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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第十章 Strawberry Moon
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第一限目 華麗なる教師の日常

 今更、名乗る必要もないでしょう。

 私は鳩里桂一。出身は……まぁよしみで東北及び北海道の何処かです。しかし、上杉の要請で仕方なく数年前から狩師をしています。

 彼らは仕事さえしていれば文句は言いませんから、ギブアンドテイク。そこに心情はありません。ま、上杉が管理しなければ結局地上は混沌としてしまうので彼らの存在は重要でしょう。


 私? 記憶はそこそこありますよ。それについては追々。


 現在、二十代後半。校内的な地位は教頭目前。しかし、その前に些かの面倒を片付けなければなりません。





 夕刻、高校のチャイムの音が鳴る。


 進路に月臣を教師に進めたのは桂一だった。

 彼は優秀だからこのまま神社の神主を継いでもいいが、それではあまりにも彩りのない人生だ。


 夕暮れ時の保護者も来ない三者面談で桂一は月臣と話した。

「教師……? 俺が?」

「ええ。向いていると思いますけど」

「大変なんだろう?」

「そりゃまあ、勉強はそこそこ。貴方なら問題ないでしょう?」

「そうかも……しれんが」

「ついでに、貴方の人間不振のトレーニングにもなる」

「更に俺が卒業した後の悪霊退治の心配も無くなる」

「確かに、それが本音ではありますけどね」


 桂一は優雅にお茶を飲んだ。この話には勝算がある。


「そもそも、悪い話じゃないでしょう? 貴方は向いてますよ」

「そう言われても……」

「二年間、キッチリ生徒会長を勤めた。その姿を知っていますから。堂々とした人格。見かけ以上の知性。学校は特に小さな噂話から悪霊が発生しやすい。貴方の狩師はその情報収集力に長けている」

