義姉は応援する
(二コラの想い人。……まさかあの方なのかしら……)
校舎二階の中央に位置する窓。そこから中庭を見下ろす。
常緑樹の下に置かれたベンチの一つでは、レオンハルトが仰向けになって腹筋を鍛えていた。隣のベンチでも同じことをする男子生徒がいる。どうやら回数を競っているようだ。
そのまわりを取り囲み、生徒たちが声援を送って盛り上がっている。穏やかにレオンハルトを見守る二コラの姿もあった。
(親の離婚ですさんでいた頃、心を癒してくださったみたいなのよね。(私の家族愛パワーだと思いたかったけど。)殿下と親しくなるにつれ、明るくなって笑顔も増えて……。思い返せば、いろいろ思い当たるフシがある気がしてきた……)
(ほんのりアホの子のかおりがする方ではいらっしゃるけど。きっとそんなところも魅力なんだわ……二コラは面倒見もいいし)
それにしても、と心の中で呻く。
(禁断中のド禁断な相手じゃない。もちろん婚約済。我が弟ながら勇者すぎるわ。さて、どうしたものか……)
「――応援。するしかないわよね」
「何をですか?」
「っ!?」
突然(実は少し前からいたのだが、)背後から声をかけられ、エリーゼはとび上がりそうになるのを堪えて振り向いた。
窓の傍に立つエリーゼから数歩離れたところで、大人びた美貌の男子生徒が微笑んでいる。
「ルシアン・シャグリー! ……様」
「その節はお世話になっております。エリーゼ・リコルヌ嬢」
「(営業スマイルで営業マンみたいな挨拶しやがる……。)心安らかにお過ごしのようで、協力したこちらも恭悦至極ですわ。で、なんのご用かしら?」
さりげなく恩を着せつつ笑顔を返すと。近付いてきたルシアンが隣に並び、窓の外を眺めた。
「お蔭様で。用というほどではありませんが、噂が少しでも長続きするよう、しばらく“アリバイ作り”にご協力ください。……うわ、またアホなことやってる」
たまには一緒にいる現場を作っておくのはエリーゼも考えていたことなので、素直に頷く。
それから普段のイメージとかけ離れた呟きに驚いた。視線を受け、ルシアンがエリーゼのなんともいえない表情を見返す。
「レオンはああいう性格ですので。余程のものでない限り、不敬はスルーしてくれるんです」
「あ、いえ……。殿下の気さくさは存じ上げておりますわ。……ルシアン様は、本当に殿下と仲がよろしいのですね」
うちの二コラより。という言葉は飲み込んだ。
ひがんでいるように聞こえたら困るのと、今現在、レオンハルトに一番近い存在は彼であろうという事実に謎の安堵も感じる。
「それがいいことなのか悪いことなのかわかりませんが」
「誰もが羨むポジションだと思いますけれど」
「そうみたいですね。面倒くさいほど執着する者もいるようで、僕も二コラも、そういう輩への対処に苦慮する時もあります」
「まあ。そんなことが……」
どうやら実際に王子の親友の座を妬んで足を引っ張ろうとしたり、嫌がらせをしてくる者も一定数いるようだ。二コラもルシアンも、水面下で度々その被害にあっていたらしい。
(知らなかった。そんなの一度も話してくれなかったわ……)
もし辛い思いをしていたのなら、相談してほしかった。してもらえる関係だと思っていた。
つい気分が沈みそうになるのを意識して振り払う。
(だったら、少しでも安心して殿下の傍にいられる環境を整えてあげなきゃ)
「――“永世親友”」
「えい……?」
「新たに特別枠を設置するのはいかがでしょう。親友よりもさらに一段上の、押しも押されもしない特別な関係ですわ。嫌がらせがやむかどうかはわかりませんが、少なくとも殿下との心の絆は一層深まりそうだと思いません?」
思い付きを力説するエリーゼに、珍しくぽかんとした表情のあとルシアンが営業スマイルに戻した。
「豊かな発想力をお持ちですね」
「お褒めいただき光栄ですわ。ですがまずは形からでも、他人の入る隙などないと示せば、その特別感が周りにも伝わると思いますの」
今度は営業スマイルから思案げな真顔になる。
「まずは形から。特別感を演出して外堀を埋める、か……」
(しまった。最強のライバルにアイデアを話すなんて、うかつだったかしら?)
