男装騎士は幼馴染の計略にはまる
「これでもう君は後戻りできない」
そう、もう後戻りできない。二度とふわふわとした少女の着るような可愛いドレスを纏って、口の中でとろけるような可愛いお菓子を口に運びながら、お菓子よりも甘い夢を語ることはできない。
父様はおっしゃっていた。早くそんな野蛮なことはやめて家に帰りなさい。今ならまだ間に合う。結婚相手もお前の好きなようにさせよう。
あの頃は選べた。けれどもう私には選べない。
足元に転がる目を見開いた死体が、もう生者に戻れないように。
***
私は子爵家の次女として生まれた。
跡継ぎである兄と淑女として厳格に育てられる姉とは違い、自由に大抵の我儘は叶えられる環境で育てられた。
これはその我儘の一つだった。剣を持ちたい。物語の中の勇者になりたい。眉をしかめる母とは違い、真似事ならいいだろうと父はそれを許した。しかしまもなく後悔しただろう。その娘にそこそこの剣の才能があったせいで、騎士団の予備隊に潜り込めてしまったのだから。
私は予備隊では満足できなかった。やればやるほど上達していく剣の修業に夢中になった。性別を偽ったまま、私は騎士団への入団を志望した。予備隊で一緒だった幼馴染は私の父に頼まれて、行きたくもない騎士団に入団した。
「あー、やだもう。毎日毎日よくやるよね!」
じゃあ、辞めればいい。
「クリスは飽きないの?」
「飽きない。やればやるほど、私の力になるからな」
男のような口調にはすっかり慣れてしまった。女性としてのマナーどころか、ドレスの似合う体つきもなくしてしまたように思う。それは残念だとは思わない。筋肉のない体では剣は振れない。
「クリスが楽しいならいいけど――胸潰すの手伝おっか?」
「結構だ!」
私が女であることを知っているエリオットは時折変に絡んでくる。こいつがいなければ女であることを忘れていられるが、こいつがいないと女であることを隠せない。平団員は二人部屋が原則だ。同時期入団なのでそれからずっと同じ部屋でいる。
「あんまり締め付けるとまた倒れちゃうよ」
息苦しくて一度倒れてしまった。普段は呑気な調子のエリオットなのにあの時はひどく焦った顔をしていた。一度だけの出来事だったが、それでも団長には軟弱と罵られた。もう二度とそんなことは言わせない。だが締め付け方の塩梅が難しい。
「……締め付けないと服が着れない」
私が言うと、少し間があって「あー」とエリオットは天を仰いだ。
「だよね! そんな気がしてたんだ」
「どんな気だ?」
「別に僕はクリスをやましい目で見てないよ!」
「見てるんだな」
とりあえず一発ぶん殴る。こいつは男のくせに腕力で私に敵わない。鍛錬をさぼってばかりいるからだ。
「いったい! ねぇ、クリ……」
「こっちを向くな!」
「――背中をちょっと見せて」
ぐるんと後ろ向きにされる。不意を突かれたとはいえ何一つ私に敵わない相手にこんなふうにされるとは腹が立つ。
「エリオット! ――痛っ」
「まだ痛いの? だよね……こんな色になってたら」
エリオットの指が背中を撫でる。優しく力を入れていない手にほっとする。
「いつから?」
「いつからって……忘れた。こんなことはしょっちゅうだ」
鍛錬の組み合わせは大抵エリオットだ。エリオットが私に打ち込むことはない。あまりに張り合いがないので時折別の団員に模擬試合を頼んでいる。その時に……ああ、三日前のあれか。
「――はうっ!」
「何考えてたの?」
急に打ち身の痕を指で押されて声が出た。
「骨にひびとか入ってない? 医療部で見てもらいなよ」
「……見てもらうわけにはいかない」
「ああ、そうだったね」
エリオットが離れていく。後ろの方でごそごそと引き出しを開ける音がした。
「打ち身だったら、この薬で治ると思うよ。三日経っても引かなかったら一度俺んとこに行こう?」
エリオットの生家はここから私の実家よりも近い。その上、私が家に帰るとここに戻ってこれない可能性がある。家に帰れと言われないのは有り難かった。
