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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第七章 Lunar Eclipse
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第一接触 月が地球の本影に入り始めた瞬間

 

 概ね、多くの人々にとって彼の行動は突然で突拍子もなかった。


 それは自分自身も理解していた。

 獅道愁一にも理解が出来た。

 しかし、あの学園の中の、高校三年生という空間、生活、日常は愁一にとって全て檻の中のように思えた。

 それは、いわゆる鮫から己の身を守るためのような檻だ。

 記憶もない。家族の記憶もない。そんな愁一にとっては高校三年生の一年間は猶予のようなものだ。誰かが意図して与えられたものだ。その与えた本人は全部丸投げてすっ飛んで行ってしまった。

 好きに生きろ、と言われたと解釈するのは都合がいいが、放り投げられたと考えることも出来る。

 気が付いたら、愁一は刀一本を持って世界を飛び回っていた。

 就職先は案外簡単に見つかった。

 愁一のような希な力、つまり見えないモノを見てどうにか出来る人間というのはどこに行っても異端視されるが、彼が作ったこの世界線は違う。

 理解がある一企業が愁一を雇ったのだ。

 そこは個人経営のSP会社と言えばいいだろう。

 しかし、国家総予算で経営される大きな会社だ。愁一がイギリスに寄った際、偶然助けた人間がそこの社員だった。


 特殊法人特務防衛機関、通称 Lunar Eclipse。

 略称L.E。


 名前はなんだか長く格好いい気はするが、つまり金で動く高級派遣会社だ。


 ありとあらゆる分野に精通した人材を揃え、要望に応じて金で動く。


 愁一は個人SPの分野でSSS、トリプルスコアの称号を持つ社員の一人だった。

 しかし、つまりそれだけ愁一が契約で動くと金が動く。普段は、勝手に悪霊を狩ったり、ロンドンにあるオフィスでのんびり茶と菓子を食べていることが多い。


 今日のロンドンは珍しく晴れていた。

 日本人が好みそうなバロック建築の塔がそのオフィスになる。一見、そうは見えないが、中はハイテクノロジーの詰まったオフィスビルだ。各国がほどほどに予算を投じ、日本により設計されたらしいのでまるで西洋の忍者屋敷のような風貌に仕上がっている訳だ。

 愁一は19歳でまだ未成年だが、そういう社員はごまんといる。

 気にせず、最近の仕事着となったブラックスーツの襟に月が黒く染まったような社員バッジを着けてそのビルの中に入った。

 これさえあれば身分証明はいらない。

 それと少し細身のネクタイに先に三角形があしらわれた金色のネクタイピン。背中に掛けた竹刀袋の中に入った刀。愁一の装飾品は主にそれと時計一つだった。

 観光客用の門を潜れば中はオフィスビルだ。

 当然、皆英語を話すし、愁一も会話程度なら話す。

 日本人がナチュラルな英語を話すと驚かれることが多いが、これが一番苦労したことだ。

 現地で直接身に付けたことは多い。


 受付、と聞くと大抵美しい女性をイメージするだろうが、大理石で出来たカウンターに腰掛けるのはグレーのスーツを着こなすスキンヘッドの男だ。

 彼は磨かれた革靴の染みの点検を止め、顔を上げ腕を組み直し時計を見た。


「愁一か。久しぶりだな」


 彼はドイツ人なので、英語も少し訛っているが愁一は気にしない。


「いつもの昇格検査があるみたいで正式に出社するように命令されたんだ」

「そういや、そろそろ一年か」

「これ以上、何を検査するんだろうね」

「これに受かればお前はフリーパス、つまり社内に五人しかいないトップスコアの仲間入りさ」

「ふーん」

「本当に君は地位や名誉にまるで興味ないんだな。始めて見た時は驚いた。エンジニアでは珍しくはないがトータルSPの日本人自体が存在しないからね」


 彼は愁一からピンバッジを受け取ってパソコンに何かを入力している。


 受付の男、フレデリックは愁一の初対面から今まで変わらず、同じ会社に勤める同業者だ。当然、フレデリックは愁一を始めて見た時は驚いた。ティーンエイジャーは珍しくないが、愁一は極めて異例だった。

