第二夜 現世世界
翌朝にまず家着にしていた袴から制服に着替えた。
これから通う学校も学ランらしく、そのままの制服でいいそうだ。
居間に向かうとケイが不満そうに制服姿で座っている。
和室は驚くべき程に綺麗になっていた。きっとケイが何かしらの力を使ってくれたのだろう。
ささくれた畳も柱も。
ケイは高校の制服を着て不満そうに座っている。
「お腹が空きました」
「そう言えば……まだ何も食べてないね」
「上杉に聞けばある程度の知識は得られるでしょう」
「そうなんだ……」
「記憶喪失も良いですが、少しぼんやりし過ぎでは?」
そう言われても愁一にはどうにも出来ない。翌朝目覚めれば……なんて都合の良い事はなく。
愁一も困っていた。
「それは元々の性格っすね」
襖から現れたのは上杉英治だった。
相変わらず、黒く美形の青年は襖に体を預けながら立っている。
「勝手に入らないで下さい!」
ケイは怒った。
何故かケイは上杉英治に対して謎の対抗心を持っている様である。
「ま、気配が察知出来るようになってから言えよ」
「ぐぬぬぬ」
ケイは悔しそうに英治を睨む。
英治は、なんてこと無さげに愁一に話しかけた。
「朝ご飯は食べました?」
「道具も少ないし、それどころじゃなくて……」
「そう思って持って来ました」
と、英治は包みを愁一に手渡した。
中身は握り飯だ。
「うわぁ、ありがとうございます!」
三つの握り飯の具はそれぞれ昆布と梅と鮭だった。
ケイと分けて食べる。
「もっと豪勢な朝ご飯が良いです」
ケイはぶちぶちと文句を言っている。
「美味しいです!」
愁一は己が空腹だったことを思い出してケイの言葉を遮り、もぐもぐと食べる。
「……取り合えず。藤堂高校に入学する前に現世と冥界の知識は身に付けて下さいよ」
英治は愁一の目の前にどっかりと座り、色々なパンフレットを取り出した。
朝、五時。
ケイは眠そうに愁一の隣に座っていた。
「我々は冥界直属の現世担当悪霊魂送部隊です」
まず、英治は『冥界へようこそ』というパンフレットを掲げる。
愁一はそれをぺらぺらと捲った。
英治は学生の制服姿だが上着のボタンが全開であること以外服装の乱れはなく前髪も真ん中に分けられ綺麗に整えられている。
「まずデバイスを渡します。これは今まで狩った悪霊、魂送した悪霊のデータが個人で記録されています。これらは全て冥界にデータとして送られるので」
愁一は英治に長方形のデバイスを渡される。
「報酬も全てそこに振り込まれます。これはIDと同様なので紛失しないで下さい」
「ちょっと! 何故、私の報酬より愁一さんの報酬の方が額が高いのですか!」
ケイは不満らしく、ドン! と机を叩く。
「当然の結果です。悪霊を退治した際、どちらがより貢献したかにより報酬は変わります」
それでもケイは不満そうだ。
愁一は素直に受け取った。
「ありがとうございます」
「それと……確かに俺は数千年は生きてますが現世では高校一年生という設定です。獅道先輩は高校三年生ですから敬語である必要はありません」
「分かった!」
愁一はもぐもぐと握り飯を食べながら頷く。
「しかし私が留学生なのは分かりますが。何故、愁一さんは高校三年生なのですか?」
ケイの問に英治は答える。
「その身長なら高校三年生でしょう。180はある」
「……」
愁一は自分の頭上に手を翳す。そして英治を見た。
「因みに俺が低いって訳じゃないですよ。178はあるんで!」
「はいはい、分かりました。とにかく愁一さんが悪霊を狩る。私が冥界に送る。そういうことです」
ケイの言葉に愁一はこくこくと頷いた。
「慣れるまではアシストしますが、藤堂高校には狩師や魂送師、その素質がある者がごろごろしてます。あんまり面倒は起こさないで下さい」
その言葉に愁一は再びこくこくと頷く。
「で、多分先輩の力は血統術なのでそれも追々教えます」
「血統術?」
「己の過去の血を使う術です。血、と言っても赤い血ではなく……なんというか、サラブレッドのように血統を意味します。狩師はこれを使えることが大前提です」
「……血統」
愁一は理解したような、してないような微妙な顔をしている。
「やはり先輩は言葉で覚えるより体派っすね」
「彼は私の狩師です!」
ケイはばんばん、と机を叩いて怒った。
