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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第四章 夢浮橋
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第三夜 不思議な本と竜と悪魔

 



 最悪なことに、竜は大きく暴れていた。


 電線に引っ掛かり、ありとあらゆる所から血を流し、大きな手足をばたつかせている。


 幸い、近くに人の気配はなく私とダンダリオンは近くの電柱の上に降りた。


 今更、お姫様抱っこだとか気にしている場合ではない。このままでは竜が死んでしまう。


「言葉は通じないの?」

「今の錯乱状態を解かねば不可能だ。しかし、こちらに気が付かれると攻撃されるぞ」

「……分かった。それを全部弾いて」

「御意」


 私はダンダリオンに下ろされて電柱の上に立った。


 中々スリリングな体験だ。


 そして、目一杯の声で叫んだ。

「ねぇ! 何してるの!」

 私の声が届いたのか、竜の動きがピタリと止まる。


 そして真っ赤な閃光が私の真上を走った。


 ダンダリオンは一瞬でその閃光を光の盾で相殺する。


 一瞬だった。恐怖を感じる暇も無かった。


 感じたのは、私の髪が数本切れて落ちた事に気が付いてからだ。

「ーっ!」

「言葉を止めるな! 伊鞠!」

「ねぇ! 私達は敵じゃないわ! このままじゃ死んじゃう!」


「……ソレモカマワン」


 喋った。


 それはこのドラゴンが喋ったのだ。


 ドラゴンの身体にはたくさんの矢が刺さっていた。そこから血が無数に流れる。


「タベラレルヨリマシダ」


「食べないよ! 助けたいの!」


 私はゆっくり、竜の身体の上に降りて立った。そのまま、矢を一本抜いた。

「ッツア!!」

「痛い? ダンダリオン!」


「我輩、治癒の魔法は得意ではないが仕方ない」


 電線の上で暇そうにしていたダンダリオンは仕方なく、といった様子でドラゴンに向けて手を翳した。


「アクマ」


「大丈夫。私の言うことしか訊かないから」

 私は一本、一本注意して矢を抜いた。中には大きな槍があった。

「ソレハムリダヨ」

「手伝ってよ!」

「これは貴様が決めたことだ。この竜をどうにかするのは貴様の責任だ」

「あっそ!」


 私はむしゃくしゃしてその槍を掴む。


「ムリダヨ、ムリダヨ」

「じゃあ、抜いたら貴方私の使い魔になってね!」

「……イイヨ」



 一気に抜いた。


 赤くて大きな槍だ。



「伊鞠! その槍をそのままこちらに投擲しろ! 原始に戻れと命令してな!」

「はいはい、槍よ! 原始に戻れ!」


 私は目一杯の声と力で槍をぶん投げた。


 今まで陸上部の補欠雑用も経験済みだ。


 多少の力ならある。


 それに槍は勝手に真っ直ぐ飛ぶように出来ているのか吸い込まれるようにイデア辞書に吸収された。


 一ページに槍の絵が描かれる。


 ダンダリオンは満足気に満身創痍な私の隣に立った。

「つまり、こういうことだ。この辞書に記録さえされてしまえば変換はお手の物」

「辞書の、……使い方は分かったわ」

「だから選択肢が増えたな。一つ。この竜をイデア辞書に完全に記録する。もう一つは先程記録した槍でこの竜を討伐する」


「そんな!」


 竜にはもう反発する力も残っていない。

 きっとあの槍が致命傷だったのだ。


「……ソノホンニナルトドウナル?」


 竜は喋った。綺麗な瞳だった。ああ、きっと悪い子じゃない。しかも瞳の色は幼い。

「概念に近い存在に戻る。話すだろうし、この世界に変換も可能だが生ける者ではない」


 そんな……この竜に生きる道はないのだろうか。


「このまま死ぬしかないの?」


 私の瞳から涙が溢れた。その涙をドラゴンがペロッっと舐める。

「ツカイマ、ナレル?」

「この女のか? 可能だが……」

「イイヨ」

「……え?」

「ドウセシヌカラ。キミカワイイシ」


 ドラゴンは最後の力を振り絞って電線から抜け出した。


 とても大きな竜だ。


 とても大きな羽だ。


 血だらけだけど、最後の雄叫びはどこまでも響いた。


