第五夜 昼でも月は見える 陰影
夕方。
放課後の廊下で愁一は妙な箱を発見する。
朝倉にこの箱が何か愁一は尋ねた。
「まぁ、これは一応置いた目安箱。中に紙が入っているか、確認してみ?」
愁一はその箱の中から一枚の紙をゴソゴゾと取り出す。
「あ、何か入ってる」
「マジか?」
箱の中には一枚だけ、紙が入っていた。
「ストーカーに追われています。助けて下さい、だって」
「ストーカー? 誰が」
「……一ノ宮月臣君だ」
「……はぁ!?」
朝倉に紙を見せる。
間違いなく、一ノ宮月臣だった。
「そりゃ、アイツ見かけは可愛い……かも知れねぇけど。中身は鬼だぜ?」
「その鬼の月臣君が困ってるんだね。……よし。これ、俺が引き受けていいかな?」
「イッチーが?」
「週末には鏡一狼君が来るんだ。悪霊が関係しているかもしれないし」
「あの最強最古の陰陽師が相棒とは。イッチーもやるじゃねぇか」
と、朝倉は茶化すように言いながら眼鏡の位置を直す。
しかし愁一は気が付けなかった。
その時、彼の瞳が光る色は夕焼けの色でレンズに反射し見えない。
「それより、英治君に会いたいんだけど……困ったなぁ」
「最近はすっかりだな。刀飾の崩壊で忙しいんだろう」
「だといいけど……」
愁一は彼の含んだ言葉を思い出す。
英治が敵だとは思わないが……彼は一体何者なのだろうか。
週末、鏡一狼は制服の姿で駅にやって来た。
「あれ制服だ」
愁一は物珍しそうに見つめた。
ひらひらと制服姿で鏡一狼は手を振る。
「18歳以下向けの研修会だったからさ。しかし東京の駅は流石に凄いな」
「俺も最初は迷ったもん」
「そうだった」
にこやかに鏡一狼は微笑む。
「そうだ。行ってみたい喫茶店があるんだ。そこで話を聞いてもいいかい?」
「君は喫茶店が好きなの?」
以前も鏡一狼と行ったのは喫茶店だった。
鏡一狼は頷く。
「都合上、カフェインは摂らないけど空気がね」
「都合上?」
「ただの願掛け。脳に影響がある物は試合前は摂取しないんだ」
忘れていたが彼は囲碁のプロだ。
そんな鏡一狼が見付けた喫茶店はまた洒落た喫茶店だった。
古き良き、という言葉が似合う、飴色の木の扉。内装。客層も初老の人々が多いが、鏡一狼は気にせず中に入った。
やはり、彼はこうして対面すると動作の一つ一つが大人っぽい。
お互い、窓際の席に向き合うように座った。
「さて一応は一段落、かな。しかし……いくつか疑問がある」
「そうなの?」
「今日、君と議論したいことは三つ。一つ。我々が倒したのは本当に刀飾夜弥だったのか。まだいる残党は動くのか。二つ。俺にも出来ることと出来ないことがある。お互いの力を知らなければ戦いは上手く行かない。三つ目は君の話を聞こう」
鏡一狼は愁一にメニューを渡した。
「どうして? 彼女は刀飾夜弥じゃないの?」
「可能性としてあるんだ。刀飾のトップがあんなに簡単に倒されるのか。あれは単なる人形で別に本体がいるのではないか」
やはり鏡一狼はとても賢く、優れた知識を持っていた。それを確実に使う実力もあり努力もしているのだろう。
「死体からそれが分からないの?」
彼は首を振る。
「一応は検査に出したが上杉と音信不通で今は足利の所に送った。しかし、どうだろうな。最近、上杉英治に会ったかい?」
愁一は首を振る。
「学校に全然来てなくて。サボるような人じゃないのに」
「そりゃ困ったな。彼が一番怪しいんだが」
「そんな、まさか!」
「しかし良く考えてみれば。こうなると予測して動けるのは上杉ぐらいだ」
「そうかも……しれない」
英治は鏡一狼とは違った意味で賢い人だ。物事を俯瞰で見つめ、常に達観している。自分が人間ではないと深く理解した上で人間になりきっている。
「そう愁いた顔をするな。理由は悪意だとは限らない。彼女と君を引き離し、俺と君を接触させるのが目的だったのかもしれないな。ここまで見据えて動けるなんて相当だが」
