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輪廻血戦 Golden Blood  作者: kisaragi
生と死の万華鏡
101/111

月夜の晩餐と望遠鏡

 教師と言うのは案外忙しいものだな、と月臣は実感する。


 日々、様々なことがバラエティー豊かに起こる。

 どうでもいい事から深刻な問題まで様々だ。


 将来の選択肢が満ち溢れる若者たちを眺めるのは有意義だが。

 それでも時々どう答えるべきか悩む質問や相談には頭を抱えてしまう。


 神社の神主になり日々神事のルーティーンよりは有意義である事は確かだ。


 そんな日常の週末。


 珍しく同居人の尋也が早番で家にいるらしいので月臣は適当にツマミを買って家までの道を歩いていた。


 何でもない歩道橋でも月があるだけで明るく見える。


 ふと空を見上げる。


「今日は満月なのか……」


 通りで校内や周囲が静かだと思った。

 月臣の強い霊力が周囲を勝手に浄化してしまっているのだ。


 静かな分はいい。


 ただ最近知ったことなのだが……月臣には強い魅了持ちらしい。


 それはある日の午後。

 偶然、桂一と学食で昼食を共にしていた時に不思議そうな顔で言われた。


 因みに教師が学食を利用する場合は無料になる。

 そして時間は生徒の昼休みの後。


 なので周囲は閑散としている。

 白いテーブルに椅子と飾り気のない空間に二人。


「貴方、自分の目に気が付いていないのですか?」

「……は?」


 オムライスを卵と中の具とでいい案配にスプーンに乗せて頬ぼっていると桂一は不思議そうに尋ねる。


「目ですよ」


 と、彼は自分の目を眼鏡越しに指差す。


「目?」

「随分、強い蠱惑で最初は驚いたのですが……君は無自覚のようで」

「ちょ、ちょっと待て、魅了!?!」

「ええ」

「しかし俺は別に誰かに言い寄られたり……は……」

「全く? 全然?」

「そんなことはないが、しかし誰しも、という訳ではない。現に桂一は違うだろう?」

「そうなんですよ。気になってしまいまして。しばらく観察していました」


 桂一は天ぷら蕎麦をまた上品に食べていた。海老天。美味しそうだなぁ、と眺めていると桂一はちょん、と海老天を月臣に差し出す。


「いいのか?」

「勝手に観察していたので」

「で、何か分かったのか?」

「ええ。随分強い魅了であるとは思っていたのですが、どうにも私には効果が無く……そして尋也には効果抜群、と……どうにもムラがありますね」


 そんな桂一の言葉に月臣は思わず飲みかけた水を噎せる。


「おや。心当たりが?」

「ノーコメント。いや。アイツには効いてないぞ。多分」

「何故、分かるのでしょう?」

「……」


 桂一の爽やかな笑顔を月臣は無言でスルーする。

 いや、海老天もやはり美味しいがオムライスのついでに食すのは申し訳ない。


「で、どうやらその魅了は貴方の興味あるなしである程度効果が変わるようです」

「……興味?」

「ええ。そりゃあ誰しも魅了なんてしてしまえばそれは大変です。道ですれ違っただけで色々な人に」

「それは確かに」

「私の結論としては貴方なりに選別しているのではないですか」

「はー、それにしても魅了、か」


 月臣は水を飲み干し残りの天ぷらを一口で食べて考えた。



 確かに月臣は月の使者、月の起源と呼ばれる存在だ。月に由来する者に関して強い影響力があることは分かっていた。


 しかし魅了。


「アイツは……違うんだよなぁ」

「何故、貴方にそのように確固たる自信があるのか分かりませんが、どうやら違いますね。元々、上杉は霊力に強い耐性がありますし。彼は学生時代はそりゃあ女性にモテましたよ」