「そ、……そんな、なし崩しに言われても困るが、確かに嫌な選択肢ではない」


 実は彼は知らない。彼は押しに弱いし、褒められるのも、好意を寄せられるのもとても弱い。

 それは月臣の人の良さもあるが、彼は少々清廉潔白過ぎるのだ。



「役所、他は貴方には向きませんよ。上杉もいますしね。人手は充分でしょう」

「それは理解している……しかし」

「教師について知りたいことは概ね教えますから、これにさっさと書いちゃって下さい」


 桂一は進路希望の用紙を強引に月臣に渡す。


「……えらく強引だな」


 と、言いつつ月臣はシャープペンを取り出しカチカチと芯を出していた。


「数年なら我慢しますが魂送師の減った高校は大変なのです」

「ま、そうだろうな」

「貴方ほどの強力な魂送師がいれば安心です……」

「……なんだ、微妙な間は」

「しかし、困りました。貴方が卒業すると一気に魂送師も狩師も減るんですよ」

「それは申し訳ない」

「しかも、上杉に構う状況。仕方ありません、こちらで試行錯誤しましょう」

「天草は……」

「了承は得ています。しばらく別行動です。これでも一応校内担当、ですから」

「……愉快な傍観者の間違いだろう」

「今回もそれで終わらなければ良いのですが」

「やっぱり、お前楽しんでいるだろ!」

「ええ。人生、楽しんでなんぼですよ。貴方、何年生きているんですか? 少しは娯楽を覚えてもいいと思いますけどね」

「……少しは否定しろ」

 月臣は呆れた表情で言った。





 桂一の中で、彼の進路が教師であることは必須だった。

 今期の生徒たちは一概を覗いて比較的穏やかで、いい生徒たちだった。


 いつの年でもそういう訳ではないのだ。



 そんなこんなで、少し強引に一ノ宮月臣には藤堂高校教師になってもらった。

 目論んだ通り、彼は向いている。

 彼ならどの教科の教師にもなれるだろうが、意外にも科目は日本史だった。

 新任から新任とは思えない見かけとは離れた豪胆さ。

 教えるのはもちろん、上手い。何せ軽く千年以上は日本にいたのだ。あれやこれや、ミステリアスなオーパーツにも詳しい。人気が出るのも頷ける。

 今では昼にどのグループが月臣を取得するか、という謎のゲームが流行っていた。


 しかし、テスト前ともなると流石に職員室に生徒の立ち入りは禁止となる。

 月臣のディスクは桂一の隣だ。その方が都合がいい。


「殺人事件?」


 彼のお弁当のたくわんを掴む箸の先端がクロスする。カチンッとたくわんと白米が弁当箱へと落ちた。


「ええ。しかもここ最近」


 一気に顔が険しくなった。もう一度、丁寧にたくわんと白米をちゃんとしたバランスで掴み咀嚼する。

 彼は食べることが好きらしい。

 しかも手作りの凝った美味しい食事。桂一はどちらかと言えば食事は少々面倒だと思う質だ。草木、空気から霊力を得られるのならばさほど必要はない。


「それは……刀飾とは……」

「関係ありそうです。おそらく。無差別……と、言いたい所ですが、主に狙われているのは若い子供。女ですね」

「最悪だな」

「ええ」


 しかし、月臣は次のおかずに行く前に桂一の様子を伺った。


 最悪、という割には表情は淡々としている。


 さて、様子を見るに桂一には何かしら思う所がある。


 仕方なく、月臣は味噌汁の入ったポットの蓋を回して開封する。蓋が器になるのではなく、そのまま飲めるタイプなので念入りに味噌汁の温度を下げた。


「今晩、狩に行こうと思うのですが……」

「その殺された魂をか?」

「……いいえ?」


 桂一の瞳は灰色に光る。


 月臣は言いたいことは色々あるのだが、まず、この状態の桂一を放置するのは危険だ。

 頼めるのなら、既に天草に頼んでいるのだろう。と、いうことは天草には到底頼めない内容だと言うことだ。


「それで? 俺は何をしろと?」

「普段通りの魂送です」

「……分かった」

「おや。話の早い」


 普段ならば当然渋る月臣は桂一の瞳を見て同行をすることにした。



「俺に話した、という時点で天草には出来ることがないのだろう。ややこしいのは好かん」

「助かります。場所はこちらで全て調査しました。……まあ、無差別ですから、調査する必要はないんですよね」

「……お前、……まさか」


 ただの魂送だけで終わればいいが。


 確かに、最近未成年の無差別殺人事件の件数が多いのは月臣でも知っていた。しかし、桂一はそれ以上にこの事件のおぞましさを知っている。


「今日で丁度百人」


 夕暮れの高校は風に木葉が舞う。


 鳩里桂一。名は偽名。出身地は不明。東京の藤堂高校の教師。見かけは穏やかかつ達観した青年。風神の血統を持つ狩師。


 そしてもう一つ。彼には業があった。


 都内にある一つの地下駐車場。

 暗く、そこは昔殺人事件があったので普通は立ち入り禁止になっている心霊スポット。

 放課後、桂一はその地下駐車場に足を踏み入れ動きを止める。


「特に怪しい結界は無し。術者ではないですね」


 特に霊力も感じない。


 一歩踏み出す。


 暗く、車も無いが恐怖はない。ライトも持たず、桂一は片手をスラックスのポケットに入れて堂々と歩いた。


 ピチャッ。


 革靴の底に液体の跳ねる音がした。


 これは暗闇でも分かる。


 血だ。


 そして、この場の生存者は一人。


 奥へと進む度に血が飛び散る。


 刻まれた手足は皆、子供。


 中央にはまるで祭壇のような死体の山。



「おや? 迷子ですかな?」


 たった今、子供を殺した男が機械のように振り向く。

 服も、髪も、臭いも、血の色の男。血色の悪い表情。


 桂一は見下す様にその男を見つめる。しかし、視線はあくまでも穏やかだった。


「なるほど。術に精通していない訳ではないのですね。人間ぐらいなら目眩ましになる結界、そして人間を少しの力でも殺せる術」


 状況を見るに、ここはまるで死体の倉庫だ。

 その男、桂一を見て流石に動揺する。


「お主、何者たるや?」


 そんな動揺、警戒など無視して桂一は頬笑む。


「私に興味があるのですか? 貴方が好きなのはそこの大量の屍でしょう」


 桂一は死体の山を見ても表情も変えず立っている。それだけで、この男が普通ではないと分かる。


「貴様、何者だ!!」


 桂一の言葉に殺人者は瞳の中の眼孔をギョロリと動かす。


「……そうですね。強いて言うなら貴方を殺す人間です」


 桂一は変わらず頬笑む。


「……我を殺す? 我を殺す? 何故!! 何故、この地球のため、ゴミを排除している我を殺す! しかも排除した人間をこんなに供養しているのに!! 見よ! この美しい祭壇を!!」


