新たなる旅たち
お伽噺のような話だ。
願いを叶える六つの指輪と一つの願い。
「そんなの。貴方の勝手じゃないの? ただ一人の願いが何故叶うと思うのよ」
夜弥の言うことは正しい。
こんなのはただ一人の言う我が儘だ。
「所が。そうでもないのさ」
尋也は髪を手で弄りながら言った。もうただのリビングの一室になってしまった空間でもまるで映画の舞台の様に様になるのだから凄いな、と密かに愁一は思った。
「え、どういうこと?」
愁一の問を既に聞き流し茶の準備をしている月臣は言った。
「そう思っている狩師も魂送師も多いということだ。記憶が引き継がれた者でもそうでなくとも関係ない」
「それ、本当に?」
愁一の言葉に月臣は頷く。
そして考えた。今まで会ってきた狩師も魂送師も。確かに己の力に溺れて目の前の高位に溺れていた者はいなかった。どちらかといえば彼ら二人の様に仕方なくその力を使っていた者が多い。
「どうして……そうなる人の方が多そうなのに」
そんな問に尋也は答える。
「召喚の時にな、ある程度選別しているのさ」
髪を片手で靡き夜弥は言う。
「そう。厄介なことにね」
「……だから刀飾と合わないのか……」
「何よ。悪い? そんな力は世界の為に使うべきなのよ。狩師? 魂送師? そんなの滅んでしまえば良いのよ」
「それが君の望みなんだね……」
愁一は何故、狩師や魂送師たちがこうも夜弥を、刀飾を敵視するのか理解した。
最終結果は同じでも方法が全く違うのだ。
「そうよ。最初から分かりきった事よ。貴方たちが可笑しいのよ。普通の人間として活きて死にたい。特別を棄てると言うの?」
「そう、そうなんだよ! 俺の願いは!!」
全部が夜弥の言う通りだった。
月臣も尋也も黙ったままだ。そんな空気に夜弥は呆然とする。本来ならば揉めて喧嘩になり、また闘争が起こる筈なのに。
「どっちに先に行くんだ? 指輪の残りは東京とイギリスにあるんだぞ」
尋也の問に愁一は頭を抱えた。
英治に会って説得をするのは最重要で最難関だ。
一度だけ見えたイギリスのユリウスの方がまだ会話は可能だ。
「俺、イギリスに行くよ。その方がいい気がしたんだ」
「そうか。分かった。……で、そっちのお嬢さんは付いて行くのか?」
「当然よ。……もう分かりきったことだから言うけれど指輪を集めるという目的までは一緒なのよ。どの連中も皆、愁一に肩を持つのだから一緒にいた方がいいでしょう?」
「まるで隠す気も無く潔く、と言った所か」
イギリスに行くまで少し準備が必要だった。夜弥は相変わらずだが結果的に愁一と共に過ごす都合を見出したのか一緒にイギリスに行く気だ。
出国の準備の最中。そんな時だった。
元々そう多くはない荷物をまとめ終わり、出国前に近場の定食屋でラーメンを一人で啜っている時だった。
愁一の席に誰かが座った。愁一は気配で目の前に誰かが座ったのかが分かり顔を上げるとそこには本を片手に持った宗滴が座っていた。愁一を見て一瞬片手を振る。
「終わってからでいい。ちっと話がしたいんだ」
愁一は頷いてラーメンを食べきった。
二人で一緒に食後の水を飲んでいると妙な気分だった。実年齢で言えば愁一は宗滴と同年代になる。
「不思議だな。なんやかんやイッチーとは同い年なのにこうやって向き合って会話なんてしたことなかったよな」
「やっぱり……そう思う? 俺もそう思っていたんだ。……でもその内容は……」
「あ、いやいや。イッチーに文句を言いに来た訳じゃないんだよね」
「そうなの?」
「俺もどちらかと言えばイッチー派だからさ」
「そっか……ありがとう」
実際にいると聞いただけだが会うとまた違った。己と同じように思う仲間がいると知るだけでこんなにも心強い。
「実際にもっと多いんだが。事情は色々さ。ちょっと話切れないんだけど」
