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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第五章 Last Day Of The Month
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第三夜 彼の血

 

 あの日から、自分が一体何者なのか少しずつ理解していた。


 家の端にある道場には愁一以外誰もいない。静けさに満ち、木の床は綺麗な飴色に光っている。


 青い袴姿で瞑想する愁一には虫の音すら雑音には聞こえず、傍らには長刀が鎮座していた。


 獅子のような鍔。黒い柄。紅い柄の先には紫色の紐。ボロボロの布切れ一つに巻かれていたはずの長刀は変化している。

 この刀は血で持ち主を認識しているらしく、遠くへ投げても戻って来る。


  瞳を開き、愁一は飛んできた蚊を長刀で音もなく一閃した。


 羽さえ落ちず、 虫は消える。


 一閃した様に見えたのは、その閃の間に数百の斬撃の後である。


 もう今さら、何故自分にこんな力が……、だなんて思わない。

 自覚が無かっただけだ。


「俺は本当に殺人奇だったんだ」


 愁一は顔を片手で被う。

 日が暮れ、影が傾いた。


「……けど、これは俺が元々持っていた力。……いや、蓄積された力か。俺がまた、死ねば力が増える。俺は本当に死んでも直ぐ生き返るのか?」


 刀を持ってはみた。


 虫の音が五月蝿いぐらい響く。



 試す気にはなれなかった。


 過ぎていく日常は平穏で、それが当たり前だ。


 鏡一狼との関係は変化せず、彼は愁一だけではなく他者との関係も上手に構築している。多くなった魂送師たちに頼られることも多い。


 しかし、愁一とは物理的距離の問題で主に電話で会話している。最近、どうにも彼は忙しいらしく、あちこちを点々としていた。用事の理由は囲碁の試合だったり、術者としてだったり。愁一も手伝いたいとは思うが小者の悪霊を狩るだけでお互いに都合を合わせて会うなんて大袈裟過ぎるし、最近はそういう悪霊たちはカイウスや千束が意欲的に魂送してしまう。


 高校生活一学期の最後、夏休み前に義輝と高校の道場で会って試合をした。

 刀のみのルール無し一本勝負。愁一が頼んでやっと義輝は承諾したのだ。


 堅苦しい試合形式ではなく、愁一は制服で。義輝は黒のシャツで刀を構える。


 両者刀を構えたその時、彼は言った。


「この勝負。俺が勝ったら進路希望を出してもらう」

「……あっ、忘れてたぁあ!!」

「なんだ。わざとではないのか? このままだと一ノ宮会長による指導になるぞ」

「……それって、噂の恐怖の指導」

「そうだ。進学か就職かだけでも書いて出すんだな」


 先手は義輝だった。刀の鞘を投げ捨て突きを放つ。愁一は長刀の間合いで刀を止めた。


「因みに、足利君は?」

「俺は警察学校だ」


 その長刀を払われた瞬間、刀の投擲に愁一は打刀で間を取る。義輝の動きは始めて出会った時よりかなり柔軟になっている。極めの境地に達している基本剣術だけではない。彼は元々、頭が切れ視野が広い剣士だが、更に相手の出方を観察し、力だけに頼らず戦術を構築するようになっている。