「伊鞠。我輩に合わせて詠唱しろ」

「分かった」

 私は涙を脱ぐってダンダリオンと共に片手を持ち上げて広る。


『我はイデアに命ずる』

「我はイデアに命ずる」


 本が勝手に開く。ページがパラパラと捲れ出す。


『この世界に変換を臨む者あり』

「この世界に変換を臨む者あり」


 ドラゴンの身体が光に包まれる。


『力を』

「力を」


 そして少しずつ光が小さな粒になる。きらきらと光り輝き、本に吸い込まれる。


『歴史を』

「歴史を」


『善を』

「善を」 


『罪を』

「罪を」


『全てを記録せよ!』

「全てを記録せよ!」


「主、天崎伊鞠の名により記録する! 汝の名は!」

「ぼくは本に刻まれし竜だ!」


 光は繋がった。


 きらきらと光りイデア辞書の1ページに刻まれる。刻まれかけだった竜の名も、姿も、歴史も全て。


「まさか、ここに来てイデア辞書に未入力があったとは驚きだ」



 私はそんなダンダリオンの言葉も聞こえず、ここが電柱の上だと忘れてそのまま気絶した。




 しばらくして、怠惰感と共に目覚める。隣には崇高な顔立ちの大男がいて私は身体が固まった。


 声なんて出なかった。ここは私の部屋で、私のベッドだ。真正面に大男。それが分かると少し安心したが、私のベッドのシーツに緩んだオールバーックがはらはらと散らばっている。今更だけど、ダンダリオンはとても格好良い。


 体格も良くて大きくて。って……彼にときめきを感じている場合ではない。


「ダンダリオン!」

「ぐぇっ!」


 私はダンダリオンの腹に膝を入れた。


「何で元に戻ってるの! 何で隣で寝てるの!」

「魔力不足だ! あの姿でいるのも魔力を使うのだ! 月のエネルギーを全身で吸収して補っていた」

「……月?」

 部屋は真っ暗で月の光が降り注いでいた。

 満月ではないけれど、思ったよりも部屋が明るい。

「全く足りんが。そもそも、お前のせいだぞ!」

「……え?」

「お前に全く魔力がないから俺からどんどん減って行くのだ」

「そう言われても、私、普通の人だもん」

 私は枕を抱えてダンダリオンから離れた。

 ベッドの端と端で拮抗する。

「しかし、この本を開き扱えるのだから多少の才能はあるはずだ」


「そう言われても……」


「まだ、己が気が付いてないだけで」


 ダンダリオンに近付かれて私はじりじりと下がった。


 トンッとベッドサイドにぶつかり、本が落ちる。


 月光に晒される目の前の男は正しく悪魔だった。片方にある仮面の装飾がきらきらと揺めき、負けないぐらい美しく光る片方の黄金の瞳は綺麗に細まる。


 まるで獲物を見定めるかのようだ。


「私を食べる気?」


「頂ければ結構だが。その方がお前の傷もその怠惰感も治るであろう」

「や、……やっぱり、キスとかなの? 本で読んだけど」

「そこまでの知識があるなら尚結構。こうして見ると我が主、中々美しいではないか」

 髪を鋤かれながら言われても困る。


 やっぱりそうなんだ。悪魔と人でも、魔女と人でも、そういう小説では大体大いなる敵と戦った後はキスとかセックスをしている。都合的なものだと思っていたけど今なら分かる。それしか方法が思い付かない。それでお互いの身体が治るなら確かに都合がいいかもしれない。


 けど……


「私に恋愛をさせるのに、こんなことしていいの?」

「それは従者同士では単なる慰めにもならん。切り替えろ」

「ノーカウントってこと?」


 ダンダリオンは頷いた。


 私はしばらく考えた。きっと、私はこれからもまだまだ恋愛なんて分からない。きっと男性に魅力を感じたりしない。


 けれど、目の前のダンダリオンになら、いいかなと思ってしまった。唇ぐらい。


 私は瞳を綴じた。

「コツは吸収だ」

 私は頷いた。


 外から見ればきっと美しい光景だったかもしれない。魅力的な悪魔との。私はパジャマだけど、そっと抱き寄せられてきゅんとしてしまった。その瞬間、唇が強く押し付けられる。

「んんんんッ!」

「甘い、伊鞠、もっと」

「はっ、手加減してよ」

 私は仕方なく唇を開いた。これはキスではない。食べられてしまう。補食されてしまう。私の唇からつうっと唾液が落ちる。ダンダリオンはそれさえも舐めとり満足気に微笑んだ。

