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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
生と死の万華鏡
102/111

月のウサギと追い駆けっこ

 

 気が付けば俺は魂送師という地上の亜種特質霊魂の管理担当者になっていた。

 明確な名を与えられたのは何時だろう。


 それは一体、幾年前なのか。幾万年前なのか俺には分からない。


 気が付けば地上に立ち。

 行き交う人々の並みにただ、呆然とした。

 そこからの生活はどうでも良くふらふらと人間に馴染み生きた。


 ご丁寧に英治は何度も処刑人の暴走を防ぐ為に全てのシステムのリセットを実行した、と俺に解いたがどうでもいい事だった。


 俺は冥界の役人として働き、生きた。

 いいや。

 最早、死んでいるのか生きているのかさえ分からない存在になっていた。


 もう悲観も、絶望もしても仕方ない。

 そう思って俺はのらりくらりと生きていた。


 自分の狩師など一切の興味はない。

 その時、その場で使っては捨てていた。


 ただの人形と同じで。

 いつか処刑人が殺してくれるだろうと。


 そう見えるように"ひたすら振る舞った"のだ。


 俺の中には何もない。

 けれど、何故か。確固たる何かブロックのようなものが頭のデータの海を浮遊していて。データの海とは言えど海な訳はなく。

 その謎のキューブだけが青色に光っていた。


 まるで青く光る月の様に。



 そこは空間。

 立つのは刀を持つ愁一。


 そして向き合うのは……ーーーー。


「……っ!?」

「データのシンクロは上手く行ったみたいだな」

「データ……っのシンクロ??」


 愁一は刀をカンッと地面のような漆黒の面に刺し、杖の様に持つ。


「そう。いやー、説明するより見た方が早いなって思ってさ」

「……何をっ!」

「イッチー、知ってるかい? 罘ってさ。あみ。うさぎあみって読むんだぜ。うさぎを捕らえるための網。鳥獣などを狩るのに使う網。今のイッチーはウサギだな」

「君は……何だって、」

「いいとこで、俺は網じゃん?」


 今まで俺は、俺にはきっと大して友人も知り合いも居なかっただろうと推測する。


 いや、こんなにだらだらと延命した理由が人手とは笑わせる話だ。


 記憶がない。


 結構、結構。


 そう思っていた。


 あの、俺の中に浮かぶ青き月を見るまでは―。


 その出会いは出会いと呼んで良いものなのか未だに疑問ではある。


 あの晩。

 月はどのぐらい欠けていただろうか。


 事実は説教の延長。

 酔った勢い。


 何だっていい。


 しかし俺は帰って来た途端、ゴンッと月臣を玄関に押し倒した。

 印鑑やら何やら様々な物が落ちる。


 当然、月臣は反抗する。


「突然、何をするんだ!?」


 それは強引な抱擁だった。

 そりゃあ一緒に住んではいたが、そんなことは無く。


「ちょ、……ッ、尋也!」


 酔って頭でも潰れたのか。

 強引に引き剥がすと彼の瞳は鳶色に光り輝いていた。


 その時、その色を見て。月臣の脳内が掠れる。


「……何」

「……ったく、思い出した。分かったぜ俺は……リセットされたもんだとばっかり」

「何、……を」


 俺は髪を掻き上げ微笑んだ。

 そして月臣を見下ろした。

 月臣から見ればそれは優美な笑顔で。


「お前、何、誰と居ようが、従者が戻ろうが、ずっと寂しんぼですってさ。探してます、が最近は? 分からねぇの?」

「いや。俺はそれほど愚かではない」


 何故、こんなことになったのか。

 生憎男を愛でる趣味はない。

 確かに押し倒した男はフローリングの床の上だろうが関係なく美しく。

 瞳は青白く輝き。

 髪は月色にふわふわしているし、変な所に癖が付いている。

 しかし押し倒されたにしては彼の瞳は聡明だった。


「お前……ずっと探してたんだな」

「ああ。そうだ」


『初めて出会った人間を』


「まさか……」

「ってか、お前は覚えてたんじゃねぇの」


 月臣は緩やかに首を振る。

 完全に記憶を網羅していた訳ではないらしい。