「……そうだね。所で」
「ん?」
「何か頼んでもいい?」
「忘れていた。どうぞ、どうぞ。俺は忘れると話が長くなるんだ」
鏡一狼はメニューを愁一に差し出す。
「全然いいよ。面白いし。為になる。ビーフシチューにしようかな。いいかな?」
「……ああ、俺に気を使うことはない。俺は食べないけど他人にそれを強制したりしないさ」
「君は何も食べないの?」
「サラダとチーズスフレ」
「美味しそうだね。デザートに食べよう」
二人は一通り注文を終える。
愁一はたくさん葉の入ったレモンティーを、鏡一狼はオレンジジュースを飲んでいた。
二人で女子高生みたいだ、と笑う。
「所で……君に出来ないことってあるの?」
「もちろんだとも。俺には元々、俺としての力がある。君のようにね」
「……力?」
「俺には全てを見透かす瞳がある。しかし問われたことは全て答えなければならない。だから父は俺にあの時、呪いをかけたのさ」
「何を見透かすの? 俺の力もそれで分かったの?」
「それは追々ね。だから一時的にそれを防ぐ術具を持っているんだ」
鏡一狼は机の上に眼鏡と扇子を置いた。
「これが?」
「そう。眼鏡をかければ多少力は抑えられ、言葉の自由がある。扇子で口元を翳せば視界が自由になる。つまり見透かせて嘘も付けるって訳さ」
「でも……俺の前では一度も使ってるの見たことないよ?」
「だって必要ないだろう?」
鏡一狼は満面の笑顔で言った。
二人はしばらく運ばれたメニューを食べた。
「でも、凄いね。囲碁の試合で負けなしなんでしょ?」
「まぁ、チェスも将棋もオセロも得意だな。運さえ関わらなければ、大抵のボードゲームは勝てる」
愁一は思わずレモンティーを喉に詰まらせる。
「え? 運?」
「そう。俺には運がない。傘を持てば晴れて忘れれば雨が降る。何度か車に突っ込まれて死ぬ所だった時もある。パロメーターがあるならドン底、Eにマイナスだな」
「それって、大丈夫なの!?」
「義理の弟の千明がラッキーボーイというやつでな。一緒にいれば半々だ」
あの何故か愁一に敵意むき出しだった青年を思い出す。彼が暁千明だ。
「なるほど。……運か……俺、自信ないな」
「大丈夫だ。今まで生きているから、悪運強し、という奴だ」
「君は何と言うか……強いね」
「それほどでも」
鏡一狼は優雅に微笑んだ。
それから鏡一狼は愁一の高校が見たいと言うので、二人でのんびりと休日の高校に向かった。
確かに、その方が手っ取り早い。
もう夏が近く、少し汗ばむが風は涼しく道には菖蒲の花が咲いている。
高校を見て鏡一狼は顔をしかめた。
「どうしたの?」
「いや、色々いるな、と思ってな」
「……悪霊かな?」
「悪霊も、もちろんいるさ。しかし、……これは……」
鏡一狼は白い建物にそっと手を触れる。
愁一にも透明な壁が見えた。
「あれ……」
「結界さ。しかし雑な結界だ。むしろ警告だろうか」
流石に、その手の知識は豊富である。
「……警告?」
「この高校には狩師が数人いる。彼らの縄張りだろうか?」
鏡一狼の呟きに後ろから声がした。
「その通り。見ただけで良くそこまで分かるな」
高さのわりに凛々しい声。彼は一ノ宮月臣だ。
「一ノ宮君!」
月臣は袴を着て立っていた。弓道部の合間に会いに来てくれたのだろう。
「君が……月の君、初にお目にかかる」
「……そ、そんな畏まる必要はない。学年は同じ、……しかも同じ魂送師だ」
「そう言って頂けると嬉しいです」
鏡一狼は優雅に微笑む。
「敬語である必要もない」
物珍しそうに鏡一狼は東京の高校を見物していた。
「つまり大きな問題なのは野放しにされている狩師が二人いるんだ」
「……え?」
「愁一には心当たりが無いのかい?」
鏡一狼の問に愁一は頷く。
「流石だなぁ!」
