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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第四章 夢浮橋
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第二夜 不思議な本屋と不思議な本

 



 この悪魔?


 突然なんて失礼なんだろう。


 突然、現れて突然、人に恋愛しろだって?


「つまり、恋愛、愛、恋に関係する全ての言葉、意味を我々が理解した時、この本から解放されると言うわけだ。ならば、目の前に男女がいるなら手っ取り早いだろ」


 悪魔はさも当然、と言った様子である。コイツ背が高いからいちいちくねくね動いて邪魔なのよ。


「……最低っ! それは恋愛小説だとしても最低っ、の始りだわ!」


「全く、天崎さんの言う通りです。我々に選択肢もない。しかも貴方はその恋路の回収は全て丸投げですか」


「罵られるのは結構。我輩悪魔だしな!」


「だいたい、何なのよイデアってページは全部真白じゃない」

「それは後から我輩が説明してやる。我が主」

「……はい?」

 悪魔はぐいっと私を見下ろした。

 主って私なの……。


 悪魔は多分190cmぐらいで私は158cm。別に私は低すぎる訳ではないが身長差がありすぎてなんかムカつく。そもそも、主? 


「私が主? 杉本さんではなく?」

「この本を開いた者が我輩の主だ。そしてこの本は欠落した言葉に、意味に、感情に反応して開くようになっている」

「そもそも、こんな本、誰が……」

「それはその本の創者、忌々しい術者だ」


 そこまで、ダンダリオンの話を聞いた杉本さんは窓の外を見て言った。


「ともかく、今日の所は家に帰らないと不味いですね。日が暮れてしまいます」

「ごめんなさい……この本を勝手に開いてしまって」

「いいえ。対策は追々考えましょう。所で、持ち主が天崎さんだと言うことは、ダンダリオンは天崎さんに付いて帰る気ですか?」

「当然である」

「そんな、無理に決まってるでしょ!」


 私は叫んだ。こんな悪魔、しかも見るからに成人男性の容姿をした悪魔を家に!?


「無理よ。そもそも、どうやって両親に説明するのよ!」

「しかし、主従関係は既に始まっている。我が守るべき本、イデア辞書の持ち主は貴様だ」

「私は女子高校生よ! 成人男性の悪魔と同居なんて出来る訳がないでしょう!」


 そこまでの言い争いを聞いていた杉本さんが閃いたように言った。


「ならば、ダンダリオンの姿を変えればいいのでは? イデアは姿に干渉する力ですし、ダンダリオンは悪魔です。もっとコンパクトになればいいのでは?」


「こ、コンパクトに……」


 悪魔はさも屈辱そうに額に手を押さえたが、しばらくして復帰した。

「良かろう。そのコンパクトな姿になれば我々の主を認めると。我々悪魔は契約にはうるさいのだ。契ってもらうぞ」


「いいわよ。マスコットぐらいの大きさになれたらね」


 私は腹を括ってカウンターの席に再び座った。


 するとダンダリオンはボックス席の比較的床面積の広い場所に立った。今さらだが、圧巻だ。190cmはあるであろう長身。キッチリと身を包んだ紳士なブラックスーツにマント。角にひょろりとした尻尾。正しく悪魔だ。


