新世界編1
「サーラ殿、心配してたんですよ、帰ってきてくれて本当に良かった………。」
そう教皇様は温かい笑みを浮かべて私に椅子を勧めます。
「このようなことになって、迷惑は、かけていないでしょうか。」
「そんなことはない!しかし、あの雪山で一体何があったのかな、聞かせてほしいのだが………。」
「………それは………まだわからないことが多くて、あの事件に関して、新聞等が言っている以上のことはわかりません。」
「そうですか………まぁ、あなたが帰ってきてくれて嬉しいよ。」
「………ところで、私のこのあとのことに関して聞きたいと思っているのですが。」
「あぁ、説明したほうがいいか、君が一ヶ月の間あの地に出払っていた間、帝国はますます混乱を増しています………公爵の暗殺、外国との小競り合い、緊迫する情勢、私達も多くの人間を様々な支援活動に送り込みました、しかし、多くの優秀な教徒を失う結果になってしまった………。」
「………。」
私は教皇様との面会をおわしたあと、廊下の窓から見える景色を見ながら考える。
あの向こう側、遠い地で、たくさんの人間が死んでいる、あのときのように。
「ジーク、ジーク!!」
「………。」
「黙りこくってるんじゃねぇ、拗ねてんのかよ、安心しろ、もう出てきていいだとさ。」
重い音を立てて懲罰房の扉が開かれ、その先でランプの灯りが見えた。
「クラスが下げられないだけ良かったじゃないか、すごいもんだよ、30なんて、下っ端なんて一桁がズラッと並んでて、10になるのも一苦労なんだぜ?知ってるだろうが。」
「あぁ………そうだな。」
階段を上がったさきで、窓が見えた、このことから少なくとも地上に出たのは分かった。
「ほら、行っちまえよ、自由の身だぜ?」
扉を開けた先は、人々が行き交い、混雑する大都会だ。
「じゃあなーーー…………!!」
何をするにもまず、自分の部屋に戻らなくてはならないだろう、俺は黒フードなんて投げ捨てて、普段の私服で人混みの中を歩いていく。
帝国の町並みを雰囲気で表すなら、無骨、といったところだろう、レンガを規則正しく並べられ、黒い機関車が街の只中を走り、そこかしこに積み上げられた様々な資材、様々な人間が工房や工場に仕事のために出入りする。
それを抜けると、様々な店が立ち並ぶ大通りだ、そこには馬車や車が行き交って、建物の中には様々なお店が詰まっている。
その大通りをまっすぐ進むと、いよいよ住宅街であり、ここの人通りもなかなかだが、活気のある大通りや工業地帯と比べるとだいぶ静かなところだった。
子供が走り去っていくのを見ながら歩いていたら、自分の部屋がある建物にたどり着く。
「あら、ずいぶん外出してたんですね。」
「遠くに行ってたんだ、ずっと遠くだよ。」
「そうなんですか?列車に乗ってラーチェストにでも遊びに?」
俺は内心苦笑する、まさか5000kmも先の大山脈で大立ち回りを演じてきたとは思うまい、まして俺がここを留守にしていたのはたったの2週間、一ヶ月にも満たないのだ、産業革命様々である。
「だいぶマシになったはずなんだがなぁ………。」
俺はコップに入っているコーヒーを置くと、普段やっている工場の仕事の為に立ち上がった。
「………久しぶりだな、てめえ、お前がノコノコどっか言ってる間に、仲間は朝から晩までずっと働いてたんだぞっ!!なめてんのかゴルァっ!!」
このチンピラまがいの工場長は俺の頬をうなりを上げて一発殴る。
「くそが、もういけよこの役立たず、立てよゴミカスがぁ!!」
だいぶ間の悪いときに来てしまったらしいな、俺はそうつぶやきながら出ていく。
チンピラまがいといったな、あれは事実だ。
ここでやる作業はとくに報酬は高いが危険も大変大きい、田舎から出稼ぎに来た奴らすらやりたがらない、やるとすれば、大半はこんな連中になってしまう。
「すごいですね、そんなに手早くこなしちゃうなんて。」
「うん………?お前は?見ない顔だな。」
「あぁ、僕ですか、今日はいってきたジョナサンです、よろしくお願いします。」
「………あぁ、よろしく。」
俺はそう言って仕事に戻ろうとする。
「おっと、そうは行かないぜコーレフ、こいつの指導をやるのは、お前なんだからな。」
「はぁ………??」
「そういうことで、よろしくなっ、ハハハハハハ…………。」
そう同僚のおっさんは笑いながら帰っていく。
「………あの………。」
「ついてこいよ、教えてやる。」
