知識と運と運命と因果と宿命による五芒星(後編)
混沌とした麻雀は続く。
変な話だが鏡一狼はこの麻雀を結界どうので術を使い勝つつもりは毛頭無かった。
では何故、刀飾との結界バトルが繰り広げられているのか。
それは鏡一狼が刀飾が試行錯誤しているずっこい結界を悉く断っているからだ。
そもそも術を使うにしろ国士無双という役を作りたいのなら自分の山で作ればいい。
それをわざわざ鏡一狼の山から奪おうとするなんてご苦労なことだ。
経験者は多いが皆、それほど歴は長くない印象だ。
鳴きは無さそうだがどうにも愁一は油断ならない。
彼の手付きは中々見事でやはり本場中国で学んだのだろう。
それでも何故かあまり必死さは見受けられない。
カチャカチャと牌が音を立てる。
「知ってたかい? 最も有力な説は清の同治年間(1826-1874年)に寧波の陳魚門が明代(1368-1644年)からあったカードゲーム『馬吊(馬弔、マーディアオ)』と『骨牌』というゲームを合体させて麻雀を完成させたものらしい。
語源については麻布の上で行ったこと。竹製の牌を混ぜる時の音が雀の鳴き声に似ていることから付けられたとされるんだって」
「そんな話なら中国に行った時にちょっと聞いたよ」
普通はプロの麻雀ならば淡々と行われる。
しかし今回は身内が多いのも合間って和気藹々としている。
良いことだ。
戦略的に。
千明は頭を捻りながら本を捲り慎重に牌を並べる。
こういう時に鏡一狼に助けを求めないのが彼らしい。
「そういや愁一さんは中国にも行ったことあるんですよね?」
「うん。あるよ」
「そこにも狩師や魂送師はいるんですか?」
「そりゃあ、いるよ。こっちとはちょっとやっていることも名称も違うね」
「へぇー」
「ほら。中国は歴史が長いから。誰彼構わず狩師にする訳にも行かないでしょう」
「あ、そっか」
「だから国家組織に近いね。そもそも全体的に国家組織化しているかも。トップの上杉がそういう立ち位置だから」
会話をしながらも勝負は進む。
今は夜弥→愁一→千明→鏡一狼の順番だ。
一週して親が戻った。
勝負は中盤。
鳴きを仕掛けるか、タイミングを伺うかの重要な局面だ。
先述の通り順当に役を作ってもいい。
しかし刀飾がそんな生易しい手で挑んで来るとは到底思えない。
それは他、全員が理解していた。
心眼の術で探る必要すらない。彼女は案外、短気な気質なのは誰が見ても分かる。
千明も少し似ている気はするが彼は短気、ではなくツッコミ気質なのだ。
一方、愁一に緊張の様子は見られずのんびりとした動作だが確実に何かの役を作っている。彼は専らマイペースだ。昔はもっと天然だったけれど、そこは成長したのか中々計算高いので侮れない。
そもそも鏡一狼が作ろうとしている役は七星無凭だ。
七星無靠とも言う。
色Aで1-4-7の筋を集め。
色Bで2-5-8の筋を集め。
色Cで3-6-9の筋を集め。
かつ字牌7種を揃えることで成立する役だ。
牌姿を一見すると十三不塔や十三無靠と似ているが配牌時に宣言をする役ではなく国士無双と同じく手作りをして和了を目指す手役の一種である(ロンあがりも可能)。
役満もしくは満貫。
7種の字牌、(東、南、西、北、白、發、中)を揃え残る数牌部分はそれぞれの色で異なる筋の牌を集める。
例えば。
萬子を2-5-8の筋で統一。
索子を1-4-7の筋で統一。
筒子を3-6-9の筋で統一しているとする。
最終の和了形は、
色Aの1-4-7。
色Bの2-5-8。
色Cの3-6-9。
の計9種類の中から2枚なくなったものに字牌7種が加わった形となる。