 その悪魔は親指を噛んで血を流し、何か円を描いた。

「悪魔の術式とは興味深いですね」

 杉本さんはとても楽しそうだ。床が汚れているけど怒ってはいない。

「我が護衛主、イデアよ。我に力を。変換の理を導きたまえ!」  

 ダンダリオンが叫ぶと血の魔方陣は起動した。


 ダンダリオンは星形の起動した魔方陣に包まれていく。

「ねぇ、これ、大丈夫なの!?」

「邪悪なものは感じません。多分大丈夫です」


 後に、ポンッと音がして煙ごとダンダリオンは消えてしまった。


「まさか失敗……」


「我輩が失敗する訳がなかろう」


 どこからか声が聞こえる。私と杉本さんは必死で探した。



 ダンダリオン? らしき声が聞こえるのはカウンターからだった。


「ここからですね」


 杉本さんはシュガーポットを私の目の前に差し出した。


 おそるおそる開いてみると、もふもふした綿毛が飛び出した。



「うわぁあああ!」



 とても円形の私でマスコットぐらいの大きさ。そのもふもふから黒い耳と尻尾がにょろっと出ていた。

「どうだ! これで文句はあるまい!」

「……か、可愛い」

 ちょっと目にやる気無さそうな所がまた可愛い。私の肩の上にぴょいっと乗った。

「そのイデア辞書も忘れるでない」

「分かったわよ。……杉本さん、色々とお世話になりました」

 私は深々とお辞儀をした。

「いえいえ。とても興味深く、楽しかったし尚且つ気になることもあるのでまたいらして下さい」

「はい!」




 私は急いで本屋を出て商店街を突っ走った。完全に門限を過ぎている。それにしても、不思議な事が起こるものだ。まるで物語みたい。

「いいか、主よ! あれぐらいの変換は主の主導でやって貰わねば困る! この地で魔力など使ったからかつかつだ」

「分かった。そういう話はまとめて聞くから。門限に遅れちゃう!」

「ならば我輩の翼を使うがいい」


「え?」


 すると突然、ダンダリオンは元の姿に戻り私を背負った。




「えええええっっ!?」

「大丈夫だ。空まで飛んでしまえば問題ない」

「えぇえええええええええ!?!?」

 こうして私は初めて空を飛んだ。



 悪魔に抱えられて。町はこうして改めてみると綺麗だった。電灯でぴかぴかしていて、車の光もぴかぴかしている。


 星は見えないけど。



「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

「うん」

「それで、貴様の家の方向は?」

「あっち。あの商店街の赤い暖簾」

「分かった」


 ダンダリオンは華麗に飛んで私の家の前に着地するとまたもふもふのマスコットに戻った。


 ……やっぱり可愛い。



 私の家は普通の商店街にある普通の揚げ物屋だ。この時間は調度ピークを過ぎているのでお客さんは少なく、ウインドウケースの揚げ物達もほとんど減っていた。

「ただいま」

「おかえり!」

 私は帰宅すると、厨房にいる母に弁当箱を渡すのが日課になっている。


 そしていつも忙しい父に声をかけるのも私の義務だ。母は私服にエプロン。父は白いコック姿。これは譲れないそうだ。

「手伝おうか?」

「構わん。お前は勉強をしなさい。今日は遅いぞ」

「……はい」

 私は素直に頷いて小さな製作所を後にした。父の背中が遠い。いつからだろう。こんな感じになったのは。


 私の2階奥の部屋に辿り着くと、鞄を思いっきり投げてベッドに沈めた。


「重いっっ!!」

 今日は厚い辞書を持ち歩いて帰って来たのだ。途中、ダンダリオンに乗せて貰ったけどそれでも重かった。

「ちょ、我輩がいることを忘れるなー!!」

「ああ、ごめんなさい」

 私は鞄を引っ張ってダンダリオンを引っ張り出す。ふわふわと浮いてご立腹のようだ。

「お前の家の前でこの姿に戻った者に対するなんたる仕打ち!」

「ごめんって」

「それに、なぜあの博士の連絡先を聞かなかったのだ」

「博士? 杉本さんのこと? そんな暇無かったもん」

「うむ。次なる目標はそれだな」

「本当に私と杉本さんをどうにかする気?」


 私はベッドの上でタイを解きながら聞いた。

「うむ。それが一番手っ取り早い」

 ここまで来て私はハッと気が付く。


 このまま制服から私服に着替える訳には行かない。ダンダリオンに視線を送る。


「む?」

「出てって」

「何!? 我輩を閉め出すのか!?」

「違う! 着替えるの!」


 叫んで綿毛を部屋の外にぶん投げた。


 着替えた後も、ご飯の時も、ずっと何かに監視されている気がして気が気ではない。目がいけないのだ。キョロキョロと時々動いて本当に止めて欲しい。


 やっとお風呂で解放された。我家の宿命で油っぽい匂いが付きやすいのでお風呂場と洗濯機には拘りがある。白くて大きなお風呂が私は大好きだ。入浴剤もたくさんあって好きなものを使える。

