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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第九章 The Reverse Month
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第一夜 盃

 

 何度目かは忘れた。


 しかし、俺はどうしてか、この街にやって来た、ということは理解出来た。


 この街は普通だった。


 普通の人が思い浮かべる、東京都内。


 人は何人もすれ違い、学生が闊歩し、社会人が闊歩する。

 まるで、己の世界に戻って来たかのような感覚にとらわれる。


 しかし、自分は確かに、この『世界に』やって来たはずだ。


 そこは、魔法も、魔術も、存在しない世界だった。


 俺は辿り着いた港をぐるりと見渡す。

 なんてことない。普通の都内の港。夜だからか人気は少ない。


 ふと、自分の姿、格好を思い出す。甲冑まではいかないが、黒のロングコート。この世界ならばいかにも患った人で薬が処方されるだろう。


 それは不味い。早く己の拠点を見つける必要がある。そして、ここが何処なのか、調査する必要がある。しかし、時、既に遅し。


 俺の首筋には真っ黒な刃物がピッタリと向けられていた。


「動くな」


 静かな声だ。


 しかし、背後に感じるのは悪寒と恐怖。それに屈してはならない。俺は叫んだ。


「リフレクト!!」


 反射した刃物の光をまた反射し増幅するという、一種の基礎魔術。目眩まし、とも言うが、相手にそれは全く通用せず、確実に俺の胸元を狙って刃物を振るった。


 しかもとんでもなく速い。俺は倍速移動の魔術でギリギリ交わすが、相手は構わず、もう一本の刀で首を狙って来る。


 っていうか、もう一本持ってたのかよ!


 速すぎる、容赦も躊躇いも無さすぎ。バックステップで交わして、俺は相手の男の真紅の瞳だけが黙認出来た。


 殺られるー。


 そう思った瞬間、刀は真っ直ぐ、俺の真横に落ちる。まるで、ギロチンの刃の様だ。


「んー? 君、何者?」


 青年はもう一本の刀で俺のナイフを吹っ飛ばす。


 キンッと金属音がしてナイフが転がった。


 駄目だ。白兵戦で勝てる相手ではない。

 どうやら、ただの黒いスーツの社会人ではない。


 それならー。


「……やめなよ。何を呼ぶ気か知らないけど」

「うるさい!! この世の穢れめ! 我が契約よ、我が因果よ、世界の救済のため、力を……」


 ACCESSー。OK。


 許可は下りた。つまり、ここも、幾つもの世界線の一つに過ぎない。干渉は可能だ。


 ATENNTIONN。

 危険です。このシステムをハッキングすることは出来ません。


「うるさい! リフレクトで破壊する!」

「……君、見るからにこの世界の人間じゃないね」

「だったら?」

「削除するよ」

「……削除、だと? 態々、この世界を救済しに来たって言うのに!!」


 俺は俺に付いている鍵を解析する。それは形の違うナイフで、円を描くように俺の掲げた腕の周囲を旋回する。


 このナイフの動きで魔術式を起動する。術具にも、武器にもなるナイフだ。それぞれのナイフの光が反射し合い、力が増幅して行く。


 これが俺の魔術。


「よく……分からないけど、止めた方がいいよ」


 男は長く黒い刃物を地面から引き抜き持ち、構える。


 それは一瞬だった。


 俺が四つのナイフを外したと同時に、男の姿が変わった。

 黒いスーツの男が、真っ白な羽織と黒い袴を着た侍の姿に変化する。

 ナイフは男に傷一つ付けず通過する。

 男は交わしたのではない。ナイフが勝手に避けたのだ。この男を。


 そんなことがあるだろうか?