一方、月臣は宗滴に対する態度とは変わって鏡一狼にはとても友好的だった。
「月臣君は?」
「あるにはあるが、……少し問題がある」
「後ろのストーカー?」
後ろの気配がビクリと動く。
「それもあるが、それは放っておこう」
「賢明な判断だ」
月臣は溜め息を吐いて言った。
「つまり、この高校に狩師が二人いて、魂送師がいないのが問題なんだよ。バランスが悪い」
「だったら月臣君が契約したら?」
「冗談。そもそも俺は一人で平気だし。その狩師に問題があるのさ」
「……なるほど。全貌が見えて来たな」
「……え?」
「つまり目安箱の紙は我々が接触するためのきっかけさ」
「そう、やっぱ賢い奴と話すのは楽だ」
「へ??」
夕暮れの廊下にはドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」第2楽章のメロディが流れていた。
この曲を聞いていると、まるで何かが起こりそうな気分になってくる。
吹奏楽部が自主練習でもしているのだろうか。
「しかし実際は魂送師がいない訳ではない」
鏡一狼は言った。
「前に言っただろう? 魂送師っていうのは元々記憶がない場合が大半だ。つまり自覚がないのさ」
「そんな……それじゃあ」
「狩師には目的があって、魂送師を野放しにしている」
「そして、君はその狩師を知っている」
影が傾いた。月臣の海色の瞳がオレンジ色に染まる。月臣は頷いた。
「もう動き出す。彼らの霊力は限界だ」
愁一は一度、整理する。
つまり、この高校には狩師が二人いて魂送師が一人いる。
しかし……その魂送師は自分が魂送師であるという自覚がない。
「その狩師が接触すると不味いの?」
「大いに。だから、その魂送師には目覚めて貰うしかないんだが」
「目覚めないの?」
「……うん、そうだな。付け焼き刃でどうにかする他なさそうだ」
鏡一狼は言った。
「俺には、その狩師が誰かも、魂送師が誰かも分からないよ」
「そうむくれるな。分かりやすく屋上で決着を着けよう。それでいいかな?」
鏡一狼の問に月臣は頷く。
コツコツと屋上に向かう階段で革靴の音が響く。
「俺はその魂送師を探して来よう。その間、時間稼ぎを頼めるかい?」
「鏡一狼君が?」
「目星は付いている。探すのは得意だから」
「それがいい。俺は多少、狩師とも戦う事が出来る」
月臣は鏡一狼の言葉に頷いた。
「けど、そんな簡単に来るのかな?」
「来るさ。俺は知っている。しかし一人では厳しい。何せ向こうは二人いるんだ。どうしても二人一緒にしてはならない」
「そういうことで! 頼んだよ。……そう言えば、君のこと……なんて呼んだら良いのかな?」
「……え?」
鏡一狼は珍しく困った様子で愁一を見つめている。
「愁一でいいよ」
「しかし、……年上だし……部活に入った事がないからこういう時にどうしたらいいか分からなくて……」
そんな様子を不思議そうに眺めていた月臣は言った。
「なら問題ない。イッチーも部活に入っていないから」
その言葉に愁一は頷く。
「……そう。俺、同年代の……知り合いがあまりいないから、……嬉しいかな」
「……そこは友人と言うべきだ」
月臣は軽く片目を瞑った。
鏡一狼と別れて月臣と二人で屋上に向かう。
もう日が暮れる直前なのに、遠くから雷の音がして愁一は足を止める。
「……夕立?」
「……いや、違う」
「そうなの?」
「ああ。彼らの目的は俺を誘き出すことだ」
荒れ狂う空にも臆することなく月臣は言う。
「じゃあ、このまま誘き出されていいの?」
「良策ではない。しかし、今の現状、方法がこれしかない」
勢い良く月臣は屋上の扉のドアノブに手を掛けた。
そして、ゆっくりと開く。
愁一は思わず唾を飲み込んだ。
青色。海色の瞳が光る。
「俺は知っている。彼らが人間ではないと。ずっと知っていた。しかし逃げていた」