なお字牌が全て揃っていないと成立しない、同じ牌があってはならないなど、いくつかの制約がある。
手作りを経る点や待ちのパターンが先述のように優劣を持つ点など十三不塔や十三無靠よりもむしろ国士無双に近い役であると解釈することも可能である。
十三不塔や十三無靠と違って定義に揺れが見られない。
しかし通常の面子の概念から大きく外れる役であることもあり現在の一般的な麻雀で七星無靠が採用されることはほぼないと言ってよい。
因みに中国麻雀では七星不靠の名で24点役として採用されている。
鏡一狼はあえてこの役を選んだ。
彼女が絶対に国士無双の役で上がろうとするのは明白だからだ。
本来ならば刀飾は憎き敵だ。
目の前に居られるだけで圧縮したくなる。
では何故、今回この勝負を受けたのか。
もちろん刀飾も憎い。
しかしあの時、一族全てを滅ぼされたのは一族の力不足であり己の責務だ。
それを刀飾に押し付けるほど落ちぶれてはいない。
「なるほどね。貴方らしいわ」
「……え?」
夜弥の言葉に千明が顔を上げる。
「それはどうも」
「……どうしたんすか?」
「あら。良い目をしている、と思ったけれど。分からない?」
「君、何かしたの?」
千明と愁一の二人の視線に鏡一狼は悪びれもせず両手を広げ答えた。
「当然。最初に言ったでしょう。俺の運なんてカスみたいなものさ。今回ありとあらゆる手を使わせて頂くよ。バレなきゃ良いのさ」
「えー!」
「あ、そうか。だからさっきから変だなぁと思ったら」
「そうよ。コイツ。中々悪どいわよ。貴方たちが何の役を作ろうとしているのか大体把握しているわ」
『えーーーー!!』
絶叫のユニゾンが響く。
「まずその本。オフィシャルじゃないわ」
「だろうと思ったー」
「マジで!?」
鏡一狼はにこにこと微笑む。
「知ってたなら教えてよ!」
「え、君の力なら気が付くでしょう?」
そんな愁一の言葉に鏡一狼は首を振る。
「いいや。千明はまだ完全に犬神の力を使いこなせていないんだ」
「と、いうか出さないように貴方がセーブしてるんでしょ」
「え、どうして?」
その問いに鏡一狼はしばらく考えて首を振った。
「……どうしてだろうね。彼に真の神、狗神の血統を完全に目覚めて欲しくないのかも」
「……え」
千明の牌を並べる手が止まる。
「……何故よ。狛犬すら統べる犬神では不満?」
「本当、君ってそういう考え方しか出来ないよね。そんな訳ないだろう。千明がこれ以上、人を超えた存在になって欲しくないのさ」
「……鏡一狼さん……」
「それは俺も同じだ。この勝負。こちらが勝ったら刀飾のその力、全てこちらに渡して貰おう」
彼女は不敵に微笑む。
「良いでしょう。では私が勝ったら……そうね。私の名前でも呼んで貰おうかしら」
『……え』
意外な要求には流石に全員が驚いて顔を上げた。
「俺の中の核では無く?」
「それはね……そうね、そんなものあったってねぇ。そもそも貴方の一族が貴方の心臓と同化してしまったのよ。つまり私は貴方を殺すわ」
「何を躊躇うのさ」
少し目を伏せた彼女は己の作っている役の牌を見つめながら溜め息を吐いた。
「何故かしらね。ここで貴方を殺したら、きっと私は愁一にもそこの犬神にも追われるわ」
すると千明はガタッと立った。
「俺は千明。暁千明。アンタは?」
「……刀飾夜弥」
「そう。その通り。俺は千明。アンタが鏡一狼さんに指一本でも傷を付ければ俺はアンタを殺す」
「千明!?」
珍しく鏡一狼は叫ぶ。
「良いんです。例えそれで犬神の血統が完全に目覚めても。俺はこの人の側にいる。血は繋がってはいないけれど。家族になれる」