 勝手なイメージだが、日本人は背が低く、猫背でひ弱。赤みを帯びた肌。目も細く眼鏡の男をイメージしていたから、という理由もある。

 十分な背丈に柔らかな物腰、艶やかな黒髪。大きな真紅の瞳。ミステリアスな微笑み。美しい所作。それが愁一だった。

 Syuuichi Shidouという名も日本人ではポピュラーな名なのか何度も聞いたが、愁一はいつも微妙な顔をしていた。

 一度、肩に掛けてある刀を見せてくれ、と頼んだこともある。



 もうさすがにそんなことを問うことはない。



 受付の男との付き合いもお互い慣れるぐらいには長いが、スーツを着ていても分かる。上質な筋肉を持つ男が繊細なタイピングをしていると不思議な気分に愁一はなる。


「おっと、今日は数人、君と同じく昇格検査を受ける社員がいてね。ちょっと面倒かもしれん」

「別にいいよ。良くあることだし」


 愁一はスーツの胸ポケットから懐中時計を取り出し、カチリとカバーを開いて時間を確認する。

 受付の男が興味深い様子で見つめるが、これは世界時計であり、防水性に優れ、ポケットに入れておけば防弾にもなる、かもしれない逸品だ。どこからそんな物、と言われると古郷にいる友人の鏡一狼からある日突然送られた物だ。

