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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第一章 New Moon
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第三夜 流星駅前

 何とか過ごした一週間。課題は山積みだった。


 まず記憶はどうしようもないので置いておくとして。愁一は屋敷内の道場で、


 あの夜廃墟病院で突然出て来た刀を見て溜め息を吐いた。


 真っ黒な長い刀。

 柄もない。鍔もない。持ち手には雑に包帯が巻かれている。




 高校の道場で刀に詳しいという足利義輝は刀を見て言った。


「これは直刀の大太刀だ」


 流石に詳しい。


「何で真っ黒なんだろう」

「それは分からん。しかし、少なくとも足利家の宝刀に記録はない。外見も見たことがない。獅道の家宝となれば話は別だ」


「家宝?」


「家宝は家宝だ。その家に、血統に代々受け継がれる武器だ。正統な血統者にしか扱えん」

「つまり、これが扱えればいいんだね」

「簡単に扱えるとは思えんが。そうだ。戦利品にこれをやろう。ただの刀だが」


 義輝は愁一にぽんっと刀を投げた。

 慌てて愁一は受け取る。


「え、いいの?」

「打刀だ。その黒刀より小回りが効く。良いものだ。お前の反則攻撃にはうってつけだろう」

「……ありがとう」

「……それはこちらの……何でもない」

 足利義輝はそれだけ言うとさっさと道場に戻って行った。


 相変わらず、記憶がない。


 しかし丸っきりない訳ではない。道の歩き方。朝と夜。服の着方。脱ぎ方、お風呂の入り方。男女の違い。基礎的な一般常識は備わっている。


 それと霊の見方。


 愁一は風呂を終え袴に着替えて思った。何故、記憶がないのか。



 縁側から見る月は綺麗だ。


「貴方の血統が分からないことが問題なのでしょう」


 隣に座るケイはきちんとパジャマを着ていた。

 しかし、シャツを羽織った程度だが。

 今朝はほぼ全裸でそれで一度、愁一と揉めに揉めた。そりゃあ、そちらの文化は尊重したいが毎回は困る、


「戦っていると……時々ノイズが走るみたいにビジョンが浮かぶんだ」

「それは記憶の?」


 愁一は首を振る。


「分からない」

「なら、試して見ましょう」

「……試す?」


 ケイはデバイスを取り出した。


「上杉からの依頼です。地下鉄にはまだ小物の悪霊が多く残っているそうです。これを叩けば何かしらの糸口が見えるかもしれませんし、私の魂送師としての格も上がって一石二鳥、でしょう!」


 ケイは嬉しそうに立ち上がる。





 こうして、訪れた夜の地下鉄は確かに不穏な空気で満ちていた。

 服がないので、制服の愁一と、魂送師の礼装である喪服のケイはその暗い穴から流れる空気に緊張感を高める。


「確かに、何かいますね」


 まるで永遠と続きそうな暗闇。

 愁一は長い刀を持って構えた。


「毎度、思うのですが……恐怖感はないのですね」


「ないよ」


 ケイの問に愁一は答える。

 何故かは分からない。しかし、恐怖はない。


「……血統解放も出来ないのに」

「けど戦えるから大丈夫だよ!」





 次の週末、愁一は一人電車に揺られていた。


 昨晩もケイのために地下鉄を歩き、出る悪霊を斬って斬って斬りまくった。おかしいほど量が多く、朝方になるとスッと消えていった。妙な悪霊だった。


 ケイが英治に連絡した所、死体から死体へと乗り移る亜種の悪霊らしい。まだ今は力が弱いから死体へしか移動出来ないが、力を付けて生きた人間に乗り移ることになれば大変だ。