屋上はコンクリートの床とステンレスの手摺、給水塔と、大体屋上と聞いてイメージする物は揃っていた。
広い空間に二人の人物がいる。愁一はただの刀を構えた。
しかし良く見れば、その人物は知っている人達だ。
朝倉宗滴と鳩里桂一。
愁一は声をかけるべきか迷った。
二人とも、とても気軽に声をかけるような雰囲気ではない。月臣は屋上の入り口付近からこっそり様子を伺っていた。
「しまった、タイミングが遅かった」
「……え?」
「いいから、一度隠れろ」
月臣に言われて愁一はこっそり隠れる。
「あの二人、知り合いだっけ?」
「見ていれば分かるさ」
どこからともなく吹く風は屋上を通り抜ける。あの二人の共通点と言えば眼鏡ぐらいだ。
「お久しぶりです。我が半身」
その風は鳩里桂一に纏っていた。
「半身って言われてもピンと来ないけどな」
雷鳴は宗滴の真上で鳴り響く。
「しかし、困りました。いかに低燃費と言えど、我々の霊力も限界です」
「そこには同意するけどな」
「早急に魂送師を据えるべきでしょう。獅道愁一も復活しました」
「魂送師つっても、無知な物置の魂送師だぜ?」
「構いません。どちらにしろ、私と契約するなら君と。君と契約するなら私と契約しなければならないのですよ」
二人は愁一の方向を向いた。あまりの異様な光景に愁一は固まる。
「……君達は」
『我々の血統は風神と雷神』
二人の声が重なり響く。
「……ッチ、愁一、気を付けろ! 霊力が枯渇しているとはいえ、番の神の血統だ!」
「えぇええ!!」
「風の方は俺に任せろ!」
月臣は素早く、桂一に向かって矢を放つ。
「その程度の矢……っ?」
風で完全に弾いた筈の矢が桂一の手首を掠めた。
「月というのは、見えない時にも存在する」
「なるほど。貴方も魂送師という訳ですか」
「そう。月より出でし君。されど月より帰らず生きる君。それが俺だ。人間ではないが、魂送師として生きる代わりに人としての名を与えられた。それが一ノ宮月臣だ」
「……ご丁寧にどうも。私は貴方ほど丁寧に名乗れませんが。風隠しの長、鳩里桂一です」
月臣は弓を構える。
「タヌキが。ほとんど偽名だろ」
「否定しません」
桂一は微笑む。
愁一は宗滴と向き合った。
緊張感に、持った刀の力を緩める事が出来ない。
宗滴は普段と同じ様に見えた。
少し尖った黒髪に、不思議な金色の瞳。銀縁の眼鏡。
「一体、何をする気?」
「まさか、イッチーにそんな殺気を向けられる日が来るとはな」
「俺だって向けたくて向けてる訳じゃない」
「俺達が何をしようとしているのか、分かってんの?」
愁一はゆっくり、刀を抜いた。
「分からないけど、ヤバそうってことは分かるよ」
屋上にて、桂一と月臣。愁一と宗滴がそれぞれ対立する。
「そうだ! この二人を向かい合わせてはならない! 鏡一狼が来るまで時間を稼ぐんだ!」
「分かった!」
愁一は刀を抜いて宗滴に真っ直ぐ向かった。
錫杖で弾かれるが、構わず向かっていく。
そうすることで物理的に桂一から引き離すしかない。
「君は一体、何者なんだ!」
「何者って言われても。俺は雷神の人柱さ」
錫杖から電気が迸る。
何かしらの血統であるだろうと思っていたが、まさか雷神だなんて愁一は思いもよらず、そして、あの気さくな宗滴を前に一閃が鈍っていた。
簡単な電気で弾かれると、頬に掠り傷が出来る。挙動が読めないせいで動きが完全に鈍っていた。
「どうして、こんなこと……」
「おいおい、せっかく血統が目覚めたのに、宝の持ち腐れだぜ? 出しなよ。イッチーの力を!」
また、電流が弾いた。しかし、どう考えても全力ではない。
本当に力が枯渇しているのだ。
鳩里桂一は目の前の少年を見た。
少年とは言ったが、彼は数千年は生きた月より出でし来訪者だ。簡単に言ってしまえば宇宙人である。