「肝心な部分だけがすっぱり抜け落ちていた。だから探していたんだ」

「ったく、やっとプロテクトが外れたぜ。ああ。俺だ。お前の名前も今の地位も、地球の知識も色々吹き込んだ、冥界の役人。お前が尋ねる……」


「……上杉、……尋也」


 押し倒されて思い出したが、ここは玄関だ。

 いい加減、頭が痛い。


「ちょ、……」

「はー、マジで探したんだぜ。あのデータの圧縮ブロック。いや、どっかに漂流してんのかと」

「はぁ!? お前、まさかそっちの捜索に手間をかけて自己防壁を疎かにしていた、とか言わないよな!?」

「……てへ?」

「……てへ、じゃねーーーー!!!」


 月臣は俺の顔面に拳を叩き込んだ。

 俺は当然、床に沈みながらよろよろと顔を上げる。


「更に頼みがあるんだけど」

「何だ」

「その記憶を亡くす前の俺が一体何をこんなに守りたかったのかデータ解析をしたいんだよね」

「ただのゴミじゃないのか」

「あのね、月臣さん。そりゃあねぇって」


 月臣は数分、考えていた。


「そのデータ解析中はお前はほぼ無防備だが」

「一応、お前に関するデータだと思うんだけど! これでも俺が冥界にいた頃はお前の管轄だったんだ。お前に関するデータかもしれないだろ!」

「そうだとしてもあまり興味はないのだが」

「借りって事で、お願いします!!」

「……」

「え?」


「仕方ない。ここまで来て一人で食事するのも難だ。良いだろう。こうなったのも何かの縁だ。お前は中々、面白いしな」

「……面白いからオッケーって……何ソレ」


 そこから奇妙な同居生活が始まった。

 教師と警察官。

 元々生活時間が違うのでお互い大した苦労は無かった。


 むしろ、不思議と。

 謎の心地良さがあった。


 色々な事はまあ、あったが、それはえらく唐突な出来事だった。



 たまたま月臣の方が遅く。

 俺が珍しくキッチンに立ち。そう言えば妙に明るい、と思ったら今日は満月だった。


 きっかけなんてそんなものだ。


 『上杉 尋也』の深層心理。

 リセットすら介入出来なかった小さなデータ。人はそれを欠損と呼ぶのだろう。


 そのデータが開かれる。


 ……ーーー初めて出会った時。


 それは何時だと言われると困るが、あの青い瞳を初めて認識した時とするなら何時だか忘れたが好きに遡ると良い。


 月からの侵略者だ。


 そりゃあもう、せっかく確立されかけた冥界も天界も下界も地獄も大騒ぎでしっちゃかめっちゃかで。


 しかし厄介なことにもうあそこに浮かぶ空に白き光は月として確立されている。

 とりあえずまた押し付けられて冥界の中でも隔離された我々の部署に通す事になった。


 それ自体は良くある事だった。


 何でも攻撃する気はないらしい。


 そりゃあ、そうだ。

 攻撃する気があるのならもう地上は吹っ飛んでいる。

 その時、他の同管轄の連中の誰かに任せようかと思ったのに。

 最も信頼性のある英治には何故か天界からの女神が引っ付いてうろうろ。


 事の説明をしただけで公貴はショートし純太は逃走。

 最悪な事に、あの女神のせいで我々には既に(個性)が確立されていた。


「……月からのご客人、ね。どんなエイリアンか知らんが、拝んどく分にはいいか」


 俺は冥界の中でも更に隔離された一応は接待用の個室の棒状の鍵をポンポン投げながらその場所の扉を開いた。


 六角星の形をした扉が開く。


「……っ……」


 そこにいたのが月臣だ。

 やたらと色だけは鮮明だった。

 彼は白い袴に、青い瞳。そして月色の髪。


 神々しく、美しく。


 俺は思わず鍵をそのまま落とした。


 その鍵はコンッと普通に落ち、クルクルと回って彼の足元で止まる。


「ふむ。調整通りだ。問題なさそうだ」


 その鍵を拾う手すら美しく、その言葉を理解するのに俺は阿呆みたいに固まった。


 そうか。俺にはえらくゆっくり落ちたように見えたけれど。


「え、ああ。重力か」

「……おーい、大丈夫か?」


「へ!?」


「先ほどの人形のようなものが管理者を呼んできます、と大慌てで去ったが。君もその仲間か?」

「え、……あの……」

「出来れば……この外見で正しいのか尋ねたいんだ」


 彼は自らの胸元に手を当てて高らかに尋ねた。


 美しく、白くて。青色の瞳。