「それも貸して。痛くないように巻いてあげる。大丈夫、何もしないよ」
私はエリオットに背を向けたまま彼に布を渡した。
指よりも柔らかい感触が背中に触れた後、ひんやりとするクリームを塗る感触があった。思わず身を固くするとくすくすとエリオットが笑う。
「笑うな」
「ごめん。可愛いなぁって」
「馬鹿にするな」
「ふふっ、ごめんね。何もしないって言ったのにしちゃった」
「え?」
「ねえ、俺じゃそんなに不満なの?」
「お前は弱いじゃないか」
衣擦れの音を立ててエリオットが布を巻いていき、私の体の線を男にしていく。時折素肌に触れる指がくすぐったい。
「弱い、かな。そうだね、弱いよ」
「だろう?」
「君には敵わないもの」
そう、その後のことだ。私と模擬試合をしてくれていた男は、その後行軍演習で大怪我を負ってしまい、そのまま退団したのだった。彼には二度と会うことはなかった。
「すごいね。肺まで入ってる。うまく肋骨を砕けてるね。でもさ、横から入れるより前から突き刺したほうが楽なんだよ」
エリオットはいつもの軽薄な調子で死体の検分をする。後ろから私を抱きしめて肩に顎を乗せている。
「あとはねえ、やっぱ顔かな? ああでも、やけっぱちになっちゃうと面倒なんだよねえ」
絶命している。見開かれた目は眠っているようにはとても見えない。苦しんでいて、今手を差し伸べれば助かるとかそういう状態でもない。
私は目をそらしたい。だが、エリオットの片手が顎に触れていて首をそむけることができない。
「ちゃんと見て? 君が殺したんだ。一撃だったよ。ずっと鍛錬してた成果が出たんだよ。その綺麗な手に血豆を作って、体中を傷だらけにして、ほんと見てられなかった。――どうして喜ばないの?」
「……べない」
喜べるものか。
彼が着ているのは同じ騎士団の隊服だ。腕章の色は第二騎士団。私が所属している騎士団より一級上だ。彼に勝てたというのなら嬉しい。だが殺したとなると話が違う。
「いいんだよ、殺しても。君が抵抗しなかったら俺がやってた」
エリオットは私の顎から手を離す。肌蹴ていた私の襟に手をかけ、上着の肩の位置を戻した。裂け飛んだボタンはなく、みっともなくだらりと開いたままだった。
「羨ましいくらいだよ。君の手にかかって死ねるなんて」
「殺すつもりはなかったんだ……」
「だったら俺が殺してたね。俺が助けに来るまでに、どれだけこいつが君に触れるかわからないけれど。――八つ裂きにしたって足りないな。指の先からちょっとずつ削り取ってやろうかなぁ」
低い声に狂気を滲ませてエリオットは囁くように言う。
「やめろ! 死者への冒涜だ」
「優しいね。そんなことはしないよ。もし君が殺さなかったらって話」
エリオットは私が人を殺したという事実を容赦なく突きつけてくる。
「やめてくれ……やめて、お願い……」
やめてやめて。もうそんな事を言わないで。
「――ねえ、クリス。俺ずっと気になっていたんだけど、君は騎士という職をどう思っていたの?」
「人を守る――人々の幸福を守る役目だと」
「それは素晴らしい仕事だね。そういうものに、君はなりたかったんだ?」
***
本当に馬鹿げている。
「わあ!」
乱暴に扉を開けると部屋の中にいたエリオットが飛び上がるようにして驚いた。
「……ご機嫌ななめだね?」
無言でエリオットの前を横切ると心配そうな視線を向けてくる。鬱陶しいったらない。
「聞いたよ。第三騎士団に昇格したんだって? おめでとう」
「ああ。お前はまだ第五騎士団でくすぶっているようだがな」
騎士団は第六まである。一番下ではないだけましだが、情けないことこの上ない。
「あ、じゃあクリスは一人部屋になっちゃうんだ!」
「そうだな、お前がいなくてせいせいする」
第三騎士団に入れば個室がもらえる。もうエリオットの顔を見ることもなくなる。
