ……今はそれどころではない、下がれ」

「いいえ。これはお客様にとって重要事項かと存じます。ご記入がお済みでない場合、正式な招待状をお持ちになっていたと証明できません。つまりお客様のご主張に、信頼性がなくなることにもつながります」


 メイドの言葉にみるみる顔を歪めていく。

 とたんに焦りだした様子をじっと眺め、メイドがエプロンのポケットから万年筆を取りだすと、それを載せてもう一度盆を差し出した。


「さあ、お客様。まずはご記入をお済ませになり、はばかることなく公明正大なご主張を……」

「あぁわかった! 書けばいいんだろ!」


 奪うようにゲストブックと万年筆をとり、ザハリヤが真っ白なページに自分の名前を書き殴った。

 乱暴に銀の盆へそれらを戻し――なぜか呆然とした顔で固まる。

 それからメイドがすっと盆を引き、立ち去ろうとするのを慌てて止めた。


「ま、待て……!」

「ご記入はお済みのようですが?」

「あ、ああ……。だがその盆を置いていけ」

「ピカピカに磨かれて鏡並みにお顔が映る、このただの銀の盆を、ですか?」

「そ、そうだ。いいからそれを渡してくれ。頼む!」


 食い下がるザハリヤの表情はどこか熱に浮かされたようで、目も虚ろだ。


 メイドがにっこり笑顔で、見事に磨かれ照明を反射する盆を手渡した。



「――いってらっしゃいませ。出口のない“自己愛”の牢獄へ――」


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