橋を落としたら蹴られました。
「着きましたよ」
「お疲れ様です」
目的地付近に到着して声をかけてきた御者に俺は小さな声で礼を言った。
俺にもたれ掛かり寝息を立てるエスティを起こさないためだ。
会議の後、俺達はまず服を買いに街の衣料品店に寄った。
流石にスーツは悪目立ちし過ぎるからねー。
揃えたのは冒険者がよく着るという服と外套。
とりあえずこれで少しはこの世界に溶け込めただろうか。
そしてすぐに俺達は橋に向かって出発したのだ。
「じゃ、行ってきます。この子はこのまま寝かせといてください。もし相手が橋を突破したら、俺を放ってすぐに逃げてくださいねー」
脱いでいた外套を折り畳み、起こさないようそっと寝かせたエスティの枕にして俺は馬車の外に出る。
そして隠しておいた斧を担いで橋に向かって歩きだした。
◎
明るい所で見る吊り橋は確かに立派なものだった。
幅はゆうに馬車二台が並んで渡れるくらい。
長さは300~400mくらいか?
まぁエスティの言うように、これは落としてしまったら大変な事になるだろう。
領都方面は封鎖している。
対岸方面は対策出来ていないが、まぁグリントレット軍が見えたら大抵の人は逃げてくれるだろう。
「ああ、なんか久々な気がするな。大仕事前のこの感じ」
斧を両手で構えて思い切り背伸びをする。
背筋がゾクゾクするような、ワクワクするようなこの高揚感。
これだから綱渡りはやめられないなー。
グリントレットの兵達の姿が見えたのは、それからすぐの事だった。
「おおーいっ!昨夜ぶりーっ!」
対岸の橋の袂に集結した兵達に大きく手を振る。
こちらからは人の群れで見えないが向こうからは俺が確認出来たのだろう。
馬鹿デカイ怒声が渓谷に響き渡った。
「ッテッメエエェェェェエエッ!?」
わはっwww 超怒ってるwww
俺も負けじと大声で返す。
「どうもぉぉぉぉ!ヘンな病気もらってませんかぁぁぁぁ!?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
何言ってるのか分かんないよーwww
それが号令になったのかのように兵達が一斉に動き始める。
本当は橋の中程まで引き付ける予定だったが、素早さ=野獣並のBL勇者を警戒して俺は早々に斧を振り上げた。
「い、よいっしょー!」
橋を支える太い綱に躊躇なく斧を叩き込む。
それで兵達の動きは一気に止まった。
向こうもこの橋の重要性は知っているだろう。
だからまだ橋を落とすなど半信半疑のはずだ。
「もいっちょー!」
だから俺は見せつけるようにまずは一本叩き切ってやった。
兵達の中から悲鳴が上がる。
そしてそのまま橋板を繋ぐ綱を切る。
その頃には橋の上の全員が対岸に避難していたが、俺は遠慮なく残りの綱を切って橋を落としてやった。
「お疲れっしたー!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
ざわつく兵達の声の中から一際デカイ奇声がいつまでも響き続ける。
が、いつまでもそうしているわけにもいかず、といった感じでグリントレット軍は後退していった。
まぁまず初手は成功かな?
そんな達成感に浸っていた俺を襲ったのは思わぬ伏兵だった。
「きっさまぁぁぁぁぁっ!!!」
「はぁんっ!?」
背後から蹴ッ飛ばされて俺は地面に転がる。
そのまま馬乗りにされ、襟首を掴まれてガクガクと揺さぶられた。
もちろん犯人は彼女だ。
「あれほど!切るなと!言っただろうがっ!」
「落ち落ち落ち着いて!エスエスエスティ!」
念のためもっと時間を空けるつもりだったが、このままでは命に関わる。
俺は彼女の鼻先でパン!と両手を打ち合わせた。
「うぷっ……橋見て……」
「へっ?」
拍手で動きを止め、俺の言葉を聞いてくれたエスティは、そこでようやく橋が無事なことに気づいたようだった。
俺が持っていた斧も実はただの棒っきれだ。
「……はあぁぁぁぁぁ……」
「だから約束したでしょー」
「……すまない……貴方のことがまっ……たく!信用出来なくて……」
「まー仕方ないかー……」
力が抜けて俺にのし掛かるようになったエスティの吐息が耳にかかる。
そんな彼女の背中をポンポンと叩いて、俺もため息をついた。
本気で橋を落とすつもりならそれなりに兵士の数を減らせたんだけどなー……
「さて、と……」
立ち上がるようエスティに促し、申し訳なさそうに差しのべられた彼女の手を取って俺も立ち上がる。
服についた土や埃は彼女が払ってくれた。
さてさて、詰めの作業といきますか。
『アレ』もそろそろ試してみないとな。
そう考えながら、俺達は馬車に戻るべく歩きだした。
◎
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……
俺の頭の中はただその言葉だけに支配されていた。
日が暮れる?撤退?ふ ざ け る な !!!
舐めた事を言い出した部下を殴り飛ばし、俺は旧道だという道をひたすらに進んだ。
あいつだけは!絶対に!許さないっ!
ただその一心で。
今思えば、俺は最初からヤツの手の平の上で転がされていたのだろう。
「やぁ、お疲れ様でした。ここを抜けるなんて流石ですねー」
逢魔が時が終わる頃、薄暗がりの中で佇むヤツのヘラヘラした笑顔はまるで悪魔のようだった。
ああ……俺はなんでこんなヤツと出会ってしまったんだ……