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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第零章 九尾のきつねの琥珀さんをご奉仕します!!
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ご奉仕その九 私も貴方を愛しています!

 

 その光景はただ、美しく。美しかった。

 輝く神社。その中のお狐様。八本の尻尾は光り輝き、様々な柄の帯が解き放たれる。うっすらと、開かれる瞳は黄金の瞳。


 琥珀はゆっくりと起き上る。頬に銀色の紙が流れ、落ちる。しかし、表情に悲しみはない。喜びも。あるのは無だ。


 これは、本当に俺の知っている琥珀だろうか?


『ようやく本性を出したな、女狐よ!』


 面の男は帯を掴むと、ピンッと刀のように伸ばした。これがこの男の武器か。琥珀に向かって突っ込もうとするので俺はバットを持って止める。キンッと音が響いた。


『ええい、邪魔するな!』

「するさ! 愛してる、って言っちまったしな!」


「無駄だ」


 これは琥珀の声か? 静かで重い声だった。琥珀は緩やかに、神々しく動く。まるで感情が抜けて月に帰るかぐや姫のような。


「琥珀?」


「その一尾。役目を果たしなさい」


『な……』


「琥珀? 琥珀!!」


「貴殿の役目、忘れたか」

「役目?」


 俺は項垂れる面に向かって尋ねる。


『我が役目はお狐様の封印です』

「なっ!」

『私はお狐様の最後の一尾として、ずっとお狐様をお守りする存在。しかし、お狐様は月よりの使者に射られ、死さえ覚悟した時に私を斬り放し言ったのです』


 俺が聞いていた話と違う。琥珀は確かに俺の側面に射られた。しかし、なんとか生き残って今までカツカツの状態で生活していたんじゃないのか?


「この私を封印して下さい。私は神力のせいで自分では死ねぬ身。これ以上、他人に迷惑をかけるぐらいなら、朽ちた神社に封印して下さい」


 琥珀は言った。俺は琥珀に駆け寄る。


「琥珀! 琥珀!!」


「良いのです。ありがとう。貴方のおかげで私の邪が消えました」


「なんで……」


 俺は崩れ落ちる。俺が好きだったのは、あの無垢で、無邪気で、怠惰で、悪ふざけが過ぎて、自分の自慢が大好きな、猟奇的な女狐なのだ。自分でもおかしいと思う。美人で、お淑やかで、何でもしてくれるような。普通はそんな女性を愛するのだろう。


 けれど、俺は楽しかった。ずっと一人だった俺は初めて怒り、呆れ、そして笑った。琥珀がもう怠惰だから、俺がそこまで畏まる必要もなく。普段している勉強やロードワークをするだけで彼女は無邪気に俺を褒めた。


 駄目で良いのだ。我が儘でもいい。


 彼女はずっと、俺が言えないから。言わないから。代りに言っていたのだ。


「さあ、早く」


 まさか、彼女は始めからすべての尻尾が戻ったら封印される気でいたのか?


『御意』


 勝手にさせるか。そんなこと。面の男の後ろに揺れる尻尾を掴む。


『なっ! お止め下さい!!』

「お前、本当は琥珀に消えて欲しくないんだろう? だから全力で琥珀から逃げたんだ」

『な、なぜ……』

「そんな理由がなきゃ、俺は……俺の側面は、……月臣はお前を匿ったりしない。琥珀は本当は善い狐なんだ。違うか?」

『何故、分かるのですか……』


「俺は、俺。俺はあの人、月臣の側面だから。何となく分かるんだ」


 そして、気持ちも共有出来るのだ。彼が考えていることが、思っていることが。分かる。俺はそれが少し嬉しかった。今までは一人だったけれど。今は月臣がいる。常に一緒にいなくても、姿が見えなくても分かる。


「……ご主人様が……まさか、月臣?」

「なんだ……気が付いてなかったのか? そうだよ。俺は瀧臣であり、月臣でもある」

「それじゃあ、私は……まさか」


 琥珀は崩れる。


「例え、そうであっても。この思いは俺だけのものだ」

「なぜ、そう言い切れるのですか! あの男が慈悲を持って私を逃がしたのは分かっています。でも、もしかしたら、そこに」

「愛情はない」


 ハッキリ言い切る。俺だから分かる。月臣は琥珀を助けたかったんだ。いいように人間に唆され、穢され、騙されて、搾取され続けた琥珀をどうしても助けたかった。しかし、月臣は契約で人間は殺せない。だから琥珀を射るしかなかったのだ。


「……そうか」


 俺は、持っていかれて、脳裏に映された映像を見るように感じる。


 これが琥珀の過去。


「違うんだ。琥珀。琥珀は地球に来て始めて出会った人間以外の人間の姿をした者だった。だから幸せになって欲しかった。憎しみを蓄積したまま封印なんてしたくなかったんだ。そして、自分で見つけてほしかった。本当に、愛する者を」