「ふーん。それが貴方の願い?」
彼女の言葉に千明は首を振る。
「違うよ。それは願いじゃない。自分で手にいれるものだ」
「そうだね。俺もそうなったら君を殺してしまうかもしれない」
千明と愁一の言葉に鏡一狼は少し驚いた。
幾ら弱っている、とはいえ刀飾だ。
「そう。多少ヒトと触れ合って心に変化があったのか」
愁一はしばらく思案して鏡一狼に言った。
「そう思うのなら時間が欲しい。必ず君に断罪させる。それだけの感情と知識が彼女には必要なんだ。時間と人と触れ合う機会が必要なんだ」
「……え?」
千明は驚いた表情を両者二人に向ける。
「一族に核を埋め込まれた。中身は違えど。育った環境は違えど。俺と彼女は案外、鏡なんだよ」
愁一の言葉に鏡一狼は黙する。
確かにその通りだ。
鏡一狼は続ける。
「貴方の側には彼がいた。しかし私の側には誰も居なかった、という同情で良いなら。私の理解と目的が完遂されるまで待って欲しい、と頼んでも良いわ」
「……本当!?」
夜弥の言葉に愁一は立ち上がる。
「まさか正気で言っているの!?」
「当然。私は貴方の味方ではない。誰の味方でもないのよ」
トン、と牌が置かれる。
思った以上に愁一は混乱している。
それを悟った鏡一狼は眼鏡を外し刀飾に迫った。
「鏡一狼君!!」
慌てる愁一を止め鏡一狼は彼女の胸倉を掴む。
「しかし鏡。それは違う。君は大層な術しか使えない」
「何を言うのかしら。幸運マイナス」
「関係ないんだよ。そんなのどうとでも出来るんだ」
ズイッと顔を近付けられ、ぶっちゃけ夜弥は少し混乱する。
ミルクティー色の鏡一狼の髪と翡翠色の美しい瞳。
その瞳は宝石の如く青や浅葱色、翡翠色に輝き。予想に反して穏やかな瞳をしていた。
一体、どういうつもりなのかと。
そんな鏡一狼に刀飾が見とれている間に鏡一狼はちゃっかり牌の位置を素早く並び替える。
見事な手際に愁一も千明もぶっちゃけ呆れる他ない。
そんなことお構いなしで鏡一狼は刀飾の顎を人差し指でつうっとなぞる。
それは艶かしく。魅惑的に。誘惑的に。
「……っ!」
「世間知らずのお嬢さん。俺は術では到底勝てない。けれど一発逆転、というのはあるのさ」
「それは……どういう……っ!」
「説明が必要なんだ。刀飾も落ちたものだ」
「……っ!」
鏡一狼はいつもの癖で眼鏡を掛け直す。
「いいかい。俺が仕込んだ手はまだある」
『まだあるんかい!!』
愁一と千明は同時にツッコミを入れる。
「当然。まず、全員に配られたコップ」
鏡一狼は全員、一人づつ用意されたコップを指差す。
「何だ。ただのコップじゃん」
「持ち上げる度に君たちの並べる牌が光の反射で見えるけど」
「……」
「……」
「……」
鏡一狼の言葉に全員が黙する。そんなことお構いなしに彼はスッと上を指差す。
「そして、この照明」
「え……それもまさか……」
刀飾の言葉に鏡一狼は微笑む。
まだまだ他にもあるのだけれど。それをわざわざ説明する義理はない。
なんと鏡一狼はそのまま刀飾の唇を唇で重ねた。
一同、騒然だ。
彼女の牌を持つ手が落ちる。
途中、鳴きでアガってしまおうかと思っていた愁一すら手を止める。
「こういう時は目は瞑るんだよ」
「な、なななっ何を!!」
「ふうん。意外と初心な反応」
「……っ、……っ!????」
唇が放れると、つうっ、と唾液が光る。
それでも鏡一狼は余裕そうだ。
その唾液を拭い何でもない様に着席する。
「運が無くとも俺には一族が残した知識がある。記録がある。暁家が与えてくれた常識がある。力なんてね、そんなものの一部なのさ」
