愛の一閃
国ではちょっとした騒ぎになっていた。
高い城の上の庭園の一角。
広がる芝生。
見晴らしの良い城の一角の天井にて女王が立っていた。
まるで騎士の様な格好をした銀髪の美女を前に愁一も少し驚いた。
「え、……えっと」
てっきりユリウスと戦うものだと思っていたので愁一は戸惑う。ユリウスもそうだろうな、と愁一の心中を察した。
「どうしても、と聞かないのです」
「あのねぇ。舐めてもらっては困るわ。これでもフェンシングは極めて続けているよ!」
銀色の剣が真っ直ぐ愁一に向かって来る。愁一はそれを交わし一歩下がった。
彼女に何かがあればユリウスは恐らく真っ先に動く。これは事実上二対一だ。
愁一は女王の動きを見ながらユリウスの様子も伺っていた。
「ちょっと! こっちに集中しなさいよ!」
「出来る環境にあればね」
「なーんですって!!」
「君は少し間合いが甘いよ。でもこれ以上踏み込めば体の無傷は保証出来ないな」
「……手加減していると言うの? この私に?」
「悪いけど、俺はもう負けないって決めたんだ」
トンッと裏手に回りマリリンの首筋に峰打ちを当てる。刀の峰で。
マリリンはそのまま倒れた。
そんな彼女をユリウスはそっと受け止める。
片手にはガンソードが聳えている。
「私は……」
「分かっています。僕が再び負けないように」
そんな言葉に愁一はハッとする。
ユリウスと愁一は一度手合わせしている。そして結果的に愁一は勝ったのだ。負けた時の悔しさは今の愁一には痛いほど理解出来た。
「そんな訳……ないでしょ……ユーリーが負ける訳……」
「無理しないでください。僕が再び戦うと負ける可能性もあるのです」
ユリウスはガンソードを真っ直ぐ愁一に向けた。
「そして僕は再び負けるほど弱くはない」
愁一は少しばかり感動した。ユリウスは言わば愁一と同じ状況なのだ。それなのに表情を一つ変えず愁一と再び対立している。
「やっぱり、君と再び戦うことになりそうだ!!」
愁一は迷わずユリウスに切っ先を向けるがガンソードから放たれる弾丸に阻まれる。それらを切断しながらユリウスとの間合いを詰める。
キンッと剣と刀が交わる。
「君たちならこんな指輪が無くとも願いを叶えられるよ!」
「こんな……? 世界を変える程の指輪ですよ? それを……」
「世界なんて……変えたって自分が変わらなきゃ何も変わらないよ」
愁一が持つ刀が漆黒から白銀に光る。
一度間合いを取って愁一は再び刀を鞘に戻し抜刀した。
放たれる弾丸をもう一歩の打刀で弾きそしてユリウスのガンソードを太刀で弾く。
しかし、同時に弾と刃が向かって来るのでもう一本の刀で弾いたら刀は飛んで行き地面に刺さる。取りに行く暇もない。
「ちょっと! 愁一!」
「え?」
夜弥の叫び声に愁一は動きを止める。
彼女は胸からもう一本の刀を取り出した。愁一が持つ刀の番だ。
愁一はその刀を受け取った。
今度は銃弾を弾く。
ガンソードはくるくると空を回って草原の上に刺さった。
刀の切っ先がユリウスに向かう。
「また……負けた……僕は……」
ユリウスはカクンと膝を突いた。
そんなユリウスにマリリンは頭から抱き寄せた。
「負けてない! だって、まだユーリーは戦えるわ。だから負けてないのよ!!」
「そう言って頂けるのは有り難いのですが……」
すると何処からか声が聞こえた。
『そうだー! 二本なんて卑怯だー!!』
『そうだー! そうだー!!』
「そうよ。事実上、向こうは二本の刀」
そう言うのはテレサでユリウスも流石に驚いた。
「オーナー!?」