「でも、私……いいのですか? 誰かを愛して。こんな、何も出来ない狐なのに」

「いいんだ。それに、琥珀は何も出来ない訳じゃない」


 とん、と琥珀を抱き寄せる。俺の制服が涙で濡れる。


「え……」

「俺を愛してくれるなら、それでいい」

「……ご、」

「だからもう、そんな人形みたいなフリはするな」

「ご主人様~!!!!」


 がばっと琥珀は俺に抱きついて、狐なのにわんわん泣いた。


「俺はもう『ご主人様』じゃねぇよ」

「では……なんとお呼びすれば?」

「あれぇ? 何、覚えてねぇの? じゃあ、殴ったら思い出すかな?」

「ちょ、突然、いつものテンションに戻るの止めて下さい!!」


『……本当に、良いのですね?』


 ずっと見ていた面は俺に言った。


「ああ」


『御意に。我らが主人よ』


「え?」


 その瞬間、神社は光輝く。光があるから影がある。光が強ければ、影も強くなる。どこからかは分らないけど、俺は遠くから月臣の力を感じた。


「ありがとう。月臣さん」


 難い、と思った時もあった。知っているなら、何故俺を仲間に入れてくれなかったのか。まるで無視するみたいに。でも俺は悟る。強い力を持っていると、それだけ予期せぬことが起こるから。記憶もなくて、力の使い方も分らない俺を月臣はあえて切り放し、普通の人間として違えた存在にしたのだ。


 それが、再び繋がる。


 俺が手を伸ばす。


「え?」

「大丈夫。二つに分かれたものが一つになるだけだから」

「そんな、それこそ、そんなことしたら貴方が……」

「大丈夫だ。信じろ」


 琥珀はただ、頷く。


 空の光。空の虚無。銀の輪。輝き。その月から、俺の失った力と、記憶が送られる。


 ああ、もう一人の俺は本当に俺に似ているけれど、やっぱりちょっと違う。孤高で、気高く、偉そうで、でも少し脆くて。側面だからか、全然真逆の所もある。これが俺。


 俺は再び瞳を開く。月臣とは違う、月色の瞳の色。その姿を琥珀は呆然と見上げていた。


「……ご主人様……いえ、瀧臣?」

「あ、そういえば、俺、お前から返事聞いてねぇけど」

「そ、……そんなの、私も貴方を愛しています!!」


 琥珀はいつもの調子で泣き出した。



 それから、数日が経った。琥珀は相変わらず、俺の部屋でだらけ、俺はひたすら野球に打ち込み、甲子園で優勝する。


『こら! 琥珀様! いつまでだらけているのです! 瀧臣の球団が決まりましたよ!!』

「そんなの、どこでも同じです~」


 結局、俺はあの寮から引っ越した。今は東北の帝王、星、なんて呼ばれているけど上手くやっている。琥珀と、小姑のような面。俺は面歌舞伎と呼んでいる。え? 一緒にしなかったのか? うん、そう。しなかったんだ。だって、ずっと琥珀を見守っていてくれてたんだ。彼にだって自由を知る権利がある。


 ハッキリと言える。俺は今、幸せだ。まだ若いし、球団の中では若手だけれども一人じゃない。


 あれから、一度も月臣とは繋がらない。


 俺に力を与えたのなら、弱ってなければいいけれど。


 今日は満月。


 俺は家への道を歩きながら夜空を見上げる。


 うん、きっと、あの人なら大丈夫だろう。


 そして走った。家から変な匂いがする。思いきり扉を開くと、琥珀が鍋を焦がして泣いていた。

 ずるずると肩のスポーツバックが下がる。


「なんだ、これ……」

「ふぇええええ!! 瀧臣のホームラン祝にカレーを作ろうと思ったのです! コイツが美味しいって言うから!」

『私は月臣が作っていた通りの手順を説明しました! なのに琥珀様はどれ一つ、正しく……』

「わかった、分かった。俺がやるよ」

「わかるの?」


 ぴこん、と琥珀の耳が揺れたので俺は頷く。


「でも疲れてるんじゃ……」

「あー。そうだな」

「じゃあ、癒して下さいね!」

「……俺がお前を、な?」

「そして、私が貴方を。お帰りなさい」


 琥珀はめいっぱい両手を広げ、俺に飛び付いた。


 ハジメテの言葉。貴方だけの言葉。唇が自然と重なる。


 ああ、今日の月はどうだっけ。そんなの、どうでもいい。


 きっと今日も月は世界のどこかで輝いているのだから。




 I'll meet in night when I drown.

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