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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第五章 Last Day Of The Month
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第四夜 彼の星

 

 監察する、と言っただけあって英治は部屋の出窓から何かを監視していた。

 ライフルのスコープを使って。

 メモ帳等は持っておらず、彼は脳内で記録する。人間ではないのだ。

 おそらく愁一を監察しているのだが、24時間それを永遠と続けて嫌にならないのだろうか。尋ねると。


「それが俺の仕事なんで」


 と、素っ気なく答えた。


「それにしたって、ご飯ぐらい食べて下さい!」


 と強引に引っ張り食卓に連れていくのが日常茶飯事だ。椅子に座った英治は、

「別に食べなくても生きていけるし……」

「美味しいですか?」

「……はい」


 ケイの無言の圧力に英治は頷いた。

 ケイは自分で作ったポトフを昼頃、英治に出した。正面に座り、遅くなった昼食を食べる。


「別に俺に合わせなくても……」

「どうして同じ家にいるのに、別々で食べるのですか?」

「そういう家庭もあるでしょ」


 この間はおにぎりを置いた。午後に皿を見れば全部無くなっていたので、出せばちゃんと食べる人達なのだ。


「それで? スト……監察は進んでますか?」


 ケイは一応、気を使って言い直す。


「まずまず、っすよ。愁一さん、っていうより、桜小路の監察ですが」

「……何故? 私よりよっぽど優秀ではないですか?」


 彼は大きなジャガイモを食べ終え言う。


「奴は一応裏切り者の術者です。本当の目的の為なら手段を選ばない。碁の打ち方にも良く出てます」

「分かるのですか?」

「多少は。今のところ、向こうもそれを分かっているのでしょう。真面目に魂送師として働いています。実際、優秀ですね」


 まるで、皮肉めいた言い方にケイはそっぽを向く。彼との生活も長くなるが、時々超絶素っ気ないのと、この少し皮肉屋な所は好きになれなかった。


「愁一さんは……」

「段々、自分を取り戻してますよ。宝刀も変化して柄も鍔も鞘も戻りました。血統解放後の無効化攻撃の後に着物の中に本物の打刀があるので立派な外道剣術の使い手です。剣術の勘も戻ったのか、一閃で数百の斬撃を放てます。ほぼ、全盛期に戻ってますね」

「そんな……」


 英治は大きな人参を食べて、うまい、と呟く。スープ系はいい。野菜はたくさん入れられるし、好きな時に食べられる。

 上杉家の人々は案外食事に好き嫌いはない。

 それに野菜好きだった。

 英治のように甘いものが嫌いだったり、公貴のように水羊羹が嫌いだったり、それぞれあるが出されれば食べる。因みに、長男の尋也はクリームチーズが苦手で純太は灰色のソーセージが苦手だ。給食で一番残念なおかずだったそうだ。