 美しい柄の懐中時計の表面には円形に宇宙のような、濃紺のガラス玉の中にキラキラした星のようなラメが入っている。

 素材は分からないが、恐ろしく頑丈な物なので本当に宝石と金で出来ているのかもしれない。

 約束の時間は正午9時。現在、8時45分。

 愁一は懐中時計のカバーを閉じて胸ポケットに戻す。


「OK、受付は完了だ。そのまま、面接室に行ってくれ」

「いつもの庭園かな?」

「yes。さすが日本人。時間ぴったり五分前だ。マザーには連絡しておいた」

「ありがとう、Mr」


 愁一は男からピンバッジを受け取って軽くお辞儀した。必要ないと分かっていても、ついついやってしまうのだ。分かっていてフレデリックはバーイ、とにこやかに手を振った。


 そのまま、大理石とステンレスのオフィスビルの中を歩いてエレベーターに乗る。


 エレベーターには紺色の絨毯のみで窓もない。ステンレスの器のように円形で扉の近くに丸いボタンが付いていた。愁一は最上階のボタンを押し、しばらく壁に腰掛ける。


 鏡一狼は現在、最少年の囲碁の名人だ。その話を聞いた時、偶々南極近くで仕事をしていて冗談で南極の氷をクール便で送ったのだ。

 その時、日本はちょうど暑かったので、かき氷にしてね、とまた冗談半分の手紙と一緒に。

 そのお礼の品がおそらくこの時計だ。


 日本で築いた友好関係はまだ続いている。

 彼らは愁一を心配しながら、時々面白がって仕事に協力してくれたりする。


 世界は広く、様々な狩師がいるが、やはり国民性で仕事に違いはある。

 エクソシストと崇められ、まるでスイッチが入ったように呪文を唱える者、力技で追い出す者、詐欺まがいの者まで様々だ。

 自分が信用して事を頼める人間、というのは何よりも大切なことだ、とこの一年弱で学んだことの一つだ。


 そんなことを考えている間に、エレベーターがチン、と音を立てて最上階の到着を告げる。

 時間は8時48分。


 最上階はガラス張りの屋上で、空中庭園になっていた。

 まるで植物園のような場所はこの会社の社長、マザーと呼ばれる老婦人の趣味だ。


 そのマザーはケイやカイウスが住んでいた国、つまり冥界の入り口である亡国出身の人で今は庭園の中央にあるテーブルの上にティーセットを用意していた。


「お待たせして申し訳ありません」

「あらあら、いやだいやだ。まだ準備が終わってなくてよ。愁一」


 最初の言葉を二度繰り返してしまうのは彼女の癖だ。

 彼女は白髪の品の良い婦人で、園芸と菓子作りが趣味だ。だから、家政婦にやらせることは出来るが、彼女は自分でやるのだ。


「動きが遅くなって困るわ。歳は取りたくないわね」

「面白い冗談ですね」


 愁一はにこやかに微笑んだ。


 彼女は、もちろん冥界の人間だ。つまり、本当の歳はいったいいくつなのか分かりやしない。

 愁一は老婦人に促されてから席に座った。


「冗談ではないのよ。時代は流れるのが早い」

「そうかもしれません」

「だから、一日というのも無駄には出来ないわ。貴方の会いたい人には会えて?」

「いいえ」


 愁一は首を振る。様子を見るに、紅茶が完成し、お茶会が始まり終わるまでの時間が面接時間だ。


「こうして向き合っていると、貴方と出会った日を思い出すわ」

「……俺が貴女の社員のターゲットを斬ってしまった時でしたっけ?」

「そうそう。いいのよ、いいのよ。あれは。あれは世界を駄目にする。転生者。勝手に世界を変える。それはいい時と悪い時がある」

「仰有る通りです」


 愁一はマザーの考え方には概ね賛同していた。

 冥府から送られた転生者にはいい場合と悪い場合がある。世界を変える。やり直したい。今度は自分が王になる。世界を救済する。

 そんな考えは今、いるこの世界の人間には関係のないことだ。

 勝手にそんなことをされて、この世界が歪んでは困る。そんな人はお帰りいただく。それがこの会社の理念の一つだ。

 愁一はそれを深く理解していた。だから愁一はこの会社に就職した。

 そんなことを考えていると、上質なティーカップに注がれた紅茶が目の前に置かれる。

 テーブルにはレモンの蜂蜜漬けとミルクの小さなポッド。

 愁一は輪切りのレモンを小さなトングで詰まんで紅茶の上に浮かべた。


「熱いからもう少し待ちましょう。今日はサンドイッチも作ったのよ。ちゃんと美味しいはずよ。お昼にいかが?」

「ええ。是非」


 マザーは不作法は嫌うが、格式が過ぎる食事も好まない。特に親しい相手や年下の相手に対して、会議のような食事会は望まない。

 日本の試験や面接とは大きく違うということだけは確かだ。


「愁一から頂いた包丁のおかげね。パンも、野菜も綺麗にスライスするの」

「それほど特別な物ではないのですが……」

「普通に凄い物をアッサリ作っちゃうのが日本よね」


 彼女が紅茶のカップに口を付けてから愁一も従うように紅茶を飲んだ。

 レモンの酸で少し色が変わった紅茶の味が分かるようになったのはここに来てからだ。


「さて、雑談はこの辺にして本題に入りましょうか。貴方はフリーになったらどうするの?」

「どうする、も変わらず。会いたい人のために頑張ります」