 そりゃあ間違いない。


 むしろ拍子抜けも良いところだ。

 エイリアン、だなんて何て失礼な。


 色々と言うべき言葉を考えていたら何故か距離が近い。


 そしてスッと顎を上に上げられる。

 どうやら身長は彼の方が低い。


「妙だな。色彩は綺麗だ。うん。確かに他のとは違う。綺麗なのに話さないぞ……尋ねたいんだ」

「あ、……はい」

「何だ! 会話機能はあるんじゃないか! 必死でチューニングしていたこっちの身にもなって欲しい。君の標準は日本語か?」

「あ、……はい」

「返事がさっきと同じだ」


 それが大層不満だったらしく、(おそらく)はむむむ、と不満そうな表情をしていた。


「もう、分かった。好きに調査してくれ。そちらに害を及ぼすつもりは毛頭ない。その為に契約が何だと言うなら幾らでもどうぞ」


 と、その男は両手を広げる。


「……はい、その、……」


 その時、俺の個性というのは確立されたばかりで、まだ混乱の最中だった。


 けれど分かった。


 冥界を管理する冥府なんかに寄越せばひっちゃかめっちゃかされて最終的に何にされるか分かったもんじゃない。


 こんなにピカピカで、きらきらで美しい者を。

 俺は必死で今まで勝手に発していた仕事用の言葉を自ら組み立てた。


「分かりました。貴方にこちらに害を及ぼすつもりはないと仰有るのなら、少しばかり調査させて頂きます」

「だから構わない。所で。君は俺の質問に何一つ答えていないが。それはネームプレート。その字は尋ねる、名前だろう?」

「……はい。仕様です」


 俺は内心舌打ちする。

 どうにも自分の思う言葉が上手く発せられない。


 違う。


 こんな事務用語じゃないんだ。

 何故、宇宙人の方が言葉達者で気を使い地球人の方が大慌てで片言なんだ。


「尋ねる……也?」

「……ジンヤ」

「ん?」

「俺は冥府直属異端者管理担当の上杉 尋也。貴方、名前は?」

「ほー。自己紹介か! うん。どうしようかなぁ」

「……は?」

「地球人はあれを月と呼ぶんだろう? それっぽい名前でいいんじゃないか?」

「……待って、待ってくれ、頭が、ショートする」


 その言葉に男はキョトン、と俺を見つめた。


「分かった。そちらが理解するまで待とう。言葉の調整も終了した。何かあるなら話しかけてくれ。君が負担ならば上司でも……」

「ない……」

「ん?」


 俺は必死に頭をがしがしと掻いて言葉を探した。


「俺はアンタを上にやりたくないんだ!!」

「……お、おう??」

「え、えっと、アンタはぴかぴかで、綺麗で、真っ直ぐで……だから上は駄目だ! 利用される!」

「おお……」


 そして何故か数分の間。

 あ、俺はショートしたのか。


「分かった。じゃあ、君は利用しないんだ」

「……」


 くっそ、何でこんな言葉の意志疎通に手間がかかる。


「ない」

「そっか……。じゃあどうすれば良いだろう?」

「俺が管理する」

「君が?」

「時間も……手間も掛かる。けれど、きっと。貴方の望みは?」


 すると、その人は俺の両肩を掴みきらきらした瞳で言った。


「色、……いっぱい!! 綺麗で、あれは何だ??」

「色……何色ですか?」

「うん、検索だと青、としかでない。あそこに行きたいんだ!!」


 広い。青。それは月から見た、となると海だ。


「アンタの目と同じ色……の海」

「……喋った!!」

「会話機能はあるんだよ!! ただ、滅多に使わねぇから……っごほ、」

「それは勿体無い。水。知っている。えっと、ここにはないのか?」

「呼べば誰かが……っ、いや、大丈夫」

「済まない、急に。酷使してしまったようだ。……えっとここ、何もないんだ。ただの狭い部屋だ。ふむ。そうだ! ここに頭を置くといい」

「……は?」


 青年は屈み膝の上をぽんぽんと叩いた。


 ここは生憎、六角形の小窓しか無い殺風景な部屋だ。

 俺の頭はもう思考を放棄してその青年の膝の上に頭を置いた。


「そうか。君は地球の異端者の魂を管理する役人なのか」

「んー」

「すると。俺は君の管理外なのではないか? だから脳内処理が追い付かないんだ」

「そーだろうな」

「なら……別の……」

「それは嫌だって言っただろうが。そうだ。アンタ男性体?」