「それは貴方が勝ってから言いなさいよ」
「……君って、本当に何も分かってないんだね。少し哀れに思えて来るよ」
鏡一狼ですやれやれ、と何でもない様に席に戻る。
千明は慣れているのか黙々と本と睨めっこだ。
オフィシャルではない、と言われているにも関わらず。
「術で勝てもしない。運で勝てもしない。だから知識なら、ってお話でしょう。そんな、下らない」
「それは君に直接言いたいね。勝ってからそう偉そうに言えば」
「……え?」
「……あ、え、……これは……リーチだ!!」
その時。千明は叫ぶ。
「清一色!!」
そして役が綺麗に公開される。
一部を除いた全員がまさか、と彼の作っていた役を見る。
「……本当だ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、これって……」
「え?」
千明は見事に清一色を完成させていた。
「あ、でもこれって牌が少ないような……」
「問題ないよ。今回は役さえ作れれば良いのだから。しかも君は」
「……その説明云々も貴方の手の一つね」
「ご名答」
鏡一狼は満足気に微笑む。
見事に並ぶ数字は美しい。
「すごい、見事に清一色だ」
「え、……これって、俺の勝ち!?」
千明の言葉に全員が頷く。
普通は喜ぶのに。何故か彼はワタワタとしていた。
「……ねぇ。貴方、何かしたでしょう?」
「あ、そうか! そういうことっすね!! 鏡一狼さん!!」
「失礼な。してないよ」
『え……』
鏡一狼の言葉に再び全員が黙する。
「皆、彼の運の良さを甘く見過ぎだよ」
「ちょ、ちょっと。貴方、私とカジノ行かない??」
「え? 興味ないんで行かないっすよ」
「何故……何故よー!! これだけの才能があって!!」
そんな二人の会話を愁一と鏡一狼はにこやかに眺めていた。
「途中のズッコイことしました~って動作は何?」
「あれはただの目眩まし。実際は何もしていないよ」
「……このゲーム。君は千明君が勝つだろうって最初から分かっていたね」
「まあね。愁一がここまで出来るのも少し意外だったけれど」
「接待で仕方なく」
愁一は両手を広げる。
「で? 貴方は何を望むわけ」
「え……あ、そうか。勝ったら何か言うこと聞いてもらえるんだっけ?」
千明の言葉に全員が頷く。
そして千明はしばらく、うーん、え~っと、うーん、と悩んでいた。
愁一としては彼が何を望むのか興味深い。しかし鏡一狼は彼が何を願っても良いのか普段通り。千明が作った重箱のお弁当から自らが食べられそうな食材を選びまた美しい所作でそれらを食している。
「何だって良いじゃない。例えば、この小姑から逃れたいです。とか。滅して下さい、とか」
「うーん……あ、ないや」
千明は夜弥の言葉を無視して言葉を発する。
『えーーーー!!!!』
「だってさ、夜弥……さん? は簡単には鏡一狼さんを殺せない。愁一さんは思ったより全然好い人だし」
「お、俺に不満……は?」
鏡一狼の質問には考えもせず千明は即答する。
「あるけど、願う程の事でもないっす」
そんな千明の言葉に彼以外の全員が脱力した。
こうしてなんちゃって麻雀(千明命名)は幕を閉じる。
二人はまた次なる戦場へと向かっていた。
「結局、これってなんの意味があるのかしら?」
夜行列車の中。
夜弥の手には千明が作ってくれた弁当箱が置かれていた。
「そんなの。後で考えれば。君は永遠を目指すんでしょう?」
「……今の私なら分かるわ。それは皮肉ね」
夜弥はそのお弁当の中から厚焼き玉子を箸で詰まんで食べた。