「はいはい俺より上手く教えられるならどうぞ」
「ぐぬぬぬ」
「ケイさんと上杉君は仲が良いんだねぇ」
『何故、そうなる!』
愁一の、のほほんとした言葉に二人は勢い良く反論した。
よっぽど嫌だったのか、ケイはさっさと先に行ってしまう。
愁一は英治と二人で学校までの道を歩いていた。
満開の桜で満ちている。
「綺麗だねぇ」
「そっすね。先輩に良く似合う」
「え? そうかなぁ?」
そういえばあの陰陽師を探せばもっと色々なことが分かるのだろうかと愁一は悩む。
しかし情報は声しかない。
だから英治に言うべきか悩む。
「獅道先輩は正確には血統術を使っていません」
「……え?」
英治は腕を組みながら言う。
「備わっていれば何かしらの変化がありますから。放課後、正しく血統解放術を使える人に会ってもらえば分かるかと」
「じゃあ……どうやってあの時、俺は悪霊を倒したの?」
「おそらく獅道先輩自身の力ですね」
「俺自身の力……」
「放課後、足利先輩に会ってもらえば分かります。正しい血統解放が可能な狩師です。獅道先輩の武器が刀ならいい修行になるでしょう」
「分かった」
「三年の教室は一階です。どうぞ高校生活を楽しんで下さい」
と、丁寧に言われ愁一は英治と別れた。
藤堂高校は少し古めかしい木造の校舎だった。校庭や食堂等あるらしくボロさは感じないが桜の似合う高校だ。
担任の教師に色々と案内され愁一は関心するばかりである。
「この時期に転校して来るとはどんな生徒かと思いましたが、のんびりした方ですね」
担任の鳩里桂一が言ったので愁一はびくりと肩を震わせる。
「すみません、まだこっちに来たばかりで……」
「いえいえ。背が高いのにおおらかな生徒で安心しました」
そういう鳩里桂一も背は愁一より高く笑顔ではあるが隙のない振る舞いである。
眼鏡のせいで表情は分かり難い。
愁一はもしかしたらこの人があの声の主ではないかと思った。
「早く登校して下さったので助かりましたよ」
「いいえ。俺もまだ分からないことが多いので……」
「分からないことがあれば何でも聞いて下さいね」
スッと微笑むが、やはり大きな眼鏡のせいで表情から感情は分からない。
この人ではないかもしれない、と愁一は何となく思った。
自分のクラスに入ると自己紹介を求められ流石の愁一も緊張した。
全生徒の視線が愁一に降り注ぐのだ。
ざわざわと話し声まで聞こえる。
「えっと獅道愁一です。まだこっちに来たばかりで分からないことの方が多いですが、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、まばらに拍手が聞こえた。
席は一番後ろ。
窓際の隣で愁一の背の高さから言ってもベストな場所だった。
「来たばかり、ってどこから来たの?」
「ひょえ!?」
突然、隣の女子に話しかけられ愁一は驚く。
窓際の席に座る女子生徒だ。
綺麗な栗色の髪が肩に掛かっている。
薄い水色の瞳は好奇心に満ちていた。
「海外とか?」
英治には記憶喪失であることは黙っているように言われている。
色々と面倒だから、だそうだ。
「いや、近くで……この辺で……」
「ふーん。訛りもないからそうなのかな。私は天崎伊鞠。よろしくね」
「よろしくお願いします」
愁一はぶんぶんと頷いた。
「……何か面白い人ね」
天崎伊鞠は微笑む。
瞳の大きい美人だった。
確かに転校生が記憶喪失だなんて面倒なことしかなさそうだ。
授業を受けても転校生というだけで色々な質問をされる。
歴史、漢字、古文、漢文なら答えられるが……英語と数学はさっぱりだ。
隣の伊鞠と更に隣の男子と前の男子が大がかりに教えてくれる。
「英語と数学苦手なの?」
休み時間、必死にシャープペンの芯を折らずに字を書いていると窓側の隣の席の伊鞠に話しかけられ愁一はぶんぶんと頷いた。
苦手という以前の問題だ。
「苦手というか……」
「歴史は得意そう。……じゃあ私が数学教えるから。歴史、教えてよ」
「いいよ。数学得意なの?」
何だか少し意外だった。
伊鞠は鞄から筒状の小さな棒を取り出し蓋を開け中身を愁一の掌の上に降り注ぐ。
中身は丸いチョコレートだった。
「ありがとう!」
「まあまあ。けどシャープペンの芯が折れてるよ」
「力加減が分からなくて……」
