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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第四章 夢浮橋
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第六夜 三つの辞書と三つの主と三つの……

 




 何故かダンダリオンは簡単に我家に受け入れられた。


 元々、悪魔とは言え人間に近い容姿をしているからだろうか。


 仮面を付けたり外したりすれば人間らしく振る舞うことは難しいことではないらしい。


 私の部屋では狭くなるのでもふもふモードでいてもらっているが、なんと接客も出来るのでダンダリオンには給料が出ていた。



 あの本屋はいつも通り。

 杉本さんはすっかりマスターらしくなり、本も紅茶もケーキも手慣れた様子で売り捌いている。

「意外と接客係が得意なんですよ。ペンネさんにも見習って欲しいです」

「え? 苦手なんですか?」

「経営簿の記録以外はさっぱりです」

「ねぇ、ねぇ、みて!」

 とんとん、と二回からペンネちゃんが現れた。


 くるりと見せてくれたのはウェイトレス姿だ。


 黒をベースにしたふわりと長いスカートにエプロンドレス。


 正直に言って無茶苦茶可愛い。

「か、かわいいい!」

「ほんと?」

 私は思わず飛び付いた。


 見た目の年の差が二つぐらい年下に見えるせいか、とても可愛がりたくなってしまう。


「髪のりぼんは透がくれたの」


 と、彼女は下に一本に縛られた髪を指差した。


 ウェイトレス姿に合うように可愛いリボンになっている。

「可愛い」

「それに見合う仕事をもう少し、して欲しいですけど」


「してるもん」


 この二人も中々可愛いと思うのだが、すっかり経営者とバイトだ。


 ペンネちゃん、本当は天使なのに。


「そうだ。これ新作の桃のパウンドケーキです。良かったら」

「ありがとうございます!」

 こうして、杉本さんはいつも新作のスイーツを私に試食させてくれる。


 今回は桃のパウンドケーキ。


 洋酒の匂いもしてとても美味しそうだ。一口、口に入れた瞬間、痺れたような衝撃に私は思わずフォークを落とした。

「大丈夫ですか?」

「……え?」

 杉本さんが紅茶を注いでくれたのだけれど、やはり痺れるように痛くて自分で持参していたお茶を一気に飲み干した。

「あれ……」

「天崎さん、確か桃がお好きでしたよね? まさかケーキを失敗したのでしょうか……」

「……ええ」


 何故だろう。


 杉本さんがお菓子を失敗するなんてそんな馬鹿な話はない。

「そんなことより! 我輩は学校に行きたい」

「駄目」

 こうして私が学校に行こうとすると、ダンダリオンは最近は付いて来たがる。


 私が帰りに本屋に寄れば大惨事だ。だから朝に来て杉本さんに預けることにした。


 我輩は守護神だ、いや、悪魔だ何だかんだ五月蝿いのだ。

 私と杉本さんは三つ目のメモリアルブックを探すことで忙しい。


 また変なことが起きる前に、どうにかしなければならない。だから今日は仕方なく朝、連れて来た。私もモーニングセットなんて始めて頼んだ。

「そもそも、学校には図書室がある! 本がある場所を探さないのは変だ!」


「学校……私も行きたい」


 ペンネちゃんが自主的発言をするのも珍しい。


「おや、何故そんなに拘るのですか?」

「気配がするのだ。なにかしらがいる」


 ダンダリオンは至極真面目な顔で言った。


「確かに、図書室があるとなれば本がある。本があるとなれば辞書がある」


  杉本さんは唸った。


「外にも奪還者がいるとなると不味い。魔術師の手に渡るのだけは避けなければ」

「どうして魔術師に渡しちゃ駄目なの?」

「魔術師の手に渡らないために私達がいる。辞書とは無知な人間が求むものだ。創者はそう言っていた」


 ペンネちゃんが私に紅茶を淹れながら説明してくれた。


 だから、守護悪魔、守護天使など守り神が付いているのね。


「三冊揃うと、何が起こるのでしょう?」


「何も起こらん。元々三冊だったのだ。もう一つは堕天使グレゴリが守る辞書」


「簡単に見つかればいいけど……」


「ではこうしましょう。潜入するならダンダリオンよりペンネの方が違和感がありません。本の持主を変えることは出来ませんが」