「それなのになんでそんなに機嫌が悪いのさ」
「父から手紙が届いた」
ああー、とエリオットは得心した声を上げる。
両親が私に家に戻って欲しがっているのを知っているからだ。彼も私を説得するよう言われているからか、以前はよく辞めて家に帰ろうと言っていたが、最近はあまりそれを口にしなくなっていた。
今更やめるものか。ここまで来たんだ。第三騎士団に所属して初めて騎士の称号がもらえる。それまでは騎士見習いだ。
「そろそろ婚約者が――わぁ!」
剣を振るう要領で振り返る。腕はエリオットの喉のぎりぎり手前で止めた。
「手紙の内容を予想しただけじゃないか……」
情けない声でエリオットがぼやく。
そうだ。家に戻って結婚しろという話だ。婚約者候補を何人か用意したから、一度顔を見せに帰って来ないかと。
そんなことをする暇があるものか。私は、この国の人たちを守るために騎士になりたかった。その目標にようやく手がかかったというのに。
「結婚などしない。私は剣と共に生きると決めたんだ」
「……騎士になって?」
「そうだ」
「悲しむよ」
「誰が?」
「君のご家族が。みんな君のことを甘やかしすぎちゃったね」
エリオットの襟首を掴む。聞き捨てならない。
エリオットはびっくりした顔で目を白黒させている。毒気を抜かれて私は手を離した。
「あ、どこ行くの?」
声を無視して部屋を出る。
部屋を出たところで嫌な奴に会った。こいつはいつも私を女のようだと侮辱する。女であることは事実なので仕方ないが、ばれないように男らしく振る舞っているというのに、こいつにはそう見えないらしい。
第二騎士団のトマス。私はこいつが嫌いだ。
「よお、クリスちゃん」
「急いでいるのでどいてもらえますか」
脇を抜けようとすると前を塞がれた。
「第三に昇格したんだって? そんな細い体で?」
「――細くても剣は振るえますよ」
「腰を振るほうが上手なんじゃないのか?」
下卑た笑い声に頭に血が上って目の前が赤くなる。痛いくらいに拳を握り込む。私的な喧嘩は禁止されている。何故こんな男が第二騎士団にいるのだろう。人間性は考慮されていないのか。
私は、――私は高潔な騎士だ。
「トマス様」
エリオットの声が背後からした。
頭に血が上りすぎて扉が開いた音にも気が付かなかった。
「そんな冗談言ってると、女の子にモテないですよー」
何故かトマスが怯む。女にもてたいとかそんなこと考えているのか? 本当に何故こいつが第二騎士団などにいられるのか不思議でならない。
トマスは何か捨て台詞のような言葉を吐いて立ち去った。
「エリ……」
「あー、怖かったあ。よかった、行ってくれて」
エリオットが私に外套をかけてくれる。自分も既に着ていて隣に並んだ。
「今からお祝い行こ? 俺おごるから」
「――お前、給金なんか大してもらってないだろう?」
「結構ねえ、細かい雑用引き受けてんの。だからそこそこ小金持ちなんだよね。静かにご飯食べられるところに行こうよ。お祝いだしさ!」
あの時、エリオットはいつもの雑然とした酒場ではなく、個室のある店に私を連れて行った。支払いも自分が済ませて、私には一枚の銅貨さえ使わせてくれなかった。
「エリオット……お前は、本当は何をやっていたんだ?」
「うーん? 何の話?」
私がこの部屋でトマスを――切った後、開けっ放しの扉のところでエリオットは私を呼んだのだ。クリス、何をしているの? と。
偶然、私はトマスが真夜中に出歩いているのを窓から見てしまった。この時間に非番の者が外に出ることは禁じられている。胸騒ぎがして後をつけた。トマスはどんどん暗がりの道を選んで進み、この朽ちかけた屋敷に入ったのだ。
私はそのまま後を追って屋敷に侵入し、この部屋の前を通りかけたところで、トマスに部屋に連れ込まれ――乱暴されかけたのだ。
私は抵抗して、剣に手をかけた。鞘から抜き放った。無我夢中で何がどうなったのかよく覚えていない。気がつけば足元にトマスが倒れていた。私は立って、剣を握って、それを見下ろしていた。