「そもそも、あの辞書を作った創者って誰なんだろう?プラトン?さんなのかな」


「それは違うぞ!」


「!?」


 ざっぱーんという水飛沫と共に綿毛が現れて私は一瞬気を失った。


「伊鞠!?」


「プライバシーの侵略!! セクハラよ!」


「分かった! 裸は見ない!!」


 桶で殴ろうとしたら、ダンダリオンはアヒルのオモチャに隠れてしまった。


 私も何だか気にするのも疲れて湯舟につかり足で色々と隠した。お風呂に入浴剤を入れて本当に良かった。

「何故だ。各種、マスコットキャラはお風呂場でも迫害されていないぞ!」

「それはアニメや漫画の話。そもそも彼らは成人男性にはならない」

「悪魔だ!」

「はいはい。で、何の用?」

「我輩の辞書の創者はプラトンではない。プラトンの力を利用した術者だ」

「わざわざ訂正しに来たのね」

「これぐらい、自分で調べるか、あの学士に聞いてもらいたいものだが」

「……プラトンについては自分でどうにかするわ。でもその術者は何をしようとした訳?」

「完璧な辞典を作ろうとしたのだ」

「……完璧な辞典」

「それこそありとあらゆる術を駆使してな。しかし、どうしても愛情だけはどうにも出来なかった。本人が知らなかったからな」

「……だから愛、が分からないままってことか……」

「その通り」

「ダンダリオンはどうして守護者に?」


「それは騙されたのだ!!」


 悪魔が騙された。


 それは中々面白い話だ。私は浴槽から出て身体を洗いながら思った。その術者がとても賢かったのか、ダンダリオンという悪魔が馬鹿だったのか。

 私も読書家だ。悪魔と術者ぐらいは分かる。実在するとは思わなかったが、ダンダリオンには悪魔たる悪魔らしい姿と言うかオーラがある。


 たとえこんなもふもふのマスコットになっても油断は出来ない。


「そろそろ逆上せる」

「はいはい、もう終わるわよ」


 私はダンダリオンを先にタオルに繰るんで浴室から出た。


「我輩の力を持ってすればその本を守ることなど容易い」

「そう喧嘩を吹っ掛けられたのね」


「むむむっ!」


 つまり、この悪魔が馬鹿だったのか。私はダンダリオンも乾かし居間に向かった。


 夕食はやっぱり揚げ物で私はサラダを適当に取り分ける。

「あら? こっちで食べないの?」

「うん。部屋で食べる」

「皿はちゃんと戻しなさい。プリンがある」

「はーい」

 と、こっそりダンダリオンを連れて部屋に戻った。


 今日の机の上に夕飯を並べながら、ダンダリオンは私の頭の上でぴょんぴょんして机の上に落下した。

「なんと殺風景な部屋だ!」

「悪かったわね」

 そう言われても反論できない。

 私の部屋には本棚と勉強机と小さなちゃぶ台ぐらいしかない。一応、色がミントブルーで統一されているから女の子の部屋っぽいけど可愛い物は何もない。私は勉強机の上にお皿を乗せた。ダンダリオンは嬉しそうにぴょんぴょんしている。

「食べるの?」

「肉が好ましい!」


 と言うので私は唐揚げを箸で摘まんで渡す。がぶりと豪快に食べた。


「食べるんだ」

「悪魔が鹿や人の生き血を啜り生きるというのは有名な話だと思ったが」

 私はエビフライの衣の部分を削いでサラダの上に乗せる。

 後、白身魚のフライも同様に。残った衣を砕いて一番上に乗せてシーザーサラダドレッシングを上からかけて高速で混ぜた。

「何だ、それは! うまそうだ!!」

「ちゃんとあげるからちょっと待って」

 大分残った揚げ物とそのサラダを別皿に取り分けてダンダリオンの前に出す。


「これで足りる?」


「貴様こそサラダだけでいいのか?」

「いいの。揚げ物にはもうウンザリ。飽きてるの。アンタこそ流石に生き血はあげられないわよ」

「結構だ。こちらの方が美味である。しかし鉄分が少ない」

「後でお肉屋さんにレバー貰えばいいのかな?」

「ふむ、中々協力的で我輩感動したぞ」

「私の血を寄越せと言われても困るしね」


 ダンダリオンの食事する光景は中々シュールだった。


 ビジュアル的に可愛いふわふわが凶悪な牙を出して大口で揚げ物をがっついている。


 お腹が空いていたのだろうか?


「欲しい所だがこれで我慢する」

「あっそ」


 やはり、この見た目でも悪魔は悪魔だ。油断してはならない。





 その時、部屋の外が騒がしく、窓ガラスがガタガタと揺れた。風だろうか。

「何かしら?」

「プリンという物もあると言っていたぞ」 

「ちょっと待って」

 私は勉強机から立ち上がって、部屋の出窓を開こうとしたが、外側の圧が強くて中々開かない。


 やっと開くと物凄い風圧に飛ばされそうになった。


「きゃああああ!」

「むむ!」

「何あれ!」


 窓越しから外を見ると、何か大きな黒い物が空を飛んでいた。

 普通ではない。


 鳥ではない。


 けれど何かだ。

「あれはイデア変換によりこの世に干渉している者だ」

「へ!?」


 私は勉強机の上にあるイデア辞書を見た。


「今なら読めるはずだ」

「分かった」

 私は勉強机の上の辞書をひったくり適当にページを開いた。


 と、いうか本が勝手に開いた。その本のページには絵が浮かび上がる。大きな牙を持つ。大きな羽根を持つ。架空の生き物。


「竜!?」


「確かに、あの中途半端な魔力は竜である。それほど凶悪なモノではないな」

「ちょっと待って、何でこの世に竜がいるの!」

「いるであろう。今まで貴様が干渉しなかっただけだ。このイデア辞書を通して干渉することが可能になっただけだ。どうする?」

「どうするって……このままじゃ騒ぎになっちゃう!」


 私は必死に考えた。どうすればいいいのだろう。


「我輩なら一瞬で穿てるが」

「駄目よ。悪いことしてないのに」

「ならば捕獲だな」 

「捕獲?」 

「イデア辞書と我輩の力と貴様の命令があれば可能である」


 竜が暴れて電線に引っ掛かった。辺りは停電し暗闇が深くなる。やるなら今しかない。



「分かったわどうすればいいの?」



 私はパジャマに上着だけ羽織ってダンダリオンの肩に乗っていた。当然、ダンダリオンは真の姿に戻っている。


 そのまま、出窓を飛び出して私達は夜の空を飛んで駆けた。


「つまり、あの竜を使い魔にするのね?」

「そうだ。貴様はその本を守ること。我輩を従えること。なに、貴様のすべきことは言葉で我等を従えることだ」

「……言葉」

「外部からの力は我輩が守る」


 その言葉は闇夜に静かに響いた。私はぎゅっと本を強く握る。


「……分かったやってみる」




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