「つまり、私とペンネちゃんで学校の図書室を探すのね」


 しかし、私の手元にあるのはイデアの辞書。


 つまり、私がしっかりこの辞書を守らなければならない。

「僕はもう一つ、心辺りがあるのでそちらをダンダリオンさんと捜索します。いかがですか?」


 ダンダリオンはしばらく、杉本透を見つめて頷いた。


「でも……ペンネちゃんはこの格好じゃ……」


「大丈夫です。確か、どこかに母の古い制服があるのでそれでいいでしょう」


「制服……」


 古い制服は王道の紺のセーラー服だ。


 赤いリボンに白いソックス、黒の革靴。これがまた可愛い。確か、私立のお嬢様高校の制服だ。


「天崎さん。ペンネをよろしくお願い致します」

「は、はい!」


 こうして、私はペンネちゃんを連れて高校に向かうことになった。

 ダンダリオンがずっと静かなのは気になるが、女の子と二人で通学するのは新鮮だった。

 ペンネちゃんはどこかおっとり、のんびり、斜めに傾く慣性を持っている。


「なんでみんな電子版を持ってるの?」


 どうやら天使には不思議に見えるらしい。


「なんでかしらね。色々出来るのよ。ゲームとか」

「面白いの?」

「うーん、人によるわね。……ってあんまり話が盛り上がらない……」

 学校までは遠くないが、一駅分だけ電車かバスに乗る。


 そこらじゅう繁華街でもどこかはんなりした街だ。独特の街並みと石畳がどこか古めかしい歴史を感じさせる。


 高校生も、オシャレな私立高、伝統ある公立高校と分れ通学に大忙しだ。

「……ねぇ、伊鞠はこの中に好きな男子がいるの?」

「……え!」

 まさか、彼女からそんな俗っぽい話題が提供されるとは思わなかった。

 電車の中の男子は皆ペンネちゃんに見とれている。

 水色に光る美しい髪と瞳。


 電車の中の淀んだ空気すら浄化される。


「うーん、特には」

「と、言うか伊鞠は好きって気持ちが分かるの?」


 電車の堅い椅子の上で迫られて私は固まった。


 正直、分からない。


 私は初恋すらしたことがない。


 だから、皆私に期待するのは間違っていると思うのだ。

「……分からない」

「じゃあ、あれは」

 ペンネちゃんは適当に近くの男子を指差す。

「え? ……男子?」

「……それって、スーパーに行ってじゃがいも! って言ってるのと同じ」

「じゃあ、ペンネちゃんは分かるの?」


 世の中には通り過ぎる人がたくさんいて、たくさんいすぎる。


 その中の誰を特別だと思うのだ。


 私の問に、彼女は清廉な瞳で、清らかな表情で、愛くるしい唇を恥ずかし気に開いた。


「私は透がすき」

「……え?」


 電車は停車した。


 人々は忙しげに電車の中から飛び出し外に出る。サラリーマンも、学生も。けれど、やはり彼女は特別に見えた。特別に美しい。

「透が創者だったら良かったのに」

「そう言えば、あの本の創者は術者なんだっけ?」

「ダンダリオンもそう言っていたし、そうなのかな」

「何だか、曖昧なのね」

「ずっと眠ってたから現実の記憶は曖昧。埃の匂いがキライ」

「どうして、透さんを好きだと思ったの?」


 まさか、朝に通学しながら恋話をすることになるなんて。私は近くの自動販売機で水を買い手渡して彼女に聞いた。


「色々教えてくれて、優しくて、正しい」


 彼女はうっとりと答える。駅のロータリーの天使の鐘が音を鳴らした。早めに来たからきっと朝の7時を告げる鐘の音だ。


 鳩が鐘の音と共に飛び立つ。まるで、ペンネちゃんも共に飛び立ってしまいそうだ。

「まって」

「なぁに?」

「それじゃあ、ペンネちゃんは本の守護者という役目から開放されちゃうの?」

「……どうだろう。まだ。だけど遠くない」


「ダンダリオンが怒るかも」


「……そうね。ダンダリオンはずっと前から本に縛られていた。きっとさっさと開放されたいと思っている」


「駄目なの?」


「きっと、完全じゃないの。私は透がすき。だけど、本の持ち主としてすきなの? 私を使ってくれるから? 違う。キスしたら怒られた」


「えっ!」


 驚くべきほど積極的だ。


 朝の学校はまだ人はおらず、貸切状態。


 新鮮な空気に満ちていた。学校の図書室は日の光だけで照らされる。私は図書室に引っ張られるまま、引っ張られてフローリングの床に押し倒された。

「違う。私は透とキスしたい。もっと仲良くしたい。もっと透のことを知りたい」