 俺は空中でピコパコと入力する。まー、キーボードのようなもんだ。


「一応、面倒がないようにそうしたが……変か?」

「いやいや。いいんでねぇの? 美少年」

「びしょーねん? それは名前か?」

「そっか、名前ね。名前が欲しいんだっけ。神様っぽいの? 手頃で月読なんてどお?」

「……それはそっちの誰かが勝手に付けた名前だ。嫌だ。フツーのヤツ」

「普通で、男で、月ねぇ……命……やたらと長いのより臣の方が洒落てるんじゃね? 今は長っげぇのが流行ってんの。俺は次は短めが来ると思うね」

「へー、おみ……月臣か。それにしよう」

「上は?」

「その時、その時代に合いそうなものを適当に。基礎はそっちで好きにしたらいい」

「ヘイヘイ……って、長期滞在すんの?」

「……駄目か?」


 上から見上げた月臣はその時、しょぼんとした顔をした。

 本当に素直なヤツ。


「イヤ、駄目じゃねぇ……けど、って見越しての男性体な訳か」

「そうだ。種子繁栄の意向は全くない」

「お前、賢いのなー」

「月臣」

「……は」

「今日から、そう呼んでくれるんだろう? 尋也」

「……ああ、そっか、月臣ね」


 その時の感情は今でも分からないが、これが照れ臭い、というヤツなのだろう。


 俺は久しぶりに自分が与えられていた仕事場に戻った。

 ドッサリと書類を置くと案の定、英治は珍しそうな表情で俺の行動を見た。


「兄貴がそんなに仕事するなんて珍しい。助かるけど」

「簡易手続きなら直通なんだけど最終チェックは必要でさ」

「その人は?」

「人格、見た目、中身、問題なし。ただ、ちょっち地球の常識は流石に指導が必要だな」

「へぇ。……楽しそうで」

「ん。あんがと。気にすんな」


 英治は己が一番に個性を手入れてしまったことをずっと気にしていた。それぐらい分かる、ぐらいには脳内毎日感情パレードだ。


 だが、それは決して嫌ではなかった。


「他の連中も早かれ自己を手に入れる。俺の自己保管、自己認識にはアイツ……月臣が必要なんだ。上は五月蝿いだろうが、長年好き勝手使ってくれたしっぺ返しだ」


 きっとその時の俺の表情は英治がドン引きするぐらい嫌らしい表情だったろう。


「あ、月臣が言ってた。喉には水がいいんだと。会話すると疲れるだろ?」


 英治は頷いた。


「水……液体の?」

「そーそー。あの女神様のエーテル体なら出せるんじゃね?」

「聞いてみます。……あの、月臣……で良いんですね?」

「ああ。人間が勝手にイメージした神様の名前は御大層だとさ」

「……っていうかあの人の事でしょ?」

「血統はそっから登録したけどな」

「また意地の悪い……」

「どうやらそういう個性、性格らしーよ、俺は」


 月臣にも言われた言葉だ。



 膨大なデータの中身は全て月臣に関するデータだった。


 一から地球の常識を叩き込み。時にはからかい。

 彼はここに来るまで色など無かった、とそう言うがそれは本当だろうか、と疑ってしまうほど月臣は表情豊かで熱心で。


 正直に言えば。


 今までこの地球の基礎叡知に欠損がないかただひたすら演算を繰り返すより遥かに有意義だった。


 月臣は来訪者、という言葉に相応しく。地球に関してはまるで無知で興味だけは旺盛だが素直過ぎた。

 色々な事を教えるには少々手間だが彼の場合は手間を惜しんでいる場合ではない。


 地上でそりゃあ、神のように崇められればいいが貶められたのであれば上杉の名誉に関わる。



 そして月臣は賢かった。

 ある日。

 同じ様に教育部屋に行けば彼は正装で窓から外を眺めていた。


「時は近いな」

「……こら! 主語を付けろ、主語を」

「お前は何かを隠している」

「……へぇ。何でそう」

「その妙な間」

「……」

「睨むな。大方、理解はしている」


 月臣はそう言って綺麗な正座で俺と向き合う。


「理解って……」

「地上で何かが暴れている。この期間に死んだ人間の魂と君達の演算能力に誤差が生じている。このままだと君達、壊れるぞ」

「分かってるよ」


 俺は何だ知っているのかよ、と足を崩す。


「あれは……人か?」

「さあ? ただ、こちらじゃどうにも出来ない、ってのは確かだわ」

「はぁ!? 何をそんなに流暢にしているんだ! だったら俺がっ」

