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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第三章 Decrescent
20/111

第四夜 狂い月

 その日からも変わらず、愁一は東京に戻り、藤堂高校に通った。


 もっと鏡一狼のことを知りたかったが、急いでも仕方ない。



 廊下を通り過ぎると、妙な箱が置いてあった。


『目安箱』


 裏に生徒会まで、とある。どっちみち、生徒会には行くのでその時、尋ねれば良いだろう。



 何故か廊下の生徒は大騒ぎだった。何でも大物のミュージシャンが捕まったとか。

 そのミュージシャンは刀飾だ。



 生徒会に、刀飾のトップを倒したことぐらいは伝えた方がいいか、と朝、生徒会に、寄った。


「頼むよ、この通り!」

「だから、嫌だと言っている!」


 それは不思議な光景だった。あの朝倉宗滴がとある青年に頭を下げていた。


 青年は藤堂の生徒で堂々と椅子に座っている。

 しかし、背は170cmちょっと。金色を思わせる淡い髪色。瞳は大きな海色と、童顔と言っても過言ではない。おそらくは宗滴より年下だ。


「……こんにちは」

「あっ! イッチー! イッチーも頼んでくれよ、コイツに!!」

「何が? 何を??」

「生徒会長になってくれって!」

「じゃあ、この人が朝倉君がずっと生徒会長を頼んでいる人?」


 その人はふぃっと視線を反らす。


「ごめん、その前に上杉君に話があるんだけど……」

「上杉なら最近来てないぜ。まぁ夏休み前だし、風紀の仕事はそう無いんだけど! やっぱ生徒会長はお前しかいないんだって!」


 宗滴の言葉をスルーしてその青年は愁一を見つめる。


「俺は二年の一ノ宮月臣と言います。貴方は?」

「三年の獅道愁一です」


 大きな瞳だなぁ、と愁一は月臣を見つめた。


「あ、今、可愛いとか思ったな?」

「……へ?」


「気を付けろ、イッチー。ソイツ、見た目と中身は逆だから! 鬼! マジで鬼!」

「人に物を頼んでおいてその態度か!」

「ほら、素が出たぁ!!」

「……二人は仲が良いんだね」

「幼馴染みだ。……けど! 俺の方が先輩だぜ! 少しは敬えよ!」


 そんな言葉に、月臣は大きな瞳で宗滴を見つめ言った。


「そうですか。分かりました。しかし、仰っている意味が理解出来ませんのでお断りします失礼します」

「……悪かった。俺が悪かった。見下したように敬語使うなよ!」

「用件が済んだな。では、失礼する」


 月臣は堂々と生徒会室から出て行った。


「すごい霊力持った子だなぁ」

「……イッチー、分かるのか!?」

「うん」

「ってか、なんか変わった?」

「うん……分かるの?」

「そりゃ、俺も狩師の端くれだぜ。イッチーが刀飾を倒したことぐらいは知ってる。……しかし、ケイちゃんと契約は……結局、出来なかったのか」


 宗滴の言葉に愁一は頷いた。


「うん」

「この半端ない霊力……俺の知らない奴だな。今度紹介しろよ」

「う、うん。けど、月臣君も変わった子だね。何で生徒会長に推してるの?」

「今、なれるのはアイツぐらいだからさ」


 宗滴は茶をすすりながら言った。愁一にも茶を渡される。


「今の二年には……二年が一年だった時、不倫問題があってな」

「そんな噂、聞いたことがあるよ。だから、今の二年生は煙たがられてるって」

「その通り。俺も詳しくは知らねぇが、当時の一年男子が女子教師と不倫して退学になったんだ。お陰で、警察沙汰。当時の一年のせいでありとあらゆる部活動は活動停止。今の二年は魔の学年って呼ばれてる」

「なら、尚更何で月臣君なの?」

「微動だにしなかったからさ」


「……え?」


「どんな噂が流れようが、完全無視。あのまま、堂々と生活していた。今もそうだ。Saiaiが捕まろうが知ったこっちゃねぇ。月臣なら生徒会長になっても誰も文句言わねぇよ」