「良いよ。ありがとう。俺だって全ての魂送師や狩師に会うべきなんだ。そんな時間も知識もない」
「大丈夫。安心しな。噂で全部広まっちゃってるよ。イッチーに反対する者だけが攻撃して来るんだ。つまり敵。分かりやすいだろう」
宗滴の言葉に愁一は頷いた。
彼の言う通り。夜弥を除いた数人が愁一から指輪を奪う為に攻撃して来た。ただの術者で誰かの手下であることも分かってしまうレベルの敵対者だが。
「あのお嬢さんは? 一緒じゃないのか?」
愁一の手が止まる。
「全然願いが合わなくて、すっかり。付いては来るみたいだけど」
「だろうな。何よりも特別になることが……刀飾の願いだからな」
愁一はグラスに入った水を一気に飲み干した。
「ありがとう。少し自信を無くし欠けていたんだ。結局俺一人の高慢なんじゃないかって」
「そんなことあるかよ。上杉のヤツだって本当は真っ先にイッチーに会いたいんだぜ。刀飾と同じような願いを持っていないかヒヤヒヤしてるんだ。また面倒にややこしいこと考えて引っ込んでいるだけさ」
そんな宗滴の言葉に愁一は頷いた。
「それなら、俺だって彼に会いたいんだけど。ちゃんと彼の望みは分かっている。彼に会えればケイさんにも会えるからね」
「俺からのこれ以上の言葉は無用そうだな」
宗滴はガシャン、と大袈裟に音を立てて立ち上がった。
そして愁一と握手をする。
そんな風に一週間で噂はあっという間に広まったのか様々な魂送師や狩師が愁一に会いに来た。何でも上杉尋也があっという間に話を広めてしまったらしい。
最後は空港で鳩里桂一に会って愁一は瞳を丸くする。声を出し欠けると桂一には手で制された。
良く晴れた午前中。空港の中は普段どうりでビジネスマンや観光客が行き来している。愁一は待ち合いの席に座って出国を待っていた。
「どうして……」
「宗滴に聞きました。一応、私は彼とツガイの狩師なのですよ」
そういえばそうだった。風神と雷神の番の狩師。だからと言って意見が同じとは限らない。
「やっぱり俺に何か間違いが……」
「いいえ。そうではありません。ただ、会って見たかったのです」
「え……?」
「貴方と同じ志しの狩師も魂送師も多い。そしてそんな風にその思いを全てまとめて行動する貴方と一度会って見たいと思う術者は多いでしょう」
「ごめん。俺も……本当は会わなきゃならないんだよね。一人、一人に」
「大丈夫です。貴方の願いは決して間違いではありません。刀飾にどうか先を越されないよう。どうやら形振り構っている様子ではありません。何をして来るのかは分かりません」
桂一の言葉に愁一は再び頷いた。
一緒に行動して来てようやく何故、刀飾が多くの術者に敵対されているのかが分かった。彼女は自分の事しか考えていない。望みも自分だけが特別になり永遠に生きる事、だ。そんなことを叶えられては上杉の機能の範疇外の生命体の誕生も同義だ。
「刀飾の意思も変える気ですか?」
「それは分からないんだ。俺もまだ自分の願いが100%正しいと自信を持っている訳じゃない。それなら彼女の方がよっぽどだよ」
「でしょうね。こればっかりは……我々がいかに貴方が正しいと言った所でどうにかなる問題でもありません」
桂一の言葉に愁一は再び頷いた。
「後、我々が出来るのは見送り程度でしょうね」
「……そんな」
桂一は首を振る。
「行ってらっしゃい」
そして桂一はスッと手を差し出した。愁一はその手を強く握り返す。
「行って来ます」
たったそれだけだった。
愁一は再び自分が働いていた会社に一度戻ることにしていた。
残り二つの指輪の持ち主の番は誰だか分かっている。最後に会うのは英治とケイになりそうだ。
「まさか、最初に出会ったあの二人が最後に会う術者になるなんてね」
空が広い。雲が少しかかった風景を眺めながら愁一は呟いた。