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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第七章 Lunar Eclipse
55/111

第三接触 月が地球の本影から出始めた瞬間

 午後11:00ジャスト。


 夜の静けさに似た黒髪が夜風に舞う。

 鐘の音がごーん、ごーんと鳴り響く。

 予告状きっかりの時間に。


 英治は時計塔の上から小さな銀色のセスナをライフルスコープで黙認する。



 時計塔の明かりが一瞬で消えた。


 ユリウス・クリストフォンスからの連絡があってから、予感はしていたが色々なモノ達が月夜にざわついていた。



 人々、悪霊、怨霊。

 警察、政治家。


 このビルが複雑に並ぶ街の中で人々を欺くことは、英治にとっては簡単だった。



 随分と茶番を繰り返したものだ。



 英治は一本のライフルを持って時計塔の上に立っていた。

 要塞のようなビルの屋上が植物園とはいい趣味をしている。


「……上杉君」

「どうも、お久しぶりっす」


 見下ろす愁一の姿は変わらない。夜の闇も光る真紅の瞳。

 風は彼のスーツのネクタイにも、英治のコートのパーカーにも吹き靡く。

 英治はとん、とん、と時計塔から降りて植物園のガラス窓の小さな入り口をコンッと落とした。


「お見事。侵入なんて不可能だと思ってたよ」


 愁一は逸らさず英治を見つめた。紺のダッフルコートにグレーのマフラーとアイボリーのベスト。色こそ暗いがさすがに洒落ている。


「また、随分と物騒な所にいるんですね」


 こちらも驚きましたよ。と続ける。


「まぁー。色々なことがしたくて」


 自然と二人は握手をした。


 一ヶ月しか経っていないような、一年は経ったような。常に近くにいたような。不思議な感覚だった。


 あの時と同じだ。


 初めて、愁一が記憶を無くして英治と出会った時と。

 だから懐かしいのだろう。


「……どうぞ」

「……え?」

「貴方の好きにして下さい。それが俺の望みです。貴方なら俺を殺してくれるだろうと思った。けど、ケイを一緒にする訳には行かない。俺だけなら好きにして下さい」

「ちょ、ちょっと待って、それが君の望みだっていうの!?」


 英治は愁一から目を逸らさず首肯く。


「ええ。そうです。そうして、全て丸く収まり、俺は消える。そういうことだった。そういう茶番だった」

「……どうして。俺は君に、怒りも、恨みもないんだよ。感謝しているぐらいさ」

「……今さら、もうどうすべきなのか分からなくなってしまったのかもしれない。俺は長く生きすぎた」


 苦悩した表情で英治は前髪を片手で掻き上げる。

 愁一は言い出そうとした言葉を閉ざす。


 何故、今、彼はここに来たのか。


「悪いけど、俺は君を殺さないよ。一緒に生きて、死んでもらうけど」

「……正気ですか?」

「正気さ。俺の本当の血統を知るのは君だけだ。違うかい?」

「……記憶が」

「無いけどね。分かるよ。俺の血には君の血が混じっている。ケイさんが望んだから。死にゆく俺を哀れんだから。君は俺という存在を創った」

「……そうです」

「俺は死にたい。普通に人として。君と、君たちと。それが望みだ」

「そんな……そんなことでいいんですか」

「そんなこと? 違うよ。君が教えてくれたことじゃないか」


 愁一は英治の手を引っ張る。


「さあ、行こう」



 その手の温かさに英治は覚えがあった。


 遠い昔、英治の手を取った一人の女神がいた。


 まるでただの冥界に設置された機械だった英治の頭を数回叩き、無視すると勝手に怒り、勝手に仕事の邪魔をして、勝手に英治に果物を与えた金髪の女神だ。


 暇な女神が居たものだ、と英治はただ傍観していたが、女神は英治に心があると理解していた。


 置かれた果物に手を付けずにいたら何故かと問われた。

 確か、いらないからだ、と答えた。

 それが感情だとケイは言った。いらない、とはつまり欲しくはないのだ、と。


 英治にはまるで理解出来なかったが、ただ、カタカタとディスクで書類を整理する英治の肩に積った埃を手で叩き、優しく繊細な手で黒髪を鋤いた彼女の瞳は慈悲に満ちていた。


 人の形をしていて、動き、話し、思考するモノが人間ではなくとも愛してはいけない理由にはならない、と彼女は英治に言った。


「だから、私は貴方を愛しています。可笑しいでしょうか」


 英治の手は止まる。


「分かりません」

「それも感情だと思うのです。貴方はもっと、色々な人と、下界と関わればたくさんの心を知る。私はそうして、変化する貴方を側で眺めていたいのです」

「……そうですか」

「……あのですね、一応、告白したのですが」

「されたことがないので対処出来ません」

「貴方のしたいようにすればいいのです。嫌なら拒絶して下さい。私は悲しいですが、それも貴方の感情です」

「これ以上、壊れておかしくなっても知りませんよ」

「貴方、少し返事が人間らしくなりましたよ」


 こんなやりとりが数百年続いた。


 まるで壊れかけのロボットと会話するかのように彼女は英治に話しかけた。それでも楽しそうな表情をしていた。



 コチリ、と時計塔の秒針が動く。

 真っ暗な街は月が綺麗に光っていた。