「止めろ」


 その時に、始めて俺は制止の言葉を発する。


「……何故?」

「俺の管轄じゃない。英治の管轄だからだ」

「……今ならまだ俺の力でどうにかなるかもしれん」

「……そうだな」

「いいのか? このままだと全人類が滅びるぞ」


 そして間。


「……それは……アイツだけに言えたことじゃないんだ」

「……え?」

「アイツは冥界を通さず生き死にを繰り返す、冥府がどうにも出来ない厄介者を削除する処刑人だ」

「……処刑人だと!?」

「ああ、何千年も酷使したもんだから頭がパーン」


 と、尋也は簡単な動作付きで言うがそれはそんな軽い話ではない。


「どうする気だ!? 冥界を通さない? ならばこちらにだって、彼は神すら殺せる兵器だと言うのか?」

「……月臣が会ったこともないのに、アイツに妙に地球未確認生物ってだけで親近感があるのは知ってる。けど、このままだと俺も月臣も殺されるんだ」

「……このままだと?」


 ピクリ、と月臣の肩を握る尋也の手が落ちる。


「……すれば」

「……え?」

「……その狂化した記憶ごとリセットすれば……」

「正気か!? そんなことして……何に……」

「正気な訳あるかよ! 全リセットさ!」


 月臣は黙った。


「ちゃんとお前が地上で生活出来るように手配は終了した。後はカウントダウンを待つだけだ……」

「それは?」


 意外にも驚くほど優しい声に尋也は顔を上げる。


「10……」


「なるほど。考える暇もない訳か……9」


「……一体何を……8」


「俺から言える……7、事は一つ。……6」


「は……5」


 天上から無機質な声が響く。


『4、3……』


 俺は結局、何も出来ない。

 結局、何も。

 我々の個性が確立される。


 だったら、最後ぐらい。


 理性、欲。

 善、悪。


 こんにちは。

 さようなら。


 何故、その言葉を発する。


 人は言う。


 別れる時は……


「さようなら」

「……!」

「そう教えたのはお前だろう、尋也」


 その言葉は瞳と共に矢となり俺の中を射抜く。


「……違う! 俺は……」

「……大丈夫。きっとまた会える」


 俺が出来たのは、その時に顔を上げるだけだった。




 しかし、最後。

 最後の色は青。

 1秒のカウントは耳に届かず。

 気が付けば俺は地上に立っていた。


 行き交う人々は見向きもせず。


 気が付けば地上は驚くほど発展し。

 最早、神という存在すら不確かな世界だった。


 振り向けば、そこに立つのは処刑人。獅道 愁一。


 相変わらず刀を持つ長身の優男はその美しい瞳から殺気を放ちその刀を掲げ振り下ろす。


 消える日常。


 何も思わない訳はない。

 刀を持つ手は震えている。


「それで? 君は俺を憎んでいるって?」


 俺の幻想を突破した青年は殺気が怯む事はない。


 どうやって俺のビジョンを突破したのかと思えば青年の頭の右横からは血が流れていた。

 なるほど。ただの優男と括るのは申し訳ない。


「いいや。人それぞれ色々あるよなぁ、って話さ」

「なら……君は何故、戦うの?」


「さあ? 何故だと思う?」


『やり残した鬼退治。理由は色々あると思うが』


 気が付けば月臣が俺の後ろに立っていた。


「月臣君……! 彼女は……!」

「いや。君の考えている事は大まか分かったよ。理解するかはともかく。君はあの女に殺される気だな」

「……っ!」


 何もない。


 白。


 ただそれだけの空間で。


「最終的に上杉を冥界から解放した君を。最後に刀飾が殺して終わる」


「……そうだよ。それが一番、皆の願いを叶える方法だ。違うかい?」

「いいね、その目。けれどそれは予定。未来。憶測。そういうのは狂うのが常だぜ」

「……何」


「君が刀飾に接触した時点で方法は間違えている」


 その声だけが、響かずに。無機質な空間に響いた。



 既に愁一は鈍っていた。

 知った声と。親しんだ声が重なる。


 その声は愁一を咎める訳でもなく。怒る訳でもなく。


 ただ事実だけを提示する。




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