 スープ系は余ればアレンジ出来る。今回のポトフは自信作だ。

 ソーセージではなくベーコンを使ったので文句は出ない。


「そんな、も何もこれが獅道愁一です」

「貴方は一体、何を……」

「俺は貴女と愁一さんに望んだ生き方をして欲しいだけです」


 英治はご馳走さま、と手を合わせて言った。

 そして壁に掛けられたカレンダーを捲る。そこにはケイが作ったカラスのクリップが付いていた。


「視察はこんなもんで、中旬にはアンタの国に行きますよ。後半は補習だな」

「え……どうしてですか?」

「起こすのさ。奇跡とやらをね」


 英治はニッと笑った。珍しい彼の笑顔だ。


「……まさか、その為に私に……」


 ケイに近付いたのだろうか。


「まさか。それに、もう一つ、鍵を持っているのは第三王女。揃いも揃って相手は日本人だな」

「……そうですね。私達は真面目な男性が好みなのかもしれません」


 ケイは英治に唇と共に指輪を渡す。まだ指にはめる勇気はない。二つで一つ。番のエンゲージリングだ。


 英治は受け取った。


「第一王女が結婚するな」


 ケイは頷いた。


「相手は?」

「まだ公表されていません。式の当日まで公表されない決まりなのです」

「賢いな。指輪が三つの番で、つまり六つ祭壇に揃った時。奇跡が起きる」


 英治はあの国が何なのか知っている。


「しかし、それは本当かどうか……」

「試してみる価値はあるぜ。そろそろ、桜小路が先輩を連れて家に来る。その前に逃げたいんだ」

「貴方はどこまで用意周到なのですか?」

「全部お前のためさ」


 英治はケイの金髪に唇で触れた。小さくリップ音する。


「記憶がないのが悔しいです」

「そうか? 記憶が無くたって惹かれれば恋愛出来るさ」

「貴方が何故、そんな人間らしい考え方をするようになったのか私は知りたいのです」

「……何故か。きっかけは全部お前だぜ」

「その私と、今の私は何か違いますか?」

「いや、全く」


 ケイは時々、希に、こうして英治に抱かれることがある。

 それはケイの力が枯渇しているからなのか、別の理由があるのかケイには聞けなかった。


 そういう時、目覚めると大体夜で英治は先に目覚めてジャージにシャツでベッドサイドに座って何か仕事をしていた。

 尋ねると、教えてくれる時とくれない時がある。

 今回は教えてくれるらしい。

 電話を切って何かをメモしている。


「俺の仕事はもう一つ。第一王女のお相手とコンタクトを取ること。前々から連絡してはいたんだけど」

「……あの国には、認められた冥界の役人しか国民になれません。普段は閉鎖され、人の出入りは出来ない」


 ケイは窓から見える月を眺めながらぼんやり答えた。

 その月をケイは知っている気がした。


「その通り。ただ、王女の結婚式には国が解放されて観光地になる。そうなるとひっちゃかめっちゃかさ。基本入国には仮装が必要だ。悪魔も天使も鬼もやって来る」

「……それも……私が貴方に?」

「……ああ。お前はその日が好きだとよく言っていた」


『お祭りみたいで』


 言葉が重なり、ケイは頭痛がした。彼は本当にケイのことを己以上によく知っている。


「アンタは前に自分がいたから、こうなったって言ってたけど逆です。アンタがいたから、こうなれた。奇跡の規模は分かりませんが、愁一さんの因果を消すか、そもそも、魂送師と狩師の因果を消すかぐらいは出来るでしょう」

「……それは、そんなことをして、他の狩師は……!」

「ほとんど合意です。彼らにはもう今がある。今更、過去の記憶なんて必要ない」

「……それが貴方の本当の望みですか?」


 英治は静かに頷いた。


「元々、閻魔庁の誤算を隠蔽するために作られたシステムだ。狩師、魂送師、全ての枷を外した所で彼らは彼らだし、彼らとして死ぬことが出来る。……もう、いちいち俺が関わる必要なんてない」

「それで、貴方は愁一さんに斬られて死ぬつもりですか?」

「それも悪くない。これでアンタと愁一さんが結ばれればめでたし、めでたし」


 英治は両手を広げる。


「そんなの、私は許しません」


 ケイは英治の胸ぐらを掴んだ。


「アンタはいつも、そうやって同情で……」

「同情ではありません。個人的な私自身の希望です」

「……俺はもう生きるのに疲れたよ。これでも頑張ったんだぜ。蝉の抜け殻を今更どうするのさ」


 珍しく英治は人間らしく疲れきった表情でケイの肩に顔を置いた。

 彼は生きた。生という概念が曖昧になるほど長く。永く。

 気が遠くなるほど。


「分かっています。それでも私は……貴方も生きるべきです。そして死ぬべきです。この世界で、私達と一緒に」


 ケイはそんな英治の頭を優しく撫でた。


「そんな……今更」

「貴方は愁一さんの魂送師でしょう。望むのなら二人で、最後の仕事をするべきです。日本語では仕事納め、というのでしょう」

「妙な言葉知ってんな」


 そして、その手を重ねる。生温い温度は早朝の気温が思ったより寒いせいか。


 ケイは自ら英治の唇に触れた。





 あの時の朝と同じだった。

 どこか妙な感じがして、目が覚める。珍しく、千明より早く目が覚めるのだ。鏡一狼は何となく、師が毎日読む新聞を取りに外に出た。


 夏前の空気に満ちた夜明けは綺麗だ。


 そこに愁一は立っていた。

 制服に、刀を背負って。


 決意に満ちた瞳で。


「俺は行くよ」


 鏡一狼は驚かなかった。


「そうかい」


「……君は?」


 鏡一狼は首を振る。


「悪いけど、一緒に行けない。もうすぐリーグ戦が始まる。それに、手薄になるこの地を守る人が必要だ」


「……きっと、夏には終わらない。数年かかるかもしれない」


「それでも、いくんだね」


 愁一は頷いた。


「……俺は、出来れば……君とまだ一緒にいたかった」

「ありがとう。そう言って貰えて嬉しいよ。けれど、もう限界だ」


 鏡一狼は愁一に向かって手を差し出す。


「探しておいで。自分を。本当の自分を。それが俺の望みだ」


 愁一はその手を取った。


 お互いの手の温度は外の気温より暖かく、血潮が巡り手の先を紅く染めていた。


 手が放れる。


 夏風に視界が揺らいだ瞬間には、お互いのリンクは解けていた。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」



 交わした言葉はそれだけだった。他にももっとありそうなものだが、案外思い浮かばないものだ。


「貴方にお返ししますよ。宝刀を」


 鏡一狼は何処かにいるであろう彼の星に向かって呟いた。




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