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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
第二章 First Quarter Moon
13/111

第三夜 彗星

 

 雨と暑さが交互にやって来る季節だ。金曜日。今日は雨だった。

 雨の日は部活が早く終了する。外の運動部が室内で筋トレをしているという都合上、体育館や廊下がいっぱいになって暑さが更に増しサウナのような状況になるため通常より早く終るのだ。

 柔道部、空手部、剣道部、弓道部とひしめき合う道場にはあまり関係ないが、それでも長雨の時は念のために部活は早めに終る。

 生徒会もこの季節ばかりは活動がない。

 テストが近いから、というのが最大の理由だったりするが。

 生徒たちは傘を持ちながら楽しそうに帰っていた。


 最近はどこも、かしこも流行りの音楽ばかりの話をしている。

 とは言え義輝にはその流行りが分からないのだけれど。


 休憩中、道場の外で水分を補給していると同じ部員の友人にその音楽を聴いてみろとイヤホンを渡されたが謎の絶叫しか聴こえず思わず苦笑する。


 名前はSaiai

 これでサイアイ、と読むらしい。


「どうっすか、いいでしょ?」

 坊主の後輩が瞳を輝かせて義輝に尋ねる。

「……微妙だ」


 義輝は正直に答えた。


「えー!」


 道場の隅で絶叫が響く。

 仕方がない。義輝には絶叫×絶叫にしか聞こえない。


「ほら、だってこのカバーのSaiaiちゃんだってめっちゃ可愛いでしょ?」


 美人、紫のストレートヘア、垂れ目。確かに美人、と言っていいだろう。

 しかし義輝にはどうしてもモスキート音のような、超音波のような、非人為的な音楽にしか、むしろ音楽には聞こえなかった。

「はっは~ん」

 何故か後輩は義輝を意味深な目で見つめる。

「なんだ」

「足利先輩、彼女いるんですよね?」

「……はぁ!?」

 義輝は叫んだ。その声に道場中の部員の視線が集中する。義輝は慌てて後輩の口を掴んだ。

「そんな訳あるか!」

「え~。今度、紹介して下さいよ。先輩が一番進んでるって噂ですよ」

 その後輩の言い方に段々苛立つ。

「違う。ただの留学生の面倒を見ているだけだ」

「知ってるんすよ。銀髪留学生。先輩に一番なついてるって……いったぁあ!!」

 苛立って義輝は後輩を頭突きでゴンッと沈めた。

 周囲を睨むと、皆、去って行く。

 結局、部活の終わりにCDまで押し付けられてしまった。


 興味がない。

 そう思いながら部活帰り。街中を見渡すと全てがSaiaiに溢れていた。電子パネル。ポスター。店頭。

 義輝は益々分からなくなった。


 一体、コレの何が良いんだ?


 上杉は流行なんて何のその。デバイスから着た刀飾の調査報告に流石の義輝も苦笑する。


 そんなことより刀飾が動いた、と。


 つまり、こちらの動きがバレている、ということだ。

 今、迅速に動ける魂送部隊は上杉家と義輝ぐらいである。

 義輝とカイウスに任務が集中するということは大体が予想出来た。


 部活帰り。雨のせいでほの暗い街中を歩いているとCDショップを通り過ぎる。やはり店頭販売は全てSaiai。本人によるサイン会のイベントが行われていたらしい。当然、義輝はそのまま通り過ぎる。


 その店から流れる音楽に義輝は顔をしかめる。キーンと頭痛と耳鳴りに襲われ、一瞬の目眩に倒れそうになった。


「あら、大丈夫ですか?」


 美しい女性の声がする。


「え、ええ」


 義輝は必死でその場を去ろうとした。

 しかし女性に腕を掴まれる。意識朦朧で見上げると美しい髪の長い女性が慈悲に満ちた瞳で義輝を見つめていた。


 これはまさか本人か?