 これではあの怪盗はこの時計塔に辿り着くことは出来ないだろう。

 先に英治が忍び込んで混乱を引き起こしてしまったのだ。

 それを英治は時計塔の上から愁一と眺めていた。


「ケイさんの起こした奇跡って、君の目覚めだったんだね」

「ええ。彼女の奇跡は命の泉です」

「……なんか、俺って君とケイさんとの子供みたいだな」

「……大筋は間違いではありません」


 英治はふと、腕時計を見た。


「どうしたの?」

「後、五分。まぁ、仕方ないけど、今回は第一王女の怪盗引退セレモニーってことでお願いします」

「……え?」

「あ、知らなかったんすか? 王女が結婚祝いに鐘が欲しいっていう感じで」

「……ぇえええ、何それ!」

「大げさにしてすみません。しかも大げさな撤収じゃないと引退しないとかわがまま言いやがって大変っすよ」

「……それ、大丈夫なの?」

「ええ。まぁ、最後にどかーんと誤魔化します。……来ますよ」

「……え?」


 英治の言葉に、愁一は気配に気が付いて振り向いた。反対の方向に銀色に光る何かが迫っている。


「……あれは!?」

「行きますよ。どっちも立てて、散らして見せましょう」

「散らすの!?」


 英治はポケットから金色のネクタイピンを取り出し、杖に伸ばす。三角の先が光ると、時計塔の真上に花火の大玉が打ち上がった。


「え、えええっ!?」

「刀、構えて下さい。来ます」


 言葉の通り、銀色の甲冑の男が愁一の目の前に剣を振り下ろす。

 しかも、かなり大きな銀色のガンブレード、二刀流だ。それらを小刀のように軽快に操り、時計塔の複雑な空間をもう一方のガンブレードの銃圧で飛ぶように移動している。愁一は柱の空間から銀色の閃光を見極め、二本の刀で食い止めた。

 革靴が植物園の芝生を滑り、ガラスが落ちる。

 そして、まるでステージのごとく、花火のせいで屋上は明るかった。

 下には一般市民と警察が大騒ぎで何やら合唱までしている。


 火花散るほどの剣撃に愁一は大太刀で応戦するが相手もかなりの手練れだ。


「……っ、お前は何者だ!」


 何も言わない、かと思ったが、銀色の戦士はガンブレードを器用に回して言った。


『我、怪盗を守りし兵士なり。その鐘、頂戴しに参った』


 甲冑からくぐもった声が聞こえる。

 誰か、までは愁一には分からないが、同じ側の人間であることは分かった。つまり、狩師だ。


「何故、この鐘を……」

「退けたくば我を倒せ」


 がしゃん、と重装の音が鳴る。一々、動きが重装備の動きではない身軽さだ。

 一撃、一撃は重い。


 愁一は素早く数歩、下がった。


「何、あれ!」

「問題ないので、倒せるなら倒して下さい。それとも手を貸しましょうか?」

「……っ、嫌な言い方するね。一応、無意味な殺生はしない主義だよ」


 愁一は再び、長刀を構えた。

 この世の力ではない。


「その方がうやむやになっていいでしょう。久しぶりに派手にぶちかましましょう」


 英治は杖を掲げる。


 この感覚は久しぶりだった。


 遠い。遠い。遠い。

 死んで、殺され、そして立った。


 獅道愁一という一人の男の血がよみがえる。


 黒い袴に白い羽織りの裏には真紅の椿。


 長く流れる一つに括られた漆黒の髪。


 そして、黒から白銀に輝く大きな神刀。



 相手から発せられるのは正確、精密な閃光。


 まるで何かの祭りのような。

 何かの舞台のような。

 映画のような。


 そんな光景だが愁一の心情は静かだった。


 ビルの周囲から、サムライ、サムライ、と謎

 改行ミス?のコールが聞こえる。大騒ぎに元々、これが何だったのかすら忘れそうだが、愁一にとってはどうでも良かった。


 それは亡くした一部の復活。失った自分の帰還。戻った己の全て。


 愁一はゆっくりと甲冑の男を見た。


「何者かは知らないが、尋常に勝負」


 そして、静かに血統を解放した。


 ビルの天辺が白銀に輝き光る。


 周囲の悪霊が一気に消滅して逝く。



 そして、次の瞬間には先程と同じ静寂が支配した。


 ごーん、ごーん、という鐘の音が静寂に染み入る。


「……あれ?」

「予告状の時間は過ぎました。防衛成功です」

「……ぇえええ??」


 次の瞬間、今度はどーん、と日本の花火が空に上がった。


「何、どういうこと?」

「後でちゃんと説明します。……でも、その前に、……ありがとう、……俺を許してくれて」


 英治に肩を抱かれ、愁一は素直に驚いた。


「礼を言われることは何もしてないけど、これからもよろしく」

「……ああ」


 二人はもう一度、相手を交わす。



 何も言葉を発しなかったが分かっていた。


 これから、一緒に生きて死にましょう。この世界で。


 久しぶりに見た日本の花火は驚くほど綺麗だった。

 金色、青、水色、ピンク、橙色、赤。

 柳に菊。

 街の人々は大喜びだ。


 愁一は再び、英治とリンクが繋がっていることを確認する。

 これが本来のあるべき姿だ。しっくりもする。


「時と言うのは、あっという間だね」


 愁一は下から近代化した街を見て言った。


「ええ」


 二人は何も言わず、しばらくロンドンの花火を眺めていた。








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