「ああ、なんでここにいるのかって話? それだったら君をつけてきたんだよ」
「エリオット」
「夜間外出は禁止だよ。早く帰ろう?」
そう言いながらもエリオットは私の背後にぴったりと寄り添って、腕を私の前に回した。
「何故ずっと第五騎士団にいたんだ? もっと早くにおかしいと気づくべきだった。お前は私の剣をずっと避けていた。初撃で倒れることは絶対になかったんだ」
「だってそれじゃクリスが面白くないでしょ?」
「それなら、第四……いや、第三騎士団だって……」
「ねえ、クリス。そういうのって、どうでもいいと思わない?」
エリオットは私に回した腕に少しだけ力を入れる。
「平和を守るのに、どの騎士団に属しているかなんて些細なことなんだよ。正義を推し進めるために、障害を取り除くのが俺たちの仕事じゃない?」
平和。正義。障害。
エリオットの言葉は正しいがどこか冷たい。
「物語の勇者様は魔王を倒すよね。じゃあ、魔王は勇者に殺されたんだよ。倒すってそういうこと」
確かに、確かにそうだけれど。
「話して説得して、納得してくれたらそれはいいよね? でもそういう人間ばかりじゃない。今君の足元でくたばってるこいつもそうだ。話なんか通じない、そもそもする気もない人間っているんだよ。そういう人間ってどうしたらいい? 俺たちが殺すんだ――」
「やめて!!」
「やめないよ。騎士になるってそういうことだ。君は晴れて本当の騎士の仲間入りだよ。そして、もう戻れなくなった。子爵令嬢クリスティアには」
「……やめて……」
「どうして泣くの? 血濡れた手ではもう女の子には戻れないけれど、君のなりたかった騎士にはなれた」
私はすすり泣く。
「君は一生剣と添い遂げるって言わなかった? 俺は君の夢を叶えてあげたのに」
「――や、……いやよ」
「じゃあ、退団する? でも今から君が戻る場所ってあるかな? 血濡れた手の令嬢なんて、おじさんたちも困らない?」
そうだ、エリオットの言うとおりだ。もう、私は誰かを殺してしまった。
「俺ならそんな君でもいいよ。いや、そんな君がいいんだ。手が血に濡れていたって、君はとても眩しくて綺麗だ」
「隊長」
廊下から部屋の中へ呼びかける声がある。
「何? 今取り込み中なんだけど」
「――例の物を確認しました」
「わかった。アーロン様に報告を」
***
本当に完璧とは彼のためにある言葉なのだろう。
フランシス・アーロン騎士団長。太陽のもとでキラキラと煌く金色の髪。空よりも深い青い瞳は長い睫毛に縁取られていて、整った鼻梁に色気のある厚い唇。剣の腕は言うまでもなく、その統率力も若いながらも百戦錬磨の将のようだ。
年頃のミーハーな令嬢たちもキャーキャーと黄色い声を上げることさえできない。その前に見惚れて声が出なくなってしまうのだ。
「俺はね、君も大して変わらないんじゃないかって思うんだよね」
「何と?」
「君がさ、小馬鹿にしている女の子たちと」
エリオットは頬杖をついたまま、私を不躾にも指差す。
「どういうことかな?」
腹立たしくて声を上げれば、全く堪えていないかのようにエリオットはくすくすと笑った。
「声が高くなってるよ、クリス」
低い声でエリオットは言う。ついこの間まで私と同じくらいの高さの声だった気がするのに、いつの間にか男にしか持てないような低い声も出せるようになってしまっている。
咳払いをして喉を整えれば、尚もくすくすと笑う。
「そんなことをしたって意味ないよ」
「意味ないって……」
「アーロン様が好きなら、今すぐそんな服脱いじゃってさ、綺麗なドレスを着て、お化粧して、髪も整えて、にっこりと微笑んでやればいいんだよ」
「はぁ?」
意味がわからない。そんな事をしても意味はない。鍛錬を積んで剣の腕を磨いて、第一騎士団への入団を果たすことが今の私の望みなのだ。そしてアーロン騎士団長のもとで働いて功名を立てるのだ。