 発見したケイは絶対に魂送すると意気込んでいる。



 その悪霊を冥界へと送るために、愁一は電車に乗り、地下鉄に乗り、乗り換え流石に疲れて来た。


 つり革を握ったまま、頭が下がる。



 記憶喪失。


 もしかしたら記憶があった時はとんでもない罪人だったのだろうか。


 しかし……何故、狩師としてこんなことをしているのだろう。


 けれど誰かがやらねば生きている普通の人間に被害が出てしまう。愁一が出来るのであればやるべきなのだろうか。

 嫌な空気が近付く。

 淀んだ空気。

 暗闇。


「お兄さん。危ないよ」


 突然、声をかけられハッとする。


「あ、すみません」


 つい寝かけていたらしい。

 周囲を見渡すと、目の前の座席に濃紺の学生服を着た青年が座っている。


 柔らかい、焦茶の髪が見える。

 顔は分厚そうな眼鏡に詰碁集という本を読んでいるのでよく分からない。


 しかし、他は老人と入り口付近に立つ外国人。きっと声の主は彼だろう。


「席、変わろうか?」

「え!? いえ、大丈夫です」

「いやいや」


 愁一が慌てている間に彼はスッと立ち上がり、席を譲る。

 その動きはスマートで無駄がない。立つとスラリとした人で身長も英治とそう変わらない。


 静かな車内には彼が詰碁集のページを捲る音が響く。


 しかし気が付けば視界はクリアになっていた。


 あの重々しい程の空気がない。


 青年の読んでいる全体的に紫色の詰碁集が目に止まる。


 それがどんな本なのかは分からないが、電車の中で読んで面白い物なのだろうか。本の装丁は和風の綴じ込みで、表紙には木目と白と黒の点。


 その絵を見て愁一は画像のように思い出した。


 本来は立体的な木の面の上に打つ白と黒の石。


「囲碁だ!」

「……?」


 愁一の叫びに青年はきょとんとしている。


「……よね、その本」


 微妙に気まずくなった車内。

 老人が立って席が空いたため、青年は元の席に座り更に気まずくなった。


「……座ったら?」

「……あ、うん」


 愁一は思い出したように隣に座る。

 少し悩み刀を出入口付近の壁に掛けた。


「お兄さん、高校生?」

「あ、はい! 三年です」

「俺は二年だからそんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」


 青年は微笑んだ。

 濃紺の制服に銀のボタンはこの辺ではあまり見ない制服だ。


 ……この辺?