「だ、大丈夫です!」

「貧血かしら?」


 紫かかった髪は緩やかにウェーブする。雨の水滴がきらきらと落ちる。ほの暗い空。


 そして、この世とは思えない音。

 いや、これは音なのだろうか。


 アスファルトが揺れる。

 まるで外のざわめきが観客のようだ。


 義輝は根性で立った。


「大丈夫です。少し、目眩がしまして」


 立てば義輝は背が高い。野次や取り巻きは驚いて下がった。

 彼女は微笑む。


「新曲のCDがないとサインが出来ないんですよ」


 義輝は思い出したように鞄からCDを取り出した。


「あら。これは特典付きですね」


 ギャラリーがざわめく。


「特典?」

「はい。ライブの特典です。是非」


 笑顔で特典付きのCDにサインをされた。


 義輝は音楽に興味がない。しかし、それにしても酷すぎる。何故この雑音がこんなにも売れるのだろう。これなら、まだ雨音の方がマシである。止まない頭痛に苦しみながら寮に帰宅した。


 帰宅すると家の物が圧倒的に増えた。

 その一つがパソコンだ。少し古めのノートパソコンは義輝の勉強机に鎮座している。カイウスは学校から戻ると着ぐるみのような家着に着替えて必死にカタカタと何かを弄っていた。


 義輝はシャワーを浴びてカイウスにコーヒーを差し出す。

「ありがと。今日は早いじゃん」

「テストが近いからな。それで、お前のお姉様と連絡は取れたのか?」

 カイウスの手が止まる。

「フォンベルンの王家が持つ個人用アクセス権から仕掛けてるんだけど、さっぱり」

「……お前、本当に王家なのか?」

「冗談で言うか?」

「冗談だ」

 カイウスは溜め息を吐いた。

「姉さんだけならここまでする必要はない。誰かが意図的にイッチーと姉さんを引き離してるのかなぁ」

「誰が何のために」

 カイウスは両手を上げた。

「しかし、その可能性は皆無ではない。全ては獅道次第だな」

「丸投げかよ!」

「そうする他、無いんだ。我々は全て獅道の行動次第で動くことになっている。それはトップの上杉が決めたことだ」

「なんかやるせない」

「仕方あるまい。我々は上杉の手駒だ」

「皆でイッチーに隠し事してるみたい」

「みたい、ではなくそうなのだろう」


 義輝がコーヒーを飲むとカイウスはベッドでバタバタ暴れだした。


「なんで、なんで、なんで!」

「……知りたいか?」


 カイウスの動きがぴくんと止まる。


「出来んの?」

「つまり、上杉に借りを作ればいい」

「さっすが!!」

 カイウスはパチンと指を鳴らす。


「結論、刀飾の生け捕りだな」

「やっぱり」


 うさみみの頭がぱったりとベッドに落ちた。



「最近、向こうの動きも激しい。不可能ではない」

「そりゃ、義輝はな……よし!」


 カイウスはベッドの上で立ち上がる


「義輝は攻撃と速さに全振りだよな」

「何が」

「だから、ステータスっぽいの。防御は?」

 そういうことか、と義輝は頷いた。

「興味はない」

「へ?」

「いいか。全てを均等に、完璧に、どうにか出来る人間などいない。俺は戦いにおいて最も必要な攻撃と速さを取ったのだ」

 くるり、とカイウスが座る椅子が回る。

「そんで、防御を捨てた訳ね」

「そうだ」

「じゃあ、俺がお前の壁になる」

 彼女はニヤリと笑った。パソコンの電源を落としデバイスをポケットから取り出す。

「そんなことが可能なのか?」

「ここ最近、悪霊をそこそこ狩っただろ? 結構カスタマイズポイントが溜まってるんだ」

 カスタマイズポイント。それは魂送師、狩師共に報酬の一部のようなもので自身の能力を部分的に底上げすることが出来る。全てではない。それぞれ特性に合わなければ修得すら不可能である。