「何それ……鉛筆なら使えるかな?」
彼女は愁一にぽん、と緑色の鉛筆を投げて渡す。
「いいの?」
「もっと力抜いて持って」
伊鞠は丁寧に愁一に鉛筆の持ち方を教えた。
「こうして、こう」
「書けた! 折れない!!」
「原始人……」
廊下側の男子がぼそりと呟く。
「ありがとう! 天崎さん」
愁一が微笑むと、伊鞠は途端に自分の席に戻った。
会話はそれだけだった。
このクラスの人々は皆いい人だ。
愁一が何かに困っていると然り気無く教えてくれる。
しかし押し付けがましくなく。
自然に会話に入れて不用意に踏み込んで来たりはしなかった。
おかげで愁一は昼休みには緊張が溶け、のんびりと食堂に向かおうとした。
「獅道って部活入らないの?」
「その背の高さなら何でも行けるぜ。バスケとか、どう?」
男子数人に囲まれたが愁一は朗かに答える。
「まだ、この学校のことも分からないからもう少し見学するよ。ありがとう」
手を振ると男子数人はあっさりと手を振り返してくれた。
昼食は英治と食堂で食べることになっている。食堂の使い方も丁寧に教えてくれた。
「まず食券を選んで下さい。先輩は一年分の費用が出てるのでお好きに選んで下さい」
スタンダードなメニューがずらりと並んでいた。
愁一はカツカレーのボタンを迷わず押す。
「何故それに?」
「美味しいってクラスの人に聞いたんだ。お腹空いた!」
英治は食券を押さず通り過ぎた。
「あれ君は?」
「自前っす」
と、コンビニの袋を掲げている。
真っ白な丸い椅子ばかりの椅子の上で愁一と英治は昼食を食べる。
「何か困ったことはありませんか?」
「大丈夫だよ。クラスの人が色々教えてくれた」
しばらく考えながら英治は言う。
「それは先輩の人徳っすね」
「人徳?」
「いかにもいい人そうですから。相手も悪いようにはしないでしょう」
「悪いことなんてしないよ」
「そうですね」
英治は微笑む。
その笑顔は媚びるような笑顔ではないが美しく、こちらがほっとするような優しい微笑みだった。
愁一は少し意外に思い、しばらくポカンと英治を見つめた。
もっと機械的で効率しか考えていない青年だと思っていた。
「何か?」
「あ、でも……こういうのは自分で作れるかな?」
愁一はカツカレーを食べながら問う。
「調理器具と食材があれば可能です」
「俺は放課後、修行があるからケイさんに買って来てもらおう」
思い出したように愁一はポケットに入っていたデバイスを弄る。
「料理するんですか?」
サンドウィッチをかじる英治は意外そうな表情をしている。
真っ直ぐな切れ目のせいで勘違いしていたが彼は案外表情豊かだ。
愁一は食堂にあったレシピ集を見て頷く。
「色々してみたいんだ。せっかく記憶が真っ白な状態なんだし。色々驚くことも楽しんでみたいっていうか」
「前向きで良いですね」
「うん」
愁一は微笑んだ。
どうやら、こういう性格らしい。もう記憶がないのだから騒いでも悲しんでも仕方がない。
驚きながらも初の学校、初の授業を終え指定された柔道場に向かう。
そこにはあの時、英治の隣にいた侍がいた。
綺麗な正座で目を瞑っている。
何故か愁一は胸がざわついた。
「時間ピッタリだ」
侍が瞳を開く。
「……えっと、はい」
「俺の名前は足利義輝。お前と同じ三年で生徒会の副会長をしている」
また愛想がなく、ある事実をすらすらと並べられた。
「は、はい……」
「そして足利義輝の血統を解放出来る狩師だ」
上げられた前髪。
鋭い瞳。
隙はまるでない。
蒼い袴がよく似合う正しく侍だ。
「すみません、俺は俺のことがよく分からなくて……」
「結構だ。これから、お前の体に聞いてやる」
侍は殺気を放ちながら刀を抜いた。
刃に男の瞳が映る。
愁一は咄嗟に竹刀袋から刀を取り出し構えるが数歩遅い。
躱すことは出来ずに押され下がった。
「……っ!」
「その動き。やはり素人ではないな」
その侍の瞳は本気だった。
本気で愁一を殺す殺気だ。
周囲の桜の花弁が散る。
不思議と愁一に恐怖はない。
刀があるからだ。
愁一は布に包んでいた刀を取り出す。
「そうみたいだね」
「貴様、何の生まれ変わりだ!」
「それが分からないんだよ!」
相手の攻撃を受けながら愁一は必死で答える。
お互い刀を構えて向き合う。