「では……何故……?」

「何故でしょうね。君の魅了だけではないと思いますけど。あれから女性遊びは全く。君が面白過ぎて飽きたそうです」


 何故、彼は自分と一緒に居よう等と思ったのだろう。


「そもそも貴方は何故、尋也と一緒にいようと思ったのですか?」

「それは……好奇心?」

「まさか……」

「アホ。ただの友人だ」


 それはむしろこちらが聞きたい。

 彼はあの見てくれだ。背も高く選ぶ服のセンスもまた良く言い寄る女性なら五万といるだろうに。


 確かに月臣は生きた年月だけは長い。

 今までに男性に言い寄られたことぐらいはあるし、それが当然な時代だってあった。

 実際自分は多少男性にモテるのだろうと流石に理解はしている。


 それでも不思議だ。

 最初は随分と色々言われた。

 人が良すぎる。世間知らず。悪いことはちゃんと叱らなければ駄目だ、等々。


 それは中々手痛い言葉だ。


 尋也に言われて初めて自覚した。

 ただ人を許すだけでは駄目なのだと。


 月臣としては、そんな真逆の価値観を持った尋也に興味が湧いてしばらく一緒にいることにした。


 一人で居るのが長すぎて少々飽きてしまったので新鮮だったと言うのもある。


「別に男性だから駄目だと……そういうのはないのだが」

「尋也については分かりませんねぇ。何せあの性格です。ただ君のその賢さと見てくれはとても好ましい、とは言っていましたが」

「見てくれねぇ……って、だから友人だと何度言えば」


 しかし何度言っても桂一はくすくす笑うだけだった。


「雑談はさておき今頃になってどうやら刀飾が動きましたね」


 桂一の言葉に月臣は外方を向く。


「気持ちは分かりますが駄目ですよ。ちゃんと受け入れないと」

「分かっている」


 月臣はそれが愁一に一言も相談されず、一言も告げられずに起こったことが不愉快なのだ。


「とは言いましたが次は私ですかねぇ……」

「宗滴とセットだろ」

「そんなファーストフードのセットのように言わないで下さいよ」


 今度は桂一が嫌そうに溜め息を吐いた。


「貴方は……どうするのか決めているのですか?」

「まぁ。上杉も居るとなると向こう次第だな」


 問に対し月臣は口元に人差し指を当てた。



 そんなことがあったのがつい最近。


 月臣は帰り道。

 満月を眺めながらそんなことを思い出した。


 そうか。

 だから尋也はわざわざ速く帰ってきたのだ。月臣だけに負担を強いないように。

 満月となると月臣の力は骨頂になる。

 周囲の悪霊なら何もせずとも勝手に浄化する程だ。


 そんなに心配しなくても……と月臣はつい苦笑した。


 都内のマンションに帰宅すると珍しく何かの料理の匂いがした。


「お、お帰り」

「ただいま」


 同居したての頃は合鍵は持ってはいたがインターフォンは押していた。

 最近は程よく慣れたのでその必要はない。


 尋也は私服にエプロンを巻いて何やら夕食を作っている。


「何作っているんだ?」


 月臣は買ってきた酒のツマミを台所に置いてフライパンの中を覗く。


「豚の生姜焼き!」

「お、いいね。付け合わせは?」

「下ごしらえはしてある。ブロッコリーがあるんだけど茹でてくれない?」

「分かった」


 月臣は簡単に支度して鍋で水を湧かす。


「……あれ。お前、今日はまたお強いのですが……」

「満月。……前から思っていたけれど尋也は分かっているのか?」

「まぁね」

「……何か来る。そこまで分かっていたのか?」

「……まー。大丈夫、大丈夫」


 尋也はカラカラと笑う。


 月臣はそんな様子で大丈夫か、と少し呆れる。


 彼は仕事が激務で徹夜が続くと髪はぼさぼさの天然パーマのようになるが一日寝て過ごすとさらさらの髪に戻る。

 今回は半々といった感じだ。


「しっかしお前は本当に満月だとすげぇのな」


 ブロッコリーを茹でていると彼は茎の部分を丁寧に下ごしらえしていた。


「何、今日は酒は呑んで無いのか?」

「満月だからさ。月夜で一杯ってのも悪くねぇけど」

