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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第四章 夢浮橋
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第十二夜 自己、存在、融解

 

 綺麗な月だった。


「勝手に本から現れる思念など、聞いたことがない。貴様、何者だ」


 ダンダリオンは伊鞠の部屋で月夜を眺める愁一にステッキを向ける。


 その姿は美しく、ただ、中身はあの侍でも姿は違った。黒い学生服の男だったのだ。


 町は既に崩壊している。


「俺の存在は獅道愁一。それ以下でも以上でもないよ」


「伊鞠をどこに連れていった!」

「何処だと思う?」

「貴様……」

「俺のコピーのような存在なのに良く吠える。思念の世界は楽しかったかい?」


 我輩の存在は簡単ではなかった。

 現実の世界での名前は相変わらず獅道愁一。


 だから、我輩も油断した。我輩はダンダリオンという本当の悪魔だと信じきっていた。


 それが彼らの、いや、奴の狙いだったのだ。


 我輩も含め、この男の一部だったのだ。


「つまり、コピーは二つ存在していたのか……。一つの、本当の中の思念を利用してオリジナルはこの世界と現実を抉じ開ける鍵となった」


「正解」


 目の前の男は外の世界の愁一だ。


 それを人は本当の自分と言うのか、分からなかった。


 けれど、我輩は普通に伊鞠の使い魔として生きていた。世界なんてどうだって良かった。


「……そうか、貴様がオリジナルか!」

「そうだよ。君の元だ」


 我輩は全てを失った元兵器の一部だと。


 そのコピーだと言うのか。


「俺は彼女を救う為にこの世界にやって来た。君はどうする?」


「……我輩は……我輩は……」


「そう悲観することはない。君は俺の中の一部だ。戻るだけさ。このままでは伊鞠さんの思念として取り込まれ消えるだけだ」


 我輩にとってはどちらも同じことのような気がしてならない。


 あの男は……こんな物まで記録しようとしていたのか。


「……決めるのは伊鞠だ。伊鞠に会ってから決める」

「そうしようか」


 愁一は頷いた。


 そして、愁一はダンダリオンを連れて伊鞠のもう一つの一部の場所へ向かった。


 外の伊鞠が探していたある物を見付けに。


 現実と思念の混沌が激しい。


「参ったな。時間はあまりない」



 愁一は迷うことなく、真上から跳躍して屋上から研究所に向かって刀をぶっ刺した。大きな穴が開く。



 許可証、通路、アポイントメント、そんなもの関係ない。

 どうやら我輩が降りたのは一階のようだ。


 また随分長い、無機質な白い廊下だ。




 けれどこの研究所には地下がある。

 その前に蹴りは付けた方がいいだろう。


「ごきげんよう、我輩はダンダリオンだ!」


 と、我輩は言った。


「こんばんは彼女の中の自分」


 俺が言った。


 研究所内の長い廊下には部屋が幾つもある。



 ここは間違いなく、天崎研究所だ。そして目の前に立つのは間違いなく、俺のオリジナルだ。


「君、俺と戦う気?」

「思念がオリジナルを倒せない、なんて決まりはないだろう?」


 悪魔は微笑んだ。


「そんなに邪険にしなくても……結局、君は俺の半身なんだしさ」

「うるさい! 貴様の全てを手に入れてやる! 伊鞠を救う為に!」


 彼は言う。


「無理でしょ」

「は?」


「少なくとも、俺の世界にはね、魔法もない。鬼もドラゴンもいない世界だよ。唯一、ある脅威とするなら獅道愁一ぐらいかな。笑える話だね」


「……何?」


「人々は日夜、学校へ行き、仕事へ行き、帰宅し、食事をする。普通の世界だよ。敵であるのは人同士。人の魂。最早、我々が介入したって意味はない。しいて言うなら、人の脅威を越えた天崎さんを殺すこと。俺は正義の味方には逆立ちしたって成れないただの殺し屋だ。悪魔ってのもお似合いかもね」


