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おツルの恩返し

作者: N(えぬ)

昔話「鶴の恩返し」では、命を助けられた鶴が人の姿になって現れ、自分の羽を抜いて美しい布を織り、それを売り払うことで得たお金で恩を返すということになっています。鶴は、自然に抜け落ちた羽ではなく、翼から羽を抜いて使っていたため、布を織り進めるうちに体が弱り、やつれていってしまいます。最終的には、年寄り夫婦に自分が鶴であるということを見られて、別れを告げて去って行きます。しかし、鶴は、命を助けてもらってとはいえ、自分の羽を抜いて、やつれてしまうほどのダメージを受けてまで、恩を返す必要があったのでしょうか。もしこれがホンモノの人間なら、恩返しのために自分の髪の毛を引っこ抜いて、それで作ったカツラを売ってお金にしたとか、そんな話になってしまいます。鶴は、なぜそうまでしたのでしょうか。




 むかし、あるところに住んでいたおじいさんが雪が降り積もった道を歩いていると、田んぼの脇で、若い女が一人、倒れているのを見つけました。女は、息も絶え絶えに、

「一人で旅をしていましたが、雪の中で難儀をし、動くことができません。どうか、お助けください。」

 そういうのでした。見れば、女は、簡単な着物を着ただけで、雪の中を旅するような格好では無く、荷物もそれほど多くありませんでした。おじいさんは、それを少しいぶかしく思いましたが、確かに難儀をしている女を放ってゆくこともできず、助けてやることにしました。


 おじいさんは、女を家に連れて帰ると、おばあさんに訳を話し、元気になるまで介抱してやろうということになりました。

 暖かい部屋で、老夫婦に介抱された女は、翌日には元気を取り戻しました。

「おじいさん、おばあさん、ありがとうございました。ひとつ、おねがいがあります。わたしをこの家に、しばらくおいてはもらえないでしょうか。」

 老夫婦は、この女が、わずかな荷物だけを持って、着の身着のままで雪の中を旅してきたということを見て、はじめから「わけあり」だと思っていましたので、

「ああ、しばらくゆっくりしていったらいい。この辺りは、雪がとけるまで、ほとんど人も寄りつかないからね。」

 そう言いますと、女は、安堵した顔をして礼を言いました。


 女は、名を訪ねると、「ツル」といいましたので、

「じゃあ、おツルと呼ぶことにしよう。」

 おじいさんは、そう言いました。

 翌日から、おツルは、暗いうちから仕事を始め、火を熾し、湯を沸かし、皆の食事の支度も、すべて一人でやってしまいました。そのほかにも、家の周りの雪かきやら、雪に埋もれた薪を取り出してきたり、とにかく、何から何まで、

「わたしにやらせてください。なんでも、やることがあったら、わたしに言い付けてくださいまし。」

 そういいました。

 来る日も来る日も、おツルは、一日中、何かしらの仕事をし続けました。老夫婦が、心配して、「少しお休み。」といっても、「そうはいきません。やらせてください。やらせてください。」と、続けました。それは、助けてもらったことと、突然に家においてもらうことになった礼なのでしょうが、それでも、仕事ぶりは、鬼気迫るものさえありました。そして、数日が過ぎるうち、あまりに仕事をしたおツルは、最初にこの家に来たときより、やつれて顔色が悪くなる始末でした。


 数日が過ぎた頃、村の寄り合いで出かけたおじいさんが帰ってきて、

「なんでも、盗賊の一味の一人が、役人に追われて、この辺の山に逃げ込んだという話じゃ。」

 そういうと、おツルは、

「それは、本当ですか。」

 いつになく、強い調子でいいました。

「うん。何か気になることでもあるのかい、おツル。」

「いえ。ただ、怖いことですなあと思いまして。」

「ああ、きょうからは、戸締まりをしっかりしておかねばな。」

「はい。そういたしましょう。」

 うつむきかげんなおツルの、そのようすに、老夫婦は、互いに見合って頷くのでした。

 翌日、朝からおツルは、老夫婦の家に来て初めて、

「きょうは、雪もやんでいますから、少し村の中を歩いてみようと思います。残りの仕事は、帰って来たらやりますから、そのままにしておいてください。」

 そう言って、出かけてゆきました。

 もう夕暮れ時に近くなってから、おツルは帰って来ました。

「遅くなりました。すぐに支度をしますから。」

 おツルは、さらに少し顔色が悪くなったような、そして、顔を見られたくないのか、何を話すにも、わずかに顔を背けていました。出かけてどうであったかとか、そんな話は一切しませんでした。

 その翌日、老夫婦の家のそばにまで、武装した役人が数人、連なって探索してきました。家の中を改められ、家族の顔ぶれも見られましたが、老夫婦はおツルを孫娘と役人にいいました。しばらくすると、役人の伝令が来て、

「盗賊が見つかったぞ。村はずれの小屋の中じゃ。」

 そういいました。それで、役人たちは、「おお。」と声を上げて、伝令について去って行きました。走り去る役人たちの後ろ姿を、おツルは、戸口に立って、じっと見つめていました。

 様子を見てこようと、おじいさんは、また村の中心部へと出かけてゆき、日が落ちてから帰って来ました。

「やれやれ、盗賊は、村はずれの小屋に隠れているところを役人に取り囲まれて、斬り合いになり、結局皆、役人に切り倒されてしまったそうじゃ。」

 それを聞くと、部屋の隅で座っていたおツルは、胸元を押さえてビクリとしました。

「大丈夫かえ、おツル。」

「はい、いえ。斬り合いと聞いて、恐ろしいと思いまして。……でも、ようございましたナァ。これで、安心でございましょう。」

「ああ、枕を高くして眠れるというものじゃな。」



 翌日、おばあさんが目を覚まして、部屋をのぞいたときには、もう、おツルはいませんでした。おツルが使っていた部屋には、布に包んだたくさんのお金が置かれていました。

 おじいさんとおばあさんは、また二人きりになって、炉端に座って茶を飲みました。

 おツルがとにかく一生懸命働いたのも、彼女が残していった金も、そのときから、そしてこれから先の「老夫婦の沈黙」を願う対価なのでしょう。

 生活に余裕のできた老夫婦にたいして、村人は、しばしば、どうやって金を手に入れたかと聞きましたが、決まっていつも、

「ある雪の日に、罠に掛かって苦しんでいる鶴を一羽、助けてやったんじゃよ……。」

 そう話しましたので、何事も無く、静かに暮らしてゆけたのでした。


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