「充分だ。貴様の傷も治っている」

「本当だ」

 私にあった手足の傷は綺麗さっぱり無くなっていた。ダンダリオンの額の傷もだ。


 しばらくボーっとしていると、ダンダリオンは元のもふもふに戻って私のベッドを占拠した。

「ちょっと!」

「我輩は寝所を所望する」

「分かった。もふもふのなら今度作ってあげる」

「ほう。貴様に期待だな。貴様にはもう少しこのイデア辞書について教えねばならん」

「あの竜はどうなったの?」

「あれは永遠の気概になった。記録の一つ。このイデア辞書により数分であれば視覚化が可能だ」

「そう……」


 それはあの竜にとって良かったのだろうか。


「少しは主らしくなったではないか」


 ダンダリオンはそういうけれど、私にはまだイデアの意味もこの世にこんなに人以外の者達が溢れていることもまだ完全には理解しきれていなかった。


「その一、イデア辞書には記録した物を概念とすることが出来る。

 その二、イデア辞書は記録した物を概念として保存する。

 その三、イデア辞書には愛情という言葉全般の記録履歴がなく保管により我々はその全てが解放される」


「……あれ? おかしいわ。イデア辞書には全てが記録されていて愛情だけ分からないんでしょ?」


「それは否定しなければならん。今、思えばイデア辞書は長い間、眠っていたのだ。この時代に繰れば未記録もある」

「つまり、永遠に完成しない本から開放されるには愛情を知らなければ駄目なのね」

「……そういうことになる」

「……持主の件は良いわ。つまり、愛情をダンダリオンに教えればいいのよ」


「……何!?」


「とにかくおやすみなさい」


 ともかく、私は一度眠った。やれることはまだまだたくさんある。



 私は早朝、ダンダリオンが目覚める前に制服に着替えた。


 脱いだパジャマをダンダリオンの上に置けば万が一があっても見えない筈だ。

「何をしているのだ!」

 案の定、ダンダリオンはわさわさと騒いだ。

「制服に着替えて学校に行くの」

「学校……我輩も行く!」


「駄目よ! 重い辞書を持ち歩けって!」


「持ち歩け! 主だろう!」


「……冷蔵庫のプリン、食べていいよ」


「……何、」

「私の分も」

「……なんだと」

「それに、イデア辞書に愛情が記録できるかも」


「……なんだとぉおおお!!」


「交渉成立ね。ただし、家族にはバレないように! バレたら本を燃やすわ」

 私はそのまま勢い良く家を出た。



 そうよ。別に愛情なら恋愛感情でなくてもいいのよ。家族愛だって愛情。


 私は閃いてしまった。


 一つ、私は一人で通学してやることがあった。それはプラトンについて調べることだ。杉本のお兄さんに聞いた話は分かり易かったが自分でももっとちゃんと調べようと思った。昼休み、久しぶりに図書室に入る。何故ならここの本は読み尽くしてしまったから。流石に小難しい辞典や歴史書まではまだだった。私は一冊、プラトンという分かりやすいタイトルの本を取った。


 タイトルに反して内容はまるで難解だった。つまりプラトンってなに?


 学者……でいいの?


 やっぱりお兄さんに聞いた方が良さそう。


 そう思いながら午後の授業を受け、帰りに本屋に立ち寄る計画を立てていると妙に外が騒がしい事に私は気が付いた。


 まさか、と思いつつ、校門に向かって走るとなんといたのは杉本透だった。


 エプロン姿ではなく、ネイビー&アイボリーのカーディガン姿。校門の前だととても賢そうな生徒のようだ。

 だから女子が騒いでいたのだ。


「良かった、伊鞠さんに会えた」

「……えっ」


 そんな杉本さんにそんなことを言われるときゅんとしてしまう。が、一瞬で崩れた。


「そうだぞ、伊鞠!」


 何故か杉本さんの頭の上にはもふもふのダンダリオンがぴょんぴょんしていた。


 私は周囲の生徒の視線を無視してダンダリオンの尻尾を掴む。

「どういうこと!」

「先程、そこでお会いしました。どうしても伊鞠さんにお会いしたくて……」

「……えっ!」

 杉本さんのあまりの真剣そうな瞳に驚いた。とても切羽詰まった様子だ。


 何かあったのだろうか。


「ここでは人目に付きます。店に」

 私は頷いた。




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