ひやひやするエリーゼを振り向き、
「参考になりました。ただレオンが親友以上の特別な関係を僕らと築きたがるとは思えませんね。せっかくの妙案ですが今はお蔵入りさせてください」
「あ、はい……」
「では次の営業先がありますので、失礼します」
「は、はあ……(営業??)」
颯爽と立ち去るルシアンを見送り、小首を傾げながら窓の外に目をやる。
ちょうどこちらを見上げていた二コラと目があった。だがすぐに逸らされる。
愛を忌避する魔族の学院で、しかも義理の姉弟が、仲良く家族愛を披露するのは悪目立ちする。だから疎遠なフリをしようと言ったのはエリーゼだ。
なのに、それを忠実に守る二コラがなぜかしゃくに障った。
(やっぱり応援するのやめようかしら。……下手に成就させて、発覚したら、一家没落もあながち冗談じゃないだろうし)
エリーゼは最悪の想像に身震いしつつ、まだ生徒のまばらな教室へ戻った。
~*~*~*~
「もうすぐレオンハルト殿下の“ご聖誕祭”ね」
(それなのよねー)
「今年もどれほど華やかなパーティーが開催されるのかしら。今からわくわくして眠れないわ~」
(私も別の意味で毎日寝不足よー)
「でもわたくしたち一般枠が参加できるかどうかは、抽選の結果次第よ。応募総数イコール全生徒数をも上回るとも言われているから、当たるか不安だわ」
(二コラは親友枠だから、その点は心配ないけど……)
「……ここだけの話だから、絶対誰にも教えちゃだめよ。去年、メイドのフリをして忍び込むのに成功した先輩がいたらしいわ」
(……そこまでして行きたいか?)
「うっそ! 羨ましい……真似しちゃおうかしら」
「おやめなさいよ。そんなことして見つかったら、停学になるかもしれないわ」
「そうね……。でもレオンハルト殿下を『ご主人様』なんて、ちょっと呼んでみたいかも」
「わたくしはルシアン様を……!」
「どちらかというと、かしずかれたい……」
「超絶イケメン執事と一つ屋根の下……乙女の夢ね……」
(魔族のご令嬢も案外そういうの好きよねー。でもイケメンと同じ家で暮らしたって、その手のイベントなんか起こらないわよー)
(……何も起こらないのは私に魅力がないからとか、まさかそんなはずは……。べ、べつに二コラと何か起こしたいわけじゃない、むしろ起きたら困るけどね!)
(…………やっぱり二コラって、女性は恋愛対象外なのかな? それとも好きになった人がたまたま王子だったパターン?)
徐々に考え事が脱線していくエリーゼに、それまで隣の席でおしゃべりに花を咲かせていた令嬢の一人が急に振り向いた。
「そういえば、殿下のお誕生日。確かエリーゼ様も同じ日でしたわよね?」
(うっ……!!)
「まあっ、本当ですの?」
「……ええ」
苦笑いを返すエリーゼを置いて、まわりの令嬢たちが盛り上がる。
「うそ~! 一年違いとはいえ、同じお誕生日だなんて!」
「だけどそれじゃあ、ご自分のお誕生日パーティーは開催しにくいわね」
「確かに……。そ、そうですわ! もし招待状が当たったら、わたくし断腸の思いでエリーゼ様にプレゼントします!」
「差し上げるのは正直きついから、わたくしはエリーゼ様が当選なさるよう、運が上がる魔術を霊感系魔術師に依頼しておきますわ!」
「いいアイデアね! いっそ全員の運が上がるよう、皆で一緒に……」
「……あ、あのー。お気持ちだけいただいておきますわ。わたくし、ご聖誕祭は毎年ご遠慮しているんです。弟がとてもお世話になっていますから、姉のわたくしまで貴重な席をいただくのは皆さまに申し訳ありませんので」
(本音は何が悲しくて自分の誕生日に、大して親しくもないひとのお祝いに行かなきゃいけないのかって思うからだけど)
一瞬静まったあと、また興奮ぎみにめいめい口を開いた。
「そ、そうでした! エリーゼ様は二コラ様とご姉弟でしたわね! 普段あまり一緒にいらっしゃらないから、うっかり失念してましたわ」
「えぇー!? 二コラ様って、あの殿下のご親友の!?」
「あなた、ご存知なかったの? 有名な話よ」