「私はもっと強くなりたいんだ。ドレスなんていらない」
「強くなってどうするの? 第一騎士団へ入ったらその次は?」
「その次は――アーロン様の隣に立ちたいな」
あの方の近くで、あの方の役に立って――ずっとあの方のそばにいたい。
「あほらし」
「! いくらエリオットでも――」
「ごめん! 言い過ぎた! クリスのこと馬鹿にしたんじゃないんだ。怒らないで?」
エリオットが勢いよく頭を下げる。しばらくすると少し頭を上げて、ちらちらとこちらを見る。へにゃりと下がった眉が情けなくて、結局許してしまう。幼馴染というのはこういうところで厄介だ。
「だってさー、まるで憧れの君の話をするみたいに言うんだもん」
「? 憧れだぞ?」
エリオットはキョロキョロと周囲を伺ってから声を落として言う。
「女性としてって意味だよ」
はあ? そんなことは考えたこともない。
「――ほんっと、クリスって馬鹿だよね。そういうところも好きなんだけど」
一瞬、エリオットが唇を歪めて鋭い視線を向けたような気がした。見返すと唇を尖らせたいつもの幼馴染の姿があった。
「お前、さっきから何を言ってるんだ? 騎士になろうという者なら憧れて当然のお方ではないか?」
「そーだよねー。俺もあれくらい強くなりたいなー」
呑気なものだ。
「まずは私より強くならなくてはな」
私は第三騎士団。エリオットはまだ第五騎士団だ。手合わせをしても十回に一回くらいしかエリオットには負けない。女に負けるなど悔しくないのだろうか。
「そうだね。だから俺と一緒に鍛錬しよ?」
いつものへらっとした笑顔でエリオットは言った。
今、私の後ろから腕を回して私を抱きしめているエリオットは、その腕の力を緩めて私の手を取った。握りしめたまま離れない指を解くようにして柄から離した。
「騎士なら他人に剣を渡しちゃ駄目だよ。まぁ、俺だからいいけど」
そのまま体も離れて、声も遠くなった。
「騎士団長」
その言葉に弾かれたように振り返る。
エリオットは片膝を付いて頭を垂れている。剣は私のものと合わせて横に置いていた。
その先にはアーロン様が立っている。廊下を通りかかったものだろうか。前を向いたまま、扉の方へ顔だけを向けていた。
「報告が遅かったな」
アーロン様の声に、私も慌てて膝をつく。
「申し訳ありません」
「その者がお前が言っていた――」
「これは、彼が屠った者です」
「成程」
今まで聞いたことも、想像もできなかったアーロン様の声だった。
「クリス、といったか」
少し前の自分なら名前を呼ばれただけで歓喜に心が踊ったであろうが、心は凍てついていた。顔も情けないくらいにこわばっているに違いない。
「エリオット、私はお前のそういう部分を買っている。私を失望させるなよ」
「御意」
足音が遠ざかっていく――
私は息の仕方を忘れてしまったようだ。足音が聞こえなくなって、ぷはっと息を吐いた。はあはあと息を吸うための呼吸が始まる。
落ち着いて、呼吸を整えるんだ。
願っても体は言うことを聞かない。
その背中を撫でる手がある。
「大丈夫? あいつ、ホントおっかないから」
いつもの声でエリオットが言う。
「ねえ、話途中だったよね。続きしてもいい?」
呼吸はいつの間にか整っていた。自分の両膝が見える。ぺたんと地面につけて座り込んでしまっているのだろう。こんな座り方、騎士らしくない。そう思うのに体が動かない。
背を撫でていた手が離れて、頬に触れた。
「どうする? クリス――クリスティア。このまま騎士で居続ける? それともドレスに着替えて俺と結婚する?」
手は私を仰向かせて、穏やかな顔をしたエリオットを見上げさせる。
「どちらでも選ばせてあげる」
にっこりと微笑む。大人の男の顔だ。ずっとずっと、――私だけが子供だった。
「でもね、俺から離れるのだけは駄目だよ。わからないというなら、」
――わからせてあげるまでだよ。
エリオットは私の耳元で囁いた。