「じゃあ、何で月臣君は生徒会長になりたくないんだろうね」

「そこなんだよなぁ」


 宗滴は項垂れた。幼馴染みの彼でも分からないらしい。


「ウチは寺で、隣にアイツの神社があるから昔からあんな感じ」

「へぇ……」

「何も知らないイッチーなら、何か分かるかも。理由を聞いてみてくれないか?」

「……いいよ」


 愁一は頷いた。

 鏡一狼と同じ二年生。強い霊力の持ち主。見た目、性格こそ違うが、友好関係を広げるのは悪くないと思った。



 愁一は昼休み、晴れた庭で一人昼食を食べる月臣を発見する。

 まだ、彼のことは何も知らないので、お昼ぐらい一緒に食べてもいいだろうか、と隣に座った。

「なんですか?」


 彼は意外にも豪食らしく、沢山のパンを口に食わえている。


「一緒に、お昼食べようよ」

「……いいですけど」

「別に敬語じゃなくていいよ。俺はどこの委員会にも、どこの部活にも入ってないから」

「……そうか」


 愁一は今日も手作りの弁当を取り出す。


「上手そうだな」

「そうかな? どれか食べる?」


 月臣は頷いて、コンビニの袋から割り箸を取り出し唐揚げを一口食べた。


「……うま」

「良かった。今日は二度揚に挑戦したんだよ」

「……手作りですか」

「そうだよ」

「流行りの料理男子か……君は狩師だろう? しかも魂送師付だ。一緒じゃないのか?」

「知ってるの!?」

「俺も似たような者だ。しかし、大した霊力だ。並の魂送師じゃないな」

「……えっと、一応新人だよ。桜小路鏡一狼っていう」

「……何だって!? 囲碁界の流星、桜小路鏡一狼四段か!」

「知ってるの?」

「知ってるも何も。彼は囲碁界では有名だ。一年でプロ、そしてタイトルホルダー。今の所負けなしの棋士だ」

「……もしかして、すごい?」


 月臣は頷いた。


「同じ二年として関心していたんだ。絶対に名人になると思っている。密かなファンだ」

「会おうと思えば会えるよ。関東の研修会の時は会いに来てくれることになってるんだ」

「な、何だって!」

「君は魂送師? それとも狩師?」

「……両方、さ」


 もう食べ終えたのか、月臣は立ち上がる。


「朝倉には言うなよ」


 しい、と人差し指を口元に当てられ、愁一は頷いた。




 まだ、深入りは出来そうになく、暇になってしまったので、愁一は鏡一狼に電話をしてみた。

『やぁ、どうしたんだい?』

「別に急用じゃないんだけど、大丈夫かな?」

『もちろん』

「魂送師と狩師、両方になることって可能なの?」


 しかし、愁一は尋ねて、しまった、と後悔する。新人である鏡一狼に尋ねることではない。


『可能か、と言えば可能だ。強い霊力を持ち、何処かにパイプを持った戦闘力に特化した魂送師ならね』

「そうなんだ……」

『聞いた通り、そっちはちりじりバラバラらしいね。まだ、刀飾の生き残りもいるだろうし、週末には研修会ついでに君の所に行くから』

「うん、待ってるよ」


 愁一は通話を終えた。





 歌手の姉が捕まった。


 最近、妙に様子がおかしいと思ったのは間違いではなかった。

 五十嵐逢瀬はパソコンを閉じる。

 何故、何をしたのか。情報は全く入って来なかった。

 逢瀬が歌詞を書き、遥が歌う。これがSaiaiだったのだ。

 しかし、それももう崩れてしまった。


「ま、いっか。私は溢れる想いを綴っていただけだし」


 逢瀬は黒渕眼鏡を外した。


 逢瀬が詞を書くきっかけとなったのは一目惚れからだった。

 いや、一目惚れをした、という意味ではない。むしろしたことがない。


 この世に一目惚れなどない、と冷めた性格の逢瀬だった。告白されても会話のしたこともない男なんて信用出来なかったし、漫画のようなラブロマンスは漫画の世界だから起こりうる。


