BL勇者を迎え撃つ事にしました。
多少の休憩を挟みながら夜通し馬車を走らせ朝になり、俺達三人はようやく領都にたどり着いていた。
街に入る前に力尽き眠りに落ちたリリアナに肩を貸しつつ見る街の様子は綺麗で、歩く人々には活気が溢れている。
その光景にますます、あの脳筋勇者がいいように使われているという疑いが強くなってきた。
「そろそろ城に着くぞ。姫様はまだ眠られているのか?」
「まだ寝てるよ。色々と疲れただろうからね、ギリギリまで寝させてようか。エスティもお疲れ様。御者変わってあげられなくてゴメンね」
「きさ……貴方からそんな言葉を聞くと、何故か不安になるな」
「はっはっはっ。ヒドイなー」
ようやく緊張が解けたのか少し対応が柔らかくなったエスティと笑いながらそんな話をしつつ、馬車は街の高台にある城に到着した。
事情はすでに街の入口の門兵に伝え、先んじて城に走ってもらっている。
だが領主というくらいだからこんな時でもドカッと構えて城内で待っているんだろうか?
そんな事を考えていたのだが城門の辺りには人集りが出来ていた。
その先頭に立つのは、貴族風の身なりの良い男女。
「リリアナ、起きて。お父さんとお母さんが待ってるよ」
「……う、ん……」
軽く揺すって少女を起こす。
少しボーッとした後で、外の様子に気がついた彼女は転がりそうになりながら両親の元に走っていった。
「お父様!お母様!」
「リリィッ!良かった!本当に良かった!グリントレットの兵が別荘を占拠したと報告を受けた時には生きた心地がしなかった!」
「ああ!リリィ!」
抱き合い、泣き崩れる家族の姿と、同じくらい喜び泣く兵士や侍従達。
仕事?柄、人を見る目はそれなりにあるつもりだ。
極限の状態である今の皆の反応を観察すると、『悪の領主』という話は嘘である可能性が極めて高いと思われた。
あれは『家族以外にはタチが悪い真似を出来る』ってタイプの男でもないなー。
まわりもあんな感じだし。
「……本当に感謝する……」
あらら、エスティまでボロボロ泣いてるよ。
俺は直立不動でダバダバ涙を流す女騎士にハンカチを渡して一人苦笑していた。
◎
さて、感動の再会もいいのだが、いかんせん猶予がない。
夢が悪夢だったと気がついた脳筋勇者は、ひとしきり悶絶した後でまず間違いなく独断で進軍してくるだろう。
「貴方のせいじゃないか」というエスティの文句は右から左へ受け流しておいた。
何も手を打たなければ到達は昼過ぎくらいか?
繰り返し感謝の意を伝えてくるグレンを制して、俺は今後の行動を決める会議を進言した。
そして城の会議室で軍事に関係する面々を集めた会議がスタートしていた。
「ここで一度足止めしますか」
壁に貼られた領内図のある場所を叩きながら俺は言う。
あの別荘から逃げている間、俺はずっと激怒して追いかけてくるであろう脳筋勇者の対処法を考えていた。
俺が示したのは領都の西にある、大渓谷に渡る大吊り橋。
暗くてあの時は分からなかったが別荘のそばには湖があり、その上流に当たる場所である。
「……そうですな。橋の袂を押さえられれば、多少は優位を取れるでしょう」
白髭の騎士団長、ゼクス=アルマークスが頷く。
その隣でちょいと頭が寂しい副団長のレイドン=ザッハも同意していた。
が、皆さん少し勘違いしてますよー。
「橋には僕一人で向かいます。騎士団の皆さんには他にやってもらいたいことがあるんで」
「一人で!?いくら勇者様でもそんな……」
驚き立ち上がるグレンに俺は笑って手を振る。
無茶だ、と言いたいならあの脳筋勇者と騎士団が真っ向勝負する方が余程無茶だ。
下手したらあの馬鹿一人にこの国の軍は負ける。
「大丈夫ですよ、戦うわけではないので。兵が渡ってる所で橋を落とすんです」
「そ、それは困るっ!……困ります、アッシュ殿」
俺の言葉にいち早く反応したのはエスティだ。
気絶するように眠ってしまったリリアナと同じく疲れてるだろうから休むように言われたのだが、彼女はそれを拒否してこの場にいる。
俺を野放しにするのが恐ろしかったのかな?
「あの橋はとても重要な物なのです。一度落としてしまったら再建にどれだけの時間と費用がかかるか……」
「んー……やっぱりそうなる?なら、プランBかな。俺のスキルで後退させよう」
「……信用出来ないので私も同行します……」
「えーヒドイなー」
ジトッとした目のエスティに笑いかけてみるが、彼女は一切引かなかった。
ある意味信用されてるなーwww
しかしながら、俺の能力を間近で見てきたエスティがこの場の面々を説得してくれたお陰で、どうにかこの案は通った。
さて、ならば次だ。
「この橋を渡れなかった場合の迂回路はどこになりますか?」
「それならば……ここですね」
近くにいた兵士が領内図上で場所を指してくれる。
別荘と橋の中間程の場所。
川幅が狭くなった所に小さな橋が掛かった、昔の街道だという。
その先は深い森があり、そこを抜けると領都の南西に出るとのことだ。
よーしよしよし、理想的なロケーションだ。
「では、騎士団の皆さんはこれからすぐにこの森に罠を張ってもらいます。それで皆さんの仕事は一旦終わりです。罠の作り方や設置指示はこの後僕がサッと作っておきますねー」
「終わり、と言われましても……」
「あちらの勇者が相手ではまともな勝負は出来ませんから。グリントレットの部隊を森に誘導出来たら、後は僕に任せてください。その間に別荘の解放はお願いしますねー」
「えー……?」と言いたげなゼクス達に笑いかけ、俺は手を叩いて話を締めた。
さぁさぁ皆さん、ハリーアップ。
時は金なり、ですよー。
◎
ライカースの姫と女騎士、そして異邦人の男が逃げ出した事に気がついたのは朝になってから。
大失態だがこの場合、グリントレット領に帰投するのが本来の予定のはずだった。
だが、隊長である剛腕勇者からの指示はこの隊単独での領都進軍。
ろくな準備もなく、わずかな兵を別荘に残しての進軍に多くの兵士は動揺していた。
「なぁ?隊長、なんかおかしくないか?」
「馬鹿っ!お前何も聞いてないのかっ!?絶対に余計なこと言うなよ!」
兵達のヒソヒソ声が隊全体に広がってさざ波のように聞こえる。
その中心、周りに人を寄せ付けぬ結界を張っているかの如く開いた空間の真ん中に一人の修羅がいた。
立ち上る闇のオーラが見えそうな、踏み締める一歩が地面にめり込んでいるかのような、そんな気配を纏って修羅は進む。
「……コロス……コロス……コロス……」
血走った目でブツブツと同じ事を繰り返す修羅に、苦言を放てる者など唯の一人もいなかった。