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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第四章 夢浮橋
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第十夜 思念、概念、永遠

 



 電車はカタンッと再び揺れた。


 今日は荒い運転手のようだ。

「え?」

  振り向いた姿は正しく愁一さんだ。


 長身の優男。少し女顔のとびきりの美形。


 真っ直ぐな黒髪には少しだけ癖があり前髪は斜めに分かれている。

「愁一さんの知り合いですか?」

  と、隣から顔を出したのはまたとびきりの美人だった。


 しかも栗色の髪の好青年だ。

 美しい絹糸のような髪に少しクールさを残した翡翠の瞳。

「知らないよ。少なくとも、こんな人は知らないよ」


  何故か愁一さんは必死そうに言った。


「助けて頂いたんです。何度も」


  私は思わずその腕を掴んだ。


「……え?」


  気が付けば停車する駅を通り過ぎていた。


 何でも彼らは高校の団体遠足で神戸に来たのだそうだ。

 私は街を案内しながら一通り話すと彼は納得したように頷いた。

「それは俺の思念の一つだね」

「じゃあ、貴方がオリジナル?」

「……鏡一狼君!  やっぱりいつの間にかずれてるじゃないか。ここはどこ?」

「貴女の思念が閉じ込められた世界です。基本的システムはハイテクノロジーと魔法ですね」

「……」


  栗色の美形さんは鏡一狼さんというらしい。京都の高校生だとか。


 そして、冥界という所の役人らしい。


 誰かと似ている気がするのは気のせいか。


 冥界というのは魂が帰る場所。私は勝手に閻魔大王の下でせっせと働く役人たちをイメージした。愁一さんを管理し監視しているのだとか。それにしても、お土産屋の屋台に感動したり、とても綺麗で人間らしい。けれど、悪魔のダンダリオンがいるのだから、冥界の役人がいてもきっとおかしくない。それにしても、冥界の役人ではなく天使と言っていいぐらいの美しさだ。