「お、落ち着いて! 分かったわ、私も協力するから」


 近い。

 顔が近い。


 こんな美少女と接近したことなんて今まであっただろうか。どうにか、退かそうとした時だった。図書室の本が全て飛び出したのは。


 図書室の本が全て飛び出したのだ。


 高校の図書室は螺旋状に連なり本が内と外に並んでいる。ガラス貼りの棚に。それらの本が飛び出した。私は当然、本に埋もれた。


 反動で私はペンネちゃんと唇が重なった。


「それは、拒否だ。認めることは出来ない」



 そして、声がした。螺旋状に連なった本棚の頂点から。




「杉本透の持つ本として相応しいのはこの僕だ」



「グレゴリ」



 ペンネちゃんはやはり知っていた。


 女顔で、恐ろしく愛らしい容姿だが間違いなく青年だ。



  美しい金髪の美少年は言ったけど、それは本人の、杉本透のいない所で言うべきではない。言った所で意味がない。




 そして、本当に三冊の本は学校の図書室にあった。




「あなたが最後の辞書、イディオム……の守護神?」


「神ではないし、たまたまそうなっただけだがね。堕天使グレゴリだ。解説と説明のイディオム辞書と共によろしく」


  三つ目は緑の辞書だった。そして、堕天使。片方の羽は純白な天使の羽。もう片方はダンダリオンと同じような悪魔の羽。


「堕天使……」

「そう。グレゴリは堕天使。やっぱりここにいた。どうして持ち主がいないの?」


 確かに、グレゴリは一人だった。



 螺旋状の階段の頂点に立つ紳士と言うには少し背が低い。アメジストの瞳が知的に光る。

「我輩に相応しい持ち主がここにいると思ったのだが、来てみればおらず、と言った所だが」

「相応しい……持ち主?」

「我輩に相応しい持ち主はもちろん我輩が決める。ドイツで漂流中、一度見えたあの青年だ。我輩、もちろんこの辞書もその青年こそが叡知の神髄だと確信した。膨大な解説と説明の辞書を正しく使うだろうと」

 そうして、彼は目覚めたそうだ。


 三つ目の辞書。


 緑色の辞書はグレゴリの近くで宙に浮いていた。彼からは悪い邪心のようなものは感じない。けれど、どこか私達とは違った徳のようなものは感じる。


 堕天使、と言えば堕天した天使だ。



「その、一度だけ会った人を探せばいいの? 手伝うよ?」

「ダンダリオンの主人にしては聡明さに欠けるな」


 どうやら私は今、馬鹿にされたようだ。


「伊鞠、分からない? こいつは私に喧嘩を売ってるの。杉本透を寄越せって」

「……え?」


 ペンネちゃんはどこからともなく大きな万年筆を取り出した。


 ここまで大きくなれば万年筆も中々殺傷能力の高そうな武器だ。

「その通り。ドイツにて多くの研究を覆し、多くの愚かな科学者を理論で抹殺した一人の天才、杉本透が何故こんな場所で燻っている」

  一方、グレゴリはくるくると大きな羽ペンを取り出した。そうして、一歩踏込む。


 大きな万年筆と大きな羽ペンがぶつかった。きっと、持ち主がいないから本は扱うことが出来ないのだ。


 お互い、随分戦い慣れている。翼もあるから、方向さえ自由自在だ。片側だけ悪魔の羽を持つグレゴリは邪心はないけど容赦もない。このままではペンネちゃんが負けてしまうだろう。


「止めなきゃ!」


 でもどうやって?


「やあ、会いたかったよ、グレゴリ。一つ、私と取引をしようか」


 その時、万年筆と羽ペンを遮るように出席簿を翳したのは私のクラスの担任の奄美冴子だった。


「私の生徒に手を出さなかったのは感心だけどね。これは無意味な戦いだよ。そして無意味に学校の図書室をぶっ壊したね」


 奄美冴子。


 クラスの担任。

 歴史の担当教師。

 いつもスーツにポニーテール、眼鏡の女性に見えない姿が印象的な教師だ。いつもどこか怠惰的で私の髪色をしつこく指導する私の苦手な教師。

「図書室なら簡単に直る。邪魔しないで」

「我輩と取引? ハッ、レベルが後、十万足りんわ」

「けど、このままじゃ天崎伊鞠が優勢だね。彼女は辞書を使える」


「……どこでそれを」


「さあ、どこだろうね。酔っ払った帰り道で見た竜かな。急に飛び級した杉本透という謎かな」

「……っ」

 私が大いに軽率で迂闊であることが今更分かった。


 あれだけ色々あれば目撃者がいたっておかしくない。


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