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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第九章 The Reverse Month
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第二夜 歪

 

 いや慈悲はあった。


 俺は和室の中に通され、お茶を出されて思った。

 美形の男は突然、俺の腕を引っ張り、そこにネクタイピンをぶっ刺したのだ。


「痛っ、ってぇえ!!」

「うるせぇ、黙れ」

「いや、何、してくれてんだ!!」


 腕から血が滴る。その血が湯飲みの中に落ちた。


「一々、身の上を聞くのは面倒なのでこっちで勝手に調べます」


 家主、獅道愁一はのほほんと呑気そうに茶を飲んでいる。つまり、助けてくれる気は全くない。


「だからって血はない! 俺、今魔力が無くて回復術も使えねぇんだぞ!」

「知るか。単なる血液検査だと思え。注射だ、注射」

「そんなの、もう数年やってねーよ!!」


 男は無視して、その湯飲みの中の茶を少し、嫌そうに飲んだ。

 そして表情か変わる。まるで無表情な機械のように。


「大丈夫、ただ君のこと調べているだけだよ」

「……血で?」

「そう。彼はそれが出来るんだ。たとえ異世界からやって来たとしても、血は赤いでしょ?」


 数分後、男は表情を取り戻し愁一に湯飲みを差し出した。愁一は勝手知ったる、という様子で男に新しい茶を注いでいる。


「大まかな事情は分かりました」

「……嘘だろ。こっちの検索魔術が全く使い物にならなかったのに……」

「舐めないで下さいよ。俺は一応、この世界に於いての超遮断プログラムです。遮断するには相手を知らなければなりません」

「あ、彼は外見年齢がイコールじゃないよ。千年以上生きている地獄のプログラムなんだ」

「……地獄、千年?」

「そーっす。名前は一応名乗っておきましょう。上杉英治と言います」

「フツーの名前じゃん」

「一応、この世界に準じて仕事してますから」


「で、斬っていいの?」


「お前は、少しは正義感を持てー!!」


 思わず、叫んだ俺は絶対に悪くない。


 しかし、上杉英治という男はまた無情に言った。


「いいか、悪いかで言うと微妙っすね」

「なんで? その悪魔なんちゃらぐらい、誰かがどうにか出来るでしょ?」

「……一応、俺の世界の魔王幹部なんですが……」

 一応、敵だが……すごい、その辺の石ころのように言わないで欲しい。

「出来るか、で言えば出来ます。相手の力の根源もコイツと同じっすね。ただ、どうにもこっちの遮断壁を突破して来た、ってのがネックで。普通の異世界転生する程度の力じゃこの世界に侵入は出来ません」

「つまり、もう一個を完全に追い払えるか分からない訳だ」

「そういうことです。そういう意味で、そのもう一個をどうにかしに来たコイツの力が必要かもしれない」

「……すみません、個数単位は止めて!! 俺、超小物感半端ない!!」

「協力するなら、考え無くはないっすよ。つまり、アンタ一人でその悪魔公爵を相手して、元の世界に戻るということは不可能になりますが。貴方の身の上は保証しましょう」

「良かったね! 斬っちゃ駄目だって!」

「お前はちょっと黙ってろ!!」


 少なくとも笑顔で言うことじゃない。俺はただ、この世界を救いに来ただけなのに、なんたる扱い。しかし協力するということは彼らの力を借りなければならない、ということだ。


「即、殺されなかっただけ運がいいっすよ。協力体制を取る気があるのなら、こちらも情報提供は惜しみません。我々の世界に必要ないモノは削除か元いた場所に戻って頂くか。それさえ遂行出来ればいいので」

「……本当に遮断する気しかねぇのな」

「ただの邪魔な石と同じです。救いたいとか、そういうことはそっちの世界でどうぞ。俺はただの地上管理プログラムなので」

「……分かった。とにかく、結果この世界から去ればいいんだな?」

「アンタは元々、長居する気はなかったでしょう。だから害はないと判断しました」

「……お前は」

「まー、貴方の世界で言う、下界を管理している連中とそう変わりませんよ。ただ、俺は管理しても干渉はしませんけど」


 そして、少なくとも地上にいる。そういう男だと俺は判断する。どうやら、面倒そうな口調と態度の割には随分仕事熱心な男のようだ。俺の世界のそういう連中なんてとりあえず、片っぱしから送るだけ送る。とんでもなく適当で雑な仕事しかしてない。

 そう考えると、確かに慈悲はないが悪い連中ではないらしい。


「その悪魔さんはまだ、こっちに実害は出してないね」

「完全に無いとは言えません。これから何かしら影響が出るでしょう。形こそ魔術、魔力ですがプログラム法を採用している辺り、こちらと大きく違いのある力を使っている訳ではありません」