「私だって、……部下の恋愛事情ぐらい把握しているのよ。すっかり完全に黙っていたわね」
「それは……」
下だった。
下はすごい騒ぎになっていた。
「何よ! ちゃんと戦ってこっちが勝ったのよ!」
夜弥は叫ぶ。
それは少し意外だった。
全員がそう思ったので、夜弥以外の全員がポカンとしていた。
「何よ。事実を言っただけでしょう」
照れた様に夜弥は顔を臥せる。
「……勝った」
愁一は愁一で少し感動していた。今度は勝ったのだ。ちゃんと、勝ったのだ。
「どうやら、……本当に僕らにはこの指輪は不要のようです」
「そうだよ。君たちならお似合いだと俺も思うよ」
愁一はユリウスから指輪を受け取った。
真ん中に石がある指輪を。
もう一対の方もマリリンは少し悔しそうだが彼女からも指輪を受け取った。
これで指輪は二対になる。計4つ。残り2つ。一対。
持ち主は分かっていた。
上杉英治とケイシー・セグシオン・フォンベルン。
偶然なのか。運命なのか。指輪は全てフォンベルン家の女性が持っていた。最後の指輪を持っているのがケイシーになる。
二人が今いるのは日本だ。
こうして愁一は日本に再び向かうことになった。
私の家にノックもせずに男は現れた。
私の家の結界である五本のビルを真っ二つに斬って、その男は現れたのだ。
私は生まれた瞬間から一人だった。刀飾の当主は一人と古い仕来たりで決まっていた。本当だったら男が良かったのだろう。それぐらいは使用人の顔を見れば分かる。
私を産んだ父と母は死んだ。
私以外の親戚は全員使用人となり白い着物に同じ姿で誰が誰だか全く分からなかった。何故、私の父と母が死んだのかは分からなかった。
高校までは一応普通に通っている。一応、となるのは一度桜小路家を滅しているからだ。理由は、彼らは私に刀飾なんて辞めて桜小路家に属せと言い寄って来たのだ。
そうなると刀飾は滅亡する。
私が……私のせいで滅亡する。
そんなことは赦せなかった。
だから逆に滅したのだ。後悔はない。
刀飾は『永遠の生』の為ならば何でもする。それが家訓だ。
その家訓があの指輪があれば叶うだろう。
そう。フォンベルン家が持つ指輪。何でも願いが叶うと言うのはその隠し方を見ればガセではないと分かる。
だから私は獅道愁一に付いて行くことにしたのだ。ただのオマケではない。
イギリスは興味深い街だった。当然日本とは違う。そこまで考えてハッとする。今まで、あの屋敷の外に出たことはない。一度。桜小路家を滅する為に。外に出たことはあるが、こんな呑気に観光だなんてしたことがない。だから私にとっては物珍しい光景が広がっていた。
ここがイギリス。日本の、私の敷地の外。
向こうは向こうで完全に黒髪の日本人が珍しいのか物珍しげだが愁一は慣れているのか全く気にせずに歩いていた。
ならば私も気恥ずかしい姿なんて見せられない。そう思って胸を張って堂々と歩いたら何故か愁一に苦笑された。
「何よ。何か変?」
「いや。君はいつでも変わらないなぁ、ってさ」
そう言う愁一こそ何も変わらない。
「私は簡単に変わらないわよ」
「そうかな。俺は少しづつ変わっていると思うよ」
「え……」
「だって、誰しも見境なく殺さなくなったじゃない」
「それは……」
「そうすれば一発でこんな状況は終わるのに?」
「……」
私は思わず考えてしまう。
確かに彼の言うことは正しい。
しかし何故かそんな簡単には出来ないのだ。
思わず苦悩する。
そもそも考えることが間違っているはずなのに。
そうだ。目の前の愁一だって殺せば良いのだ。
しかし、何故か私にはそれが出来なかったー。