プロローグ1
………。
………。
………。
そう。
彼を見つけたのは、私がまだ辺境の教会で修道女をしていた頃でした。
ある日、私は大雨の降る日に、牧師に頼まれて夕飯の材料を買いに行っていたの、私にだってそんな時期はあったのよ?
すると、行きは誰もいなかったはずの入り口の前に、帰ってきたとき、一人の男がボロボロの姿で行き倒れていたのです。
雨に何時間もうたれ続けた彼は、教会に保護したその晩になりとんでもない高熱を出してしまいました。
牧師さんはそのまま私にお世話を任せ、一晩中つきっきりでその人のそばで看護をしていました。
「………ここは。」
「目覚めましたか?ここは教会です、すごい高熱だったんですよ?今度から雨の日は雨具をつけてくださいね、風邪を引きますので。」
彼は目が覚めたあともフラフラで、結局教会で何日も寝たきりでした。
私は修道院で様々な用事をこなしながら、合間を縫ってその人と話したりしました。
「………すみません、こんなに良くしてもらって。」
「構いません、私、これでも結構暇なんですよ?他の仲間ともなれないし、こういうとき話し相手が欲しかったんです。」
「………本当に、すみません………。」
男の人の暗い表情は、きっと病気のせいだけではないと、私は薄々気づいていましたが、その時はどうしようもありませんでした。
それでも、帰っていったときの彼は、最初よりずっと元気になりました。
「お世話になりましたっ!!あなたのおかげで助かりました………今はいろいろあってできないけど、いつかお礼をと届けに来ますから!!」
「その時は、また話し相手になってください。」
それから、彼は時たま果物を持ってきてこの教会にやってきたりしました。
そのたびに彼は私の話し相手になってくれたのですが、彼とはどこか気の合うところがあり、楽しい時を過ごさせてくれました。
かれが来ることが楽しみになってきたある日、その日、彼は確かに来ると言ってくれたのですが、いつになってもやって来ないで、私はついに諦めようとした夕方になって、ボロボロの姿でやってきたのです。
「おい、大丈夫かよ、あの人………。」
「急いで手当しないと!救急箱持ってきてください!!」
私は周りが騒ぎ出す中、牧師さんは「いってあげなさい」といったので、私は人混みをかき分けて彼に話しかけます。
「大丈夫………?なにが、あったの。」
「………どう………。」
「え?」
「どうしたらいい………わからない………。」
「ちょっと、なにがどうしたの?私にだって、そんなこと言われてもわからないわ。」
「どうしたらぁっ!!!いいんですかぁ!!」
そう突然彼は叫んで、私の襟首をぐいと掴んで来たのです。
周囲が一気にざわめき始める中、彼は泣きながら話します。
「わからない………どうしたらいい………憎い………奴らが憎い………なんでなんですかぁ………答えてくれぇ…………。」
そう言ってグイグイと引っ張ってくる彼に対して、私はなんて声をかければいいのか、まるでわかりませんでした。
「………憎い、この世界が憎い………たとえ神様であろうと、失敗し、苦しんできたというのに!!!なんで、あんな奴らが、なぜ、だ、俺達の努力は、無駄だったのかよぉ………。」
そこで、彼はハッとした様子で私の襟を掴み、獣に睨まれたかのような悲鳴を上げて、そのまま走り去っていきました………。
彼のことを、私は必死で探そうとしましたが、ついに見つけることはできませんでした。
何よりも致命的だったのが、私がついに彼の名前を聞くことができなかったという点でした、あれ程のときがありながら、名前の1つも知らないわたしが、まして彼の何をしれていたというのでしょうか………。
「聖女様、聖女様。」
「………ん………あら、私眠ってしまいましたか?」
「そうですよ、最近寝ていらっしゃらないんじゃないんですか?くまが酷いですよ、ほらぁ。」
本当に?そう返しながら私は席を立つ。