「いいか、俺達がやるのは濃縮魔石の加工だ。」
「?それのどこが危険なんですか?魔石って、あの機械の燃料ですよね、あれって安全性がとても高かったんじゃないんですか?」
「それは加工済みのものだ、いいか、いまのエンジンとか機械は、すべて濃縮魔石を燃料として動いてる、濃縮魔石はとてつもないエネルギーを生み出すとんでもない代物だ、そして、本来は軽く落としただけでも爆発する代物だ、お前がよく見る魔石がそうならないのは、俺達がここで加工するからなんだ。」
「そうなんですか!!?」
俺は作業場にいって、こういう奴らのために準備していた粉末魔石を取り出す。
「いいか、こうやって………。」
俺はそれをハンマーで叩いたその瞬間、閃光がきらめき、俺のハンマーの先端は粉々に砕けていた。
「これは量にして数gほどだが、扱うときは何十kgという重量のものを扱ってもらう、それがどういう意味かわかるよな。」
「ひぇっ………。」
「いいか、絶対間違えるなよ、なに、作業はそんなに難しくはない。」
「………あぁ〜〜〜疲れたぁ〜!!!」
「おまえうるさいぞ、さあ、今日はこれで終わりだ。」
俺達がいざ帰ろうとするとき、向こうで爆発音が響き、工場の屋根が吹き飛んでくる。
「うわぁっ………!!!」
「お前がミスしたら、俺たちもああなる。」
「………先輩は、驚かないんですか?」
「月に10回はおこっているからな。」
さぁ、帰るぞ、そう俺はこいつに行ってサッササッサと歩いていった。
こいつがここに入ってきてからもう一ヶ月にもなる。
こいつはこんな脳天気な性格にも関わらずとても真面目に慎重に日々の作業を過ごしていた。
「先輩。」
「慎重にな。」
やつがそぉ〜と置いた箱を開くと、藁に包まれた濃縮魔石がゴロゴロ入っている。
「ほれ、やるぞ。」
俺達はその魔石にスプレーを吹きかけると、魔石の色が変わっていく、このスプレーの薬剤が魔石を安定化させるのだ。
この作業は意外に難しい上、スプレーの薬剤は強力な腐食性、毒性があり万一にでも手にかかったらもれなく風穴が開くことだろう。
だから魔石を持つ手にかからないよう、鉄製の道具で抑えてやらないといけない。
「………お前はなんでこんな仕事やってるんだ。」
「へっ?」
「お前、まだ13くらいだろ?こんな危険な仕事しなくても………。」
「鉱山労働よりは、ずっとずっとマシだったからですよ、給料も高かったし。」
「………。」
俺はそれを聞いて、なにも言えなくなってしまった。
「あぁ〜、同情するなら飯をくださいよ〜。」
「………う〜ん、飯ぃ?飯か…………。」
「ねっ、お願いできませんかっ、実は自分、給料の半分くらい仕送りするんで、割とお金なくて………。」
「………はぁ、いいぞ。」
「えっ、なんですか、ここ。」
「俺の家に決まってるだろ?上がれよ。」
「えぇ…………?」
「飯屋行くより作るほうが安いんだよ、さぁ、いこう。」
階段を上がった先にある扉を開くと、おれの部屋だ、適当に今買ってきた食材で作っていこうと思う。
「ほれっ、ちょっと作ってやるから待ってろよ。」
「先輩自炊できるんですね………。」
「お前もできるだろ?」
「いや、ちょっと無理ですね、できて目玉焼きとか、かるく焼いたりするくらいで、余裕がない日はパンにチーズのっけてかじって終わりですね………。」
「………。」
俺はとにかく台所に行って黙々と野菜を切ったりなんだりしていたのだが………。
「ええぇぇぇ〜〜〜!!!!!」
「!!!どうしたっ!?」
「これ………これ………!!!」
俺はやつが指差す方向を見る、それはいろいろな記念品がおいてある棚なのだが………。
「帝国大学の卒業証書じゃないですかっ!!」
「その付属高校な。」
「だとしてもすごすぎますよこれ!!だって、あり得ないじゃないですか!!」
帝国大学、それはバカでもしってる超名門、帝国一の大学だ。
話は150年前に、国が教育革新と叫びながら多額の金をかけて一つの国立大学を作ったことから始まる。
当時その利用者の大半が貴族だったためにとてつもない豪勢な設備が完備されており、平民が貴族と半々くらいの割合で入学した今ですら目を見張る機材の数々で有名だ。
「それはそれとして、ほら、できたぞ。」
「できたって………グラタン!?」
「お前みたいなガキンチョにはこれくらいがちょうどいいだろ?」
「やった!!!やったやった!!」
「やっぱりな………。」