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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第六章 とある星の光り方
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一の幕 狂い星

 


 彼の君が旅たち数日間。

 幾日が経っただろう。気が付けば彼は休学していた。

 その情報に鏡一狼は顔をしかめる。


「休学?」

『ああ。上杉は問題ないにしても、獅道まで何処かに行ってしまうとは……』


 電話の相手は足利義輝だった。


「休学は驚きましたが、場所は分かっているのでしょう?」

『ああ』

「……長くなりそうだ」

『そうだな。一筋縄では行かないらしい』

「獅道愁一の死の連鎖を断つにしても……きっと直ぐには帰って来ませんよ」

『お前が言うのなら、そうなんだろう』


 夕暮れの色が反射して眩しい。


「ともかく、俺がここにいる、という事実は変更しません。拠点は、という意味で」

『そのようだな。桜小路七段。実は今日、電話した用件はこっちだったのだが』

「ありがとうございます」


 鏡一狼は通話を終わらせた。




 悪霊、怨霊、魑魅魍魎。


 踏み入れれば分かる違和感。



 最近、多くなってしまった。


 海外に行った獅道愁一とは違う道を選んだのだから、当然と言えば当然だ。


 たった一人の魂送師。


 戦おうと思えば戦えるが、やはり限界があった。


 愁一にはどうにかなる、なんて強気に言ったが、状況は芳しくない。


 廃れた神社が人を呼ぶ。


 信仰する人の心を貪り、怨念を貪り、別のモノへと変化していた。


 鳥居は門と同じ。

 人が、叫び、うねる。


 その場に立っただけで鏡一狼は噎せる空気に顔をしかめる。


「これはやり過ぎだ」

「そうは言っても、この神社の持ち主がここを放棄してこうなったんや」


 女は言った。

 彼女は暗殺者だが、刀飾ではなく後始末を請け負う陰陽師だった。

 急に式紙で連絡が来たと思えばこれである。


「どうせ、何かを研究して失敗したんだろう。……そうでなければあそこまで御神体は荒ぶらない」

「すんまへん、借りっちゅうことでどうにかならへん?」


 年齢不詳の陰陽師は軽く片目を瞑って去っていった。


 鏡一狼は再び社に向き合う。


 水路の水を使ってゆっくり結界を作った。


 地面に手を置けば発動する。


 神社を囲う星形に怒りを成して御神体が姿を現した。


「……ったく、こんなになるまで放って置くなんて!」


 鏡一狼は社に飛び乗り星形の結界で拘束して行くが間に合わない。


 赤く、穢れた桜の木がうねり、暴れている。花弁は呪われ、落ちれば地面が焦げる。

 中央の御神木が本体だ。


「参ったな、切るしかないが、俺の力では……」



 そんな時、いつもやって来るのが暁千明だ。


「何、やってんすか、こんな所で!」



 鏡一狼は血だらけの袴姿で社の上に立っていた。


「君は、巻き込みたくなかったんだ。どうしていつも来てしまうんだ」


 そんなことを言われても、千明には分からない。


「え? 体が勝手に動いて」


 そんな千明に鏡一狼は溜め息を吐いた。


 崩れた社で。血だらけの鏡一狼は言った。

「千明。このままだと戻れなくなる」

「……え?」

「君は人ではない」



『……死ね、シネ、しね』


 桜の木が酷く冷酷な声で叫ぶ。もはや、この樹は御神木と呼ぶには憚られる。渦巻く怨念。木々が外の結界を取り込み人を呼び祈るはずの正常な位置が狂い、人の願いが怨となる。