「……お前。まさか見計らって休暇を取ったな」

「あ、バレた?」

「……全く。しかし何故に俺なんだ……」

「顔が好みだったから?」

「冗談ではなく!」

「冗談じゃねぇよ。お前こそ」

「俺は何か来そうだと感じた」

「あれ、でも俺、そこまでじゃねぇんだよ。何かありそうだとは思ったけど?」

「相変わらず上杉の力は落ちる一方だな。大丈夫か……そんな状態で」

「イッチーも付いているし、お前もいるし大丈夫だろ」

「あっそ」


 それだけ言うと月臣は真剣にブロッコリーを茹でた。

 月臣の好物の一つだ。

 それで尋也は買って着てくれたのだろう。



 何せ男だけで作った夕食なので豚肉の生姜焼きとブロッコリーとメニューはバラバラだがやはりブロッコリーにマヨネーズは美味しい。

 ガツガツと夕食を食べながら尋也の様子を伺うにお酒を呑む気配は微塵もない。


 なんとなく今日は晩酌に付き合うのも悪くない、と月臣はぼんやり思う。



 しかしそんな時。


「近いな。上空だ」


 予想はしていた。けれど現実を簡単には受け入れたくはない。

 しかし上杉の状況把握能力も衰えて居ないらしい。


「お前……」

「薄々ね。イッチーはどうやら親しい連中から片っ端って感じだし。こっちか桜小路のどっちかだとは思ってたよ」

「なるほど。術者の力は衰えてないと」

「まね」


 尋也は軽くウインクして家のベランダに続くドアを開いた。

 月臣は並べようと思った夕食を置いてキッチンの戸棚から一升瓶を取り出す。


「うわぁああああ!?!!」


 ドーン!! と漫画の効果音の様な音と共に愁一は降って来た。

 ついでに刀飾も一緒だ。


 尋也はそんな二人を月明かりと共に見下ろし微笑む。


「いらっしゃい、ご客人」

「……お邪魔します……。ほら! 挨拶!」

「……お邪魔します……。ねぇ……毎回こういう感じな訳?」


 渋々、といった感じで夜弥は挨拶をする。


「ナイスタイミング。調度夕食時だ」

「本当に!?」


 愁一は華麗にスルーして純粋に喜んだ。


「貴方、上杉でしょう。良く私なんて招くわね」

「心配ご無用。上空には烏天狗組が謳歌しているんで」


 見張られてるの俺なんだけどね、と尋也は茶目っ気のある笑顔で敬礼した。

 しかし月臣はあまり宜しくない表情で愁一を見つめている……のかと思いきや一升瓶を持ち上げ高らかに宣言する。


「さて。愁一と刀飾は点々と各地の魂送師と狩師に喧嘩を売っているそうだな」

「……喧嘩って……そうだけど……まさか君と……」


 愁一は流石に困惑した表情で月臣と向き合う。


「いいや。単なる斬り合いでは芸がない。一先ず一杯と」


 月臣は堂々と一升瓶を持ち上げた。

 その瓶に夜弥も愁一もぽかんとする。


「……え、何!?」

「何、って酒盛り」


 月臣の言葉に尋也は瞳を輝かせる。


「お、良いねぇ~! 気を付けなぁ~。ツッキー洋酒は弱いけど日本酒は鬼のように強いぞ」

「そうなんだ!」


 何故か愁一は乗り気だ。


「ちょ、私未成年よ!」

「見かけだけだろうが何億歳」

「……」


 さすがにそこまで言うのは少し可哀想な気がした。


 今宵は満月。

 開封された一升瓶はまた高級品で愁一は瞳を輝かせた。


「おおー! 良いやつだ!!」

「所で鏡一狼から順番待ちは聞いていたがどうしたんだ?」


 と月臣はまたバッサリと聞く。


「そうだったんだけれどね。彼女がどうしても鏡一狼君の言うことを素直に聞くのはいやだぁーーーー!!!! って動かなくて」

「仕方なくこちらに来た訳か」

「なに……この森、美味しいー!!」


 うっとりと彼女はブロッコリーを見つめ、そして塩やマヨネーズでもぐもぐと食べ始める。


「それ、作ったの尋也だぞ。茹でたのは俺だけど」


 その言葉に彼女はピシリと固まったがよほど気に入ったのかそれでももぐもぐと食べ続ける。


「茎も食べられるんだぜ~」

「なっ……まさかこっちの下も食べられるの?」

「美味しいはずだ。正しい下ごしらえと手順で茹でたからな」