 二、三度斬り合っただけで、互いの今の力ぐらいなら分かる。

 愁一にどんなに優れた記憶と力があろうともそれを上手く使いこなせなければ意味がない。


 ただの力なら、いなされ交わされる。


「随分、その武器を使いこなしているじゃないか」

 大きくなぎ払ったが、笑顔で交わされる。持ち代えて追撃するが、二本の刀に阻まれた。


「……っ、君こそ、腕を上げたね」

「まぁな。日々、ちんたら修行している訳ではない」


 そんなことを言いながら、後ろから刀の投擲が来るのだから油断なんてまるで出来ない。


「お前は何処か伸び悩んでいるな」


 刀を弾くと、後ろにいた義輝に刃を首元に当てられていた。


 知らない間に彼の血統が発動していた。

 本来ならば、力を無効化にする愁一の方が有利だが、こんなタイミングで使われるとは思わず愁一は呆然とする。一瞬の揺らぎ。一瞬の隙。


 愁一は両手を挙げた。


「やっぱり、君は凄いや。毎日でも頼みたいぐらいだよ」

「勘弁しろ。毎日殺し合いたいです、なんて嬉しくもない」


 義輝は刀と一緒に血統を解いた。


「話ぐらいなら聞いてやる」


 愁一が刀を仕舞っていると、義輝にペットボトルのスポーツドリンクを投げ渡され、愁一は道場の外の空気を吸った。

 そのままコンクリートの段差に腰掛ける。


「汗一つ無いとは憎らしい奴め」

「そういう君こそ。そこまで本気じゃなかったでしょ」

「本気でやったら血が出るぞ」


 本物の、という意味だろう。


「進学か、就職か……俺にはどっちもピンと来ないや」

「では、海外留学という手もあるが」

「……海外? 英語がまるで出来ないのに?」

「今から死ぬ気でやれば基礎ぐらいどうにかなるだろう。お前には上杉もケイもいる」

「……いるかな」

「いるさ。俺の勘だが、あの二人はそう遠くへは行っていない。多分、お前の様子を見ているんだろう」

「……あの二人は、って……どうして二人が一緒だと?」

「簡単だ。二人の消失時期がほぼ同じだ。合意の下、一緒にいるのと考えるのが自然だし、桜小路も気が付いているだろう」

「それじゃあ、上杉君の家に行けばケイさんに会えるの?」

「確率は高いが、お前は上杉からケイを奪いたいのか?」

「……え?」

「会って何を話す」


 義輝の言葉に愁一は沈黙する。

 青空に虫の鳴き声が妙に響く。


「……奪う? 俺が?」

「上杉英治が悪意を持ってケイを拘束しているとは考え難い。元々、ケイを持て余していたお前を見てこうなると予測していたのだろう」

「……そうだとしても、俺はケイさんを心配して……」

「そうか? そうは見えんが。まぁ、上杉とは何かしら因縁はあるとは思うが、カイウスが生きているなら大丈夫だろう」

「それは……どういう意味?」

「……何だ、気が付いていないのか。奴らは魂送師の類いではない」

「……え?」

「フォンベルン家は……人間ではない」

「けど、魂送師はみんな人間じゃないって誰かが……」

「その誰かは上杉英治だが、……そうだな、簡単に言えば冥界の天使だ」

「……天使?」

「本当に分かっていなかったんだな。そうだ。望みを叶える天使」

「だって、カイウスさんは君の……」

「魂送師ではない。彼女は無自覚の間に、俺の望みを叶えた天使だ。俺の今の魂送師は父だ」

「……そんな」

「現実を否定しようがない」


 義輝は淡々と言った。


「君はそれでいいの? カイウスさんに本当のこと言わないの?」

「俺か? ……そうだな。時期が来れば言うかもな。親父も好きにしろと言っているし」

「じゃあ……ケイさんも」

「お前の魂送師ではない。……桜小路は?」


 愁一は首を振る。彼は一時的なものだと言っていた。


「お前は本当は分かっているのではないか?」

「確証がないんだ」

「誰かから聞いたのか?」

「ううん。違うよ。ずっと感じていたんだ。彼を見てると、時々懐かしい気分になるんだ。彼は俺のこと、何か知っているのかも」

「では、何故会わない?」

「何でだろう。彼なりに何かがあるとは思うけど。やっぱり、中途半端には会い難くて……」

「しかし、進路ではないがお前の生き方は決まっているな」

「……え?」

「あの時言っていただろう? 俺はもう死なない。それは、今までのお前の生き方を否定する生き方だ」

「……そうだ。俺は決めたんだ。俺はこの世界で生きて、普通に死ぬって。でも……それにはどうしたらいいのか」

「……そのままでいい」

「……?」

「そうやって、悩むのもまた人だ」


 義輝はそう言い残し、去って行く。