「逃げる手立てがあるのなら、用意するんだね。初回サービス、ってやつさ」


 青年は顔色一つ変えず、刀を構える。


 刀の刃先は真っ直ぐこちらを向いている。その刃が、漆黒から白銀へと変わる。


 視界強化魔術では解析出来ない。漆黒の円を放ちながら、美しい、白銀に。


 物凄い力だと分かる。しかし、これは魔術ではない。魔術ではないから効かないという保証はない。


 俺は目一杯、防御装置を展開する。自身の肉体強化、リフレクト強化。


 そして、十字架の形をした剣を召喚する。やはり、こちらに召喚するには大がかりな術式が必要だった。


 削除、だって。そんな魔術、聞いたことはない。


「じゃあ、行くよ」


 やはり、青年は静かに刀を振り下ろす。


 美しい白銀の刃が真っ直ぐこちらに向かって来る。一つの乱れもなく。


 俺の魔術は全て突破された。十字架は綺麗に真っ二つ。


「相性が悪かったね。俺にその程度の刃物は通用しないよ」


 思わず、腕で顔を被い、屈む。

 しかし、身体に異変はない。

 いや、魔力が根刮ぎ吹っ飛んだ、という異変はあるが、それ以外には肉体的に欠損はない。


 しばしの轟音の後、夜の港には静寂が訪れる。正確には、波の音と船の音。剣が吹っ飛んだ後の金属音。


 俺は荒く息をしながら、青年を見つめた。月明かりに真紅の瞳が光る。


「さて、分かるかな? 俺は次に君を殺すんだけど」


 と、何でもないように、男はもう一本の鋼の刀を肩に掲げる。


「……くそっ!!」


 まるで、敵わない。コイツは何者か、調査すら出来ないなんて。


「ところで、君は何しに来たの?」

「……へ?」

「返答次第では生かしてもいいよ」


 と、男は俺に切先を向ける。その瞳に慈悲はない。


 返答を誤ればー俺は死ぬ。


「……こっちに逃げた、悪魔公爵を捕らえに来た」

「……一人で?」

「俺は、元の世界から転生して対処仕切れない魔物を狩るハンターさ」

「……」

「そう、胡散臭そうな目をするなよ」

「したくもなるね。よく、こっちにアクセス出来たね」


 そう。この世界は穴場だった。ほぼ、全ての領域からの干渉不可な世界。そんな所に逃げるとは、こちらも予想外だったのだ。


「向こう……公爵様が作った穴からこっそり」

「……ふーん。さてと。どうしよっか。俺一人でどうこう決められる話じゃないな」


 青年は武装を解いた。ただのブラックスーツの姿に戻る。


「魔法に詳しくないなら放っておいて欲しいところだけど」

「そうも行かない。俺の仕事は君のような異端者の措置。君はこの世界の生れたての異端者だ。ようこそ、いらっしゃい」


 青年は美しく頬笑む。その姿を月明かりが照らしていた。

 今更だが、ムカつくほど美形な男じゃないか。背も高い。



 しかし、数分、青年はこそこそと不思議な通信機で誰かと連絡を取っていた。


 俺はもう、魔力を根刮ぎ吹っ飛ばされたので動くのも怠い。残りの武器の確認でもしとこう。


 残り、サバイバルナイフ八本、内毒入りが四本。しかし、毒だろうが、術式反転にしようが、どっちにしろ男には効かず。投擲用の術式ナイフ十本。それぞれ、発光、反射術の刻印がされているがこれも相手にならず。

