夢に会える
イギリスから日本に戻って来た最中だった。
慣れた日本の街並み。
そんな中を愁一は歩いていた。
夜弥とは別行動だった。彼女は一度自分の頭を冷やしたい、と我が家に戻っている。
そんな時。ポンッと肩に何かが置かれた。これは確認するまでもなく手だ。
思わず振り向くとそこにはブラックスーツの英治の姿があった。
「英治君!?」
「ここでの長話は障ります。何処か時間は取れますか?」
相変わらずの姿の英治に愁一は頷いた。
二人は市内にある一角のカフェに座り向き合っていた。
英治に会うのも久しぶりだ。
夜弥も会いたがらないし、英治の方も夜弥を当然信用などしておらず。愁一が夜弥といる間は会うことは突発的ではなく計画的に愁一を待ち伏せしていたという以外にはあり得なかった。
今回はその為に愁一は夜弥と別行動を取ることにした。
それが永遠の別れになる可能性は僅かにあるが愁一は再び夜弥に会える気がしたのだ。
指輪は全て愁一が持っている。
丁度夜弥がいない。もしかしたら英治の方もその瞬間を狙って声をかけたのかもしれない。
「大体のことは尋也から聞きました。獅道先輩の願いなら指輪を渡しても良いですよ」
「まだ『先輩』なんだね。もうそんな間柄じゃないのに」
「先輩は先輩ですから」
と、英治は少し顔をしかめながら言った。そして手慣れた様子でコーヒーを注文していたので愁一もそれにならってコーヒーを注文する。
「しかし、刀飾をいつまで側に置いておく気ですか」
「やっぱり気にしてた?」
「当然です。あの女、先輩の願いをかっ拐う気ですよ」
「それは分かっているんだ」
「過去に何をしたかも?」
愁一は頷いた。
分かっている。彼女が過去にした数々は決して彼女が謝罪したところで無くなりはしない。
そもそも謝罪をする気もない。
けれど彼女は生まれた瞬間から刀飾なのだ。つまり彼女は自ら選んで刀飾になった訳ではない。ずっと愁一の中でこの事実が引っ掛かっていた。
もしかしたら本当の彼女がどこか内側にあるのではないだろうかと。
「それともう一つ。指輪を狙うのは刀飾だけではありません」
「やっぱりね。そんな気はしていたよ」
愁一は日本から移動する最中にずっと感じていた妙な気配の正体に頷いた。つまり何処からか指輪の事実を知り愁一から奪う気でいるどこぞの組織なのだ。
「ともかく、俺はあの女があのままの間は貴方に指輪を渡せませんよ」
「君ならそう言う気はしていたよ」
丁度いい温度になったコーヒーを片手に愁一は頷いた。
英治が、上杉が簡単に刀飾を許す訳はない。
「けれど……俺の刀の対は彼女が持っているからね」
「知って……」
英治の驚いた表情に愁一は笑顔で答えた。
五本のビルに囲まれた大きな屋敷だった。
そこが刀飾の本家になる。
夜弥は一人考えていた。
イギリスまで愁一に付いて歩いた結果、分かったことは愁一の望みは愁一だけの物ではないということだ。
特別な力。何故なのか夜弥には理解が出来なかった。
確かにあの二人は戦ってはいたがそこには醜さや憎さというモノが一片もなく。ただ手段が刀を合わせるだけだったのだ。
結果的には愁一が勝ったが。
つまり愁一にはそれだけの何かがあるのだろう。夜弥とてそれには薄々気が付いていた。一緒に行動する間に。力だけではない。別の何か。それこそ夜弥が求める『特別』なのだ。
「駄目ね。それが、それの根本が私にはどうしても分からない」
そっと手を夜弥は胸に当てる。
自分にはない何か。それが愁一にはあるのだろう。それが何か、分からない。
ずっと刀飾として生きて来たから。
どんな犠牲を出しても……永遠の生を手にいれる。その為ならば手段は選ばない。
それが間違っている……?
そんなはずはない。
しかし、初めて広い外に出た夜弥は戸惑っていた。色々な狩師や魂送師と出会い。どの彼ららも皆、人間として暮らし力を隠して。
そうして皆、愁一に願いを託すのだ。
何故だ。特別であることが何故嫌なのか。夜弥にはどうしても理解出来なかった。
いや。理解することを拒んでいるのではないだろうか。
何でもない。都内の道を夜弥は歩いていた。突然、雨がポツリと古る。
髪が濡れ、服が濡れる。
もしかしたら、この考え方が既に刀飾としての洗脳だったー。だとすれば、本当の自分は。
「濡れるよ」
そうして現れたのは愁一だった。ブラックスーツに傘を持ち。
スッと夜弥に傘を向ける。
相変わらずノックもせずに屋敷の結界をぶっ壊して現れる。
「……私……わたし……間違っていたの?」
「え?」
「生きたい。永遠の生。それが私の望み。だけど……他の何かの生を奪ってまで生きる。それは間違っている……の?」
「そうだね。でも間違いではないんだろうね。人は絶対に何かの命を奪わなければ生きてはいけないから。自然界では弱肉強食とも言うし」
愁一のそんな言葉に夜弥は涙が出た。雨のお陰か直ぐには分からないが確かに夜弥は泣いていた。
完全に否定することだって出来るのに。愁一はあえてそうはしなかったのだ。そう。『あえて』夜弥を思って。
「君がそこまで考えてくれるまで変わってくれて俺は嬉しいよ」
「変わった……? 私って変わったの?」
そんな再びの夜弥の叫び声に愁一は頷く。
「変わったよ。だって出会った時は君はただの殺し屋だった。何も考えず人を殺していた。でも、今俺は君には殺されない」
「っー」
その言葉に夜弥は否定は出来なかった。
愁一は優しく屈んで夜弥と向き合った。
「英治君に会いに行こう。今の君なら大丈夫。きっと指輪だって渡してくれるよ」
「私が……上杉に?」
「どうしてもそうしなければ何も変わらないよ」
今回は二人だ。
まるで最初に行われた悪霊魂送の試験を思い出す。
今度ならば大丈夫だ。
もう愁一の願いは決まっていたし、夜弥は段々と彼女が持つ本当の人格に戻っている。