「ブロッコリーに正しい手順なんてあったんだ……むむ。月臣君は腕を上げるね~」


 尋也はそんな様子を見ながら食事の準備をした。


「うわーい!! 豚肉の生姜焼きだー!」

「何、イッチー好きなの?」

「うん。俺が初めて作った料理だよ」

「初めてが生姜焼きとは、さすがイッチー」

「今、思い出すとあれが本当の生姜焼きだったかは怪しいね」


 しばらく、それぞれ食事に夢中で会話は中断する。


 月は満月。

 リビングのソファから見える不思議な所に小さな出窓が付いている。

 そこからの月明かりは白く透き通っていてそれだけでも強いエネルギーだった。


「様子を見るに。君たちはまだそれほど何がしたいのか決まっている訳では無さそうだな」


 月臣は愁一に酌をしながら尋ねた。


「そうなんだよね。何がって言われても……」

「何、コイツらを屈服させる為じゃないの!?」

「どう考えても違うだろ。お嬢ちゃん」


 尋也はからかうように笑った。


「お嬢ちゃんは止めなさい!! 大体、貴方と外見年齢はほとんど変わらないのよ!!」

「うるさいな!!」


 当然、月臣は反論する。尋也は余裕そうな表情で二人を見つめた。


「お互いに向き合ったら何か変わるかなぁ、って思ってさ」

「向き合う、ねぇ……」

「所で、どうして二人は一緒にいるの?」


 数分、考える様に月を見上げて尋也は唐突に言う。


「月ってさ。人が勝手に月って決めたんだよ」


 食事を終え月明かりをツマミにお酒を呑んでいるとまた唐突な会話だ。


「それはそうだろう。彼らが君達が月と呼ぶから俺は月なんだ」


 月臣は何を今更という表情で答える。


「そう思ったらさ、少し申し訳無くって」

「申し訳ない?」

「いや、だって人が勝手に月だ何だと決めたからお前はそうなった訳じゃん?」

「んー? そうだな」

「別に……お前はそうは思って無かったとしても。人が勝手にお前を特別にしちまった」


 月臣は静かに尋也の話を聞いていた。

 そういえば最近は彼から煙草の匂いは全くしない。



「特別だったから……お前は俺に惹かれたんじゃないのか?」

「いいや。違うよ。お前はさ、覚えてねぇだろうけど始めて会った時はそりゃあもう人形みたいで。俺もどうしたもんかと思ったよ」

「追い返そうとは思わなかったのか?」

「いいや。上杉の管理プログラムで調査した結果、害は無いし、敵意も無さそうだし。月から来た、なんて面白そうじゃん?」

「そんな理由で?」


 尋也は頷く。


「色々話しかけたら、きらきらした目をして、期待で一杯で、俺に何がしたいか永遠と語るもんだから驚いたぜ」


 その言葉に月臣は当時を思い出し外方を向いた。


「月の使者、って聞いてたからさ。性格もっと済ました感じだとばっかり」

「悪かったな。月から見る地球はとっても綺麗だったから。さぞや素敵な場所だろうと思っていた」

「海が見たいってさ」

「あの青い物の正体が知りたかったんだ」


 その光景は不思議と美しく夜弥は驚いてはいたが言葉には出さず眺めている。


「……君達……記憶が戻ってるの?」


 愁一は思わず二人を見つめる。その視線に二人は頷いた。


「所で。イッチーは婚期ってヤツじゃん。結婚はしねぇの?」

「んぐっ!?」


 唐突な会話の矛先に愁一は呑みかけていた酒を喉に詰まらせ噎せる。


「あ……あの……今の所……は特に」

「そっちのお嬢ちゃん?」

「私が、何で!?」


 二人の反応に尋也はカラカラ笑う。


「しかし。イッチーが普通に死にたい、って……簡単そうに見えて難しいよなぁ。刀を持ってドンパチやってる時点で普通じゃねぇし」

「うぐっ……っ」


 白いご飯に豚肉の生姜焼き。

 そして手作り。すっかり食事に夢中になっていた夜弥は彼らの話をぼんやり聞いていた。


「しっかし、どうすっかね?」

「……何を?」


「お前に因果というものを理解させる方法だ。お前が勝手に生きて普通に死にたいと思うのは結構だが。それは最も苦難な道だ。何故なら刀を持ち戦っている時点で君は普通ではない」