 肉体強化、視力索敵、どれでも使い物にならず。


 化け物かー。



「そう、そう! 魔法だって! どうしよう?」

『何の目的で?』

「向こうの悪いのを追って来たらしいよ」

『……チッ、また面倒な』

「一応、殺さなかったけど」

『何故?』

「勘、かな? 向こうに俺に対する殺意と世界をひっくり返してまで救済しようとしているっていう狂気を感じなかったから」

『ま、魔術どうの、の時点で面倒なことは変わりません。一応、丁重に対応して下さい』

「分かったよ」


 青年は通話を終えて、俺と向き合う。


「聞こえてたかな?」

「つまり、この世界には魔法も魔術もないって言いたいのか」

「飲み込みが早くて助かるよ。無いよ。必要ないからね」

「だから、俺の技も効かない、と」

「全く、まるで効かない訳じゃないけど、対抗処置はあるよ。大変だったでしょ? ここで魔法使うの」


 仕方なく俺は首肯く。


「それは、その……悪魔公爵? さんも同じだと思うよ」

「そうかよ。けど、お前らには関係ない! 俺は、アイツを追っているだけだ!」

「そうは言っても。ここの秩序を壊されるのは困るんだよね」

「……ここの秩序、だと?」

「生憎、ここは魔法も魔術も魔力も異世界転生も容認していない。けど、君はここに転移して来たから、直ぐ去ればギリセーフかな?」

「それが、貴様が俺を生かした理由か!」


 男は首肯く。つまり、善意ではない、と。


「そうそう、君の名前、何て言うの?俺は獅道愁一」

「今更、名前?」

「呼べないと困るでしょう?」


 穏やかな笑顔が腹立たしい。


「Chapter」

キャプチャー?チャプター?「キャプチャー? 面白い名前だ」

「生憎、生前の名前は忘れた」

「そう」


 俺の言葉に青年は何でもない風に聞き流した。俺は折れた剣を戻そうと回復術式を唱える。


「くそ、魔力が……」

「ねー。直そうか?」

「は?」

「別に、それがあっても君は俺に傷一つ付けられないよ。だから、直してあげる」


 男は俺の折れた剣を持った。そして何も唱えず、しかし何かしらの力が発動したのが分かる。


 剣が、複製される。


 いや、元に戻ると言った方が正しい。俺だけの剣が。コイツを認めたのだ。つまり、屈するしかない。


「……っ!」

「はい。これで分かったでしょ。俺に刃物は悪手だって」


 俺が全く干渉出来ない力を持っていたとして。コイツはどうであれ、一応数多くの修羅場を潜り抜けた俺より優れた剣士だということだ。


「……」

「まず、俺の家に来てもらうよ。その格好は流石に目立つ」

「悪かったな!」

「それで、この世界のことを俺より詳しい人に会ってもらう」

「さっき話していたヤツか?」

「話が早くて助かるよ。その通り。俺じゃ、ちょっと勝手に殺していいか判断出来ないからさ」


 つまり、この男には、俺を殺す、ということについて躊躇いも罪悪感もないが、今のところ即殺されるということもない。

 ならば、不服だが従うべきか、と俺は判断する。


「良いだろう。魔術が使えない状態じゃどうにもならん」

「と、なると俺の家かな」

「……は!?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと古いけどそこそこ大きいし。罠なんてないから」

「必要ない、の間違いだろ」

「……そうとも言うかな」

「俺の武器は……」

「持ってたら? 魔法を使うのに必要な刃物でしょ?」

「お前にはまるで効かないがな」


 その俺の言葉に青年は否定せず、にっこりと微笑んだ。



 青年は大した身体能力で、俺を抱えたまま、ビルとビルの合間をぴょんぴょんと飛んだ。

 言いたいことは色々ある。お前は忍者か、等々。しかし、本当に、この街は俺が転生する前の世界と何一つ変わらなくて、思わず、自分の家を探しそうになって、止めた。

 現実に戻った、とも言う。同じだが、違う。


「しかし、久しぶりに日本に戻ったら、とんだ厄介ごとに出会すなんてビックリだ」

「久しぶりに?」

「ああ、俺、普段はイギリスの会社で社長やってるから」

「しゃ、社長!?」


 俺が驚いて暴れたせいで、一瞬ずり落ちる。慌てて男の腕を掴む。ここでは魔法は安易に使えないのだ。


「そうだよ。俺、今二十代」

「超エリート様かよ」

「いやぁ、高卒だし、違うかな。たまたま、こういう変わった力を持ってるからね」

「……ふーん。たまたま、たまたまね」

「それについても説明してもらってよ」


 と、青年は苦笑する。


 確かに青年の拠点は和風な武家屋敷だった。移動方法があれだったので都内のどこかまでは分からない。魔力が無いとここまで面倒なのか、と頭を抱える。


 その屋敷の門前にまたえらく美形の男が立っている。現代の服を普通に洒落て着こなす男性だ。今度は、ハンサムと呼べば良いのか、アジア人らしくキリリとしたまたムカつくほど黒髪の美形だった。


 しかし、その瞳には愛想がまるでなく容赦無く俺を値踏みするように見下ろした。


「また、面倒なの連れて来ましたね」

「でしょー? 俺もビックリさ」


 そんな珍獣みたいに扱わないで欲しい。

 きっと、この男が先程、青年が通信していた相手だ。


「まー、先輩が殺さなかったんだから悪い人じゃないんでしょう」

「そうだと思うよ」

「いや、俺は悪じゃない!!」

「我々にとって、っていう意味です。ぶっちゃけ、アンタが正義か悪かはどうでもいいんですよね」


 何とも冷酷無慈悲な言葉だ。俺が出会ったのがたまたま赤目の青年の方で本当に良かったと思う。


「寒いし、家に入ろう。お茶ぐらい出すよ」

「そうっすね」


 果たして、俺はこの世界に来て正解だったのだろうか。

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