 男は憎しみの表情で桂一を睨む。そして両手を広げ高らかに笑った。


「私、スプラッタ映画が心底嫌いでしてね。あのチープさ。絶望する演技。まるで内臓が分かっていない」


 男の瞳は狂気に満ちている。

 しかし、桂一は微動だにせず立っていた。


「そこは同意しましょう。人の死を娯楽とし、恐怖を楽しむ。それが出来るのは本当の恐怖と絶望を知らないからですよ」


 優しい笑顔。しかし、桂一の笑顔は殺人鬼と同じく狂っている。


「おや? 気が合うではないですか。ちょうどいい。今、祭壇の頂上の頭を探しておりました。貴方が相応しい」


 桂一はどうでも良さそうにやれやれ、とその男を軽蔑する。


「祭壇。ただの死体の集まりでしょう。貴方の質の悪い所は三つ。一つ。人を殺すことに罪悪感がない。二つ。だから殺し方に容赦がない。普通死体を組み合わせて銅像なんて作りません。三つ。自分より弱者しか殺せない」


「貴様……」

「言ったでしょう。私は貴方を殺しに来たのですよ」


 男は怒りに狂い桂一に向かってナイフを投げた。しかし、桂一の風はナイフの方向を変えもせず風の渦だけでナイフを弾く。


「なるほど。血統という血ではなく本当の血を操る術ですか」

「貴様、何者だぁああああ!!」

「これから死ぬのに、知ってどうするのです?」


 どんな攻撃も桂一には効かない。

 普通の人間なら簡単なのに。血の刃物で簡単にグサリとやればいい。

 血を液体を操るようにして攻撃しても、風の壁で全て弾かれた。


「貴様、何者……だ……」


 最後まで言い終わる前に、男の体から血が吹き出した。


 風で威力を強化された矢が男を貫通したのだ。


「どうですか? 痛いでしょう?」

「な……な、」


 男はカクン、と膝を付く。そんな男の瞳を桂一は屈んで見つめる。


「貴方が殺した人間全てが感じた『痛み』です」

「かはっ……」


 男から血が吐き出された。死体の山と同じ赤い血。


「まだ死んでませんよ。簡単にスパッと殺しても割に合わないんですよね。貴方の殺し方は残忍過ぎた」


 桂一は男の傷の部分に向かって回し蹴りを放つ。男は血塗れになりながら転がった。


「さて、貴方のような殺し屋が何故殺し屋になったのか。教えて差し上げましょう。私は一応教師ですから」

「な、何を……」


 桂一は転がった男の内臓をガンッと踏んだ。男が叫ぼうが、絶叫しようが完全に無視して。


「幼少期に己が強者に迫害された。理不尽な暴行を受けた。理不尽な目に合った。自分は弱くない。そう証明したい。だから自分より弱者しか殺せないのです。ほら、どうぞ。私に立ち向かってご覧なさい」


