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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第十一章 Month Living In Seclusion
75/111

第一夜 十六夜

 

 真っ黒な海に真紅の橋がライトアップされる。


 近くの豪華船内には日本有数の金持ち達が宴を繰り広げていた。

 場違い甚だしいのは分かっているが英治はその中でウェイターとして酒を注ぎ回っている。

 ジ、ジジと無線が入った。


『上杉警部、こちら可愛い子三名発見しました、どうぞ』


 この馬鹿は公貴だ。


「今度無線を悪ふざけに使ったらぶっ殺す。どうぞ」

『こっわ、そんなにギスギスすんなよ。こっちの守備は上々だ』

「でなきゃ困るんだよ! これからは緊急以外無線通すな。怪しまれる」


 無線を切り英治はため息をついた。


 回りは着飾った金持ち達だ。だがその中にやたら雰囲気の鋭い男女が世話しなくウロウロしていた。

 彼らは全員警察官である。勿論己を含めて。



 ああ、せっかくの数少ない非番だったのに……。

 ただでさえ、あの謎の姉妹の血統調査で忙しいってのに。



 穏やかに寝ていた午後。弟の純太に電話で叩き起こされたのだ。


『助けて、兄ちゃん!! 俺じゃむりぃい!!』

「あぁー?」

『怖っ!! 二課だけじゃむりぃい!!』

「知らん。俺非番」


 と、二度寝をしようと決めた矢先。


『狙われているのは冥福のエンゲージリング!! 資産家が開く展示会に出せって!!』


 純太の怒声が電話から響き、もう一度英治はもっそりと起き上がる。所々、寝癖が凄い。


「はぁ?」

『今、持ち主が分かってるの兄ちゃんと義輝さんでしょ?』

「あのアホ長女は?」

『最近は大人しくしてるし、彼女も指輪持ってるから違うよ』

「……はー」

『面倒くさがらないでよ。交通にいて公安にる兄ちゃんならどうにか出来るでしょう?』

「お前はもうちょいプライド持て」


 英治はジャージを脱いで歯ブラシを咥える。

 ただでさえ、鬱陶しく賢い桜小路に年がら年中付きまとわれている状況だ。

 彼は賢い。

 だから面倒ではないが、賢いが故に面倒なのだ。




 英治は今、警視庁公安部の警察官だ。

 自分で言うのもあれだが26才で警部とは結構出世した方だと思う。

 普段はディスクに鎮座し、部下の仕事を見張りながら黙々と始末書を捌いていくのが英治の仕事だ。


 もちろん極秘任務もあるが、ただ今回は違っていた。


 冥福のエンゲージリング。桜小路鏡一狼の話が正しければ、そんなものを狙うのは奴らだけだ。


「さあ! 皆様! 今宵は夜の神秘、Naitomea Mirage、ブラックダイヤモンドの展示会にようこそいらっしゃいました!!」



 ブラックダイヤモンド。これが刀飾の獲物だった。


 それは冥福のエンゲージリングと呼ばれ、ホワイトダイヤモンドと二つで一つの代物だ。


 今回、展示されているものは英治か義輝か。どちらの物か見掛けだけでは分からなくなっている。


 ただ、あの亡国に行くにはこの指輪が必要だ。


 今、判明している指輪の対は四つ。英治とケイの物。義輝とカイウスの物。


 女王マリリンの物はまだ世に出されていないし、彼女の婚約相手も正式に公表されていない。


 どっちみち狙われるのはこの指輪のどれか。


 船内が暗くなり、警備が一層厳しくなる。

 今回、英治はここの現場指揮を任されていた。


 ならば好都合。


「今回の展示会、なんとあのSpace Mirageからも是非参加を希望したいというご要望がありました。もしかしたら皆様の中に混じって参加しているかも知れませんね」


 司会の話に皆クスクス笑うが冗談じゃねぇ。


 そのはた迷惑な怪盗のせいで一体何人が動いてると思ってる。


 どうせ、刀飾に雇われただけの連中だ。


「へー、マジに怪盗なんかいるんすかね? ウェイターさん、一杯下さいッス」

「只今…!」


 暗がりに声をかけてきたのはゲストとして参加している俳優の上杉寧斗だ。一応、兄であるが純太に強制連行されたらしい。あまり親しくし過ぎると不自然だ。


 他人のふりで会話する。


「さあ……ニュースで予告状が届いたと言ってたのは聞きましたが……」


 なるべくとりとめの無い会話を続ける。


「ああ!! 俺も見たッスよ! でも確か、夜色の宝石を奪いに参上します、ってだけだったじゃないッスか」


 こんな時に、やたら喋る奴である。

 英治はその間に外の様子を索敵していた。警備は通常警備。過剰でも、少な過ぎても駄目だ。



「確かに。しかしあの宝石の色で間違いないでしょう。展示会の日取りも近かったですし、何より時価一億は下らない宝石です」


「詳しいッスね。でも…あの宝石綺麗だと思うッスか?」


 ステージに筒上のガラスの中に入った巨大なブラックダイヤモンドが現れる。盛大な歓声と拍手。


 しかし、様々なライトに照らされた宝石は「夜空」とは言えなかった。

 だがそこは腐っても宝石。綺麗に決まっている。


「綺麗じゃないですか。夜の化石と呼ばれるだけありますね」


「駄目ッスね。全然分かってない。俺は夜の化石が欲しいんじゃなくて、夜が欲しいんすよ。」


「…は?」


 何言ってんだ? コイツ?