「恐怖はないな」
愁一は刀を持ち直し頷いた。
「先程の優男が嘘のような殺気だな。やはりお前の武器は刀か」
「そんな会話をしている暇があるのか」
愁一は自分でも驚くほど冷酷な声が出た。
素早く義輝との距離を詰めて刀を降り下ろす。
弾かれるが構わず持ち手を変えて押し倒した。
「まるで流派もへったくれもないな!」
義輝の一閃を交わし愁一は構わずもう一度攻撃を放つ。
おかしい。
体が勝手に動く。
義輝の攻撃は素早く美しい。
愁一の攻撃に流派も何もないのは見れば当然で、奇襲、変則的動き、何でもありだ。
義輝の一撃を躱してくるりと回り装飾のない長い柄で胴を突く。
ギリギリ、刃で押さえられたため道場にキンッと刃物がぶつかる音が響いた。
手段を選んでいる暇はない。
何故なら死にたくないから。
愁一は素早く、くるりと刀を回し不格好な突きが義輝の頬を掠める。
数秒の出来事で桜が床に舞い降りた。
「しかし血統は解放出来ない様だな。記憶のせいだけではあるまい」
「……っ、体が重い」
躱された。
刀を持つ手先が震えた。
完全に鈍っている。
「良いだろう。手本という奴を見せてやる」
足利義輝は刀を持ち変えて下に落とした。
「足利先輩! 殺されると困るんですけど!」
この叫び声は英治の声だ。どうやら道場にいるらしい。
「殺しはしないさ」
愁一が息を整えている間に道場の風景が変わった。
懐かしい授業で習った戦国時代の袋小路に。
愁一はもう一度立ち上がる。
目の前の侍を見据えて。
「俺の血統は名の通り足利義輝だ。足利家の復活を望んだ連中が遺伝子操作やらなんちゃらをして造り上げた偽者の、血統だ」
「偽者の……血統?」
「血統解放とは過去の己を呼び起こす、過去の力を呼び起こす過去の己の血統の解放を言う。俺が足利義輝の血統を解放して扱っているということだ。理解したか?」
今の足利義輝は正に足利義輝だ。
空気は正しく戦国時代だった。
どこか懐かしい匂いがする。
愁一は刀を持ち直す。
「俺は俺の生きた時代なら自在にその場を変えることが出来る。城はもちろん、財産、刀、全てだ」
しかし何故か、足利義輝の言葉、姿はどこか悲愴感に満ちていた。
これだけの力を持ちながら高慢さはまるでない。
「行くぞ」
その言葉と同時に袋小路に刀が降り注いだ。
愁一は素早く交わすことで精一杯だった。
紐に括られた何十本の刀が解かれ、地面に刺さる。
しかし愁一は疑問に思う。
「どうして、そんなに嫌そうに刀を振るうんだ!」
巧みな大量の重い一閃を受けながら愁一は叫んだ。これだけの力があるのに。
何故そんなに辛そうな顔をしているのか。
「辛そう、嫌そう、当然だ! 俺は単なる偽者だ!」
義輝は叫ぶ。
それは一瞬だった。
居合いが来る。
愁一は勘で体が勝手に動いた。
その居合いを黒刃の長刀で受ける。
そして愁一は一瞬目に入った義輝の刀で義輝の脇腹を殴った。
「……っ!?」
義輝の体が一瞬、揺らぐ。
「偽者なんかじゃない!」
「……血統も解放出来ない小者に何が分かる」
義輝の口からは血が出ていた。
しかし、そこから身動ぎすることなく。
愁一の長刀は彼の刀により止められる。
「小者だから分かる。君は偽者なんかじゃない」
空間が溶けた。
ここはただの道場だった。
愁一はまるで数千年前に戻ったかのような錯覚にまで陥っていた。
義輝はチン、と刀を鞘に納めた。
愁一の手からカラン、と刀が落ちる。
「これが血統解放……」
義輝が礼儀正しく礼をしたので愁一もそれに習った。
暑かったので道場の外で制服のボタンを外していると足利義輝に水のペットボトルを渡される。
「ありがとう」
「お前の力は認めるが俺が教えてどうこうなる力ではないな」
義輝は入り口の階段にどっかりと座った。
「そうなの?」
「ああ。お前の刀にはまるで型がない。どこの流派でもない」
「……」
「お前自身で磨き、鍛えるしかない」
愁一は頷いた。
「ま、基礎なら教えてやる」
そう言って足利義輝は道場に戻って行った。
その様子を見ていたのか英治がひょっこり顔を出す。
「良かったっすね」
「え……?」
「とりあえず認めてくれる、ってことでしょう」
「……けど俺にはあんな力はないんだよ……」
愁一は思った。
確かに刀を握ると体が勝手に動く。