「困ったなぁ。普通の遠足だと思ってたけど、そうも行かなくなったみたいだね」


「……え?」


「彼ら獅道愁一の行動理念は同じです。異端児の処刑人。俺はその魂を回収してしかるべき所へ送るのです」

「つまり、この世界には俺が斬らなければならないものがある」


 愁一さんの言葉に私は思わず足を止めた。


 異端児、普通ではないもの。


 魔法。


「確実なのは、その俺の思念だね。後はその思念とか概念とかテクノロジー……」

「メモリアルブック……」

「え?」


 私は思わず言ってしまった。


「その思念が凍結されている魔力で出来た本です」

「メモリアル?  ……」


 彼は不思議そうに私に聞いた。

 まさか、あの本が……。


「この世の全て。鳥や、人や、魔法」

「それは……文字や記録として?」


 また尋ねられる。きっとこれが重要な答えだ。


 私は息を飲んでそっとダンダリオンを握った。


「今、思えば思念とは何ですか?  魂のことなのでしょうか?」

「……どちらにせよ、俺はもう少しこの世界に留まる必要がある。どこか休める所はないかな?  歩きっぱなしなんだ」


  愁一さんの隣を見ると、鏡一狼さんの首筋にはうっすら汗が流れていた。

 私は迷わず本屋に向かった。

 結局、学校には行けなくなってしまった。


 本屋に到着後、私は二人を本屋に案内した。

「申し訳ありません」

 私は何故か突然、鏡一狼さんに謝られた。

「……え?」


「伊鞠さんは学校に行くはずだった」


「ええ。けど、いいですよ。私にも関係あるし」

  扉を開くと、二人は物珍しそうに店内を見回した。我々からすれば彼らの方が物珍しい。

「……おや?」

  当然、杉本さんも不思議そうに愁一さんを見つめた。


 そして、鏡一狼さんと対立する。

 栗色の髪、翡翠色の瞳。


 そうだ。


 この二人が似ているのだ。

「はじめまして」

  彼は、黒の制服であること以外は全てあの侍と容姿は同じなのだ。その頬笑む瞳の美しさも。


 二人と私はカウンターに座って簡単にあったことを説明する。その間、鏡一狼さんは美味しそうにお茶のストレートを飲んでいた。


 何でもカフェインは摂らないそうだ。

 ガムシロップは愁一さんに渡している。

 彼は紅茶に当然のようにガムシロップを注いでいた。

 私の鞄に付いているダンダリオンがそろそろ五月蠅いので私はどうしようか迷った。


 二人が杉本さんと雑談している間に私は電話に出るふりをして外に出る。


 外は暑いけど風は涼しく、不思議な陽気だった。陽射しが眩しくて私は木蔭に逃げる。


「いいか!  あの二人は危険だぞ!」

「言われなくても分かってるわよ。でもそれぐらい、メモリアルブックが危険ってことでしょう」

「うっ……」

「二人に頼みましょう。せめて使い魔が開放されるまで待って欲しいって」

「つまり、我輩の正体を話すのだな」

「温厚そうな人だし、突然斬ったりはしないでしょう」

「どうだか」

 私は陽射しが眩しくて、本屋に戻った。


 どうやら随分、杉本さんと二人は話し込んでいるようだ。


「おかえり」


 愁一さんはにっこり微笑んだ。


 相変わらず優しく美しい笑顔だ。

 二人の隣の席に戻ると、今度は鏡一狼さんにダンダリオンを掴まれて私は驚いた。

「え?」

「話はだいたい、そこの杉本さんから伺いました。これが悪魔なのですね」

「な、何をする!」

「本当だ!  喋った!」


 二人は不思議そうにダンダリオンをみょんみょんと振り回していた。


 そんなことをすればスポッとストラップから外れる。

「伊鞠~」

「はい、はい、ごめんね。元に戻って良いわよ」


 ダンダリオンはボンッと元に戻る。


 悪魔公爵、ダンダリオンは翼を広げボサボサになった髪を元に戻していた。

 そんな姿を二人は不思議そうに見つめている。

「君達の世界には悪魔は居ないのですか?」


 杉本さんが聞いた。


「うん。そもそも魔法がないからね。力の起源は波動と血統だし」

「全く、見つかっていないだけでいるかもしれないだろう」

「確かに、……悪霊はいるのですから、悪魔がいても可笑しくはないですね」


 鏡一狼さんはダンダリオンを見てもピクリとも顔を変えず、何かを考えているようだった。


「伊鞠さん、俺はその辞書とやらに収まっている思念とやらを見てみたいのです。一体、何で出来ているのか調べなければなりません。もし、魂をそのまま封じ込めた器だとすると我々はそれを破壊しなければなりません」