 こうなれば、もはやこの地に神などいるとは思えない。


 あるのは私利欲にまみれた怨念。


「しかし、どうしたものか。一応、元々人々が崇め、祭った場所だ」

「そうだとしても。今はその人を蝕む怨霊」


 千明はうねる枝を交わし、大きな幹に向かって拳を叩き込んだ。そこには一瞬の迷いもない。


「君になら……どうにか出来たのだろうね」

「そんな気はしてました」


 ドスンッと音を立てて木は折れた。

 最後の悪あがき。木の根がうねうねと鏡一狼の腕に絡もうと動く。


「これ以上、この人に近付くな」


 そんな木々を千明は回し蹴りで散らす。

 夜の神社には人はおらず、朧月夜が鳥居を照らした。


 もはや桜の花弁か。血か死体か。骨か。それすらも分からない。片が空をくるくると舞う。


「これだけ浄化すれば血に還るだろう」

「えーっと、これで……」

「ああ。桜はしぶとい。小さな新芽が幾つか残っていれば、また樹になるだろう」

「しぶといって……」

「……君は?」

「あー? 腹が減ったかなぁ。けど、大丈夫っすよ!」


「……ありがとう」

「そりゃ、何に対する?」

「色々、さ」


 いくら、歴史ある暁家でも夜中に帰れば父と母は怒るだろう。



 暁千明は桜小路鏡一狼を抱えて家の庫に滑り込んだ。

 このまま血だらけで帰れば父と母はまたうるさく言うだろう。

「千明の血統は犬神だ」

「血統? ……犬神?」

「犬耳と尻尾がある。それにあの速さで動くなんて人間には無理だよ」

 血だらけの袴姿の鏡一狼に犬耳を触られ、千明は気が付いた。


「……え、えぇええええ!?」

「……ごめん、俺のせいだ」


 鏡一狼は頭を下げるが、千明は思った。

 その力で、桜小路鏡一狼が守れるならば、それでいいのだ。


「良いですよ。それより、あれは……」

「……穢れた桜の御神木さ。呪われ、その本懐すら失い怪物になるところだった」

「……つまり、危なかったんですね?」


 鏡一狼は何も言わなかった。


「……なら、俺が鏡一狼さんを守ります」

「……千明君は……」

「この力で今まで俺が知らなかった。何も出来なかった。そういうことが出来る。それで充分です」


 淀んだ空を跳んで行く千明の表情は何やらスッキリした表情だ。普通はもっと取り乱すだろうに。

 鏡一狼は狩師についても、魂送師についても、何も言えなかった。

 単純に巻き込みたくないと思ったし、上手く言えないが、そのせいで千明に近づいたと思われたくなかったのだ。

 けれど千明は逆に鏡一狼の力になりたいとずっと思っていた。千明には囲碁の才能はない。その分をこの人に押し付けてしまったとずっと思っていた。


「俺にも出来ることがあるのは純粋に嬉しいです」

「……ありがとう」


 ただ、礼を言った。




 最近、様子が変だと思ったのは間違いではなかった。

 義理の兄、桜小路鏡一狼は陰陽師だった。






 遠い昔。


 千明は血だらけの少年を助けたことがある。

 その少年の腕を掴んで父を見上げる。

 その少年は無表情な目をした少年だった。


 医師は言う。まるで人形のような目をした少年を前にして。

 広い和室は自分の家なのに何処か殺伐としていた。


「一家全焼?」

「ええ、ですから、ほとぼりが冷めるまでここで面倒を見てはもらえないでしょうか?」


 千明はある日、小学校高学年ぐらいの少年と友達になった。

 その少年は恐ろしく無表情な目で、ただ人形のように動いていた。


 その瞳には光源さえなく、本当に翡翠石のような目をしている。


 その瞳には、怒りも、悲しみの感情も感じられない。


「しかし……」


 その時、千明の父は囲碁のプロだった。

 一代で築いた門下ではあるが、成績も悪くなく、リーグ戦のまっただ中である。


「彼の親族が見つかるまで、で結構です。彼は今、事情聴取すら出来ない状況でして……」

「そりゃ、こんな子供に事情聴取なぞ……」

「そういう意味ではありません。彼は今、言葉すら発しないのです」

「……」


 もう一度、少年を見た。その死んだ目さえ無ければ普通の少年である。


 賢そうな出で立ちをした。


 しかし、少年には声も、音も、周りの風景さえ見えない本当にただの人形のような少年だ。

 けれど、千明はその少年の腕をぎゅっと掴んだ。

 そんな姿を見た父は呆れた顔で医師と向き合う。


「こちらの問いを理解してはいるのでしょう。頷きますし、座れ、立て、という簡単な動作ならしてくれるようになりました。しかし、どうしても食事は食べません。言葉も発しません」

「なんだ、家庭内暴力か?」


 だとすれば、更にややこしい話だ。


「いいえ。どこにどう聴いても桜小路家は温厚で平和な一家でした。でした、としか言えません。今は親族含め彼一人しか生存していないのです」

「なんだって……?」

「探せば、いるかも知れませんが……現状は」


 少年はたった一人だった。


「施設に預けるにしても、せめて会話と食事はして頂かないと話になりません」

「病院で、治療は?」

「まず、薬を飲みません。更には点滴しようとしたら暴れて大変でした」

「……コイツ、生きる気はあるのかね?」


 千明にも、この少年が面倒である、ということは分かっていた。


「あるかも分かりません。ただ、もしかしたら、原因はあるかも」

「原因?」

「彼の家が焼失し、彼が言葉を発しない原因、でしょうか」

「それこそ、アンタの仕事じゃないのかい?」

「いいえ。全くの専門外です」

「……は?」

「彼の家は陰陽師でした」

「……陰陽師? あの、映画の?」

「あんなに過激なことをしていたかはともかく、彼らは善人で、代々古くから続いていた陰陽師の一族です。それが焼失……? 妙でしょう」

「確かにな……」


 しばらく父は悩んでいた。

 その少年の腕にすがるような千明さえ見なければ放置していただろう。


「千明、お前何処からその兄ちゃんを連れて来た」

「……兄ちゃん、じゃないよ。鏡一狼。ろう、は狼なんだって」

「お前、言葉の意味分かってねぇだろ」


 千明は、ただ、必死に頷く。

 父は参った、という表情をしている。

 親子の間でさえ、意思の疎通が容易ではないのに、もう一人増えると言っても過言ではないのだから仕方ないと言えば仕方ない。


「良いだろう。ただ、代わりにわしの弟子になってもらう」


 少年はゆっくりと頷いた。

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