 奪いたいのか? それはつまり、愁一が奪う側なのか。ケイを? それはあまりピンと来ない。



 蚊ばかりを狩っていても仕方ないので、夜は街を歩いて回った。以前ならば気が付かないことに気が付くことも多かったし、見付けることも多かった。


 東京は安全に見えて安全な世界ではない。


 ピカピカした街は明るいが、路地は暗い。


「魂送師も連れずそんなに深くに入り込んでどうする気っすか」


 その路地裏で懐かしい声が聞こえた。


「君こそ。こんなところで何しているの?」


 久し振りに会った気がするが、よく考えてみれば彼がいなかったのは三ヶ月にも満たない。


 相変わらず、夜でも見える黒髪はつやつや光っていた。


「あんまりにもままならないので。行きますよ」

「え……ちょ!」

「家の虫をオーバーキルしているよりは有意義でしょう」

「……何で知ってるの、ちょ!」


 愁一が何かを言う前にぐいぐいと引っ張られる。


「チッ、俺の気配に逃げやがった。追って下さい。さっきの」

「えぇええ?」

「貴方に渡した通信機は生きてますよ」

「……え?」


 制服のポケットから取り出した、三角形の金のネクタイピンが光っていた。

 愁一はそのネクタイピンを握り締める。


「手伝ったら、聞きたいことがある」

「……良いでしょう。悪霊のいる場所で落ち合いましょう。奴らは大体、人気ない場所を探します」


 英治はハンドガンをセットして答えた。


 悪魔の気配は廃墟ビルに向かっていた。


 愁一はその悪魔に向かって大きく剣撃を放つ。


 素早く交わされた。女性だが人の動きをしていない。


「悪霊が集まって別の形になってる……早く倒さないと」


 女性に憑依した悪霊は既に人の形をしていなかった。どろどろのドブのように黒くて嫌な物が落ちる。


 愁一はこの建物が結界で出来ていることに気が付く。

 本物の廃墟ではない。よく似た虚像だ。


 でなければ、こんなところに都合よく廃墟なんて出来ない。


 愁一は長刀を抜いた。


 黒い刃が月明かりに光る。


 強引に力を使えばこの廃墟も崩れる。刀にだけ、力を解放すればいい。


 ゆっくり、刀は白銀に光った。


 悪霊からは、工場から出る湯気のような呼吸音がした。


 相手もこちらの出方を伺っている。


 勝負は一瞬だった。


 投擲した打刀に怯んだ一瞬の隙を狙って愁一は長刀を下ろす。


 体に付いたアクセサリーが外れるように悪霊は女性の体から外れた。


 その瞬間、月明かりが隠れ暗闇が訪れる。


 愁一の刀が光ったその時、銃弾が横を掠めた。


「……君は変わらないね」

「俺は変わりませんよ。変わったのは先輩の方です」


 隣のビルに、月を背にして立つ彼は一層黒く見えた。


 髪が風に靡く。


「聞きたいことに三つ答えましょう」


 彼の言葉は簡潔だった。


「君は何者?」

「いい質問ではありません。貴方は桜小路から何を学んだのですか?」


 愁一はまだ刀を鞘に戻さず握った。


「俺に一体、何をさせたいんだ?」

「ま、どっちも同じですけど、貴方の好きなように生きて欲しいんですよ」


「……俺の好きなように……」

「貴方の血統が過去のものであればあるほど現在の貴方は薄れます。貴方が無くした記憶。戻しましょうか?」

「そんなの……そんなの今更、いらないよ! だって、俺は俺だ。俺の記憶は過去のもので、俺のものだけど違う!」

「いい答えですね。分かってるじゃないっすか。貴方の力は諸刃の剣。刀にまで染み付いた血統が今の貴方を蝕む。貴方はまだ、自分の本当の力を知らない」


「俺の力……」


「これじゃ、進路相談っすね。希望は貴方が決めて貴方が叶える」


「まるで保護者みたいに言うんだね」


「そう変わりませんよ」


 その黒い瞳。その瞳を愁一は知っていた。


 ずっと前から。


「……そうか、君だったのか。俺の最初の魂送師は……冥界直属送迎部地上班魂送隊上杉英治」

「そんな昔の長い肩書きで呼ばれたのは久し振りっす」


 英治は複雑そうな表情で頭を掻いている。



「じゃあ、ケイさんは……どうして……」


「答え合わせは彼の地で」



 それだけ言って上杉英治は姿を消した。


 虚像の廃墟も同時に消え、愁一はただの路地裏に立っていた。


「彼の地……彼の血……奇跡の国。そうか、あの国だ」


 愁一の記憶は確実に戻っていた。






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