「我輩も随分、落ちぶれたものだ」


「結果的に、兵器なんていらないんだよ。それが世界の平和さ」


 それでも、オリジナルは刀を抜いた。


 刃が月明かりに光る。


 当然、対立する我輩も剣を抜く。


 これは血を血で洗う戦いだ。


 そこには正義感も、親切さも礼儀もない。

 ただ、どちらが生き残るかー





 天崎伊鞠という混沌の世界から生まれた悪魔は強かった。

 まるで、過去の自分と戦っているような気持ちになる。


 俺の理想。

 俺の強さ。

 そんな物で満ちていた。


「弱いな、人間」


 相手は自分だ。当然、自分がどう動くのか分かるだろう。

 俺の一撃は簡単に交わされ、俺も相手の動きが分かる。動く前に相手がどう動くのか予測も出来るから厄介だ。


 俺たちの戦闘スタイルは基本変わらない。


 人を狩る為に攻撃のみに特化した外道スタイル。

 刀の柄さえ武器になる。


 そして、重要なのはお互いにお互いの必殺技を出すタイミングだ。


 異端者の魂を人の姿に戻す必殺技、それを放つ瞬間が勝負時だ。


 思念と言うだけあって相手は今まで会った敵の中でも霞のようだ。キンッと刃物がぶつかる間合いまで攻める。


「全く分からんね、愁一くん。君は死ねるんだよ? 普通に。他の獅道愁一なんて放っておけばいいだろうに」


 悪魔は理解していた。思念なのは己だと。


「そうだよ。つまり、俺は自分自身の力を消化するために自分自身と戦っているのさ!」


 それが一つの真実だった。


 獅道愁一はこの世界で死ぬために戦っている。


 人に戻るために戦っている。


 人として死ぬために戦っているのだ。


「それじゃあ、今まで我輩が守って来た者はどうなる!」


 段差もない一直線の廊下だからこそ戦いやすく、戦い難い。


 俺がもう一本の竹刀袋に入った刀を廊下の真横に射し、足場を作って相手の上を取る。


「生憎、これは俺に課せられた罰なのさ。人々は守られなければ生き抜こうとする。君は、俺たちはつまり必要ない薬と一緒さ。人々には元々、生きる力がある!」


 その一振りは桜霞に打ち消され、起動が逸れる。


 しかし、俺は構わず壁に射した刀を抜いて相手の胸に押し込んだ。


「何故、抵抗しない」


 思念は抵抗しなかった。


「何故だろうね。しかし、見事だ。獅道愁一。無知の領域からここまで極めるとは」


 思念は言った。もう、ほとんど俺の姿に戻っていた。彼も獅道愁一なのだ。


「俺は、俺たちは結局、この力のせいで普通に死んでも死にきれない。だからこの力をリセットしなければならないんだ。ダンダリオン……いや、獅道愁一!」


  また一歩、近付く。


 俺は産まれ物心付いた時には刀を持たされていた。

 けれど理由は分からず、意味も分からなかった。


 あの人に会うまでは。


 本当は冥界なんてどうでも良かったが冥界の兵器として殺し続ける旅を。


 永遠に続ける俺をリセットすること。


 そういう目的が出来た。


 刀を持つ意味が出来た。


  一歩、一歩ずつだ。


 遠い記憶。遥か昔。


 最初はぼろ負けで、向こうに情けをかけてもらったこともある。けれど、一歩ずつ。俺は学んだ。


 俺は常に戦闘記録を有する転生兵器ではない。


 新たに戦記を記録する人間だ。


 だから、一歩ずつ、一歩ずつ。けれど確実に近付く。


 その刃の向こう側に。


「やぁあああ!」

「……っ!」


  相手の一撃を交わし、その刃を掴んで一気に間合いを詰めた。迷わず心臓を狙うが相手も手練れだ。


 刃で削ぎ返されて俺の肩に傷が出来る。

 大した傷ではない。


  消えかけの俺が声を発する。


「認めてやろう。お前みたいなのには凡百の幸せとやらが相応だったんだ。見初めた相手を妻にもらって子をなして……」


 思念は言った。

 ダンダリオンは段々と獅道愁一という思念に戻って行く。


 相手の肩から血が滲む訳はない。


 桜の花弁が血飛沫のように飛び出した。


「ところが分不相応な力を与えられたが為に、何もかもを一人で抱え込み、その最期が爆発四散にはならぬことを祈るよ、ハハハハハ!」


 その時、俺は気が付いた。相手はもうほとんど霧のように消えかかっていることに。


 俺は迷わず、もう一度一撃を放つ。相手も同じく、一撃を放つ。


 俺たちの必殺技の基本は能力系攻撃の無効化。

 本来人である俺には目眩まし程度にしかならない。

 しかし、漆黒の刀は黄金に輝き同時に一閃を放った。


 もう一人の俺が。


 ゆっくりと、桜霞のように。


 その時、俺は相手の一撃を真正面から受けた。


 死んだりはしない。


 しかし、これは。


「あげるよ。我輩の残りの力を全部。君は普通の人ではなくなるけど」

「もう、おれが何かなんて定義は崩壊しています。これできっと天崎さんのブラックボックスもメモリアルブックによる世界も破壊出来るだろう」

「そう、そして君がのこる。最後の別れぐらい、良いだろう?」


「……分かった」


 愁一は頷いた。


 目の前の男はまだ、かろうじてダンダリオンであり、獅道愁一の思念だった。伊鞠が消えれば彼も消える。


「君が、普通の人として、人を愛して死ぬことを心から願うよ。それが全ての獅道愁一の願いだからね」


 思念は言った。


「……いつから」


「最初から、だよ。我輩は君をモデルにして創られたコピーだ。違うかい?」


 愁一は頷いた。



 やっと、俺の目的が達成された。けれど、これは新たな戦いの始まりだ。


 白い廊下は血にまみれ、桜吹雪が舞っていた。


 これから俺は人を斬る。


 地上にいてはならぬ魂を斬る。あの世に送る為にその穢れた力を削ぎ落とす。


 それが獅道愁一なのだ。


 矛盾していることぐらい理解している。


 けれどそれが獅道愁一なのだ。俺は少し、ダンダリオンを通じて天崎伊鞠に同調しすぎたのかもしれない。


 どこか似た存在を嬉しく思ったのも事実だ。


 しかし、俺は迷わず、刀を垂直に地面に向かってぶっ射した。

 また大きな穴が空き、大理石の瓦礫が下に落ちる。


 最後に彼女を混沌から救う為に。


「もう力はほとんど残ってない。けれど、最後に一度だけ。俺を通して伊鞠さんに会わせてあげる」


「良いだろう」


 最後に悪霊は微笑んだ。


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