「んぐっ……」


 それはまた痛い指摘だった。

 しかし否定も出来ない。


「自分の行動の結果、誰がどうなるのか。それは知らなければならない事実だ」

「……ごめんなさい……3コンボです……」

「ああ、それが悪い訳ではないよ。血戦は最後の砦。そこに辿り着くまで好きにしたらいい」


 月臣は変わらず澄ました表情で言った。


「……貴方たち。何かしたわね」

「当然だ。我々とてこんな茶番はさっさと終わらせて欲しいと心から思う」


「大戦ね。良いんじゃない。面白い。付き合うよ」

「え……」


 尋也は酒一気に煽ってトン、と机に置いた。そして自らの頭をとんとん、と叩く。


「一応、こっちに勝手にアクセスしてしっちゃかめっちゃかにした借りは残ってるんで」


 そして立ち上がる。


「え、ちょっと待って、確か月臣君って魂送師でしょう!?」

「当時は来たばっかは調査結果も不十分で適性が分からなかったんだよ。コイツ従者もわんさかいたし。最近やっと調査完了。結果は……見た方が早いか」


 尋也は三角片の付いたネクタイピンを伸ばす。


「ま、こんだけ混沌としてりゃ何でも同じか。冥界直属現世担当魂送部隊、月の君管理観測担当上杉尋也。粛さずして参る」


 そのネクタイピンを振りかざすとマンション内は一気に和風の社に変化した。愁一も咄嗟の判断で刀を持つが既に遅い。


 先程までの和気藹々とした様子はどこへやら。


 既に屈折した矢を愁一は何とか交わす。

 矢は地面を直通。


「いいね。イッチー。久しぶりに見る顔だ」

「君の力は空間把握と幻術、幻想把握。どちらにしても厄介な……けど、彼女は!!」

「どうあれ我々人類にとって最悪最高の癌と呼ぶべき存在だ。簡単に言えばテロリストと同じさ。好き勝手に人間やら何やらを選別して保管なんてされても迷惑なんだよなぁ。他は血の海と成る訳だ」


 空間は変化する。

 今度は立派な社に。


「……月臣君はそれこそ、それを望んでいない」

「その通り」

「そうだとしても……」

「むしろ何故そこに拘るかね?」

「……俺の目的の為に」

「いいね。そう。自分の目的はハッキリしな!!」


 気配で避けたが光る矢がそれこそビームと言ってしまった方が早い矢が愁一の頬を掠める。


 尋也は杖状のネクタイピンをコンッと地面……と呼べるのかさえ分からない場所に置いた。


 愁一は数歩下がりながら舌打ちする。

 なんて最悪で、なんて最高な組み合わせだ。


 こちらはもう既に罠に掛かった後、という訳か。


「順当通り回っていりゃあ良かったのに。どうあれツッキーは強いぞ。何せお前さんと同列される存在だ。ただ向こうは地球外生命体だけど」

「……俺は彼と戦いたくはない」


「しかし俺には戦う理由がある」


 その声は後方から聞こえた。

 彼は尋也の後ろに位置する場所に立っていた。


 それはもう後方と呼ぶべきかは分からない。万華鏡の様に空間は変化する。


 月臣の声だった。静かな声だ。


「……怒っているんだね」

「まぁな。あれだけアレコレ世話をしてもらい。それなのに、あれだけ好き勝手に暴れられて怒らない方がむしろ可笑しいだろ」


「彼女は……」


「……話は簡単だ。けど、簡単じゃないぜ」

「……っ、」

「覚悟はした方がいい」


 月臣は弓を構えた。

 相変わらず無駄のない美しい構えだ。


 振り向けば尋也の気配は消えている。予想以上に厄介な相手だ。


「驚きだ。余所見をする余裕があったのか」

「ある訳ないでしょ!?」


 気が付けば周囲は闇。


 何て厄介な相手だ、と愁一は刀を握り直す。


「さて。ただの斬り合いなら簡単だ。今回は一つ、我々の質問に答えてもらうよ」


 これは尋也の声だ。


「……質問?」


「簡単さ。『所で、どうして二人は一緒にいるの?』」


「……っそれは……君たちが、ってこと?」

「それでも結構。だが結果的には変わらんと思うね」

「……愛とか」

「ブー、ブーブー。そんな簡単な訳ねぇじゃん」

「ま、待っ……」


 次の瞬間には、場所が変わっていた。

 正確には違うのかもしれない。けれど、そこは愁一の記憶にはない世界だが、確かに過去の日本だった。


 教科書のページで見た世界が目の前には広がる。


 その瞬間、愁一は後悔した。明確に。確実に。

 ドンッと拳を置いたお店の窓ガラスは少し曇り木枠がガタガタと揺れる。


「チッ、油断した!」


 声に出した所でもう遅い。


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