 いくら、友人が格好良い、という雑誌の中のイケメンを見せられてもピンと来なかった。

 運命なんて言葉も嫌いで、逢瀬の書く詞は冷酷過ぎるとよく教師に怒られた。


 それが何故か、姉が歌うとヒットした。

 名前は逢瀬なのに、ともよく姉に言われた。

 通学路で一緒になる秋葉秋穂にも良く言われる。


「逢瀬ちゃんって本当にクールだよね」

「そもそも、クールって何。友達少ない負け組ってことでしょ」

「ち、違うよ! そうじゃなくて!」

「良いのよ、別にパリピになりたいなんて思わないし。っていうか御免だわ」


 通りかかったギャルに睨まれるが、逢瀬は無視した。



 それが、覆る。


 まだ、梅雨が終る頃。文芸部の先輩に頼まれ、古い詩集を借りに図書室に向かった時に、逢瀬は見つけた。


 黙々と本を読む図書委員を。


 とても短い髪は淡い金色のようにも見える。それなのに意思の強そうな瞳は深いブルー。


 逢瀬は借りるはずだった本を落とした。

 その音に気が付いたのか、青年は顔を上げる。

 瞳が大きく、少し童顔だが整った顔立ちをしていた。


 きっちり、高校指定の制服を着ている。

「落としたぞ」

 声も真面目そうだった。普段の逢瀬なら、というか、逢瀬はこんな男性が好みだったのか、と今更理解する。


 素早く本を持って青年に駆け寄った。


「わ、私と付き合って下さい!」

「……は? その本、借りるのか?」


 青年は逢瀬を華麗にスルーした。


 本を早く出せ、と手招きし、貸出しカードを取り出し黙々と仕事をしている。


 逢瀬はドンッと机に詰め寄った。


「ねぇ、ねぇ、名前は? あ、私は二年の五十嵐逢瀬って言います」

「二年の一ノ宮月臣」


 彼は超絶素っ気なかった。


 仕事をさっさと終えて読書に戻る。逢瀬は名前を聞いて思い出した。

 二年の一ノ宮月臣。月臣は有名人だった。


「まさか、二年の悪魔!」

「それは単なる噂だ」


 ギロリと睨まれる。しかし、逢瀬にとって、噂は噂でどうでもいい。


「ねぇ、君は一目惚れって信じる?」

「……」


 無視。しかし、逢瀬はこの程度ではめげない。


「私は今、信じたよ。君、私の好みにドストライク」

「……一体、何が」


 一ノ宮月臣はようやく本から顔を上げる。心底、どうでも良さそうな顔だ。


 と、言うより逢瀬を単なる変人だと思っているようだ。間違いではないが、逢瀬は美人だ。光の加減で深い藍色に見える長い髪は美しく、二年の間では高嶺の華と男子に人気があるはずで、そんな逢瀬を見ても月臣は全く表情を変えなかった。むしろ、なんだ、この変な奴は、と思っているようだ。