「俺の分もやる」

「え?」

「俺は今がベストだ。他はいらん」

 専ら、義輝は体を修行で鍛える方が自分に合っているのだ。ゲーム感覚であれやこれやと修得するシステムは不要だった。

 ので、登録すらしていない。

「けどさ。万一、死にそうになった時……応急措置ぐらいあった方がいいじゃん」

「俺は、いらん。お前が必要なら好きにしろ」

「相変わらず脳筋だなぁ」

 カイウスは楽しそうに笑る。


 義輝は自分のベッドに座った。

 無機質なベッドがぎしりと音を立てる。


「分かった。防御その他はカイウスさんに任せなさい!」

「頼んだ」

「……え?」


 何故かカイウスが狼狽える。


「どうした?」

「いや、もっと、ふざけるな! とか、防御などいらん! とか言うのかと……」

「それらをカバーし合うのが狩師と魂送師だ。これから刀飾の動きは活発になる。あまり流暢なことは言ってられん」

「お前って脳筋かと思えば頭が切れるんだよなぁ」

「お前は案外、好き勝手やらせてくれるからな。信用しているぞ」


 そう言えば今度は何故かカイウスは頬を朱色に染める。


「それは、好き勝手やらせるしかねぇんだよ!」


 それから彼女はデバイスと向き合ってカチカチと何かを弄っていた。


「攻撃と力と速さ以外はお前に任せる」

「了解、了解」

「それと。他の魂送師や狩師もいる。あまり焦るなよ」

「……でも、今は」

「それでもだ」

「俺が……力不足だから?」

「違う。お前と俺は相性は悪くない。しかし俺は元々、一撃必殺、チート火力でバンバンやるタイプじゃないんだ。もっと卑怯で姑息なタイプだ」

「そんなことねぇよ!」

 カイウスは叫ぶ。


「そうなんだよ」


 義輝は言った。彼女は勘違いしている。足利 義輝は正義の味方でもヒーローでもない。今まで出来ることをやっていただけだ。


 義輝は部屋を出た。


 キッチンで久し振りに冷蔵庫の扉を開く。たまには料理でもしようと思ったのだ。彼女は彼女で必死で成長しようとしている。出来るならば助けたい。

 元々、自炊していたのだから義輝も料理は出来る。

 ただ、昔から自分で作る料理より他人が作った料理の方が美味しいと感じるのは何故だろう。別に他人への愛情なんて求めてないのに。


 夕食の時、カイウスがテレビを見ていると丁度あの歌手が出ている。清楚な白のワンピース。



 カイウスは和食に苦戦している。

 まだ箸に慣れないのだ。それでも和食を食べたいらしく必死に箸に挑戦している。

 しかし、その音楽が流れた瞬間カイウスの箸が落ちた。


「な……っ、なんだ! これ!」

「噂のSaiaiだそうだ」

「なんでこんなのが売れるんだ?」

「さあな」


 そんなことより義輝はカレンダーを見る。

「カイウス、今週の土日は空いているか」

「へ? 特に何もねぇよ。……まさか、これの調査?」

 カイウスは瞳を輝かせていた。しかし義輝は調理を終えエプロンを着替えながら淡々と言う。

「いや、定期検査」


 カイウスは義輝を睨んでいる。


「お前、やっぱり……偽者の血統だってことを気にしてるのか?」

「気にする、しない、以前の問題だ」


 その言葉にカイウスは渋々頷いた。


 そのライブは土曜日に行われ、その日は百人以上が死んだ。

 カイウスは騒いだが、まだ犯人がこのSaiaiかどうかは分からない。何しろ有名人だ。調査もしにくい。


 電車の中で義輝はCDを持って震える。死んだのは特典に付いていたライブの参加者だ。車内では皆、携帯でニュースの詳細を見ていた。

「なんでライブに行かなかったんだよ」

「仕方ないだろう。次の日にどうしても予定があったんだ」

「何だよ、定期検査って」