「……そうなのか?」

「だからアンタも一部の術の使用が可能だったんです。くっそ、面倒なことに」

「それなら、向こうが動いてくれるまで待ってた方がいいかな?」

 愁一はまた危機感なく言った。方法としては外道で邪道だ。

「そうですね。半端に追って警戒されるよりは」

「……あの、俺の魔力って」

「ちゃんとご飯を食べて、寝て休めば戻ると思うよ。根源根刮ぎ斬ってはいないから自分で生み出せる力は残ってるんじゃないかな?」

「それまでは様子見、ぐらいは約束してもいいっすよ。見るに、アンタは悪い奴じゃない。嫌悪感も少ない」

「……ソイツはどーも」

「それまで泊めてあげるよ。差し迫った仕事は今のところ無いしね」

「……え」

「俺、ご飯作るの得意だよ! 部屋も余ってるし」


 そんな生き生き言われても、困るのだが。しかし、野宿よりはマシなのか、そうではないのかまた微妙だ。


「俺は仕事があるので戻りますよ」

「仕事って?」

「普通の、現実の仕事です。俺は警察官ですので」

「……是非、戻って下さい!」


 俺は今まで、そういう普通の仕事をしたことがない。その前に異世界に転生しているからだ。だから、ある意味でそういう人は苦手だし、尊敬もしていた。


「なんて三流っぽい正義の味方だ」


 呆れたように言われた。

 しかし悪意は言うほど込もってはいない所を見ると、どうやら俺はそこまで彼らに嫌われることは無かったらしい。


 しかし総合して思った。


 コイツら余りにも歪んでないか!?


 いや普通にここに転移され、俺は倒すべき敵を追っているだけだ。異世界を拒絶する世界線があるのは知っていた。魔法や魔力が物語上の都合のいい力である世界線があるのは分かっていた。しかし、彼らには夢や希望はないのだろうか?


「……おっかな」

「……え?」


 愁一は既に夕食の準備を勝手にしている。

 背広を脱いで、ネクタイをシャツのポケットに突っ込み、腕を巻くって。

 そういう姿は妙に懐かしい。


「いや、アンタ達、夢も希望も無さすぎ」

「夢も希望もあるけど。異世界線が無いだけだよ」

「そうでは無くて。なんか違う。こう、フツーにあったらいいなー、とかフツーに思わねぇ所が」

「まぁ、そういう世界だし。子供ならまだしも、って感じかな」

「つまらねぇ、現実」

「そうでもないよ。人は人。面白いさ」

「……どこに面白味を感じてんだ!!」

「所で、今日は鰤大根にしようと思うんだけど、魚は好き?」

「あー、もう好きです。懐かしいです。好きにして下さい」

「もう少し、色々教えてあげるよ。確かに、他所の誰かに助けて欲しいっていう希望はないかもね」


 食卓には、豪勢ではないにしろ、昔懐かしい料理の数々が置かれる。これがサックサクッと?っと出来るなんて大したものだ。


「男料理で悪いんだけど」

「あ、いやいやそんな!」

「良かった」


 男は料理を並べながら頬笑む。


「とりあえず食べないとね。君らの力がどこから来ているのか知らないけど食べて損はないはずだよ」

「……そっすね」


 本来なら食べずにマナさえあれば二、三日は生活出来る。食事なんて久し振りで、端を持つと手が震えた。


「いただきます」


 そしたら、愁一は丁寧にお辞儀をして、汁物、白米と行儀良く食べていた。


「……? どうしたの」

「……い、いただきます」

「どうぞ」


 こんなこと、すっかり忘れていた。と言えば言い訳になるのだろうか。ご飯は美味しかった。丁寧に炊かれた米。出汁から作られた味噌汁。味の染みた大根。ちゃんと調理された魚なんて何年ぶりだろう。

 美味しくて必死で食べている姿を愁一はのんびり見つめていた。


「君は随分、苦労したんだね。異世界に転生するとハッピーライフが送れるんじゃなかったっけ?」

「ふん、そんなの幻想だ。現実はただの神にとって使い捨てのいい駒さ」

「そう、それ!」

「……それ?」

「俺は、理解しているんだ。どうせ単なる道具だってね。もちろん、それで終わる気はないよ。それが希望、と呼べるのかは分からないけど」

「……それは」


 今、ある世界の反逆なのだろうか。


 確かに、彼の言うことは正しい。

 滅びがあるのなら、その滅びる因果があったのだ。それが人為的か、自然なモノか。彼らは間違いなく、前者を憎み滅するために存在しているのだ。


 彼らの存在を否定することが出来るだろうか。

 否定して、己の信念を押し付け、あるべき姿を押し付けて。お前は本当は世界を救う英雄だと。


 ……何故かそれは陳腐な行いのような気がした。生きていた、土壌が違えば同じ種でも違う植物になるとは誰の言葉だっただろうか。


 勝手に、転生をして、都合の良さそうな力を見せびらかせ、勝手に異世界に送り、勝手に悪を倒させる。果たして、それは人道的と呼べるのだろうか。


 俺は良く分からなくなってしまった。


 月明かり以外の光がない寝室でうとうとしていると、声が聞こえる。


「……そう。もう見つかったんだ。流石だね。……でも、俺は彼に倒して欲しいんだ。何故か、と言われると困るけど、せっかく、ココまで来たからさ」


 優しい声は眠気の中で途切れる。


 俺も此所に来たから、変わってしまったのだろうか。

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