「その、何にも揺るがそうな目。それに可愛い」

「……殺すぞ」


 どうやら地雷だったらしい。しかし、逢瀬は止まらない。


「可愛いけど、凛々しい! ねぇ、彼女はいる? 好きな人はいるの?」

「……は?」


 当然だが、月臣は呆然とする。彼女の言っている意味が分からなかったので、月臣はカウンターに設置された電話で文芸部部室に電話をかけた。


「変な女に絡まれているんだが、回収してくれないか?」

『え? 一ノ宮くん?』

「秋葉か? そうだ。現在進行形で困っている」

『どうして? 行ったのは五十嵐さんよね?』


 襲いかかる逢瀬を必死に押さえ、月臣は通話を続けた。


「詩集を借りるのは文芸部ぐらいだ。この女、文芸部だろう?」

『そうよ。でも普段は冷めてて、突然人を襲ったりしないわよ』


 逢瀬は横から通話を聞いていた。そして、月臣の顔を持ち上げ見つめる。


「ふーん。秋葉ちゃんと知り合いなの?」

「クラスが同じってだけだ! 近い!」

「私、初めて恋したのよね。自分でもこうなるとは思わなくて」

「分かったか、秋葉! 今すぐ回収しろ!」

『分かった、今行く……』


 電話はがしゃん、と落ちた。


 月臣は初めて人並みに恐怖を感じた。


 己は強いし、他人に興味はないと思っているが、それとこれとは別だ。確かに、逢瀬は美人だ。しかし、こんな勢いで女性に迫られれば誰だってビビるだろう。


「どうしてかなぁ? どうして君かな? どんな魅力があるのか知りたいな、一ノ宮君?」

「ちょ、落ち着け! 普通、突然他人にこんなことはしない!」

「そうよね。私もちょっと驚いてるの。今なら不倫して退学した子の気持ちが分かるかも」


 突然、耳を舐められる。


「ひっ!」


 女子相手でも流石の月臣は怒った。


「いい加減にしろ!」


 何とか、ぐいっと押し返した。

 額にはらしくもなく汗が落ちる。


「遅くなってごめん!」

「……秋葉」


 ぱたぱたと秋葉がやって来た。

 そういえば、秋葉は運動が苦手だったのだ。当然だが、走るのも遅い。


「どうしちゃったの、五十嵐さん」

「恋しちゃった」

「だから、突然襲うな!」


 あの冷酷な逢瀬がおかしいテンションで月臣に襲いかかる。珍しく月臣が動揺していた。あの二年の魔王とまで呼ばれる月臣が。そんな摩訶不思議な光景を秋葉秋穂は呆然と見つめる。


「何が起こったの?」

「知るか! 早くこの女を回収しろ!」

「う、うん。ほら、行くよ、逢瀬ちゃん。月臣くん、困ってるから」

「ふーん。秋穂は一ノ宮と知り合いなの?」

「ずっとクラスが同じなだけだから! 出席番号が近いだけだから、食べないでぇぇえ!」



 秋穂は泣きながら逢瀬を回収した。


 その様子を唖然と見送った月臣は安堵して溜め息を吐く。


「嵐だ。あれは」


 よろけながらも、平然を保ち椅子に座った。





 何とか、文芸部まで戻った秋穂にはまだ嵐が続いていた。

 椅子に座った逢瀬は秋穂に問い詰める。


「で、彼は超絶私の好みなの」

「数分前と違う人かな……」


 数分前の冷酷、冷静な五十嵐逢瀬とはもはや別人だった。


「それで、知っている限り教えなさいよ」

「えぇええ……。でも、またあんな風に襲ったら、それこそ迷惑だと思うけど……」

「……まさか、秋葉さんも一ノ宮君が好きなの?」

「ち、違うよ! いつも堂々として、凛としているから憧れているだけだよ!」


 秋葉は必死に言った。今の逢瀬を敵に回したら何が起こるか分からない。


「ふーん。じゃあ、また私が彼を襲わないように知ってる情報、教えて」


 と、普通ならどんな男でも振り向くであろう美しい笑顔で逢瀬は秋穂を脅迫した。


「……えっと、でも一ノ宮君って結構二年の間じゃ有名よ」

「何でよ」

「本人に聞いたら……どうかな? 一ノ宮君って他人の噂話とか嫌いなの」

「……そうね、そうすれば会う口実が出来るわね」


 ごめんね、一ノ宮君、と秋穂は心の中で謝った。今の逢瀬は正しく嵐だ。




 そこから、五十嵐逢瀬の人生は変わる。姉の逮捕がどうでも良くなる。パパラッチなんて完全無視だ。詞も一変して言葉が踊り色鮮やかになった。


 相変わらず、月臣に対しての接し方はおかしいが、月臣が慣れたのか程よくスルーしている。

 急な接触は全て本でガードされた。



 一ノ宮月臣は弓道部のエースである。全国大会で優勝するほどの実力者で、家は学校近くの神社。二年の間では有名な不倫事件に全く関与しなかった魔王。そして、馬鹿な運動部員の赤点更正を常に頼まれる、赤点悪魔としても有名だ。背は170cmほどだが、性格は容姿に見合わず気高く、凛々しい。頭も良く、常に学年首席だった。


 決まった友人は幼馴染みの三年生、朝倉宗滴以外いないが本人は全く気にしていない。


 誰が、何をしようが興味なし。


 確かに、容姿とは真逆の性格をしていた。そこがまた、逢瀬を痺れさせた。


 そりゃ、可愛いなんて言葉は地雷か。




 今日もルンルンで図書室に向かう。


「来たな、ストーカー」


 月臣からは常に犯罪者だの、ストーカーだのと呼ばれていたが、逢瀬は彼と会話さえ出来ればどうでも良かった。


「貴方のストーカー、五十嵐逢瀬ですっ!」





 月臣は決意する。

 廊下に置かれた、誰も目にしない目安箱。そこに月臣は一枚の紙を入れた。


『ストーカーに追われています。助けて下さい』


 という紙を。

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