かぐや姫にもそんな説があったが、彼は一度調査のために地球にやって来てからすっかりここが気に入ったらしくずっとここで生活している。生活する権利を得るため、魂送師として身を砕いている訳だ。
しかし桂一は少し参ったな、と少年を見つめる。弓を構える。少年に迷いはなく瞳は深い。矢を放てば不可視必中の第二の矢が同時に放たれる。
本来、風と相性がいい筈の弓使いだが桂一との相性は最悪だった。月臣は矢を放つ上で風というものに頼っていない。多少は必要としているが彼の原動力は月、つまり光だ。
「簡単に言ってしまえば相性最悪ですね」
「もう諦めるのか、風使い鳩里桂一。お前の本気はまだまだだろう?」
「いいですけど、割りに合わないんですよ」
桂一は前髪を書き上げる。
一瞬、空気が静まる。その気配を感じた月臣は弓を構えた。
地面のコンクリートが劣化している。その気配を感じて月臣は一歩下がる。
「流石。では、行きますよ」
桂一の周囲には不可視であろうが、感じる空気があった。
彼の周囲を渦巻き、桂一の単なるYシャツと黒いネクタイを靡かせる。
本能的にヤバいと感じた月臣は下がってそのまま、面を取り出した。ぐるぐるに包帯に巻かれた、辛うじて頭部に耳らしき物が見える面だ。それを掲げて月臣は詠唱する。
「我が同胞よ。お出でませ、お出でませ。我が同胞よ我が半身よ、今、この時お出でませ」
桂一はその詠唱に向かって風を放つ。ただの風ではない。その本質は風化だ。風の力で岩をも砕く。桂一は一気に勝負を決めたかったが、既に遅かった。日は暮れて月が出る。月は彼の原動力だ。
「参りましたね」
「前々、参ってないだろ!」
月臣の持つ面の包帯が解放される。しゅるしゅると包帯が周囲に広がる。中から出たのは面だった。狐の面だ。
『我が主に呼び出されるとは至福の時』
「あー、そういうの、いいから、行くぞ」
『御意』
面から現れたのは狐だった。歌舞伎を思わせる衣装。素性の知れない面。
「彼が、君が狩師を必要としない最大の理由ですか」
「まぁな。自分で召喚、服従出来れば必要ないだろう?」
「姿はほぼ妖怪ですね」
「否定はしないさ」
『さて、そろそろ参ります』
狐は六角形の棒を取り出した。棒と言っても掌サイズで、桂一は警戒しつつ二、三度空弾を放って見たが、凄まじい光の屈折で視界が疎外されてしまう。その間に、面から落ちた結界の帯が六角形の棒に装着された。それはまるで柄に刃を付けるかのように。
『再び参ります』
面の男は顔は見えないのに美しい声で言った。
「……ッチ、あの帯は結界か!」
桂一の風を帯のような刀は断つ。
自在に動く、帯のような、刀のような結界だ。
「気が付くのが遅い。我が使い魔、九尾の狐の概念。食らうがいい」
帯は細長く、一枚の細長い紙に文字が羅列しているだけだが、強力な結界だ。しかも、給水塔の上には月臣が矢を放つ。
確かにこれでは狩師など必要ないだろう。
風さえ断つ結界の包囲。桂一とて全盛期であればいざ知らず、瀕死の状態では厳しい物がある。
「雷の神の血統を持つ雷神、風の神の血統を持つ風神。これら二つは決して二人で一つになってはならない。そうすれば力が解放してしまう。魂送師でも御しきれない力が」
「じゃあ、どうすればいいの!」
愁一は叫ぶ。出来れば宗滴とは戦いたくない。
「二人を制御出来る魂送師を見つけるしかない」
「どうやって?」
「そこは君の魂送師に委ねる他ない。俺と君が全力でやったら、朝倉も鳩里ももろとも消滅する」
「……っ」
それだけは避けたかった。つまり、時間稼ぎなのだ。
「絶対にどっちも救って見せる」
愁一は鏡一狼を信じていた。
鏡一狼は大まかな事実を理解していた。
何故、彼らが本来いるべき魂送師に対して何もアプローチをしないのか。
音楽室に向かうと、一人の少女がフルートを奏でていた。
「見付けた」
少女は不思議そうに鏡一狼を見つめる。
「……え?」
「ようこそ。新しい世界へ」