 上杉寧斗がそう言った瞬間、会場のライトというライトが割れた。


 パリン、という破裂音、悲鳴、一気に会場は混沌と化した。


 やべぇ、出遅れた!!



 外に集中していたせいで一歩出遅れたのだ。


「公貴! ステージ!!」


 部下に向かって叫ぶ。


『分かってら!』


 ステージに向かって走ろうとした瞬間、何かに腕を掴まれる。


「何す……」

「……うわあああああああ!! Space Mirageだ!!」


 観客の悲鳴に向かって警察官達がライトを向ける……。


 って、俺に向けてどうする!!


 いや、手を掴んでいたのは全身ライダースーツで真っ黒の男。


「お前……!!」


 いつの間に!! どうやって入った! 会場の人間はオールクリーンだったはずだ!!

 mirageと言うだけあって変装の名手であるためその可能性も考え厳重に英治はチェックしていた。


「Space Mirage!! 私の宝石を狙って来たのだな!! だが宝石は戦車でも破壊できない特殊防弾ガラスに密閉されている!! 捕れるもんなら捕ってみろ!!」


 この式典の主催者の資産家が吠える。


 会場には震えながらも拍手が起こる。怪盗は英治の腕を引っ張りながらステージに向かった。


 つーか、はなせ!! この!


 腕を噛もうとした瞬間、抱き上げられる。

 ライトが一気に集中し眩しい。


 違う……寧斗じゃねぇ!!



 もしくは、もう寧斗は刀飾にハッキングされショートしているのか。

 この状況は不味い。


「……と、言うかさっきから何だね? そのショボいウェイターは?」


 資産家が指さし聞いてきた。


 うっせえ!! ショボくて悪かったな!!

 英治は心の中で思った。


「上杉警部!!」


 公貴の声にハッとし、なんとか拘束を解いて逆に捕まえられないかもがく。回し蹴りを放つが交わされた。


「はぁーあ。ほーんと分かってないね」


 ヘリウムで変えられた音声にゾクリと鳥肌がたつ。

 そりゃ、人は殺してないけどコイツは立派な犯罪者だ。


 こいつは本当に寧斗なのか?


「誰がそのショボい宝石取りに来るっつったよ」

「何だと!! この黒を見てなんてことを言っているんだ!! じゃあ、貴様は一体何を盗みに……」


「こんの!! はなせ! 死ね!!」


 ジタバタもがきゲシゲシ蹴る。必死でやっているといつの間にか会場がシーンとしていた。


「……な、まさかそのショボいウェイター?」

「ま、まさか上杉警部?」


 俺はグイッと顔を掴まれ会場に向けられた。


「この瞳、頂戴します」


 ライトの光と暗闇のコントラストが目に痛い。一体何が起こってるんだ!?


「……っっ!!」


 会場の人間と資産家が息を飲んだのは分かった。


 しかし理由は分からない。


「ねぇ。知ってるでしょ。あの門は指輪だけじゃ開かない。三つの番とそれぞれの指輪が必要だって」

「……お前!!」


「さて、見せびらかすのはここまで。これは俺の物だからね」


「上杉警部!!」

「警部!!」


 ステージの天井から黒いワイヤーが落ちてきた。


 クッソ、訳の分からないまま捕まってたまるか!!


 英治は渾身の拳をみぞおちに叩き込むが、ボディに決まる寸前黒い手に止められた。

 チッ、こいつ出来る!

 天井から小さな爆発音がした瞬間、闇色の空が表れる。


「そんな暴れないで。悪いようにはしないから」

「お前、宝石を盗む泥棒だろ!! 人なんか誘拐してどうする!!」


 ワイヤーが男の腰に巻き付けられた接続部と結合し英治と男は天井に上がっていく。


 マジでどうにかしないとやべぇ。


 相手は寧斗の可能性もある。

 出来れば腰に隠してある拳銃は使いたくなかったが手段を選んでいる暇はない。


 豪華客船のステージはラウンド状になっており、男と英治はその白いドームの天辺にいた。

 観客達は皆ラウンジに集まりその一点を見上げている。


「いたぞ!! あそこだ!」


 素早く拳銃を抜き構える。


「一体どういうつもりか知らねぇが俺は公安の刑事だ! 手を挙げてそこを動くな!!」


 観客達の歓声が起こるがこれは見せ物じゃない。


「無理だよ。貴方に俺は撃てない」


 黒い男はどんどん近づいて来る。引き金に手を掛けようとした瞬間、抱き締められた。


「……っ!?」

「やっと捕まえた」


 動揺はしてるが、遠くに聞こえるヘリの音だけは鮮明に英治の耳に聞こえた。


 ズドドド、と言う音と共に海に銃弾が走る。


「きゃああああ!!」

「我々ごと撃ち落とすつもりか!!」


 この無茶苦茶な狙撃、間違いねぇ!!