「確か男の子なのよね?」


 マザーは楽しそうにカップを持った。

 女性は話すことが好きだ。どんな会話でも。


「ええ。恋愛的な意味ではないのですが、運命の人ですね」

「そこ。そこなのよねぇ。恋愛的な意味ではない。私は別に、男女でも女同士でも男同士でも好きに恋したらいいと思うわ。せっかく若いのだから」

「ご期待に添えず申し訳ありません」


 愁一は苦笑する。


「自分で会いに行かないの?」

「簡単には会いに行けません。友人とも違う。自分で動いて、結果、彼に巡り会いたいんです。そういう人です」

「貴方にそこまで言わせる人ってどんな人なのかしら。きっと素敵な人ね」

「ええ。貴女も気に入るでしょう」

「それだけ稀ってことね」


 愁一はカップの中を覗き込むように頷いた。

 愁一は決めていた。彼、上杉英治が望む時、予期せぬ形で彼に出会してやろうと。細やかながら、今までの仕返しでもあるが、そうすれば彼と対等になれる気がしたからだ。

 別にケイのことを恨んではいない。彼女は元々、彼の物だった。

 彼は多くの、愁一のような異端者にとっての創始者のような存在だ。始めて出会った時、彼自身そう言っていたと愁一は随分経ってから実感する。

 もっと知らなければ、知りたいと思った。

 彼は冥界においてどういった立場なのか。


「貴方の探し人、Eizi Uesugiは冥界においてはそうね、所謂、システムの一部だったの」

「……え?」

「上杉家はそもそも、システムプログラムのような存在でね。一人一人、冥界や地獄では管理しきれない部分を管理していた」


 マザーは二杯目の紅茶にクリームを入れて混ぜている。その時、サンドイッチのバスケットが使用人によってテーブルの上に置かれた。

 カゴ型のバスケットには正方形のサンドイッチが綺麗に並んでいる。卵、きゅうり、トマト。野菜が好きな彼女らしい。


「何故、それを俺に?」

「貴方が望む人について、私も多少知っているわ。だから貴方はここに来たのよね?」

「……知っていたのですか?」

「当然よ。私の知っていることを全て知る覚悟はあるかしら?」


 マザーはサンドイッチを小皿に分けながら穏やかに言った。愁一はただ頷く。


「ええ。あります」

「よろしい。彼ら、上杉家はシステムプログラムだったUという同じ型番でね。KRZNKEZ。これが何を意味するのか分かるかしら?」

「彼らのイニシャルですね」

「その通り。ご名答。それぞれ、意味があるのよ。K黒縄、R六道、Z地獄、N奈落、K呵呵、E閻浮停、Z長阿吟経。彼らのシステムと関係があるかまでは明白ではないのよ。それぞれ適当に付けたという説も、別にSanskrit語のイニシャルだとも、彼らの一部がこれらを管理していたとも言われているから」


 愁一は彼女の口からすらすらと難しい単語が羅列され、思わず驚愕した。


「ああ、私も単語だけ聞いたから、深く意味を理解している訳ではないわ。日本には地獄が多すぎる、というのは理解したけれど」


 マザーの言葉に愁一は苦笑した。


「確かに。彼は時々、物凄く機械的というか、非情というか、そういう時もありますね」

「そう。そうだったの。そのシステムに恋した天の女神が現れるまではね」

「天の女神が……地獄のシステムに?」

「今でも、美談として、もしくは面白可笑しい伝承として冥界では有名よ。女神が興味本意で視察した地獄のシステムプログラム、E.Uに恋して冥界の王女まで身を落としたって話はね」


 そこまで明確ではなかったが、愁一は部分的には理解していた。

 女神だったケイが冥界の管理者の英治に恋をしてしまったと。その英治がその時、管理していたのが下界だ。

 そしてそれが、その時代に生きていた愁一まで飛び火したと。


「そんなに美形なのかしら? それともプログラムとはいえ、人間的造形に優れていたのかしら?」

「プログラム……?」

「ピンと来ない? まぁ、アンドロイドのような存在、だと思えば良いわ。人造人間でも」

「両方、と言えますかね。元がプログラムだから彼らの創始者の趣味とも言えるでしょう」

「それは是非、お目にかかりたいわ。と、いうよりそれが愁一、貴方のフリーランスの条件よ」

「……え?」

「上杉英治に私を会わせること」

「それって……」

「ただの興味本位よ」


 彼女は楽しそうに頬笑む。


「フリーランスのメリットはあるのでしょうか?」

「応酬は貴方が好きに決めて良いわ。わざわざ、会社を通さなくてもいい。逆に会社に依頼してもいい。概ねの国にビザ無しで行けるわ」

「なるほど。確かに悪くない」

「実は、もうほとんど貴方の昇格は決まっているの。だから、この時間は書類作成と資格更新、そして私との雑談の時間ね」

「いいんですか? そんな簡単に」

「ええ。貴方の前にやった試験が最悪で疲れてしまったわ。実力をいかに自慢してもこちらには事実しか記録されないのにね」

「それはそれは」


 紅茶の三杯目は出ないだろう。

 それぐらいは愁一にも分かった。




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