 興るカイウスの声に義輝は首を振った。義輝とて高校生だ。行けるものなら調査に行ったが土曜日は部活があったし今日の用事の方が大切だった。


 着いたのは県外にある病院だった。

 電車から降りた瞬間カイウスは何故か深呼吸をしている。

「何をしている」

「すっげぇ、空気が美味しい!」

「……そうか?」

 義輝には分からない。

 何もない駅だ。無人という訳ではないが都内に比べれば小さな駅で特に何もない。

「山だ~!」

 しかし、カイウスは何故か喜んでいる。

「ここからバスに乗るぞ」

「バス!」

「何がそんなに珍しい」

「お前と休日に……っ、何でもない!」

 カイウスはロボットのようにバスに乗った。


 義輝が向かったのは県内でも大きな病院だった。

 彼は月一でここに来るようになっている。

 あっという間に大きな白い建物の前に辿り着いた。

「な、何じゃ、こりゃー!」

「病院だ」

 義輝は淡々と言う。

 目の前の景色はまるで切り取ったかのように不釣り合いな大きな白い建物だった。

「日本の医療は進んでるって聞くけど、すげぇな」

「中は色々面倒だがな」

 義輝とカイウスは中に入った。


 中は休日なのに人だらけでカイウスは目が回りそうだった。義輝はさっさと受付を済ませカイウスを引っ張る。

「少し待つぞ」

「うん……ここは?」

「俺の産まれた場所だ」

「……そっか」

「そんなに畏まるな。親父がお前に会いたいんだと」

 受付の前で二人はしばらく待った。

 あまりに暇でカイウスは義輝に話し掛ける。

「大きい病院ってみんなこうなのか?」

「まぁ、そうだ」

「人だらけだな」

「そういう場所だからな」

「……お前な」

「済まんな。面白い話は苦手なんだ」

「……別にいいけど」

 義輝はカイウスの頭を撫でた。本来、病院は騒ぐ場所ではない。そう怒っても良かったが彼女は何も知らないのだ。彼女が病院についてどの程度の知識があるのかも知らない。怒れば当然言い争いになる。ここは穏便に済ますべきだろうと義輝は思った。


 その時、ぽーんと音が鳴った。


 順番が来たのだ。義輝は気が進まないまま、受付の前に立った。

 カイウスの唾を飲む音が聞こえた。

 義輝の具合はあまり良くなさそうである。


「おい、大丈夫か?」

「実家にはあまり戻りたくないんだ」

「じゃあ、なんで……」


 義輝はふいっと視線を逸らした。


「ここは父の病院だ」


 どうあがこうが足利 義輝は未成年だ。


 病院でやることは一つ。


 検査。検査。検査。


 採血に始まり、CT、脳波、診察。これらの検査を一日がかりでやる。


 その時の義輝は人形のように無表情だった。


 カイウスは病院の中を観察しながら義輝の検査が終わるのを待った。


 流石に混んでいて暇だったが病院は大きく、レストランや土産屋まである。


 CTを終えた義輝が出て来た。


「どうだった?」

「後は診察だ。時間がある。来てくれ」

「お前、ここに来るの嫌だったんだろ?」

「カイウス。お前が夢で見たのは俺の断片的な事実だ。真実を見て、感じてもらおうと思ってな」

「そりゃ、その方がいいけど……」


 義輝はカイウスの頭を撫でた。

 ふわふわした銀髪が揺れる。


「行くぞ」


 二人は診察室に向かった。


 白い壁に白いドア。無機質で薬品の匂いがする。白衣の人々が通り過ぎる。

 義輝は何かのカードを使って一室に入った。

 その中はガラス張りで程よく広く、深い赤色の絨毯が地面に広がってた。

 そしてデスクの前に知的そうな男性が座っている。


「久しいな、義輝」

「お久しぶりです」





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