確かに、私はここ数年、活動を認められて教皇からついに聖女の称号を貰ってから、あまりに働きすぎたかもしれません。
「………。」
私は、ドッ、ドッという音が聞こえ、窓の外をみやります。
そこを横に並んで歩いていくのは、簡単な鎧に身を包んだ無数の兵隊たち。
私は遥か遠くの戦場へ、これから移動していく彼らに、静かに祈りました、彼らのために。
聖暦1541年。
すべての生き物が持つ、魂の力をつかう技、魔法に支えられ人は文明を築き始めた。
様々な苦難、様々な争いの中懸命にたくさんの人が世界を生きて、生きて、死んでいく、何も変わらない世界。
それは、変化のない世界、時間を止めた世界。
だが、人々はそんな中でも少しずつ前に進み、より良くなる努力を捨てることはありませんでした。
そうして生まれたのが、民主主義、人権を初めとする様々な思想、様々な正義。
そうした正義ができると、ただの営利目的で行われていた戦争は、そういった人々と思想の衝突となっていく。
世界の覇者であり、旧態依然とした専制政治を続けるエルスペニア帝国はそうした思想が支配体制にヒビを入れることになることを恐れ、早いうちから弾圧を始めることとなるが、それに反抗する人間は多く、ついに帝国領土南にて軍も交えた反乱が勃発。
こうして、アーレフカーツ戦役は勃発の運びとなる。
「戦役勃発以降、我々も動き始めた。」
テーブルにつくものの纏う空気は重い、当然の話だ、なにせ教会………アルミハ教の最高権力者がすぐそばで座っているのだ。
「君達にはこの数年無理をさせて申し訳なかった、様々な慈善活動で各地に引っ張り回してしまい、申し訳なく思う。」
「教皇様、そんな心配は無用です!!」
「そうです!!我々はこの身が朽ちるまで教会のために働く覚悟です!!」
そう聖人、聖女と呼ばれる他の人間は口々に教皇に対して叫ぶ。
「そう言ってくれて、私の心も少しは軽くなったよ、帝国はすでに5万人の軍を派遣したがアーレフカーツの人達は、相当な準備をしていたようでまったく終わる気配がない………そろそろ議題に触れなくてはな、そんな戦役だが、向こうの指導者について、知っているものはいるかな。」
「はい、ここからは補佐の私が言いましょう、反乱軍の総司令官の詳細はすでに帝国全体に知られるところであり、もはや説明は不要かと存じますが………リッテン・シュリーベルトというこの男は帝国本土から5000kmほど離れた東の第三帝国領の人間で、帝国軍の大佐、1個連隊の隊長を務める男でしたが、数年前突如として連隊を率い反乱を起こし、またたく間に第三帝国領の行政機関を制圧、領内の志願者を続々と軍に繰り入れ、あっという間に数は2万に膨れ上がりました
。」
「ここは鎧を来た騎士団の会議の場ではないのだが。」
「失礼、まぁ、それはともかく、帝国領と本土の間にある山脈の城に立て籠もりました、彼らは城に集積した物資と頑強な補給路で何年でも持ちこたえられるのに、帝国軍はインフラが破壊され補給がままならないというのに数が多すぎて拍車がかかり、結果軍の大半は山脈の手前に陣取り、山を攻撃できる兵士は実際には同数の2万となっています。」
「なるほど。」
「まったく、教皇の前でそのような戦争の話はやめるべきじゃないか………。」
そうさっきの男がまた苦言を呈す、だが、再びそれは留め置かれることとなり、教皇はそこで私を向いて言う。
「彼らは今年の大吹雪を背景に帝国と休戦したのだが、その時彼らは、なんと我々アルミハ教と会合をしたいと申し出たのだ、今回はその会合に誰が向かうのかということを決める為のものである………はずなのだが、サーラ殿、彼女がこの会合に志願した。」
「本当か。」
皆が口々にそう言って私を見つめる、だが、私は一切の迷いなく答えた。
「そのとおりです。」
「なんと………。」
「すでに話はついている、今回はそれを知らせるための場だ、異論はないか。」
「「「………。」」」
誰も答えるものはない。
「ならば、今日は終わりだ。」