 桂一はどうぞ、と片手を広げる。

 男は血の海の上。カタカタと震えていた。


「気の毒だとは思いますが。そんな理不尽な目に合っても立ち上がれる人間はいるのです。貴方は正真正銘、人間のクズです」


 桂一が足を退くと血で線が描かれる。男の顔は血だらけに歪む。


「ガハッ、……止めてくれ! ……もう、……」

「何故、怯えるのです。貴方が今までして来たことじゃないですか?」


 教壇に立つ男とは思えない表情で桂一は地面を這いつくばる殺人鬼を見つめた。そこに意識はなく、軽蔑さえも感じないのにその瞳には何も写していなかった。


「ふざけるな! 良いじゃん! こんなにいっぱいいる害虫、二匹、三匹殺した所でさぁ」


 男は笑った。その姿を見て桂一は呆れる。


「困りましたね。既に精神が狂っているとなると。どう、貴方の罪を認識させましょう」

「死ね、シネ、シネぇええええ!!」


 男は周囲の屍を桂一に向かって襲わせた。どうやらこれが男の術らしい。血を操るから死体も操れる、ということだ。


「罪悪感というのは、鮮度が重要なのですが」


 桂一はその屍の人形を風で弾く。


「この……! 貴様、俺に、俺を! 殺す! 貴様も俺と同じだぁあああ!!」

「ええ。そうですね」


 桂一は男の言葉を否定しなかった。


 男は血塗れで血を操る。ぎゅるぎゅると血が渦を描くように男に向かって集まる。死体も。骨も。内臓も。


「二度目はお薦めしませんね。何故ならばこの場に貴方の血が混じっている」

「なッ……」

「自分の体をまとめて下さってありがとうございます。手間が省けました」

「なっァアアアア!!」


 男の肉体も、渦を描くように曲がる。桂一はその中心に向かって風で強化された矢を一投、放つ。


 その一投は男の体を貫き、拡散し、切り刻んだ。


 男が殺した死体も全て。そして桂一はその屍をもう一度風で集める。男の心臓はまだ動いていた。


「さて、しばらくそのままで居てくださいね。正気に戻るまで風の渦の中で輪廻すれば貴方が殺した死体になる瞬間もじっくり味わえるでしょう」

「貴様……き、キ、サマ、きさま、貴様も同じでわないか! 我を殺す! オチル! 地獄にオチル!!」


「ええ。そうですよ」


 桂一は頬笑む。


 男の肉体が風でねじ曲がる。ぎゅるぎゅる、ぎゅるぎゅると。


「では、幾年後に地獄でごきげんよう」


 男は断末魔と共に死んだ。


 桂一の眼鏡に血が飛び散るがそれでも彼は無表情だった。


 その一部始終、月臣は見ていた。

 手を貸す気にもならなかったし桂一には必要なかった。


 体の四肢が飛び散る中で鳩里桂一は無表情でただそこに立っていた。


 月臣は予め用意しておいた冥界へのゲートを開く。

 大量の人数の魂が記録される。



「毎回、こんなことをしているのか?」

「毎回、ではありません。私が殺すのは大量の人を殺した殺人鬼のみです」

「上杉は……」

「容認はしてませんが、これ以上放って置いたら更に被害が増えます。放置ですかね」


 桂一は眼鏡に付いた血を払い、位置を普段通り直す。


「……何故、こんなことを……」


 分からなくもない。この男は結局死ぬのだ。桂一が手を出さずとも、上杉に捕まれば法的な裁きで。


「私の因果、でしょうか」


 今日の風はどこか虚しかった。


「因果……お前、記憶があるのか?」

「貴方は因果率、というものをご存じで?」


 桂一の問に月臣は首肯く。


「ああ。人間が繰り返し同じ行動をすることにより発生する因果。その繰り返しが深ければ深いほど因果率というのは高くなる」

「私の因果率はもう上杉では管理仕切れないのです」

「……な」


 月臣は瞳を見開く。


「お前は常に、生まれ変わる度に、こんなことをして来たと言うのか!?」

「ええ。それが私の業ですから」

「それは違う! 我々は自分の因果を断つために戦っている。お前、死んで地獄に落ちる気か!?」


 しばらくの間の後、桂一はゆっくり答えた。


「……ええ。と、いうかもう既に地獄にいるようなものですよ。私はこの因果を永遠と繰り返す。出口の無い苦痛。それが地獄というものです」


 そのまま去ろうとした時だった。

 血と死体の海の中、何かが桂一の足を掴んだ。


「かえせ……」


 気配から察するに敵ではない。

 血塗れの少女だ。


「まだ、生存者がいたのですか」

「妹……妹、頼をかえせ!!」


 少女は桂一の足を掴んで必死に叫ぶ。


「……妹? フルネームは?」


 月臣の問に血だらけの少女は答える。


「泉……泉頼」


 月臣は直ぐに魂送した魂の記録からその名前を検索した。


「妙だ。そんな名前はない」

「貴女の妹は本当に?」


「ああ! 殺されたんだ!! あの男に!!」



 それは妙だった。何故か泉頼という名前はどう検索してもヒットしないのだから。


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