「尋也!!」

『ちーっす。大丈夫かー? 英治』


 緩い無線が入る。


「だから名前で呼ぶなって……うお!?」


 俺は黒い男に抱き上げられた。


「チッ、後少しって時に」

「……お前、本当に寧斗か?」



 英治は真っ直ぐ、その男の額に銃を向ける。


「なぁ、知ってるか? 泥棒が一番油断するのはなぁ……」



 その時、ガシャンッと天井の硝子が割れる。

 落下するように着地するのは愁一だ。


「獲物を捉える瞬間、ってね」


 愁一は真っ直ぐ、刀を男の首横に当てる。


「お前……殺せるのか? 俺を?」


 最早、寧斗かも分からない。何者かの声がする。


「俺は特殊法人特務防衛機関、通称 Lunar Eclipse。略称L.Eの社長だよ。俺は君に依頼されたんだ。上杉寧斗に依頼された。家族を守って欲しい、ってね」


「……獅道先輩!?」


 その男の後ろに刀を構えた愁一が立っていた。ピッタっと刃を頭に押し付ける。


「っち、本当邪魔者ばっかりッスね。まあいいや。計画通りだし。ねぇ、上杉警部」


 男は俺の耳元で囁いた。




「お願い、早く俺を捕まえて」



 そして男は海に飛び込み姿を消した。



 ……一体何なんだ!



 呆然と海を見つめていると、また腕を捕まれた。





「はいはい、上杉警部ー! 通信でーす」

 ……この声は。

『今晩はー。お馴染み桜小路でーす!』

「……」

『そんな嫌そうな顔しない』

「見えねぇだろうが」

『今回の犯行が刀飾である可能性は間違いない。ただ、上杉寧斗が完全にハッキングされたかは再調査が必要だね』


 通信は切れる。


「っとに!! 泥棒は取り逃がすは機動隊は勝手に動くは俺は首だろ! これ!!」

「そうか? ここの宝石がターゲットだって言ったのは上層部の連中だぜ。まっさか誰もお前がターゲットだったなんて思ってねぇよ。その本人が無事だったんだしいいんじゃね? 上杉警視正は自業自得だ」

 公貴が自棄糞に言った。

「俺は後で上層部に責任押し付けるんでダイジョウブデース」

「上層部……って義輝じゃねーか!! げっ! アイツにまた借り作るのかよ!!」

「英治、無線で義輝さんが後で酒一升瓶持って来いだと」


 生真面目に昇進した足利義輝は今や刑事部長だ。


「っち、しょうがねぇな。撤収!! 全員チリ一つ残すな。暴発した爆薬は回収!! 会場内及び天井のライトは隅々まで調べとけ! 乗客は事情聴取!!」


 するとラウンジにいた観客、バーテンダー、音楽家、半数以上の人間が素早く立ち上がり着飾ったアクセサリーを外し、police、と言う文字が入ったジャケットを羽織り白い手袋をはめていた。


「は、え? ええぇー!?」


 オロオロするのは開催者である資産家と半数の金持ち、芸能人。


 ……上杉寧斗?


「すごいッス!! ドラマみいだねー!!」


 本来ならば、寧斗はこちら側の人間だ。

 即、捕まえたいが、今の状態ではそういう訳にも行かない。


「待て、これは一体どういうことだ!!」


 資産家が吠える。



「覆面捜査員です。会場の景観を壊さないためとか何だって言ってましたけど、提示された警備員の人数では明らかに足りなかったので紛れ込んでもらいました。気が付かなかったでしょう?」


 英治がそう言うと、資産家はへにゃへにゃ座り込んでしまった。

 公貴がいい気味だと笑っている。


 突然、尋也に腕を掴まれる。


「何!?」

「下までお送りしますよ。上杉警部」


 尋也はヘリから下りている梯子に捕まった。


「その格好、似合ってるじゃん」


 全身真っ黒の機動隊防護服。尋也はこれが嫌いなのだ。


「ああ。ショボいって好評だったぜ」


 梯子の上でそんな言い合いをしている間もピシピシと突き刺さるような視線を感じる。


「アレ。どう思う?」

「微妙だな、演技の可能性も捨て切れん」

「ったく、厄介だぜ。簡単に捕獲出来ねぇじゃん」


 英治をラウンジまで送った尋也はヘリで颯爽と去っていった。



 上杉の逆ハッキングとは厄介なことをしてくれる。


「で、獅道先輩?」


 愁一はどうやったのか……聞くのも面倒だったが、刀を背負ってラウンジに立ち英治と向き合う。


「何かな?」

「その依頼。今すぐ取り消して下さい。護衛が必要なのは俺じゃない。寧斗だ」

「それは許可出来ない。この会社の決まりなんだ。早い者勝ち。先に君の護衛を依頼したのは寧斗さん」

「チッ……」

「まあまあ。今はともかく寧斗さんを探そう」




 寧斗は既にこのパーティー会場から姿を消していた。


 やはり、あの姉妹は刀飾と何か関係があるのだろうか。夜空を見上げると十六夜の月が出ていた。

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