勇者を騙してみました。
「はいはい、失礼しますねー」
零王が見張りの兵に話をつけた後、俺は部屋に、俺が召喚されたあの部屋に入った。
手枷をつけられた二人、リリアナとエスティがポカンとした顔でこちらを見ている。
まー、召喚主を放っていったヤツがノコノコ帰ってきたらそうなるよねーwww
「俺達は外にいるけど、扉は開けたままにするぞ」
「はい、それでお願いします」
「きっさまぁぁぁぁっ!?」
零王に返事をしている最中に、矢のように飛んできた女騎士が俺の襟首を掴みガクガク揺さぶってくる。
慌てた零王が部屋に踏み込んでこようとしたが、「大丈夫でーす」と答えて外に押し止めた。
「どの面下げて戻ってきたっ!」
「ま、落ち着いて。リラックス、リラックス」
「エスティ!やめてください!」
「ええいっ!姫様!止めないでくださいっ!って痛い!痛い!」
面白いけどこのままでは話が動かないので、指を極めてエスティを引き離す。
しゃがみこみ涙目で指を押さえるエスティと、そんな彼女の身を案じて駆け寄ってきたリリアナに俺はヘラヘラと笑ってみせた。
「あの時はああするしかなかったんだよ。俺、戦闘能力ないし。それと、急に召喚した勇者に期待しちゃダメだよ?俺みたいにたまたまそこにいたようなヤツしか用意出来ないんだから。女神様も怒ってたよ」
「そ、そうなのですか?貴方様にも女神様にも、申し訳ないことをしました……」
俺の言葉にしゅんとなり、リリアナは素直に謝ってくる。
あー、正直苦手なタイプだなー。
アホみたいな嘘でも簡単に信じる、つまらないタイプだ。
もう一人の方はこちらを睨み付けながらブツブツ言っていた。
うん、こっちの方が好みのタイプだ。
まぁ『詐欺師』としてだけどね。
「まぁとりあえず、今後の事を決めるために話を聞きにきたんだ。あ、俺のスキルで外には当たり障りない話にしか聞こえないようにしてるから、遠慮なく話していいよ」
「はぁ?貴様、私達を見捨てたんじゃないのか?」
「話の内容次第では本格的に見捨てるけどね。今の段階では、向こうの事も信用出来なくてね」
笑顔で正直に話すと、エスティは怒っているんだか呆れているんだか何とも微妙な表情になった。
リリアナはオロオロした様子で従騎士と俺を交互に見ている。
「なんでも向こうの話だと、悪いのは君のお父さんだって事なんだ。本当にそうなの?」
「そ、そんな事は決してありませんっ!」
「ふざけるなっ!グレン様の領地を一方的に狙っているのはヤツらの方だろうがっ!」
あー、これは嘘はついてないな。
少なくとも彼女達の見ている父親は、雇い主は、悪ではない。
まぁまだ『彼女達は知らない』という可能性もあるが。
「勇者様!どうか父に会ってください!そうすれば真実が分かるはずです!そしてどうか!私達の事は気にせず領民を守っていただけるようお伝えください!」
顎に手を当てて考えをまとめている俺にリリアナは涙目で懇願する。
エスティも強い意志を込めた目でリリアナの言葉に頷いていた。
なんだかんだ、この子達もアホだなー。
俺はため息混じりで答えた。
「会うって言ったって、俺だけでどう領主様に会えと?どうもー娘さんに召喚された勇者でーす、って言って会えるの?」
「そ、それは……」
「くっ……腹立たしいが、貴様の言う通りだ……」
「でしょう?だから、君達にも一緒に来てもらうよ」
そう言うと二人は「は?」と声を揃えて、ア然となった。
「今から色々仕込み始めるから少し待っててね」
「あ、あの……?」
「貴様……何を言って……?」
二人の疑問には答えず、笑顔で手を振って俺は部屋の外に向かう。
俺、今スゲー悪い顔してるだろうなーwww
でも仕方ないよな。面白い事思いついちゃったんだから……
部屋の外にいる零王や見張りの兵に見られないよう、外に出るまでに表情を元に戻したが、軽い足取りだけは直らなかった。
◎
俺は、獅子崎零王は、俺のためにあてがわれた部屋で一人悶々としていた。
それもこれも、あの『凡人勇者』に言われた言葉のせいだ。
美少女な姫と美人の女騎士。
あの二人と話した後、やけに執拗に凡人勇者は俺にこう言った。
「可哀想だから、なんとか二人を助けられないでしょうか?」
「このままでは何をされるか分からないでしょう?慰み物にされたり……」
「騎士隊大隊長の、勇者の零王さんなら、二人を囲えるんじゃないですか?」
「二人も、変な男の玩具にされるより勇者様に守ってもらいたいと言ってます。望む事はなんでもする、と」
……確かにあの二人はその……妙にグッとくる感じがした……
ヤツと話してからさらにその気持ちが強くなっている。
勇者として信用を築いているから、二人を俺の物にすると言っても何とかなるかもしれない。
だからと言って私情でそんな事してもいいのか?
ああ、クソ!妙にムズムズしやがる!
そんな風に悶々としていたものだから、部屋の扉がノックされた時には飛び上がるくらいに驚いていた。
「だ、誰だっ!?」
思わず声が裏返る。
一拍の間を置いて返ってきたのは、あの『凡人勇者』の声だった。
「すみません、零王さん。俺です、将人です」
「な、なんだよ、こんな時間に」
「本当にすみません。入ってもいいですか?」
「あ、ああ……」
本当になんなんだ?一体?
またさっきの話の続きか?
そう思っていると、少し扉を開いたヤツは姿を見せないままとんでもない言葉を俺に放り投げた。
「実は……どうしてもと頼まれて……リリアナ姫とエスティ嬢を連れてきてしまったんです……」
「は、はぁ!?お前っ!何やって……!?」
最後まで言い切るより早く、俺の部屋にあの二人が滑り込んでくる。
薄着に赤い顔。
異様に艶かしい二人の姿に、俺は息と言葉を飲み込んでいた。
「……あ……え……?」
気がつけば扉は閉まっており、ヤツの気配ももう消えている。
シンとした部屋の中。
二人が急に服を脱ぐ、その衣擦れの音がやたら大きく聞こえた気がした。
「ま、待つんだ……二人とも……」
「レオ様……どうか私達をお守りください……」
「私からもお願いいたします……どのような事でも、望むままに奉仕させていただきます……」
下着だけの姿となり、潤んだ瞳ですがってくる美少女と美女。
こんな状況で我慢出来る男などいるのかっ!?
断言しようっ!否であると!
俺の理性はそこでプツン!と切れた。
◎
「……という甘美な夢を見ているわけだ、彼は今頃」
「はわわわわ……?」
「き、きっさまぁぁぁぁっ!?私だけならともかくっ!姫様まで巻き込んでそんな淫らな妄想を語るなっ!」
闇夜の中、カンテラの明かりと月明かりを頼りに走る馬車。
その荷台で真っ赤になった顔を両手で隠して恥ずかしがるリリアナと、馬の手綱を握りながら憤慨するエスティ。
占拠された別荘をつい先程脱出した俺達は、朝を待たずの強行軍で領都を目指していた。
あの脳筋勇者が夢から覚めた時、どんな顔をするだろうか?
直接それを拝めないのだけは心の底から残念に思う。
誰にもバレない夜の中、俺の顔にはきっとひどい笑みが張り付いていただろう。