「ですがニコラ・ノトルダム様、でしたわよね……?」
「あ、はい。二コラは初等部の頃に我が家の養子になりましたが、途中で何度も姓を変えると学院生活がやりにくいだろうということで、卒業するまで母方のものを名乗ることにしているんです」
「なるほど、そういうことでしたの~」
「優秀で素敵な弟君がいらして、エリーゼ様が羨ましい……」
お世辞とは思えない口調で言われ、少しだけぎこちない笑顔を向ける。
「ええ、自慢の弟ですわ」
(そんな愛する弟に、よりによって自分の誕生日に、禁断の恋を実らせてあげようとここ数日頭を悩ませているんです。……正直、心が折れそう)
~*~*~*~
エリーゼの計画は、こうだ。
(まず聖誕祭にいつも通り出席。例年のような早退はなしで)
毎年二コラはレオンハルトの誕生パーティーに出席するが、同じ誕生日であるエリーゼのため、早めに切り上げて帰ってくる。
その後、用意しておいたケーキと紅茶で、二人だけのささやかなお祝いをするのがならわしだった。
(残念だけど、今年はぼっちでケーキをむさぼるわ。好きな人の誕生日なんていう絶好のチャンスを、一秒でも無駄にできないものね)
一人の自室で重々しく頷き、頭の中で会議を続ける。
(それからお祝い客が全員帰ったあと、頃合いを見計らって殿下にプレゼントを渡させる。――作・私。の“禁断の惚れ魔術”を仕込んだプレゼントを)
惚れ魔術はもちろん、あの魔術書に載っていたものだ。
魔術の腕は二コラの方が上だが、エリーゼも魔族のはしくれ。詳しいレシピさえあればなんとかなる(はず。)
(心優しい弟のことだもの。もし自分の手を染めたら、良心の呵責を感じてさっさと魔術を解除してしまうはず。すぐ殿下に自白しちゃいそうだし。だから私が代わりに作製して、二コラにも気付かれないように二人をくっつけてあげるのよ)
(効果はそんなに長くないみたいだから、幸せは数日しか続かないだろうけど。ま、その後は当人の努力次第ということで……)
脳内会議を終えて、エリーゼは立ち上がった。それから部屋の扉の前まで来ると、一度気合いを入れる。
「うっし。じゃあまずは、軽く根回しでもしておきますか」
~*~*~*~
入れたはずの気合いが急速にしぼんでいく。
エリーゼは自分がかすかに震えていることにも気付かず、ただ固まったまま、見慣れているはずの顔を凝視した。
壁に両手をつき、その中にエリーゼを閉じ込めて。
至近距離からじっと視線を合わせてくる二コラはほとんど無表情だ。それがエリーゼには、なぜか見知らぬ他人のもののように感じられた。
「――なにそれ。どういうこと」
静かな声に、思わずごくりと生唾を飲み込む。
「あの、だからね。私は気にしないで、ご聖誕祭に最後まで出席を……」
「だからなんでそんなこと言いだしたのか、理由が聞きたいんだけど」
「ええぇ……べつに、そこまで深い理由は……」
(な、なんか怒ってる!? なんで!?? これ幸いと、二つ返事で了解すると思ってたのにー!!)
ゆっくり目を逸らしつつ、心身共に冷や汗を流していると。
片手を壁から離し、二コラがエリーゼの頬に触れた。
無意識にびくっと肩が揺れる。また視線を合わせれば、さらに近付いた顔が探るような瞳で覗きこんできた。
「姉さん……。僕以外の奴と過ごす気じゃないよね……?」
「え?」
「まさか、ルシアンとか……」
「ほぁ?? ルシアン??」
だしぬけに出た名前に、エリーゼが気の抜けた声をだす。
半開きの口で呆然とする表情を眺め、ようやく二コラが身体を離した。
「違うならいいんだ。だけど誕生日は必ずお祝いをするから。そのつもりで待っていて」
「あ……えと……」
「姉さん?」
「…………はい」
穏やかだが有無を言わせない口調に、従順な返事をする。
やっといつものやわらかい表情になるのを確認するやいなや、そそくさと退室を告げ、エリーゼは一目散に自分の部屋へ逃げ帰った。
「な、なにあれ。なんか私の知ってる弟じゃない!? 恋する魔族怖い!!!」