 愁一は突然立ち上がる。


「すみません、ここって、今、何処ですか?」

「どこ……って京都だけど」

「京都……って東京より離れてますよね?」

「だから敬語じゃなくていいのに。……そうですね。関東と関西ですから、それなりに」


 地図は車内で勉強した。つまり、物凄く離れているのだ。悪霊の邪気を追っていたらこんな所にいた。


 愁一は急いで地図を取り出す。

「……それは世界地図だけど……」

「え!? ……あ、これ」

「それは日本地図ですね」


 慌てる愁一を見て、見かねて青年は眼鏡を外し、制服の内ポケットに入れた。綺麗な翡翠色の瞳に見とれていると、青年は愁一から日本地図を取り上げ、丁寧に広げる。


「あ……」

「今はここ」

「……やっぱり、迷ったぁあ!!」

「そりゃ、路線図ならともかく地図ですよ」

「ケイさんは今、何処に……」

「落ち着きましょう。一度降りて、連絡したらどうですか?」

「……そうだね、うん。そうだ!」

 愁一は急いで地図を折り畳み鞄にしまう。







 地下鉄を降りて、地上に出ると、そこは見知らぬ世界だった。



「……ここ、どこ?」

「京都です」


 青年はにこやかに微笑む。

 大きな駅だった。明るく、お土産屋まである。


 ニュース番組の特集で見たことがある。


 ここは間違いない。


「……京都ですね」

「おいでやす」



 青年はまた内ポケットから今度は扇子を取り出して口元を隠しスッと目線だけで微笑んだ。




 とにかく、こっそり柱に隠れてケイに一度連絡してみた。


『迷ったぁ?』

「……はい」

『場所は?』

「え?」

『場所……正確には座標が分かれば迎えに行けますよ』

「……無理です!」

『それでは無理です』

「……上杉君に聞いてみるとか……」

『絶対に嫌です!』


 通話は切れた。


 帰り方が全く分からない。


 愁一は項垂れる。


 青年はしばらく不思議そうにそんな愁一の姿を眺めていた。


「案内してあげようか?」

「いや、……いや、それは!! ……お願いします」

「はは。俺は桜小路鏡一狼。ろう、は狼のろうです」


 青年は手を出して自己紹介をしたので、愁一はその手を握る。


「俺は獅道愁一。し、は獅子の獅だよ。後、敬語じゃなくていいよ」

「そうかい?」


 愁一は頷く。少なくとも、これからお世話になるのだ。



 しかし、駅を見回して愁一は思う。何だかごちゃごちゃしている。人、気配、邪気、色々なものが息が詰まるほど溢れている。

 こんな状況で良く、人々は呑気に買い物が出来るものだ。


「仕方ないさ。彼らには邪気は分からない」


「……え?」

「……え?」


 桜小路鏡一狼はきょとんと愁一を見つめる。


「いや、……そうか。もしかして、分かってなかったのか」


「え?」


 鏡一狼は困った様子で口元に手を当てていた。



 そして、愁一に囁く。




「助けてあげようか?」



 その声。


 知っていた。


 優しく、けれども的確な声。


「あ、ぁああああ!!!!」


 愁一は叫んだ。



 駅内のカフェで愁一と鏡一狼は水を飲んでいた。

 なんでも鏡一狼はカフェインが苦手らしくカフェに入っても話は出来るがコーヒーも紅茶も飲めないということだ。


「なんだ。てっきり見つかったのかと思ったよ」

「いや、全くの偶然です!」

「そのようだね」


 鏡一狼の笑顔は柔らかい。声の通りの人物である。顎の下で手を組んで随分楽しそうで。


「……あの、俺のことを聞いてもいいですか?」

「内容によるかな」

「貴方は本当に陰陽師なんですか?」

「試してみようか?」


 愁一の畳み掛けるような質問に嫌がりもせず、鏡一狼は顎に手を当て足を組んだ。

 彼の一連の動作はどうにも大人っぽく、愁一は彼が年下だということに少し驚いていた。


 鏡一狼の言葉に愁一は頷く。

 すると、彼は指をコップの水で濡らし、テーブルの上に星をゆっくり描いた。


「簡単な水占いだ。君も後をなぞって。何が知りたい?」

 言われた通り、愁一も後を指で追う。

「俺の血統は?」

「血統、つまり、血。それは今、君の?」


 愁一は頷く。


「君は獅道愁一。それは間違いない。間違いようがない。君は獅道愁一なんだ」

「それは……どういう」


 問おうとした瞬間、途中まで綺麗な星を描いていた水が弾けて崩れる。


 その様子を見て、鏡一狼は顔をしかめた。


「君は、本当に知りたいのかな?」

「……」

 今度は愁一が顔をしかめる番だ。


 記憶喪失の前の自分が罪人だったら。


 人殺しだったら。


「今は……まだ」

「受け入れる覚悟がないのに現実を押し付けるなんて非道なことはしないさ。俺は術者だからね」


 しばらく無言が続くが、不思議と嫌な時間ではなかった。愁一は思い出したように言う。


「そうだ! あの時はありがとうございました」

「あの時?」

「病院で……」

「ああ、あれはいいんだ。自分の為でもあるしね」


 と、鏡一狼は軽くウィンクをする。


「けど……」

「そう思うなら、一つ頼まれてくれるかい?」

「……内容に寄るかな」

 愁一の言葉に今度は鏡一狼が苦笑した。


 やはり地下鉄の空気は淀んでいる。

 線路の上に愁一と鏡一狼は立っていた。


「君がいた所の座標とここの座標は分かる。彼女に連絡して地下鉄にゲートを開いてくれるかい?」

「どうして……そんなことまで」

「俺が陰陽師だからさ」


 音がした。電車の来る音ではない。

 もっと呻き声のような音だ。


 生ぬるい風が頬に当たる。


「何故、地下鉄に霊がいるのか分かる?」


 愁一は首を振る。


「自殺者が多いからさ」

「……なるほど」

「列車が来る前に済ませよう。ここと、君がいた地下鉄の空間を圧縮するから一気に叩いてそのまま魂送してくれるかな?」

「そんなこと出来るの?」

「それが俺の術だからね」


 と、鏡一狼は手の平サイズの薄い星形の板を取り出した。

 それは青く薄い緑が点々と星のように光っている。

 それは自在に大きさが変わり空間が縮小したり拡大したりした。


「……また、会えるかな?」

「縁があれば」


 愁一は刀を構えた。


「さあ、列車が来る。君はそのまま、悪霊を斬って。後は向こうの魂送師がどうにかするさ」


 愁一は頷く。


 迫り来る大きな星を蹴って愁一は走った。


 あの時、見た居合。


 足利義輝が放った居合。


 そのまま、流星の如く悪霊を断った。


 列車が走る音。


 気が付けば、愁一はそのまま地下鉄で居合を放っただけだった。




 目の前には冥界のゲートが開いている。

 天上だけではなく自在にゲートを開くことが出来たのか。


 息を整え、駅を見ると、ケイが不満そうにホームに立っていた。


「ケイさん!」

「お疲れ様です」



 そして英治が柱からひょっこり顔を出してヒラヒラ手を振っている。




 今度は英治がコーヒーが飲めないらしく都内の喫茶店で愁一は水を一気に飲んだ。

 飲めそうなのに少し意外だ。


「結局、上杉君に頼んでくれたんだ」

「致し方なく」


 ケイは不満そうだ。


「お勤め御苦労様です。今回のはB級っすね」

「B?」

「悪霊にも階級があるのです。悪霊の魂だけが寄り集まった状態がB級です」


 ケイが答える。


「地下鉄や大きい駅には多いんすよ」

「……自殺者が多いから?」

「その通り。そういう場所には悪霊が多いんです」

「そう……」

「良く、ご存じでしたね」

「え……何となく、そうかなぁって!!」


 愁一は誤魔化すように笑う。


「とりあえず、これでしばらくは大丈夫でしょう」


 英治が紅茶を飲みながら言った。


 愁一は迷っていた。


 今日、会った鏡一狼についてケイと英治に話すべきか。

 帰り道。

 やはり少し疲れてとぼとぼ歩いていると、また、英治に引き留められる。


「今回、先輩は一人じゃなかったですよね」


 まただ。背中にぞわりと悪寒が走る。

 何故、彼はここまで鋭いのだろう。


「……病院で会った人が助けてくれたんだ」

「……どうするも先輩の自由ですが、おそらくその人は強い術者です。あまり信用し過ぎるのも問題かと」


 分かってるよ。


 愁一は声に出さず頷いた。


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