「あの、……そのことなんですが……この辞書に付いている守護悪魔、ダンダリオンが開放されるまで破壊するのは待って頂けませんか?」

「悪魔がいるとは聞きましたが、その辞書の鍵である訳ですね」


「いかにも」


 そんな話をしている間、愁一さんはのんびり紅茶を飲んでお菓子を食べていた。

 時々、聞いています、と言った感じでうんうんと頷いているが多分半分も聞いてない。

「どうすれば開放されるのでしょう?」


「……恋愛の成就」


 鏡一狼さんの問にダンダリオンは少し恥ずかしそうに答えた。その返答に鏡一狼さんは唸る。

「つまり、この辞書には愛という言葉が記録されていないそうです。それが彼らを開放するキーである訳ですね」

 どうやら、鏡一狼さんは普通の人間ではないだけに話の理解も早い。

「それは簡単なことではありません。永遠の愛という言葉を実現するのでしたら」

「おそらくは、そういうことでしょう。家族愛や親愛ではなく」

 確かに、杉本さんの言う通りだ。


 家族愛や親愛で良いのであれば彼らはとっくに解放されている。


「お願い、ダンダリオン達が開放されるまで待って欲しいの!」

「お願いです。どうか彼らが開放されるまで待って頂けませんか?  彼らは決して邪心ある存在ではありません。これが辞書を見せる条件です」


 私は頭を下げた。同時に杉本さんも一緒に頼んでくれた。


 その姿を見た鏡一狼さんはしばらく思案する。


「分かりました。我々は安易にその辞書を破壊したりはしません。お約束しましょう」


 私は鏡一狼さんという人柄と言葉を信じることにした。

 彼は常に凛々しく、美しい男性だ。


「いいわね、ダンダリオン」

「冥界の役人の頼みとあらば仕方あるまい」

「役人?」

「そんな出過ぎた存在ではありませんよ。では辞書を」


  頷いて鞄から分厚い辞書を取り出し……


「……ない!?」

「何!」

 私は鞄を開いてダンダリオンに見せた。普段なら教科書を圧迫して存在するはずのイデア辞書がないのだ。


「家に忘れた……ってことはなさそうだね」


 愁一さんの言葉に頷く。

 ダンダリオンとイデア辞書は常にセットだ。

 離れ過ぎればダンダリオンはどうなるのだろう。

「先程からペンネさんがいませんが、そういうことか……」

 杉本さんの言葉にハッとする。


 そういえばペンネちゃんは見当たらない。

「杉本さん、辞書は……」

 杉本さんは首を振った。

 と、いうことはイディオムの辞書も危ない。


 私は急いでスマホを取り出した。


「天崎伊鞠!」


 その時、叫び声が聞こえた。


 この声はグレゴリの声だ。本屋の扉をやっと開き、彼は現れた。

「グレゴリ!  本は!」

 彼は首を振った。


 では何故、ここに存在しているのだろう。

「これは我輩の残像、分身だ。本を守る番人にはそれぞれ特殊に得意分野があるのだ」

「そういうこと……」

 ペンネちゃんは物理。

 ダンダリオンは魔力。

 それぞれ力があるのだ。


 だからと言って安心は出来ない。

「所で、君はどうして天崎さんと同じ高校の制服を?」

 杉本さんは不思議そうに聞いた。


「……あ!」


  確かに、グレゴリは私の高校の男子生徒の制服を着ている。

「くそっ!  実際驚かせるつもりだったのに、貴様の高校に入学してやったのだ!」

「えー!」

「あの女の意向でだ。貴様のクラスメイトだぞ」

「……今日、行かなくて良かった」

「何を!」


 ダンダリオンとグレゴリのバトルがまさか学校で行われるなんてゾッとする。


 とにかく、無くなった本を探さなければ。私は席を立った。

「とはいえ、僕は店から離れる訳にも行きません」


 杉本さんは言った。


「俺たちが手伝いますよ」

 そう席を立ったのは愁一さんだった。


 まだ完全に信用した訳じゃない。

 しかし、私は頷いた。

 そして席を立った。


 だが、今、辞書がある場所に心当たりがある訳がなく私はそのまま立ち止まった。

「焦っては駄目だよ。簡単に誘き寄せるために作戦は重要だ」


 愁一さんは言った。


「はい」

「まず、君は自分の行動理念をキチンと理解すること。一体、何がしたいのか。今の現状に満足している?  やるべきことに後悔はない?」

「……」


 愁一さんの言葉は重かった。今の私にはとても。


「これから危ないことをするんだ。ちゃんと両親に断りを入れて、夜10時にここに集合」

「何故、夜なのですか?」


 杉本さんは愁一さんに聞いた。


「色々と都合が良いから。後は俺はその本の場所に心当たりがある。向こうの目的はまだ分からない。けど、君たちと敵対した組織ってことは確かだね」

「仰有る通りだと思います」

「需要なのは時とタイミングと運。もう少し探った方が賢明だ」

「愁一さんにしては珍しく正論ですね。話はまるで聞いていなかったのに」


「鏡一狼君……」


 私は愁一さんの言葉で冷静になった。


 そうだ。


 今の私に一体何が出来るのだ。何も出来ない。ダンダリオンがどこにいるかさえ分からないのだ。私は鞄を持って立ち上がった。


「……天崎さん!」


 瞬間、杉本さんに呼び止められる。

「はい?」

「……一つ、確実な方法があります」

「確実な方法?」

「いえ、……えっと、……その、ダンダリオンが愛しているのは貴女なんです。天崎さん」


「……えっ」


 私は鞄をドサッと落とした。


「貴女なんです」


「……えっ」

 顔が一気に熱を持つ。


 そんな訳、そもそもいつから。


「だから考えて欲しい。貴女はダンダリオンと結ばれる覚悟はありますか?  今の所、彼らが開放されるかは貴女に掛かっています」

「どうして……」

「三つの辞書は元々一つだったからです。きっと奪った者は辞書を一つに戻したでしょう。キナ臭いという奄美先生はある意味正しい」

「創者が……生きている?」

「あるいは」

 私はますます分からなくなった。


 私は無知だ。だから考えなければならない。


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