けれどあれが血統解放と言うならば愁一の力は無いに等しい。
「それは先輩だけのせいじゃないでしょうね」
「……え?」
「その内、分かりますよ」
今日はケイがいなかっただからだろうか。
愁一はそうぼんやりと思った。
「そういえば足利君と上杉君がパートナーなの?」
「いえ、俺は全魂送師の取締役みたいなもんなので。全ての狩師の血統解放が出来るんですよ」
「それは凄いね!!」
愁一は素直に感心した。
流石に何千年も生きてはいない、ということだ。
家に帰ると夜になっていた。
ケイは買い出しが大層不満だったようで機嫌が悪かった。
大量の荷物を抱えて、いかにも怒っています、という表情だ。
「それは違います」
愁一の話を一通り聞いたケイは言う。
「違う? 何が?」
ケイは愁一を指差し言った。
「貴方の血統解放です。普通、血統解放が成功していれば何かしらの変化が起こるのです。貴方が見た侍のように。私がまさか失敗したとは思えませんし、記憶が無いせいでしょうか」
愁一の顔が引き吊る。
何処から溢れるのか、その自信は。
これが彼女の性格なのだろう。
「それで私に買い出し荷物持ちまでさせて何が出来るのですか?」
「ご飯!」
愁一は制服の上着を脱ぎシャツの腕を巻くってお玉を構える。
その間ケイは暇そうにお茶を飲んでテレビを眺めていた。
「愁一さんは両親のことが気になったりしないのですか?」
愁一は土鍋で米を炊きながら答える。
「さあ。記憶がないからね。どんな両親だったか、顔も覚えてないし、どんなことがあってあそこにいたのかも分からないから心配しようがないね」
グツグツと土鍋の中の米が煮えている。
今日は簡単な料理にするつもりだった。
「そんなものですか……」
「ケイさんは?」
「私は冥界の女王です。姉と妹がいます」
「へぇ!」
「私達の管理下はフランスにある冥界が管理しているミクロネシアの国を拠点としているのですが、今は英治に拠点を変更されてしまいました」
だから彼女は金髪の外人美女だったのだ。
「女王様なの!?」
「と、言ってもただの第二女王です。しかも現場最高責任者の上杉には敵いません」
「そんことないよ」
少し味の不安な豚肉のしょうが焼きと味噌汁とご飯を食卓に並べる。
「美味しそうですね。いただきます」
「いただきます」
味は多分、不味くなかった。
しかし、これが正しいしょうが焼きなのだろうか。
「……美味しい!」
「そう?」
「美味しいです」
「良かった」
不格好ではあるがまともな夕食を食べることが出来た。
ケイはご飯を食べながらニュースを見ている。映っているのは警視総監の記者会見だ。
「彼は上杉英治の祖父に当たる人物です」
「……へ!?」
「上杉は日本警察の要とも呼ばれています。当然、魂送師としての能力も優れています」
夕食を食べ終えたケイはお茶を入れながら、愁一に紙のメモを渡す。
「我々魂送師と冥界との鍵は……男性は基本ネクタイピンになっていて、何かしらの図形の形です。上杉は三角形」
ケイは白い紙の上にペンで三角形を書いた。それを七つ書いて更に大きな三角形を書く。
「これが、上杉のシンボルマーク。一人一人の三角形が葉で合体すると大きな杉の木になるのです」
「なるほど、そういう図なのか!」
「彼らは一人一人が優秀な魂送師で優秀な力を持っています。私は上司の英治しか間接的に関わっていないのですが。彼の魂送師としての能力は空間把握能力です」
「空間把握?」
愁一は今一つピンと来なかった。
ケイは続ける。
「地図を平面ではなく縦に認識することが出来るのです。建物から狙った場所に直線距離最短で弾を射つことが出来ます。普段は普通の高校生のように振る舞っていますが彼は銃火器のスペシャリストで遠距離射撃において右に出る者はいないでしょう」
「……つまり凄いんだね」
「ええ。凄いんです。悪霊が闊歩するビルを一緒に探索すれば有り難みが分かるでしょう」
しかしケイはどこか不安そうな顔をしている。
「私にはそんな力はありません」
「……ケイさん」
「ですから、きっと貴方に迷惑が……」
「大丈夫だよ!」
愁一は微笑む。
「……え?」
「俺も記憶喪失だけど……頑張るからさ。一緒に頑張ろう」
「……そうですね」
ケイはようやく少し微笑んだ。