女神様に土下座されました。
無傷の完全勝利にライカース領は大いに沸いた。
ライカース夫妻は膝をついて感謝を述べ、リリアナは泣き笑いながら飛びついてきて、涙目のエスティにはバンバン背中を叩かれた。
急遽宴席が設けられるという話にもなったのだが、俺はすでに眠気が限界点を突破していた。
なので「寝かせてください……」とガチで懇願して部屋を用意してもらい、横になった瞬間に夢の世界に旅立った。
だから俺は目の前の光景をしばらく夢の続きだと思っていたのだ。
頭に巨大なタンコブを作った、どこかで見た事のある女が土下座しているその光景を……
◎
「ショート様!いえ!勇者アッシュ様!なにとぞっ!なにとぞこのゴミ虫の願いを聞いていただけないでしょうかっ!?」
「……ええー……」
窓から差し込む月光に金色の髪が光る。
ベッドの下、床に頭を擦りつけたその女は卑屈という言葉が可愛く見える態度で俺に懇願していた。
「え、えーと……クランプス様……ですよね?」
「様などと恐れ多いっ!アッシの事などクズでもカスでも好きにお呼びください」
「いやいやいや。怖い怖い怖い」
「ゲヘヘ」とでも笑いそうな顔で煙が出るくらい手を擦り合わせて女神?がすがってくる。
流石の俺も恐怖を感じて彼女を助け起こした。
ほんの一日ちょっと前とはうってかわってボロボロになってしまっている女神をベッドに座らせ、俺は椅子に腰かける。
何が一体どうしたらこうなるのー?
自分でも不思議なくらい「かわいそう……」と思ってしまい、俺はスキルに《治癒》をつけて彼女のタンコブを治す。
瞬間、女神はボロボロと泣き出してしまった。
「え、えー……?何がどうしたんですか?説明してください」
「じ、実はっはぁぁぁぁあん!」
即座に隠蔽で外にこのギャン泣きが聞こえないよう細工して、彼女の話を聞き始める。
回り道的な話も多く時間がかかったが要約するとこうだ。
『《物騙り》はマジヤバイ!』
『でも送り出した者のスキルを神が勝手に取り上げたりは出来ない』
『他の勇者を刺客に送り込もうにも、あれでは誰も勝てるわけがない』
『つーか神でも勝てなくね?』
『最終手段で世界ごとブッ壊す?』
『でもそれやろうとして怒らせたら天界がヤバいんじゃね?』
『お前が責任持ってなんとかしてこい!』
『出来なかったら……どうなるか知らないよ?』
……なんだろう?この人間臭い、ブラックな感じ……
……神様の世界も大変なんだねー……
「だ、だからね、ヒック!こっちの都合で悪いと思ってるんだけどズズッ!《物騙り》と《神殺し》だけでも何とか封印させてもらえないかと……」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにして女神が哀願してくる。
正直な所、俺の反応は……
「なんだ、そんな事ですか。いいですよ。というか、こちらからお願いします」
だった。
「……そうよね……こっちの勝手でそんなスゴい力を……って、はいっ!?」
一人でノリツッコミみたいな事をしている女神をよそ目に、俺はステータスを全て元に戻し、後付けのスキルも全て消去する。
そして、信じられないものを見る目の女神に笑いかけた。
「これで後は《物騙り》を封印したらもう問題なしですね」
「えっ?いやっその……い、いいの?世界どころか、天界すら支配出来ちゃう能力なのよ?」
「いや、だってどのみち二度と使わないつもりでしたし。と言っても使える状態だと甘えが残るかもしれないから、封印してもらえるなら願ったり敵ったりですよ」
「な、なんで……?」
呆然とした様子で聞いてくる女神に、俺は素直に胸の内を伝える。
「昔はそりゃあ『何でも好きに出来る力が欲しい』なんて思った事もありましたよ。でも実際に使ってみたらつまらなかったんですよねー」
「つ、つまらないって……」
「例えば、ポーカー。カードが配られた時点でいつも絶対勝てる手札になってるとして、面白いですか?そんなゲーム。俺はクズ手にハッタリかけて相手を引かせるような勝負の仕方の方がずっと楽しい。例え負ける事になってもね」
そう言いながら俺は窓に近づいて外を眺める。
元いた世界よりずっと暗いが、ポツポツ見える明かりはずっと暖かく感じていた。
「《物騙り》も俺の手札に違いないんでしょうけど、俺には必要ないです。考えて、策練って、罠張って、それでも相手が越えてきたなら俺の負け。だから必死になれるんですよねー」
「……ヘンな人ね……」
顔はグシャグシャのままだが、ようやく女神は笑ってくれた。
そして俺に向かって手を差し伸べる。
「どうぞ、こちらへ。貴方の力、女神クランプスの名において封印させていただきます」
「お願いします」
差し出された手を握る。
そして女神が目を閉じ、祈るように両手で俺の手を包み込むと、俺の中で何かが閉じるような感覚があった。
すぐにステータスを確認すると、そこにはもう《物騙り》の文字はない。
わずかな喪失感と大きな安堵に、俺は自然と頭を下げていた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。《物騙り》を持っていたのが貴方で、本当に良かった」
そう言うと彼女は俺を引き寄せ、頬にキスをする。
その後、急に照れたのか子供のように「えへへ……」と笑っていた。
いやー可愛らしい。
……ですけど……大人のお礼にしては可愛すぎませんか?
輝くような金の髪に指を絡め、互いの息づかいが聞こえるくらいに顔を寄せる。
「あ、あれ?」
「アカサギは専門外ですけど、綺麗な女性に興味がないわけじゃないですよ?そんなに枯れて見えますか?」
「あ、あるぇー?」
髪と同じ金色の瞳を真っ直ぐに見つめると、女神の顔がみるみる赤くなっていく。
「嫌なら我慢しますけど?」
「イ、イヤ……じゃないんだけど……多分、社長が監視てるから……」
ああ、やっぱり?
これからはそれも注意しないとな。
それはさておき……
「ではでは、これでいかがでしょう?」
俺はニッコリと笑うと指を軽く鳴らした。
偽装のスキル発動━━━━
それからボク達はしばらくの間、楽しくおしゃべりをして過ごしましたとさ。
……うまく騙せてたかな?